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治山治水は国政の基本 -九州豪雨被害拡大は手入れ不足の山の流木が原因- 17.07.26

 地球温暖化防止のためのパリ協定ができた。しかし、事態はもう手のつけられない状況にまで進んでいる。昨今の異常気象の常態化、つまり大荒れの気象が当たり前になったことがそれを物語っている。7月6日の福岡県朝倉市の24時間降雨量は、545.5ミリと観測史上最大だった。梅雨前線に湿った空気が流れ込み、積乱雲が次々と生まれる「線状降水帯」がもたらしたゲリラ豪雨である。

<流木が被害拡大の元>
 洪水の被害を拡大させたのは、川が氾濫した水だけでなく、一緒に流れてきた流木である。正確にはわからないが、福岡県は流木を推計20万t超と発表した。
 被災地の山にはスギやヒノキが植えられていたが、太さ50~60cmに育った木が根っこごと流された。途中の木や土手に引っかかり、水流をせき止め、氾濫を助長させた。橋があると、そこに溜まりその橋をも壊してしまう。猛威を振るったのは水ばかりでなく、一緒に流されてきた材木や木の根や枝だった。
 だから、千曲川河川事務所ではいつも中洲に繁茂するニセアカシア等の木の伐採に余念がない。流木が引っかかり、水流を止め、堤防決壊の原因になる怖れがあるからだ。

<カラマツの功罪>
 長野県には、前号【「千曲川源流登山 -川上村の美しいレタス畑と好対照の放置された山林-」(17.7.20)】で触れたとおり、いたる所にカラマツが植わっている。私の祖父も、私の生まれる前から大学資金の足しにと、カラマツを植えておいてくれた。私は芽吹きの時も紅葉の時も美しさを見せるカラマツに親近感を抱いている。今や信州の景色を代表する一つになっている。
 しかし、折角の祖父の心遣いも、私の教育資金になることは全くなかった。1951年の丸太の自由化、1964年の製材の自由化で、安い外材が大量に入ってきたために日本の山の木は手入れ賃にも満たないくらい暴落し、放置するしかなくなってしまった。コメ1俵の価格は全盛期の2万6000円から今や2分の1以下の1万円そこそこに下がっているが、材木は4分の1以下である。採卵鶏は大規模養鶏で乗り切り卵価はほぼ同じ価格で推移し、物価の優等生と呼ばれる。しかし、急峻な斜面ばかりの林業には為す術がなかった。

<ヒョロ長い木が流木になる怖れ>
 私のカラマツ林は、開墾されリンゴ畑に変わったが、川上村のカラマツ林は健在だった。しかし、登山口から歩いて1時間の所は、当然下枝刈りや間伐は行われていない。私の体と同じようなヒョロ長い木が茂る(いわゆる線香林)ばかりで、下草はほとんど生えていない。手入れが行き届かない人工林は、太陽光が地面に達するのを妨げるため、地盤は脆くなる。ここに九州豪雨並みのゲリラ豪雨がきたらすぐ土石流となり、カラマツも流木となり一緒に流されることになる。更に増えた鹿が、また森林荒廃に拍車をかけている。山の無残な姿はなかなか人目に触れない。だから、いくら警鐘を鳴らしても届きにくい。たまに森林の奥深くに入ると、その荒廃振り、危うさが否が応でも目に入ってくる。私はすがすがしい空気を吸いながら、長野で将来予測される大土石流災害のことが頭の中から離れなかった。これを防ぐのはまさに政治家の責任である。

<間伐材も流木の元凶>
 我が長野県は8割(106万ha)が森林であり、民有林の人工林(33.2万ha)のうち、カラマツが52%、スギ17%、ヒノキ15%と針葉樹がほとんどである。
 まず、当面は手入れをすることである。森林税もその費用に充てるべきだ。間伐し、陽が地面に当たるようにして、大雨にも強い山林を造らなければならない。
 次に、切り捨てられている間伐材の問題である。残った成木すら採算が合わないのだから、間伐材などに手間をかけても一文にもならないことは明らかである。持ち出すのに手間とお金がかかり過ぎて赤字になるため放置される。これが流木の元となり、下流に大被害をもたらすことになる。

<山の木を売れるようにするのが地方創生に一番の近道>
 強い森を造るには、雑木林つまりその地の木がベストである。それでは採算が合わないとしても、5m針葉樹を植えたら5mは地の木を残すという混交林という手法もある。自然の木を残しておけば、熊や猪や猿や鹿が里に下りることも少なくなる。そこには野生動物の餌があるからだ。
 民主党政権時代、林政には相当力を入れた。当時、菅直人代表代行にせがまれて、ドイツの黒い森(シュヴァルツヴァルト)へ視察に行き、「森と里の再生プラン」の作成に生かした。農業再生プランに次ぐものであるが、私は野党時代に民主党のとりまとめた政策の中で、最も出来がよいものと自画自賛している。今風に言えば、地方の活性化(地方創生)は山の木を売れるようにすることが一番の近道である。
 ところが、獣医学部の新設とかばかりに血眼になっている。原点を忘れているのである。
 その中で、切り捨て間伐材は許さず有効活用すべしとされ、政権奪取後、直ちに実行されたが、自民党政権となりまた元に戻ってしまっている。

<長野市のWebサイトで薪愛好者に呼びかける>
 ただ長野市のような中核都市だと、ちょっとした工夫で薪愛好者に森林整備の手伝いをしてもらうことも可能である。
 支持者訪問をしていると、環境意識が高くログハウスに住み、薪ストーブという家によく出くわす。今はリンゴ畑の廃園により生ずる薪とか、上述の千曲川河川事務所のニセアカシア等に頼っているが、いずれ底を尽く。そこで長野市役所の林業担当者が、間伐材が転がっている山林をホームページ(Webサイト)で知らせ、長野市内の薪を必要とするサラリーマンに週末、薪を調達しに山へ入ってもらうことである。大半の人たちはチェーンソーばかりか、薪割り機まで持っている。地方自治体が山林所有者と薪を必要とする人たちの仲介をするだけで経費はほとんどかからず、メリットは双方にある。
 こうして森林の中に転がっている間伐材がなくなり、流木の元も少なくなり、いざ伐採の時も丸太の搬出が容易になる。大雨の時の流木防止にもなり一石二鳥である。

<政治の要諦は今も治山治水>
 公共事業も道路に流れ、河川がないがしろにされてきている。ここは原点に帰って治山治水に力を入れるべきである。
 つまり国の安全は、何も軍事安全保障だけで守れるものではない。日本にはその前に自然災害がやってくる。もっといえば、脱原発も避難しなくてもすむように予め手を打つというという点で治山治水の延長にある国土防衛である。美しい日本に安心して住めるようにするのが政治の要諦である。