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2017年07月26日

治山治水は国政の基本 -九州豪雨被害拡大は手入れ不足の山の流木が原因- 17.07.26

 地球温暖化防止のためのパリ協定ができた。しかし、事態はもう手のつけられない状況にまで進んでいる。昨今の異常気象の常態化、つまり大荒れの気象が当たり前になったことがそれを物語っている。7月6日の福岡県朝倉市の24時間降雨量は、545.5ミリと観測史上最大だった。梅雨前線に湿った空気が流れ込み、積乱雲が次々と生まれる「線状降水帯」がもたらしたゲリラ豪雨である。

<流木が被害拡大の元>
 洪水の被害を拡大させたのは、川が氾濫した水だけでなく、一緒に流れてきた流木である。正確にはわからないが、福岡県は流木を推計20万t超と発表した。
 被災地の山にはスギやヒノキが植えられていたが、太さ50~60cmに育った木が根っこごと流された。途中の木や土手に引っかかり、水流をせき止め、氾濫を助長させた。橋があると、そこに溜まりその橋をも壊してしまう。猛威を振るったのは水ばかりでなく、一緒に流されてきた材木や木の根や枝だった。
 だから、千曲川河川事務所ではいつも中洲に繁茂するニセアカシア等の木の伐採に余念がない。流木が引っかかり、水流を止め、堤防決壊の原因になる怖れがあるからだ。

<カラマツの功罪>
 長野県には、前号【「千曲川源流登山 -川上村の美しいレタス畑と好対照の放置された山林-」(17.7.20)】で触れたとおり、いたる所にカラマツが植わっている。私の祖父も、私の生まれる前から大学資金の足しにと、カラマツを植えておいてくれた。私は芽吹きの時も紅葉の時も美しさを見せるカラマツに親近感を抱いている。今や信州の景色を代表する一つになっている。
 しかし、折角の祖父の心遣いも、私の教育資金になることは全くなかった。1951年の丸太の自由化、1964年の製材の自由化で、安い外材が大量に入ってきたために日本の山の木は手入れ賃にも満たないくらい暴落し、放置するしかなくなってしまった。コメ1俵の価格は全盛期の2万6000円から今や2分の1以下の1万円そこそこに下がっているが、材木は4分の1以下である。採卵鶏は大規模養鶏で乗り切り卵価はほぼ同じ価格で推移し、物価の優等生と呼ばれる。しかし、急峻な斜面ばかりの林業には為す術がなかった。

<ヒョロ長い木が流木になる怖れ>
 私のカラマツ林は、開墾されリンゴ畑に変わったが、川上村のカラマツ林は健在だった。しかし、登山口から歩いて1時間の所は、当然下枝刈りや間伐は行われていない。私の体と同じようなヒョロ長い木が茂る(いわゆる線香林)ばかりで、下草はほとんど生えていない。手入れが行き届かない人工林は、太陽光が地面に達するのを妨げるため、地盤は脆くなる。ここに九州豪雨並みのゲリラ豪雨がきたらすぐ土石流となり、カラマツも流木となり一緒に流されることになる。更に増えた鹿が、また森林荒廃に拍車をかけている。山の無残な姿はなかなか人目に触れない。だから、いくら警鐘を鳴らしても届きにくい。たまに森林の奥深くに入ると、その荒廃振り、危うさが否が応でも目に入ってくる。私はすがすがしい空気を吸いながら、長野で将来予測される大土石流災害のことが頭の中から離れなかった。これを防ぐのはまさに政治家の責任である。

<間伐材も流木の元凶>
 我が長野県は8割(106万ha)が森林であり、民有林の人工林(33.2万ha)のうち、カラマツが52%、スギ17%、ヒノキ15%と針葉樹がほとんどである。
 まず、当面は手入れをすることである。森林税もその費用に充てるべきだ。間伐し、陽が地面に当たるようにして、大雨にも強い山林を造らなければならない。
 次に、切り捨てられている間伐材の問題である。残った成木すら採算が合わないのだから、間伐材などに手間をかけても一文にもならないことは明らかである。持ち出すのに手間とお金がかかり過ぎて赤字になるため放置される。これが流木の元となり、下流に大被害をもたらすことになる。

<山の木を売れるようにするのが地方創生に一番の近道>
 強い森を造るには、雑木林つまりその地の木がベストである。それでは採算が合わないとしても、5m針葉樹を植えたら5mは地の木を残すという混交林という手法もある。自然の木を残しておけば、熊や猪や猿や鹿が里に下りることも少なくなる。そこには野生動物の餌があるからだ。
 民主党政権時代、林政には相当力を入れた。当時、菅直人代表代行にせがまれて、ドイツの黒い森(シュヴァルツヴァルト)へ視察に行き、「森と里の再生プラン」の作成に生かした。農業再生プランに次ぐものであるが、私は野党時代に民主党のとりまとめた政策の中で、最も出来がよいものと自画自賛している。今風に言えば、地方の活性化(地方創生)は山の木を売れるようにすることが一番の近道である。
 ところが、獣医学部の新設とかばかりに血眼になっている。原点を忘れているのである。
 その中で、切り捨て間伐材は許さず有効活用すべしとされ、政権奪取後、直ちに実行されたが、自民党政権となりまた元に戻ってしまっている。

<長野市のWebサイトで薪愛好者に呼びかける>
 ただ長野市のような中核都市だと、ちょっとした工夫で薪愛好者に森林整備の手伝いをしてもらうことも可能である。
 支持者訪問をしていると、環境意識が高くログハウスに住み、薪ストーブという家によく出くわす。今はリンゴ畑の廃園により生ずる薪とか、上述の千曲川河川事務所のニセアカシア等に頼っているが、いずれ底を尽く。そこで長野市役所の林業担当者が、間伐材が転がっている山林をホームページ(Webサイト)で知らせ、長野市内の薪を必要とするサラリーマンに週末、薪を調達しに山へ入ってもらうことである。大半の人たちはチェーンソーばかりか、薪割り機まで持っている。地方自治体が山林所有者と薪を必要とする人たちの仲介をするだけで経費はほとんどかからず、メリットは双方にある。
 こうして森林の中に転がっている間伐材がなくなり、流木の元も少なくなり、いざ伐採の時も丸太の搬出が容易になる。大雨の時の流木防止にもなり一石二鳥である。

<政治の要諦は今も治山治水>
 公共事業も道路に流れ、河川がないがしろにされてきている。ここは原点に帰って治山治水に力を入れるべきである。
 つまり国の安全は、何も軍事安全保障だけで守れるものではない。日本にはその前に自然災害がやってくる。もっといえば、脱原発も避難しなくてもすむように予め手を打つというという点で治山治水の延長にある国土防衛である。美しい日本に安心して住めるようにするのが政治の要諦である。

2017年07月19日

千曲川源流登山 -川上村の美しいレタス畑と好対照の放置された山林- 17.07.19

<「仕事のし方改革」が必要>
 私は、相当政治活動に専心してきたと思っている。数年前の週末になるが、記者から資料を頼まれ、それを用意したところ取りに来ないので、土曜日に部屋のドアの取っ手に資料をかけて渡せるようにしておいた。記者が玄関の防災センターで「篠原孝事務所へ」と言ったところ、「ああ、あのいつも1番遅くまで仕事をしている方の部屋ですか」と言われたという。妻には効率の悪い仕事をしているだけだ、と馬鹿にされている。「働き方改革」ならぬ「仕事のし方改革」が必要だと思っている。

<体力づくりは山歩きに行き着く>
 国会議員には永田町の仕事の他に地元との往復もある。この繰り返しでは体もまいってしまうので、健康を考えてスポーツをすることも考えた。地元のソフトボールチームにも入っているし、最近は野球チーム「民進カチマス」にも入った(この様子は前原誠司のツイッターを参照されたい)。テニスもそこそこやっていたし、秘書の1人がテニスができるというのでやり始めたが、2人とも下手くそだし時間がとれずに練習もできないのでやめた。
 そこで、近所の山巡りに参加することにした。元々知らなかった山々を知ることができ、結構楽しんでいる。その延長線上で今回は、高校の同級会(19会)の主催する千曲川源流登山に参加することにした。

<整然と耕された見事なレタス畑>
 朝5時半起床で車をとばして登山口に向かった。その両側に見えてきたのが、整然と植えられたレタス畑だった。荒れ果てた草だらけの畑が1枚もなく、真剣に生産に取り組む姿勢に心が晴々した。マルチ栽培だったが、なんと道路脇の花もマルチで覆われていた。一行の一人が、あの花も栽培しているのではないかと勘違いするほどきれいだった。
 今や日本全国で休耕地が多く、その面積は埼玉県に匹敵するといわれている状況の中で、川上村は畑をフル活用していた。平地でレタスが獲れ終わった頃にちょうど出荷できるようになる。真夏で食欲がなく、サラダが食べたいという時に丁度合っていたのである。温室による促成栽培の反対の抑制栽培である。エネルギーも何もいらない、ただ、海抜1000m前後の高地で冷涼な気候のなせる業である。

<気掛かりは連作障害>
 同じ物を作り続けると連作障害が起こる。この問題を解決するには、クロルピクリンによる土壌消毒が必要だが、やはり一面レタスではいずれ疲弊していくであろう。また、このような野菜を作り続けるには、有機質の肥料が必要である。つまり畜産の堆肥が必要なのだが、牛が草を食んでいる場面は見かけなかった。
 山に入ると、まだ芽吹きの季節が続いており、本当にすがすがしい限りだった。鳥が沢山鳴いていた。バードウォッチングだけでなく、鳥の鳴き声を聞いて当てたりするバードリスニングもあっていいと思う。森の鳥ではウグイスぐらいしかわからないが、ともかく、かなりの種類の鳥が鳴いていた。

<山のテッペンまで植えられたカラマツ>
 登山道はほぼ千曲川の流れに沿っていた。源流を辿っていくとその途中、きちんと整備された山林もあれば、全く線香林になっているカラマツ林もあった。どこもよくこんな急斜面に植林したなと驚かされる。我々の祖父母の世代が戦争中に荒れ果てた山に、戦後になってせっせと植えたのである。苗は軽いから山のテッペンまで運んで植えられるが、育った木をどうやって切り出して運ぶのかは考えていなかったのだろう。今、伐採期になったが、運び出すのにコストがかかりすぎ、採算がとれなくなり放置されたままである。

<久方振りに見た適地の白樺>
 登るにつれて白樺が見え、ある程度の高さになるとダケカンバになった。白樺は長野県の県木であるが、非常に繊細で長野の北部では海抜800~1100mぐらいでしか生育できない。小学生が国会見学に来て、県木の庭園を通るが、「長野県の木だけが温室ならぬ冷室が必要だ。冷室がみんなの寄附でできれば生育できる」「6年くらい経つとみんな枯れてしまう。だから他の都道府県の木は2本ずつしか植えられていないのに、いつも跡継ぎが必要なので白樺だけが3本も4本も植えられている」と冗談を交えて説明している。

<ゴミがゼロの山道は日本人のモラルの高さの象徴>
 登山には相当時間がかかった。私は常日頃支持者訪問で足を鍛えているから大丈夫だと言っていたが、やはり山道の坂道は石ころが多くて歩きにくく、疲れは倍加する。それでも登りはそこそこに簡単であった。盛りを過ぎたシャクナゲがあちこちに自生していた。
 ほとんどゴミがゼロなことにつくづく感心した。プラスティック、ティッシュ、空き缶のようなものは何1つ落ちていない。山を愛する人々のモラルは完璧で、自分のゴミは勿論のこと、その辺りに置かれていたゴミまで持って帰るのであろう。日本人の環境美化のモラルは世界に誇ることのできるレベルに達している。

<カラマツ林がいつか流木のもとになる懸念>
 九州で集中豪雨があったが流木が問題となった。カラマツ林は枝刈りもされず間伐もされていない。細い、いわゆる線香林が密集しており、カラマツの下には陽が入らず、何ひとつ他の植物が生えていない。コメツガ、トウヒ、ダケカンバ等他の原生林のところには柏木や雑草が生えているのと好対照である。今よくいわれる局地的豪雨(ゲリラ豪雨)などに見舞われたら一発でカラマツの山は崩れ、大量の流木を生み出す惧れがある。おまけに殖えすぎた鹿の食害もあり、森林は相当脆弱になっている(この対策については別途提案する)。

<千曲川源流で思い切り飲んだ水の美味しさ>
 そのうちに千曲川の源流に到着した。その頃はそれほど疲れていなかった。時刻は11時45分、登山口を出てから5時間近く経っていた。本当にチョロチョロと水が湧き出ていた。その水をしこたま飲んだ。これ以上飲めないぐらい飲んだ。これがずっと慣れ親しんだ千曲川の源流であると思うと感慨もひとしおである。
 山歩きのベテランの久米、土屋の両リーダーから、ここで引き返すか、急坂を登って甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)を目指すか尋ねられた。まだ余力があったので、即座に上を目指すと返答した。甲州(山梨)、武州(埼玉)、信州(長野)の頭文字(?)をとったという3県の県境にそびえる山(海抜2,475m)である。
 途中ちょっと雨がパラついたが、暑すぎもせずちょうどよい天候だった。皆行儀がよかったのだろう。山頂は晴れていた。ただ、残念ながら雲がかかっており、民進党の将来の見通しと同様に視界不良で富士山を眺めることはできなかった。雲がなければ、百名山のうち43座も見ることができるという。その頂上では、旅館で用意しておいてくれた美味しいおにぎり2つを頬張り、お湯を沸かし、持っていった味噌汁を飲んだ。格別に美味しかった。

<心も体もリフレッシュ>
 登りよりも下りが大変なのはわかっていたが、今回はそれを思い知らされた。朝6時50分に毛木平を出て、帰ったのが17時30分で約11時間もかかった。足がパンパンになりながら戻った。ところが、わきを流れる水はそれほど増えていなかった。これが下流の中野や飯山になると相当な分量になり、日本一の大河となる。
 たまには下界(政界)のことも忘れて大自然に接しないと心も体も衰えていく。都議選の総括といった雑事(?)が進行中だが、私は故郷の信州で一息つかせていただいた。

2017年07月12日

羨むべきJEFTA・TTIPに対するEUの基本戦略-日本の経済外交は自国の金儲け以外の理念はゼロ― 17.07.12

<交渉が中断したままのTTIP>
 太平洋をまたぐTPPは頓挫したのに対し、大西洋をまたぐTTIP(Transatlantic Trade and Investment Partnership)は一体どうなっているのか。これが私の今回のブリュッセル行きの関心事の一つであった。結論を言うと、TPPはアメリカの離脱で完全に死んだのに対し、TTIPは一応まだ生き残っているが、前途は多難のようだ。
 オバマ政権が対応力を失ったことと、それに続く自由貿易協定に反対するトランプ政権の誕生により2011年9月以来、交渉は中断している。ロス商務長官は二国間協定だから進めてもいいと発言しているが、ナバロ国家通商会議議長は、EU は28カ国が加盟国であり、マルチと同じだからといって乗り気でない。ライトハイザーUSTR代表は、早くとも9月のドイツの総選挙の後、今年の年末だと、どうとも取れる発言を繰り返すだけで態度は不鮮明である。閣僚クラスとしては最後になった公聴会でも、再三にわたり議会と相談するとしか答えていない。トランプはというと、パリ協定ほど完全に触れていないわけではないが、あまり触れていない。ということは、どう扱うか悩んでいるということなのだ。

<EUは確固たる理念の下に交渉>
 こうした中で、EUの態度は明確である。カナダ・EU・FTA(CETAと略称している)を締結していることからわかるとおり、何もFTA・EPAに背を向けているわけではない。ただ、どういうFTAにするかについては確固たる基本戦略を持ち、死守するもの、譲らないところが明確であり、交渉がかなり予測可能なのだ。日本のすぐ妥協する交渉姿勢と比べると見事である。
 例を挙げると、ISDSである。TTIPでもJEFTA(前述したようにJapan EU Free Trade Agreement としてこのように略称されている)でも一切認めておらず、JEFTAでは常設の仲裁裁判所の設置と二審制を求めている。かねてから、世銀の下の公平性を欠く仲裁人や一審制の問題が指摘されていたが、まさにその正論に応えたものである。
 私は長らく農業問題の国際的な仕事に携わってきた。EUの交渉官には各国のうるさい要求に応じなければならず、大変だなあと同情してきた。しかし、裏を返せばいろいろな利害がある加盟国の意見をまとめるには皆の納得する論理が必要であり、それがためにEUの主張はいつも筋が通っていることに気付くようになった。今回の様々な主張もその線に沿っている。それに対し、独裁国家の(?)ような国の主張は、その独裁者に振り回されどこか歪んでいるような気がしてならない。つまり歪められているのは、加計学園がらみの獣医学部の新設だけではなく、実は国際交渉こそ取り返しのつかない歪んだ対応がなされているのだ。

<ISDSはこぞって大反対>
 我々は、二人の欧州議会議員とのアポイントを取ろうとしたが、ストラスグルグで議会中のため、その代理と2つのNPO(ヨーロッパ共同調査機関、ヨーロッパ消費者連盟)等と意見交換したが、いずれもいの一番にISDSは受け入れられないと明確に主張した。議会側は専ら国家主権の侵害を問題とし、NPO側は食品の安全や環境規制に対してアメリカ企業が次々に訴える可能性を指摘し、絶対に受け入れないと強調した。この姿勢はJEFTAでも貫かれ、TPPに入っているから盲目的に同じ主張を繰り返すだげの日本側と対立し、全く決まっていない。それにもかかわらず「大枠合意」した称している。大切な一章が抜けたまま合意というのは、あまりにもひどい説明である。

<米英FTAが先行する可能性もある>
 こうした中、行き過ぎた自由化、国際化にブレーキをかけた米英の2国には大胆な動きも見られる。イギリスはまだ形式的にはEUの一員であり、離脱交渉を始めたばかりであり、独立して貿易交渉をやる資格はない。
一方トランプ大統領は、多国間協定を嫌い、今後は二国間協定で貿易赤字を解消していく方針を明らかにしている。そしてEUについても、貿易黒字の大きいドイツをユーロを操作して黒字を溜め込んでいると批判し2国間交渉で解消しようとしている。一国だと黒字が続くとその国の通貨が高くなるのに、ドイツは統一通貨ユーロに守られてその調整が働かず、ますます黒字を貯めこんでいると批判を強めている。だから米独の二国間交渉が必要だという理屈である。しかし、当然のことながら外交窓口はEUであり、ドイツが交渉相手になることはない。そこで関係者の間で話題になっているのが、米英の二国間交渉である。
 イギリスは食の安全についても厳しいEUの基準にはそれほどこだわっていない。BSEの苦い経験から消費者の姿勢は厳しいが、政府はアメリカと同様に“Sound Science”(科学的根拠)を重要視しており、アメリカと歩調を合わせてられる国である。こういってはなんだが、やはりアングロサクソンの血は似通っており、国家戦略でも似てくるようだ。こうしたことから、まず米英で合意を成立させ、それを引っ提げてEUに向けていく戦略である。JEFTAをもとめて、アメリカを揺さぶるというもっともらしい戦略の逆である。
この点、JEFTAもイギリスも加盟国の前提で合意しており、イギリスの離脱が実現した暁には、事務的な調整が必要であり、日英EPAも必要になってくる。

 他に私が興味を抱いたのに2点ある。
<略称はやめようという提案は日本人にはピタリ>
 1つはJEFTAの略称である。二国間協定の場合、ほぼ決まって自国を先に出して使う。例えば米韓FTA、韓国では韓米FTA、アメリカでは米韓FTAである。ところが、EUではJEFTAと日本を先に出している。理由はEJFTAでは発音しにくいので、JEFTA(ジェフタ)にし、EUカナダFTAもCETA(セッタ)と略称している。
 ところが、ドイツのショイブレ蔵相が、略称を安易に作るのはやめるべきだと主張している。理由は、国民が略称ではわからず、国民への説明もしにくく、従って国会承認も得られにくいからだ。もっともな正直な主張である。我々アルファベットに馴染みが薄い国民には尚更のことである。

<膨大になりすぎる最近の国際協定>
 また、ショイブレ蔵相は、TTIP等は膨大な内容を含み、国際協定としては複雑になりすぎているので、もっと簡略化して交渉すべきだとも主張している。
 私は16年秋のTPP特別委員会では、野党の筆頭理事として、TPPがあまりに膨大な内容なのでテーマごとに6〜7回の参考人質疑をし、その上でテーマごとにもっとじっくり審議すべきと主張したが、ただただ承認を急ぐ政府と日程闘争にこだわる民進党の間で妥協が成立せず、僅か30時間しか審議されなかった。

<もっと細分化した議論が必要>
 こうしたことを回避するためにも、貿易に的を絞り、また知的財産ならそれに絞ってそれぞれの協定としてするのがベストである。なぜならば、国内法は一本ずつ審議されるのに対し、国民の権利・義務に関係する国際協定が、一部の外交官僚の手に委ねられ、全て一緒くたに一回で国会承認されるといいうのは、あまりにも乱暴だからだ。
 トランブの主張する多国間協定よりも二国間交渉というのも、こうしたマルチの訳のわからない複雑な交渉では国益を守れないということから発していると思われる。ショイブレ蔵相の慧眼に脱帽するとともに、国際的協定のあり方について考えさせられた。

2017年07月11日

JEFTA(日EU・EPA)は政治的合意そのもの-獣医学部で畜産振興のふりをしつつ、JEFTAで酪農を痛めつけている大矛盾-17.7.11

 私はTTPを必死に追いかけてきた。もちろん日EU・EPAも気になったが、やはりアメリカの強引なやり方が許せないばかりでなく、日本の軟弱な対応に腹が立ち、TPPファーストで日EU・EPAは二の次だった。
 しかし、今回、TPP11のハノイ出張と同様に極めてにわか仕立てでのブリュッセル出張となった。7月5〜8日まで滞在し、例によって4グループの関係者と意見交換したが、その席でJapan-EU Free Trade AgreementがJEFTA(ジェフタ)と呼ばれていることを初めて知った。たぶん日本ではほとんど使われていないだろう。

<政治的合意でしかない「大枠合意」>
 7月6日、仰々しく安倍—ユンカー(EU委員会委員長)、安倍−トゥスク(EU理事会議長)の二国間首脳会談が行われ、日本得意の「大枠合意」(agreement in principle)が成立したと日本の新聞は大きく報じた。TPPについても途中「大筋合意」というわけのわからない言葉が使われたが、今度は「大枠合意」。ただ、英語は同じ agreement in principle である。前者は、あとは細部の詰めを残すだけなのに対し、後者は、例えばISDS(投資家国家間紛争手続)条項の章の一つが全く合意していない。従ってJEFTA合意と言えない代物である。だからであろう、現地の新聞なり、欧米の主要紙はほとんど取り扱わなかった。これほど対照的なことは近年では珍しい。
 つまり、EU側は本当の合意と見ておらず、日本の安倍首相が政治的パフォーマンスで合意をアピールしたいがために、強引に「大枠合意」と言い出したに過ぎないと見なされているのだ。その意味では、JEFTAの「大枠合意」はTPPの「大筋合意」よりもずっとタチが悪い。

<政治的パフォーマンスに利用されただけのJEFTA>
 その証拠に、EU側は発効は早くとも19年と言い放っており、急いだ安倍総理もそれを認めている。最終的にはEUは28カ国の国会承認が必要だが、関税部分の発効には欧州議会の承認で十分なのだ。だからJEFTAもTPPと同じように、強引な国会運営で他国に先がけていの一番に国内手続きを終了させ、早々と発効できるというのにさっぱり急ぐ気配はない。よくわからないが、EUが絶対応じないISDSをはじめ、基本的な合意に達していないことが多いからだ。
 だとしたら、一体何のために急いだか。実績を財界にそして国民に大袈裟にアピールすることしか考えなかったからだろう。外交はもともとどこの国でも政治的パフォーマンスに使われやすいが、安倍首相の乱用は目に余るものがある。真の国益などどこかへ吹っ飛んでしまっていることがわかってくる。それにもかかわらず、安倍首相は自らを自由貿易の旗手として悦に入っている。

<したたかなEU外交に翻弄された日本>
 外交の世界では、EUのしたたかさは有名である。ある時は筋を通して絶対に譲らない。昔からのもので言えば、成長ホルモンを絶対に認めないことであり、今で言えば、ISDSの拒否である。しかし、一方ではとても理屈に合わないようなことは、加盟国がてこでも動かないからと泣き言を言い続け、徹底的に抵抗してそれを通してしまう。だからアメリカは11ケ国宛てのTPPは強引にまとめられても、EU1カ国が相手なのに少しも前に進められないでいる(次号で詳述)。
 EUは、イギリスが離脱し、自国ファーストを掲げる右翼勢力が台頭するなどEUをないがしろにする風潮が生まれつつある中、引き締めのためにも何らかの成果がほしかった。TTIPが暗礁に乗り上げる中、組しやすい日本が早速餌になり、まんまといいようにあしらわれて妥協を強いられたのが、今回のJEFTA大枠合意である。ここでまとめたいという点ではまさに日本とEUの利害が一致したのである。

<時代遅れの自由貿易信仰>
 日本での関心も、TPPに比べてずっと低い。いつも突出して問題になる農産物でも、チーズ等乳製品とワインが問題になるくらいで大騒動にはなっていない。TPPで免疫ができたせいかもしれない。つまり、いくら農民が反対しても全く耳を貸さずあとから予算をつけて誤魔化すだけだと諦められている。しかし、せっかく消費量が伸びているチーズの関税が下がるとなると、高級志向の消費者はフランスやイタリアのブランド品に群がる可能性が高く、日本の酪農家は気が気ではあるまい。
 自由貿易ばかりが罷り通る訳ではないとアメリカがTPPから離脱する中、日本は進んで関税ゼロに突き進んでいる。世界が反グローバリズムに動き、自由貿易のあり方が疑問視されているのに、やはり日本は時代遅れである。21世紀なのに、また20世紀の論理で動いているだけだ。格差が生まれ、若者や中間層が政治に失望し、アメリカではトランプを生み、フランスではマクロンを生んだ。底流には「自国ファースト」が公然と前に出てきている。それなのになぜ我が日本国だけ違うのか。これでは国民がついていけなくなるのは当然である。

<TPP水準などに合わせる必要がないのに大妥協>
 日本は何よりもTPPを優先していたが、ほぼ同じころすなわち2013年4月に日・EUの交渉が始まっている。例によっていつも年末が近くなると年内合意の掛け声が掛けられたが、いつも置いてけぼりだった。それが、TPPが頓挫した途端、いつの間にかアベノミクスの三本目の矢の中心に躍り出てしまった。国家戦略特区による規制改革で、成長産業をと威勢のいいことを言っているが、それが腹心の友を優遇する加計学園の獣医学部では、経済成長につながるはずがない。国民もその胡散臭さをお見通しである。だからどうなるかわからないが、形だけは大きい日・EUEPA(JEFTA)が必要になってくる。
 日本は相変わらずの農業の切り捨てである。四国にいくら獣医学部を新設したところで、畜産の振興になるまい。片方でチーズ関税の引き下げを譲り、豚肉もTPPと同じように譲りまくっているのだ。TPPはそもそも関税をゼロにすることで始まった交渉である。ところが、日・EUはそんな約束で始まってはいない。TPP水準にこだわる理由はないのに、その水準におさまれば御の字という風潮が生まれた。私には信じられないことである。

<透けて見える下手くそなシナリオ>
 ほとんど実を結んでいないその場しのぎの安倍経済外交の極みが、今回のJEFTAといえる。加計学園は安倍首相の直接指示はなく、専ら「忖度」で動いたということだが、JEFTAは安倍首相が何としてもまとめろと指示をし、バタバタとまとまっていった。
 日本でずっと事務レベル協議を続け、6月30日と7月1日には、EU側からマルムストローム通商担当委員とホーガン農業委員が来日して日本側と協議したものの、まとまらなかったという。それではということで岸田外相が5日にブリュッセル入りし、再交渉し6日の首脳会談につなげ、安倍首相のリーダーシップにより最終合意に至ったという、手の混んだ演出を行っている。あまりにも底が丸見えのシナリオである。
 7月上旬の読売と朝日の世論調査結果は、こんな誤魔化しが通用しなくなったことを如実に示している。内閣支持率が30%台に落ち、逆に不支持率は50%前後に増えている。嬉しいことに国民もやっと覚醒してくれたのである。

2017年07月05日

小池・都民ファーストの大勝利が民進党に示唆すること-信頼に足る受け皿があれば国民は自民・安倍政権など支持しない-17.07.05

 東京都議会議員選挙は、大方の予想をはるかに上回って、都民ファースト(以下「都民フ」)が大勝利した。公明党はいつものとおり1人の落選者も出さなかったが、都民フも島部で1人落選しただけで、49議席を占め圧勝である。(無所属6人を追加公認し、55議席となっている)自民は過去最低の38議席に達するかどうかなどと、今思えばかなり楽観的な予測が述べられていたが、よもや公明党と同じ23議席とは誰しも思わなかっただろう。
 自民の敗因は、あちこちに書かれているとおり、驕りである。可哀想なことに都政は築地・豊洲問題ぐらいで、争点はもっぱら国政問題となり、自民党候補は後ろから鉄砲で打たれどおしで、多くが討ち死にしてしまった。同情を禁じえない。

<安倍内閣の高支持は消極的理由のみ>
 東京都民の多くは、とても危うい安倍・自民党政権には日本の将来を任せられないというシグナルを送り出したのだ。安倍内閣(首相)の支持率は、6月下旬の世論調査では軒並み10ポイント以上近く下がったが、それでも40%前後を維持している。第1期政権と合計すると、5年目を過ぎている長期政権としては異例である。
 しかしその理由は、世論調査にも如実に表れているように、他に代わるべきものがないからである。実に4割近くが理由としてあげている。まず、自民党内に人材がいないこと、そして次に何よりも野党第1党・民進党が全くだらしなく、とても政権を託せる政党と思われていないからである。

<都市民が見切りをつけた驕れる自民党政治>
 そこに出現したのが小池・都民フである。大阪の橋下・維新、名古屋の河村・減税日本に続く、大都市の不満の受け皿である。前者は大阪都構想や行財政改革を掲げ、後者は減税一本である。但し、今は両方とも色褪せてきているが、都民フはその成り上がるスピードといい規模といい、前2者をはるかに凌いでいる。
 つまり、都民に限らず日本国民は、ずっとダラダラ続いてきた古い自民党政治にはもう何の魅力も感じていないのだ。それは民主党が躍進した2007年の参院選と2009年の衆院選と2回の国政選挙でも明確に示されていた。そして10年後の2017年の今も、実は底流には同じ流れがあることがわかってきた。

<民進党こそ大敗北>
 10年前、そして3年3ヶ月の民主党政権は、09年には民主党に対する期待は大きく膨らみ、いや膨らみ過ぎていた。そしてその期待に応えられないどころか、期待を裏切り、国民は失望に変った。都議選の大敗北は、何も自民党だけではない。もっと深刻な敗北者は、野党第一党の民進党である。
 野党第一党として、加計学園・森友学園で何度も攻めに攻めた。国民もやっと安倍政権の美辞麗句ばかりの政策に飽きがくると同時に、危険を感じ始めた。しかし、民進党は代わるべき受け皿にはならず、7議席から更に2議席減らし、5議席となった。直前の離党組が都民フの推薦を受け、そこそこ当選しているという言い訳が聞こえてきそうだが、誰も聞く耳を持たないだろう。現職8人を含め16人が相次いで離党届を出し、後に都民フに推薦してもらっている。泥舟から逃れ始めたのである。
 4年前、7~8選挙区で共倒れとなり、45議席から15議席に減ったが、今回は更に減った。一方、共産党は17議席から2議席伸ばして19議席。得票数も共産党77万票(13.83%)に対し、民進党は39万票(6.89%)と半分にしか達せず、前回の69万票(15.83%)と比べて半減した。民進党は都民からは、ほぼ完全に見捨てられたのである。

<野党共闘は一方的に共産党に譲るしかなくなる>
 もしこの結果から次期衆院選の民進・共産の野党共闘を考えるとしたら、東京にある25の小選挙区は、都議の議席数の按分比例だとしたら、共産党19選挙区、民進6選挙区であり、得票数の按分比例でも共産17に対し民進は8となる。ちなみにこれを自・公に当てはめると議席数では半々となり、得票数では自民16・公明9となる。このような平穏な共闘が組めるかどうか疑問だが、共産・公明とも主張できる立場にある。
 さて、候補者は上述で落ち着くとして、衆議院選の議席はどうなるか。7月4日の東京新聞は都議選の票をもとにしてすぐに試算している。小選挙区は都民フ13、自民11、公明1 比例代表区は都民フ7、自民4、共産3、公明2、民進1となる。つまり、民進党は合計42議席ある東京で比例でもたった1人しか当選できないことになる。

<新しい党に生まれ変わり、受け皿となる>
 ただ、今回の都民フの思わぬ躍進は、民進党にも一縷の望みを示している。つまり、自民党に代わるべき受け皿と認められれば、政権交代への途が拓けてくるということなのだ。その点を引責辞任した松原仁都連会長が、端的に次のように述べている。
 「自民党に対する国民の怒りの受け皿になれなかった。明快な敗北だ。5議席で一定の評価を出すようでは政権奪還する政党にはなりえない。敗北を認識するところから党勢を立て直さなければならない」。まさにその通りである。
 さすればどうすべきか。
 首都決戦で全く存在感を示せなかった民進党は、政党として終わったのだ。再生のためには3年3ヶ月の民主党政権の負の遺産は、私が2012年12月の大敗北直後から指摘しているように、(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ13.02.05~13.2.22まで11回連載)完全に捨て去らなければならない。それを明確に国民に示して、全く新しい政党として再スタートしなければ、社民党と同じように消えていく運命にある。

<負の遺産を抱えた古い顔は消え去るべし>
 私は下野以来終始一貫して社民・生活はもちろん、経験と知恵と腕力を兼ね備えた小沢一郎と亀井静香までウィングを拡げた大野党統合に動いてきた。しかし、私の力は及ばず、なかなか実現しなかった。2016年やっと維新とだけ合流し、党名が変わったものの、中途半端なままである。自民党の補完勢力に成り下がった大阪維新は除外して、今でも大野党統合すべきである。小池・都民フは、都議会では5議席しかない民進党など目に入らないだろうが、国政は違う。もし都民フが国政進出してくるならば、大同団結して対自公に立ち向かっていくべきである。
 そして、何よりも負のイメージだらけの民主党色から脱するためには、象徴的古い顔は、次期衆院選では公認せず、民進党から出ていってもらうことである。小泉純一郎は、2人の大御所中曽根康弘と宮澤喜一を切り、新生自民党を演出している。党運営も、民主党政権を失敗に導いた負のイメージのある顔ぶれは一旦全員退いてもらい、全く新しい陣営で出直すことである。

<民進党の再生は地方・農村からしかない>
 民主党はかつて「1区現象」と呼ばれ、典型的な都市政党だった。しかし、愛知県のような例外はあるが、大阪でも東京でも今は全く支持が得られなくなりつつある。それに対して、逆に農村部は今も民進党を見捨てていない。2016年の参院選の32の1人区での勝利は、東北5県と甲信越(山梨・長野・新潟)、三重、大分の11県だったのがその証拠である。農民は民主党の農業者個別所得補償をやめ、デタラメなアベノミクス農政に走る自民党に敵意を示しているのだ。
 民進党の再生は、農村地域、地方から進める以外にない。東京もいってみれば一地方である。安保法制だ、特定秘密保護法だ、共謀罪だと国はかまびすしいが、国民はもうこうした路線に辟易している。もっと地域住民のことを考えた地に足のついた政治を望んでいるのである。
 我々民進党も、国政レベルでも小池・都民フに見習い「国民ファースト」を掲げ、地方から反旗を翻していくべきである。

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