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蓮舫代表の無責任突然の辞任とその対応 - さっさと新代表の下に選挙体制を整える - (7月11日都議選総括ヒアリング) 17.08.19

(都議選の大敗北ヒアリングの7月11日からかなり経ったが、その後25日の両院議員懇談会、そして27日の突然の辞任、8月2日の両院議員総会における本格的代表選の承認とめまぐるしく動いた。旧聞に属するが、この間、私が何を考え、何を言ったかをブログに2回に分けて残しておくことにする)

<不承不承の都議選総括ヒアリング出席>
 7月11日からブロック別に東京都議選の総括のために意見を聞くということになった。私は、当初は会議に出ないことにしていた。ところが、親しい同僚議員にそのことを伝えると「篠原さんが出てピシッと言わなかったら執行部は反省するわけがない。是非出て発言してほしい」と言われてしまった。「なぜいつも俺ばかりが嫌われ役をやらなくてはいけないのだ」と反論したが、「篠原さんの場合は何を言っても嫌われないし(?)、皆もきちんと話を聞くから」と再要請され仕方なく出ることにした。

<恩情でした代表選辞退勧告>
 私は昨年、代表選の党大会の2日前、9月13日に、「蓮舫候補は代表選から辞退すべき」とブログで明らかにしている。その数日前には蓮舫候補にその原稿を届けてあった。私が前原誠司候補の推薦人になっており、彼を代表にしたいからと勘ぐられるかもしれないが、そうではない。蓮舫候補が二重国籍問題について嘘をついていることは明らかであり、私の趣味に合わなかったこともあるが、もっと別の理由があった。蓮舫代表は華があり大衆受けする民進党のスター政治家である。そんな彼女を低迷する民進党の建て直しで消耗させず、将来に温存したかったからだ。自民党があらゆる手段を使って国籍問題を突いてくることが目に見えており、そんなことで傷つけるのは民進党にとって大損失だからだ。

<人気者を選び使い捨てる民進党の悪癖>
ところが、蓮舫代表のままのほうが組みしやすいと見たのか、自民党が二重国籍問題で総攻撃をかけてこなかった。一方、こちらは、私が予測したとおり、蓮舫代表を担ぎ出した面々が、冷たく使い捨て始めた。真っ先に支持表明した細野豪志が代表代行を辞任した。また、蓮舫代表が続投表明後、幹事長を引き受けるなと電話をしてきた幹部がいたという。
 私の代表選辞退勧告は表向きは厳しいようだが、7月末に露呈した側近幹部の冷たい対応と比べると多分、私のほうがずっと愛情あふれる対応をしていたと思う。昨年秋の私のブログを読んだ2人の同僚議員から、いつもよりずっと優しい論調だし、やはり女性には弱い(?)と指摘された。この2人は行間を読めたのである。
 自力で選挙を戦えず、風が頼りの同僚議員がこぞって蓮舫人気に便乗しようと代表に選出した。ところが、役立たずと見るや、冷酷に突き放したのだ。何度も繰り返してきた悪いパターンである。

<蓮舫代表の責に帰すのはお門違い、3年3ヶ月の宿痾が原因>
 岡田元代表はじめ、いわゆる6人組と称される今の執行部に近い者が、2014年春に「海江田おろし」をやり出した時、私は徹底して海江田代表を擁護した。党員が一丸となって支えるのが筋だからだ。蓮舫代表も我々が選んだ代表である。私は代表選で蓮舫代表の名前は書いてないし、前述の悪さをしているので何の党の役職もないが、蓮舫代表を支えてきた。党員として当然の責務である。
 今回も東京都議選の結果は蓮舫代表の責任ではないと庇った。大敗の原因は明らかである。3年3ヶ月の民主党政権に対する不信、失望が今もずっと続いているからである。言ってみれば3年3ヶ月の宿痾(しゅくあ)であり、その総括が終わっていないからだ。蓮舫代表に責任があるとしたら、この宿痾に対する国民の厳しい目を過小評価し、その超特大の責任者である野田元首相を幹事長にしたことである。党内はもちろん国民からも見離されることになり、支持率が少しも上昇しない元凶となった。

<続投へのエール>
 私は過去との決別を図るべく、12年の大敗北からずっと野党大統合による新党結成に向けて動いてきたが、維新と統合し党名が変わったものの、生活や社民あるいは小沢・亀井も含めた統合は実現できずじまいだった。今、都民ファーストの会への流れと見て、宿痾のひどさを再認識している。
 まだ蓮舫代表はやる気を示していたので、私はそれをバックアップすべく、今後の蓮舫体制の起死回生策について具体的に提案した。
 今まで党の運営の仕方がまずいので、いろいろな意見を言ってきた、というより何回も建白書(?)にまとめて説明し、幹部にこのようにやってほしいと直接注文をつけてきた。残念ながら聞き入れられる確率はそれほど高くなかった。しかし、蓮舫体制になってからはそれを一度もしていない。正直言ってこういうことに疲れていた。だから、今回のヒアリングで久方振りに意見を言ったことになる。

<都議選で最低得票率の小選挙区から出馬>
 1つは蓮舫代表が先頭に立って戦う姿勢を示すことである。
 政権交代を目指す野党第一党の党首は、衆議院でなければならないということで、蓮舫代表も早くから東京のいずれかの小選挙区への鞍替えを明言していた。自民党は新たな区割り法案に基づく定員削減の調整が終わり、後はあぶり出された人を比例区でどう優遇するかということぐらいしか残っていない。それに対して我が党の党首がどこの選挙区で立候補するかもわかっていないというのはおかしい。だから、不退転の決意を示すためにも、先の東京都議選挙で最も民進党の得票率の低かった23区内の選挙区から立候補を表明し、そこで戦って議席を得るべきだとキツイ注文をつけた。
 私は5~6番目に発言したのに、サンケイ新聞は私のこの提案を真っ先に紹介し、見出しに使った。

<女性候補を比例区で優遇>
 次に、女性候補をたくさん擁立し、女性代表を前面に押し出すことである。
 通常国会が森友・加計問題や自衛隊の日報隠し等で紛糾し、超党派で推進していた男女共同参画法が通らなかった。しかし、現行制度下でもちょっと工夫することで実現できる。比例区で女性候補を擁立し、その候補を1回限り比例1位にして、他の候補を2位にするという優遇をするという手法がある。定数が減員された佐賀県で選挙区が変わったという事だけを理由に、九州ブロックで大串博志を1位にして、他候補を2位にした。本来であれば稲富修二が当選して大串が落選していたはずのところで大串が当選し、関係者から大顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。その大串が政調会長である。野田幹事長同様に皆が快く思っていなかった。
 比例の枠を1つ減らされることから反対する者もいるだろうが、新人女性1回限りでクリアできる。ただし、四国のように6人ぐらいしか定員のないブロックは困るだろうから例外にするとか、ルールを決めて断行すべきである。

<古い民主党の顔を一掃する>
 更に蓮舫代表が最もやらなくてはいけないことは3年3ヶ月の宿痾を払拭することである。「小池・都民ファーストの大勝利が民進党に示唆すること」(17.07.05ブログ)で示したとおり、信頼に足る受け皿があれば、自公政権など支持しないのだ。そのためには、民主党政権を潰した張本人である菅直人・野田佳彦元首相は公認せず、民進党から出て行ってもらうようにすることだ。民進党が受け皿になるには新しい党に生まれ変わらなければならない。
 メリーゴーランド人事でいつも日の当たるポストにいて、いい加減な政権運営をし、民主党を潰してしまった人たちも、一旦は退いていてもらうべきだ。ただ、これを貫徹すると前原も枝野も引っ込んでいろということになるが、深い反省の上で再建に取り組んでもらうしかない。

<地方・農村から反撃の狼煙を上げる>
 私が民主党に参画した2003年秋、民主党は紛れもない都市政党であり、都市部で強いことを「1区現象」と呼ばれていた。私は羽田元首相にその体質を変え、複数区(2区以上)でも民主党議員を誕生さすべく、民主党農政を推進してほしいと口説かれて政界入りしている。
 それから10数年、大阪は維新の牙城となり、今東京は都民ファーストに席巻され、その面影は微塵も残っていない。民進党の反転攻勢は地方・農村部からしかできないと思っている。2007年の参院選は農業者戸別所得補償だったが、今は反アベノミクス農政でいくしかあるまい。
(会合は非公開で行われた。私はそういう時も当然ルールを守る。しかし、誰が喋るのか、どんどんと記事になった。私の出た会合もそうだが、執行部に責任、解党的出直し、はたまた二重国籍問題等が取り沙汰された。私は蓮舫代表が続投すべしという思いから、そうしたことには全く触れず、上記の手厳しい提案しかしていない。