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無所属でも私の政治姿勢は不変-中道・リベラル、穏健保守勢力の結集を目指す- 17・10.10

<くたびれた希望の党「公認申請せず」騒ぎ>
 私はこれで6回目の選挙である。1回目の選挙は何もわからずドタバタしていたが、今回ほどドタバタしたことはない。それは全て、あの出鱈目この上ない政策協定書にサインしなかったにもかかわらず、希望の党に公認されたことに基因する。それにともなう対応で無駄に時間と体力を費やしてしまった。反自民、反安倍勢力の拡大のため合流により1対1の構造を作るというのに、希望の党はリベラルを排除したばかりでなく、立憲民主党に対して刺客を立て馬脚を表している。
 ただこうしたことは選挙後に論じることにし、政策を訴えなければならない。遅ればせながら8日から党首討論が行われたが、今一つピリッとしない。民進党は、安保法制、憲法改正、消費税等主要施策についてもちゃんと政策が出来ていたにもかかわらず、何も作っていなかった希望の党に引っ張られ、何が何だかわからなくなっている。政権選択選挙というのに、争点がほとんど見えてこない。これでは国民・有権者にとって失礼である。今日から選挙が始まったので、やはり私の政策スタンスを明らかにしておかなければならない。

<絶対自衛隊を海外に出さず>
 まず一番問題になっている憲法から始める。1980年私は、農林水産省より内閣の総合安全保障閣僚会議担当室に出向し、2年間とっぷり食糧安全保障を中心に安全保障問題を担当した。その時に、猪木正道、高坂正堯、佐瀬昌盛といった安全保障と勉強会をご一緒させていただいた。それ以来安全保障問題は私の分野の一つになり、憲法もその中に含まれる。
 私の結論は明快である。9条を守るべきである。しかし、ただただ手をつけずに守るのではなく、積極的に守ることが必要である。まず、どんなことがあっても、自衛隊を海外に派遣(派兵)することを絶対ないようにする必要がある。国連がからんだPKOでも出すべきではなく。災害救助に限定すべきだと思っている。その代わり、今は憲法上認められていない自衛隊を、わが国を守る軍と位置づけて然るべきである。ただし、自衛に限度をとどめ、活動はせいぜい200海里の排他的経済水域のいわゆる周辺事態(領海や排他的経済水域)にとどめるべきである。地球の裏側まで出向くことなどもってのほかである。私の案が一番抑制的な憲法改正案ではないかと思っている。

<7条解散の廃止>
 もう一つ、絶対に早く手をつけてほしいのは、内閣の思いのままにできる7条解散の廃止である。ドイツ・イギリスでも既にこういった解散制度はなくなっている。日本の憲法も本来69条解散、つまり不信任案の可決か、信任案の否決以外に解散は出来ないことになっているが、吉田内閣のときにこの7条解散をやって以来、慣例として認められてしまった。当時は憲法違反の論議があったけれども、最高裁判所は統治行為だということでそのままになっている。
 せっかく羽田元総理が二大政党制を目指して小選挙区比例代表制を導入し、政権交代ができる土壌が出来たにもかかわらず、この7条解散があるために、いつも政府与党の都合のいいときに解散が行われ、野党が潰されているのだ。今回の大義なき解散総選挙はその典型である。もっともその意味では、近年は特に大義がわかる解散などなかった。

<原発はなるべく早く廃止>
 2番目は原発廃止である。私は相当昔から原発に疑問を持ち続けていた。1970年代後半、室田武、槌田敦、槌田劭等の集うエントロピー学会の会員となり、こうしたことを勉強していた。1979年スリーマイル島の事件、1986年にはチェルノブイリの事故もあり、それ以来ずっと原発を追いかけ続けた。
2006年には外務委員会の視察でウクライナに行ったときは、朝6時におきて3時間かけてチェルノブイリにまで行っている。その時に私は、日本でもいつか原発事故が起こるに違いないと予告している。残念ながらその予想が的中し2011年に原発事故が起きてしまった。私はますます原発はこの世からなくすものだと確信するにいたっている。
 2011年には農林水産副大臣として再びチェルノブイリを訪れ、石棺の近くまで行った。その様子は私の拙書『原発廃止で世代責任を果たす』に詳しく報告している。
だから日本でさえ新設を認めない原発を輸出可能にする原子力協定には、与党時代も含めいつも反対し、全役職剥奪の懲罰を受け続けてきた。今後も絶対反対していくつもりである。

<政策も選挙も都市部優先>
 3番目に、私のホームグランドである農政に触れなければならない。私は今回の希望の党も地方を切り捨てる党になってしまったと思う。民進党はそれなりに地方を固めつつあった。昨年の参議院選挙が典型であり、東北5県と甲信越の1人区で勝っている。地方は反乱を起こしつつあったのだ。そうした中でいろんな形の野党共闘が出来あがっていた。
 それを民進党幹部は都市部の議員を救うための希望の党に飛びつき、いまや分裂されてしまった。都市はそれでいいと思う。しかし、私は両院議員総会で北海道・東北・北陸信越ブロックは民進党のままで行くべきだと主張したが、前原代表以下が頑として受け入れなかった。その結果、新潟は誰一人として希望の党から出ていない。また、北海道は大半が立憲民主党となった。長野では私が希望の党を拒否した。ここでも地方が都市の犠牲になっている。政策も選挙もことほど左様に地方のことを考えていないのだ。

<地方の振興は農林水産業中心に>
 私は、地方のことを優先する政治に全力を尽くすつもりである。皆GDPだけで考え過小評価しているが、私は政治が大事にしなければならない産業は、農業・林業・水産業だと考えている。
 我々が考え、政権をとったときに実施した農業者個別所得補償を復活する。これにより農家の収入を安定させ、日本の農地をフルに使うということが必要である。つまり外国との貿易に過度に頼る国の生き方を改め、きちんと足元を固めなければならないということだ。
 例えば、中山間地の振興がままならないというが、簡単である。山の木がそこそこの価格で売れる状況にすれば、それだけですべてがうまくいく。今最盛期の4分の1の価格でしかなく、切り出すと赤字になってしまう。昔から中山間地域は、木材でもっていたのに、それが欠けたために窮地に立たされているのだ。こんな単純なことが実行されないでいる。

<地産池消は工業製品にもあてはまる>
 次に、食べ物については地産池消・旬産旬消を徹底し、それに向かうよう制度づくり、補助をする必要がある。この点は、原産地呼称制度を徹底し、国産や地方産の表示を進めるのが第一歩である。ところが、アベノミクス農政はただ農協いじめをし、やたら競争原理だけを求めている。この延長線上で、日本の農業はやっていけないと悲観し、相変わらず規模拡大ばかりに走っている。
 ちょっと変わった例をあげると、トランプ米大統領は、「アメリカ人の使う車はアメリカで作る」と言っている。これは地産地消に則った原理といえる。つまり食べ物だけでなく、工業製品も、最終消費地の一番近くで最終製品にするのが、一番効率的だということだ。だから、トヨタが毎年20万台車を作る工場をメキシコに作るということに激怒している。当たり前だ。メキシコ人が使う車をメキシコで作るならいいけれども、NAFTA(北米自由貿易協定)で関税がゼロ、賃金はアメリカの1/4から1/5。それを悪用してメキシコで作った車をアメリカにどんどん輸出というのは邪道であるとトランプ大統領が怒っているのだ。アメリカは、パリ協定に反対をしているが、パリ協定の、輸送に伴うCO2の排出を少なくしようという理念にかなっているのである。

<地域資源を活用して生きる>
 われわれは自前で生きていく。周りのものを活用して環境にやさしい生き方をする。これは私の1985年の著書『農的小日本主義の薦め』に書き注目された。ただ当時は輸出産業イケイケドンドンの時代で、論壇では評価する声と酷評する声が真っ二つであった。ところが数年前にほとんど同じ内容で藻谷浩介氏『里山資本主義』を上梓され脚光を浴びた。今まさに時代が到来したことを実感する出来事である。

<野党統合の接着剤に>
 それから無所属ということで当然のことだが、当選のあかつきには私は野党で、反安倍、反自民連合を作る接着剤の役割を果たしたいと思っている。