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【民進党再生・野党統合シリーズ3】 立憲民主党にも野党統一会派結成・統合を呼びかける責任がある -国民は右でも左でもなく民進党的な中道を望んでいる- 17.12.28

 民進党は親元の責任もあり、立憲民主党と希望の党の双方に、まずは野党統一会派の結成を呼びかけ、その後(できれば7月の参議院選挙前早い時期に)野党統合して新党を結成し、参議院選挙で勝利し、次の総選挙を政権選択選挙に持ち込むことを念頭に置いている。

<「主張を鮮明にした」から高得票したのではない>
 ところが、立憲民主党の枝野代表は、54名と大勝利(といっても希望の党を上回ったにすぎず、野党第1党としては最小)した後、「数合わせは意味がない」、「主張を鮮明にしたから支持を受けた」と発言している。明らかに勘違いである。前号で指摘したとおり、立憲民主党の高得票は、政策・理念に共感したというよりも、むしろ、判官贔屓と民進党の代替が重きを占めていたのである。
 12月に入ると、政策と理念を同じくする人に来ていただきたいとして、立憲民主党の拡大に力を注ぎ、大塚民進党代表の友党として統一会派結成、という呼びかけに応じない姿勢を示していた。12月26日3日目の全国幹事会と両院議員総会の合同会議という丁寧なプロセスを踏み、立憲民主党と希望の党の双方に正式に統一会派を申し出たが、にべもない返事しか返ってこなかった。他党を寄せ付けない姿勢は、2ヶ月前の小池の排除とダブってくる。明らかに自己矛盾に陥っているのである。

<野党第一党の党首は野党をリードして政権交代を果たすこと>
 初めての代表として張り切っているのはわからないでもない。しかし、少なくとも衆議院ではもとから野党第一党であり、常に他の野党もリードし政権交代に導く責務がある。前原前民進党代表が、前任者とは異なり野党第一党として勝負に出たのも、その故である。ただ、私の自由党や社民党とはどうしたか、という問いに対し、「自由党さん、社民党さんは、それはそれぞれの党がお決めになることで、私が他党のことまで判断しない」、と寝惚けた答えしか返してこなかった。こんな狭い了見だからできたばかりの希望の党にやられっぱなしで、結果は無残な大失敗だった。

<枝野の小池化は危険な兆候>
 それを枝野代表は、小池と同じ排除の論理を振りかざし、他党からの合流つまり引き抜きまでしているのである。更に「立憲民主党が大きくなっていくことを目指すので、再編を考えていない」とのたまわっている。狭量にすぎ、野党第一党の党首の自覚が見られない。
 枝野代表の言うとおり、政策・理念が一致しないと会派は組めないなどと言っていたら、日本に会派や政党はいくつあっても足りなくなってしまう。政治家の考えはまちまちであり、政策や理念が全て一致することなどあり得ないからだ。
 調子に乗る立憲民主党が野党統一会派を拒み続けている姿を見た国民が、枝野立憲民主党の驕りを見逃さないはずがない。自民党からいじわるされ、オリンピックで森喜朗に、そして都政で内田茂に対抗する健気な小池は支持されていたものの、希望の党の結成後にリベラルを排除するいじわるな小池になり、瞬く間に支持を失ったのと同じ構造が生じつつある。12月26日の連舫元代表の民進党離党・立憲民主党入党は永田町の茶番劇として国民は冷ややかに見ており、支持を失うことに拍車をかけるに違いない。

<国民は枝野代表に安倍政権への対峙を期待>
 我が国で小選挙区比例代表制が導入されてから二大政党制による政権交代が理想とされ、現に我々民主党は2009年8月にそれを成し遂げている。アメリカの共和党・民主党のように、それぞれの政策が幅広い考えの政治家を抱えて党内議論をして政策をまとめるのが熟練政治家の腕の見せ所である。
 枝野代表は、ずっと党の中枢を占め、訓練の場を人一倍与えられてきたにもかかわらず、どうも熟練の域に達していないようである。いまだ組織運営のコツを掴んでいないようだ。いろいろな考えの持ち主をまとめて引っ張っていくというガバナンスから逃げ、安易な純化路線を歩もうとしている。これでは政権交代はできない。数を大きくしないと安倍政権は倒せないのだ。安倍政権打倒という大きな目標に向かい、些細な違いには目をつぶっていかなければならない。枝野代表は、数合わせはしないとか、内側の数合わせをしたら期待を裏切ると発言しているが、国民はむしろ数を合わせて自公政権に対峙していくことを望んでいるはずである。ここを見誤っていると思われる。

<リーダーには撤退の決断こそ必要>
 もう一つ気になることがある。枝野代表は排除で小池とダブるのに加え、自己陶酔し暴走する姿は前原にもダブって見えてくることである。別のブログで触れたが、前原も排除や踏み絵の段階で小池に向かって啖呵を切って「それなら民進党で戦う」と撤退していたら、こんなに傷は大きくならずに済んだだろう。枝野代表も今が突っ張り路線から撤退する潮時である。
 話は横道に逸れるが、私の国会質問の引用から始まる『満州開拓団の真実』(小林弘忠著/七ツ森書館)を涙を流しながら読んだ。日本軍の暴走、そして1945年6月から始まった和平工作がずるずると長引き、撤退を知らない軍部に押し切られていたことが、原爆投下、満蒙開拓団の集団自決を招いてしまったことが、怒りに満ちて書かれていた。ある時には撤退こそ勇気のいることなのだ。

<排除により得をしたのは立憲民主党>
 立憲民主党の皆さんは枝野代表をはじめとして、当初苦しい選挙戦を強いられた希望の党に反感があることはよくわかる。しかし、もっと太っ腹になってほしい。もしもあの排除がなかったら、立憲民主党は生まれなかったのである。前号で述べたとおり、もう落選と諦めていた議員の多くが、思いがけずの得票で小選挙区から当選できたのである。
 皮肉なことに小池や前原はリベラルを排除せんとして、逆にリベラルの拡大を許してしまったのである。立憲民主党の「17年当選者の17年と14年との得票数・得票率」(別紙)でみるとおり、小選挙区当選は6人から14人に増えた。前職15人全員、元職16人、新人23人(巨大与党自民党ですら19人)と54人も当選し、小さな党にもかかわらず比例単独が8人当選した。当初の排除の時は肝を冷やし、恨み骨髄に達していることはよくわかるが、結果は大勝利であり逆恨みをする筋合いはない。付言すれば、本当の被害者は第一に排除により無所属で出馬せざるを得ず落選した者であり、第二に当初の大きな期待にもかかわらず、風が逆風に変わり議席を失った希望の党の落選者なのだ。だから、ここは一つ大人になり、逆転の発想で先頭に立って野党統一会派を呼びかけるぐらいの度量の広さを示してもおかしくない。

<元の鞘に収まる>
 私は、複雑な民進党の選対委員長を仰せつかっている。1年半後の19年の参院選勝利に向けて、友党と仲良くしていかないとならない。だからあれこれ言うのは遠慮してきた。友党のみならず他の野党とも協議を重ねていかなければならないからだ。なぜなら誰が考えても32の1人区は1人の候補に絞らなければ野党が勝つ術はない。それを国会内の野党統一会派すらできないとしたら、候補者の一本化などできるはずがない。できれば1日も早く野党統合を実現して、私が他の野党と一本化の協議などしなくてもすむような状況を作り出しておかないとならない。
 今回の合流劇は異様であり、国民がきちんと判断して立憲民主党を支援したわけではない。大半の国民は、右でも左でもない、中道・リベラル、リベラル・保守、穏健保守・穏健リベラル、こういった真ん中の政党を望んでいる。それが外ならぬ民進党なのだ。今で言うなら右の希望の党は自民党の補完勢力とレッテルを貼られ支持を失っており、左の立憲民主党も今の強硬路線を続けるかぎりいずれ国民の支持を失っていく。民進党は前原前代表に消されかけたが、首の皮一枚で繋がったのである。日本には「元の鞘に収まる」という賢い言葉がある。一刻も早く旧民進党のもとに収まり、政権交代に向け第一歩を踏み出さなければならない。