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【羽田孜元総理 追悼シリーズ3】 羽田さんが恐れていた今の民進党の惨状 -羽田さんの供養に政権交代のできる政治を実現- 17.12.10

 私が衆院選出馬をくどかれていた時に、羽田さんが何を言われたかは既に3回(09年9/14)(11年7/16)(13年2/7)、少しずつ書いている。しかし、あらためて羽田さんの目指されたことを知ってもらうべくブログ・メルマガに書き、今の皆さん、特に民進党全議員の部屋には届ける予定だった。そして、9/4、9/8と2回までは掲載し、最終3回目をと思っていた矢先、前原代表の突然の希望の党との合流話・解散総選挙で中断してしまった。今日(12月10日)上田市で「羽田さんのお別れの会」が開催されるので、三ヶ月遅れて掲載することにした。

〔この件については、8/31夕刊フジ『鈴木棟一の風雲永田町』に、羽田孜氏「政権保つには農政」「篠原孝に『君に任せる』」と、簡潔明瞭にまとめていただいているので、その一部も別添に掲載する。〕


<民主党統合の象徴だった羽田さん>
 03年秋、私の出馬会見後、民主党と自由党が統合した(いわゆる民・由党合併)。私は羽田さんに、「小沢さんのようにあちこちで政党を壊してしまう者と一緒になるのは危険じゃないですか」と尋ねた。羽田さんの答えは、「俺は、当選同期でずっと昔から小沢のいいところも悪いところもよく承知している。力のある政治家で、自民党政権を倒すという共通の目標があるから大丈夫だ。それに民主党を終いの棲家とすると約束したから、俺が統合にゴーサインを出したんだ」。
 そのとおり、政権交代まではうまく行った。その後はいろいろあったが、危機は福田・小沢会談で大連立が決まったものの、民主党が反対して流れた時だった。小沢さんは党首をやめると怒ったが、羽田さんの慰留でとどまった。その頃から、羽田さんは脳梗塞で言葉も歩行もままならなくなっていた。しかし、民主党の分裂を救ったのである。その後の分裂は、一部の勢力が愚かにも小沢さんをイビリ出したものであり、小沢さんが好んで飛び出したのではない。羽田さんはまさに、民主党統合の象徴だった。象徴を失った民主党はその後衰退の一途を辿ることになった。

<思わず涙がこぼれた小沢さんの弔辞>
 羽田さんは、小沢さんにはさんざん煮え湯を飲まされているのに最後まで信頼し、わだかまりはなかった。9月8日の葬儀で小沢さんはツトムちゃんと語り掛け、「来る者を拒まず、去る者はそっと見送り」「再び来る者は何もなかったように迎える」と付け加え、羽田さんの懐の深さ、包容力称える弔辞を述べた。一緒に自民党と戦った同志の心の底からほとばしり出る言葉であり、私は思わず涙がこぼれ出た。

<羽田さんの篠原口説き文句>
 1996年ころから羽田さんから、長野1区に出馬してほしいと口説かれる時にいろいろ言われたが、恥ずかしながらその当時、羽田さんが何を言っておられるかよく理解できなかった。それどころか、私に甘い言葉をかけてくると半分疑っていた。ところが、よく聞いていると、何年経っても「ミスター政治改革」から始まる口説き文句が変わっていなかった。いずれかの時を境にして、ようやく理解ができるようになった。なぜかというと現実にそのとおりに動いてきているからである。
 これを再現してみる。
 民主党は都市政党である。都市の住民に働きかけることにより政権を獲れると皆は思っている。俺も獲れるだろうとは思う。しかし、都市住民はすぐ批判勢力になる。従って都市政党、都市部の議員だけだと政権獲りはできても、その後の最初の総選挙で多くが落選し、政権が自民党なり他の党にいってしまう。それでは元も子もない。細川さんと俺の非自民政権10カ月が2年半か3年半になるだけだ。

<政権維持には農政が必要>
 大切なのは政権を獲った後の第一回目の総選挙で必ず民主党が勝利し、自民党を最低で5・6年、うまくいけば10年は野党暮らしをさせることだ。さもないと自民党は官僚依存体質や政官財の癒着、そういったところから脱しきれない。これを皆分かっていない。
 民主党が政権獲りのために、それ以上に民主党が政権を獲った後それを維持するために、君の助けが必要だ。田舎の有権者は都市の有権者に比べて律儀で、一旦心をつかめば支持し続けてくれる。民主党だからではなく、その人で当選できる議員をいっぱい作っておかなければならない。そのためには農政をアピールしなければならない。我が民主党サイドには農林水産大臣経験者は、俺と田名部匡省と鹿野道彦の三人いて、実はこちらのほうが質はいいが、中堅は小平忠正、堀込征雄、鉢呂吉雄しかいない(筒井信隆・山田正彦は落選中)。特に若手はゼロに近い。
 「君が本に書いていることは、役人でもOBになってもそう簡単に実現できないだろう。ところが政治家になれば、君の理想も10倍、100倍のパワーで実現できる。是非長野1区から選挙に出て欲しい。君に民主党の農政を任せる。民主党に参画してくれ」
 こうして、羽田さんのストーカー行為(?)は1995年から2003年まで足掛け8年に及んだ。一度たりとも命令調の高圧的態度などとられなかった。

<農業者戸別所得補償で政権交代に貢献>
 20年前(1997年)によくここまで見通されたなあと感心するばかりだ。私に農政を任せるという約束は、2期目(2006年)にネクストキャビネットの農林水産大臣となることで証明された。小沢さんが代表(つまりNC総理大臣)であり、小沢さんのお墨付きを得て農業者戸別所得補償を引っ下げて全国を回り歩いた。目玉政策の内容がわからない農村を抱えた同僚議員の要請により、毎週末応援に行っていたので体をこわしかけ、やせた体が,増々細くなり、クタクタになった。党幹部でもなく、ヒラ議員がこれだけあちこちを回った例はないと思う。私は、ミスター年金で一躍有名になった長妻昭さんに対し、「農村地域限定の地ビール的応援弁士」を称していた。聴衆の中には決まって私の本の読者が混じっていた。そして、同僚議員は大体それを口実に私に応援に来てくれと依頼してきた。
 その結果2007年参議院選は29の1人区で23勝6敗と民主党側が大勝利し、参議院でねじれが生じてしまい、国会運営がままならなくなった。その直後、秋の臨時国会で安倍首相は突然辞任した。更に、2009年8月の衆院選では農村部でも勝利し、308議席を得て政権交代を実現した。史上最も多い農村部議員が誕生した。羽田さんの要請になかった政権交代にも相当貢献したのである。

<民主党に対する期待感が失望感に変わる>
 羽田さんは、「民主党はいっぱい公約を作りすぎ、あれもこれも手を広げ過ぎる上に、政権運営の経験がないのでうまく行かない。期待感が失望感に変る」と心配されていた。この言葉はずうっと私の耳にこびりついている。
 農政では他から予算を持ってくる(16兆円を特別会計から拠出するなど絵空事を言っていた)などと言わず、着実にできることだけに手を染め、公共事業(土地改良事業)予算を農業者戸別所得補償の財源に充当した。従って農民には失望感など与えることがなかった。一方、急激にやろうとした社会保障と税の一体改革で党も分裂してしまった。当初は農村漁業再生プランで日本を再生と言っていた菅直人総理が、地域社会、なかんずく農村社会を潰してしまうTPPに参画するなどと言い出し、それを野田佳彦総理が受け継ぎ、私の目論見は潰えてしまった。まさに期待感が失望感に変った典型である。
 そして12年末総選挙である。私自身は、羽田さんの見通しを十分承知していたので、政権交代した時に、次の選挙を考えて身震いした。
 
<的中した「都市部の浮動票頼みの議員はほとんど落選する」という予測>
 09年8月には16万票だったが、半減するかもしれない。どうやって減少を食い止めるか思案の挙句、私は確実な名簿作りに励み、そこだけ重点的に働きかけることにした。ちなみに09年は、街宣車に乗り、あちこちで止まってマイクを握る(いわゆるストップアンドゴー)を繰り返すだけだった。それに対し12年は、ミニ集会を精力的にこなし、公示後も60回以上のミニ集会をこなす、全く逆の選挙活動をした。そのため、若手イケメンでもなく、閣僚を経験した銘柄議員(?)でもないのに、数少ない小選挙区勝利者の一人となった。これも羽田さんのお陰である。
 12年選挙で民主党は、僅か57議席に転落した。特に143人もいた新人は、民主党で6人、他党で5人再選されただけだった。羽田さんの心配が見事すぎるくらい的中してしまった。
〔12月10日付記:17年秋の希望の党の惨敗もまさにこの延長線上にある〕

<地方・農村から反転攻勢>
 3年3カ月ののぼせ上がった政権運営に対する反発は凄まじいものがある。民主党の流れを汲む民進党は、政権交代の受け皿とは見なされていない。しかし、農政では脈はまだ残っている。農民は農業者戸別所得補償のありがたさ、合理性を知ったのであり、それを導入したのが民主党だということを知っている。都市部は今、大阪は維新、東京は都民ファーストに席巻されてしまった。ここしばらくは大都市での民進党の信頼回復は無理だろう。となると、再び地方の農村から反転攻勢するしかない。
 私は、前原体制のもと、羽田さんの夢を実現すべく、再び汗をかく覚悟である。
(9月16日脱稿)

〔12月10日付記:最後の一行を読むと虚しくなってくる。結果は無残だった。羽田さんの「地方に根を張る民主党に」という大原則を全く無視したからである。我々のだらしなさに怒っておられるに違いない。〕

 【別添資料】2017年8月31日付夕刊フジより