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平成30年 地元各紙新年号への寄稿文 -18.01.01

地元の各紙新年号への寄稿文
『待機児童は地方の母親に任せたらどうか (北信ローカル様)』、
『激増する所有者不明の土地の意味するもの (長野経済新聞様)』、
『少子化を素直に受け入れる (長野建設新聞様)』 を以下に掲載します。

『待機児童は地方の母親に任せたらどうか』 北信ローカル様(元旦号)

 待機児童問題が世の中を騒がせている。私は正直言って違和感を感じえなかった。なぜならば、中野市をはじめとして長野県民は、昔から待機児童問題などあまり聞いたことがない。むしろ子供の数が減り、保育園がなくなり、小学校も廃校に追い込まれている。私の母校、長丘小学校も統合によりなくなってしまう。小学校は歩いて通える範囲にあるべきなのに、効率一点張りで子供にしわ寄せがいっているのである。過疎化は小学校の廃校で一挙に進む。
 国政はもちろん、今の緊急問題に対処しなければならないが、もっと長期的課題に取り組まなければならない。つまり、地方の少子化への対応こそ真剣に取り組むべきことではないかということである。地方では孫の顔を見たい、赤ん坊の声を聞きたいという声ばかりである。いわば「待機ばあちゃん・待機じいちゃん」の問題である。子育て環境は、地方のほうがどれだけ優れているかしれない。そこで私は厚生労働委員会で、田舎の祖父母に預け、週末に母親なり両親が田舎に行き、また月曜日に戻る交通費を援助したらよいのではないかと提案した。地方で暮らしていけないから東京へ、都会へと人が出て行かざるをえないのが根本的問題なのであり、この流れを逆にすることこそ国に求められることである。私のように地方に生まれ育った政治家は、そのために力を尽くすべきだと思っている。


『激増する所有者不明の土地の意味するもの』 長野経済新聞様 新春特集号(長野経済新聞・建設タイムズ合併号)

 遊休農地、不耕作地の問題はとっくの昔から語られてきた。きれいに耕された日本の農村は、それこそ絵のように美しく、江戸から明治初期に日本を訪れ手記を残した欧米人は、こぞって日本の勤勉性の証として絶賛していた。日本はいたるところに手入れが行き届いたきれいな「庭園列島」だと銘名したのは、川勝平太静岡県知事である。あまり知られていないが、日本の自然をこよなく愛す川勝知事は、軽井沢に居を構えている。
 日本人は何事もきれいに整えておくことが好きで、自身の身の回りの家や庭や田畑をそれこそ丁寧に権利する癖を持っていたといえよう。隣近所の手前、汚しておくわけにはいかなかった。田畑も荒らしておいて害虫が湧く場所にしてはならなかったから、皆きれいに耕していた。ところが減反政策が始まった時から、この美意識が失われていった。その結果、いまやそこら中の田畑は荒れ放題である。
 実は目には見えなかったが、その前に里から遠く離れた山村が手つかずで、荒れ放題になっていた。所有者の不明な山林が土砂崩れでメチャメチャになり、手が付けられなくなるという事態が生じていた。九州北部のゲリラ豪雨では、放置された間伐材が一斉に流れ出し、大水害の被害を拡大させてしまった。そしてこの自分の土地に対する無責任さが、空地や空家にまで広まった。
 かつて、多くの日本人はその地で生まれ、その地で育ち、暮らし、亡くなっていった。しかし、今はあちこち動き回り、定住地がない人が増えた。親と同居とか跡を取るとか家を守るという価値観がどこかにふっ飛んでしまったようだ。つまり、何かにつけ愛着を持たなくなってしまったといえる。この日本人の価値観の変化が、働き方なり生き方に大きな影響を与えないはずがない。例えば、かつては一生同じ会社で働くのが当然だったが、今の若者は平気で職を変えるようになった。
 話は飛躍するが、物事に持続性がなくなりつつあるのだ。今だけに関心が集中し、過去も未来も考えることが少なくなってしまったのではなかろうか。私は、これこそ日本の危機だと思っている。我々政治家も、日本のよさ、日本人のよさをどうやって残すかを真剣に考えなければならない時に差しかかっているような気がする。これは経済成長よりも何よりも大切なことである。


『少子化を素直に受け入れる』 長野建設新聞様(新年号)

 少子化問題が昨年の解散総選挙の一つの理由にされた。1947年、団塊の世代の出生数を100とすると、秋田(12)、島根(16)、高知(17)といった地方は五分の一に減っている。我が長野県は24と約四分の一に減ってるのだ。これでは子供が少なくなり人口が減少するのは仕方ないことである。一方東京は合計特殊出生率が1.24なのに71にとどまっている。地方から多くの若者が東京や大阪に集まっているからである。ただ、それも一時的な話で、今後は大都会の高齢化のほうは深刻になっていく。従って、我々は人口減少(少子・高齢化)を前提とした社会の仕組み、産業の構造を変えていかなければならない。
 日本は、地方で暮らしていけるように大胆な政策転換をするしかない。3年前地方創生が目玉になったがいつのまにか片隅に追いやられ、一億総活躍とか働き方改革とかの新しい言葉だけが踊っている。しかし、今こそ本当に地方のことを考えていかなければならないのではないかと思う。これが、地方を基盤とした私のような政治家の任務であると身を引き締めている。