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政僚シリーズ5 政僚の跋扈が生んだ決済文書の改ざん、忖度政治-日本の官庁全体が全自動忖度機になってしまった-18.05.18

 私は、この件について数年前から「政僚」シリーズであまりにも官邸支配が強くなりすぎており、その機能の中心となっているのが内閣人事局であると指摘してきた。情けない限りである。私はもう、日本の優秀な官僚制度は相当部分死んでいると極論も吐いてきた。公文書の隠蔽、改竄で役所の中の役所と言われる財務省もそのようになりつつあるというのは、愕然とせざるを得ない。

<忖度政治を生んだ元凶は内閣人事局>
 昔はそれぞれの役所の幹部人事は、形式的にはトップの大臣だが、実質的にはそれぞれの役所の事務次官がやっていた。しかし、今のように大臣、副大臣、政務官が2年3年やるならば、政治家に人事を任せたほうがいいと思うようになった。政治家のほうが、いろんな有象無象の人たちと会って仕事をしてきているので、役人よりも人物の観察眼を備えていると思う。
 

 しかしそれが、ほとんど接触のない内閣人事局の政治家が、官邸の意向で霞が関の人事に口を出せる仕組みになってしまった。これがアメリカのRevolving door(リボルビングドア)のように3000人余の幹部が政権交代と同時に一気に変わるというならいいのだけれども、日本は全く異なる。その弊害がまさに出たのが、今回の一連の忖度行政政治ではないかと思う。今や霞が関の役人は官邸はおろか大臣、局長等には歯向かうようなことは一切できないということである。これでは前川喜平前文科事務次官ではないが、行政も政治も歪められるばかりである。

<骨太だった伊東正義>
 ここで、一つ昔の役人、政治家の骨太ぶりを紹介したい。河野一郎(河野太郎の祖父)農林大臣の時、この強引な河野農政に対して、全てではないがいろんな場面で意見を言って従わなかったのが伊東正義である。それがために伊東は大左遷を3回させられたという。一番ひどいのは本省の相当な枢要ポストから、名古屋営林局長(今は森林管理局長)に左遷された。普通はそれで終わりである。しかし、ずっと河野大臣が続くわけでなく、最後は事務次官となった。伊東は、国民の公僕として大臣に対しても役人道は曲げなかったのだ。
 その後、満州国で同じ部署で仕事をした大平正芳首相に乞われて政界入りした。政界に入ってから、宏池会に入り池田勇人会長に挨拶に行ったときに、「私は、池田派ではなく大平派です」と最初から言い、池田勇人を怒らせたといった逸話も残っている。伊東の一徹ぶりは、政治不信が吹き荒れた時に発揮された、「いややっぱり精錬潔白な伊東さんのような人に総理になってもらわなければ」という声が沸き起こったが、「表紙を変えても、本の中身が変わらなければ同じだ」と断った。そういう骨太の役人・政治家がいたのである。
 今、そういう役人が仮にいたとしても、内閣人事局から簡単に抹殺されてしまうだろう。安倍内閣は、骨太戦略など「骨太」という言葉を使っている。よくそういう白々しい名前をつけるものだなと思う。私は、政策の前に骨太の役人、骨太の政治家、これがあって然るべきだと思っている。それを内閣人事局でそれぞれの局長、部長(指定職クラス以上)をチェックするという馬鹿げたシステムで潰してしまっている。

<内閣機能は強化され過ぎ、過ぎたるは及ばざるがごとし>
 役所のタガもすっかり歪んでしまった。この機会に諸悪の根源となっている内閣人事局を廃止すべきである。政策としてこれをすべきなどということは各省に指示をだしてもよいが、それを各省が考えて承服できないものは承服できないと言ってもいいと思うし、そうすべきである。かつては、内閣機能の強化が必要だという時もあったことは十分に認める。そのため省益を守って国益を考えていないと問題がすり替えられ、内閣人事局が発足した。官邸が言う事が全てで、一丸となって動くというのはおかしな方向に行き、少なくとも民主主義国家とは言えなくなりつつあるのではないかと思う。

<チェック機能がない日本政治の正常化は内閣人事局の廃止から始まる>
 北朝鮮の金正恩体制を独裁体制と笑っているが、今の日本も安倍超独裁体制になっている。その根幹は、安倍総理がそういう気持ちを持っていなくても、内閣人事局によってその通りになってしまっている。だからこの機会に内閣人事局を廃止することが一番ではないかと思っている。
 トランプ大統領はワンマンではあるが、あちこちにチェック機能が働いている。それに対し日本にはそれがない。統治のあり方を見直さなければならない。