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津村候補の最後の一人の推薦人となる -支持率1%の政党を今後どう立て直すか- 18.08.27

<15年の政治生活前半半分は代表選にノータッチ>
  私はほかの普通の政治家とは違い、仲間で争う代表選挙は基本的に嫌いである。2010年の鹿野道彦候補の擁立以前は、どこの陣営にも顔を出さず、推薦人にもなることがなかった。しかし、このままでは民主党がつぶされてしまうという危機感から、中心になって鹿野擁立を図り、その後「素交会」というグループができ、その事務局長、幹事長として裏方で汗をかいてきた。その結果ずっと代表選に絡む羽目になり、どうも代表選好きと勘違いされている筋も見られる。
 昨年秋の総選挙とその後の党の迷走の途中体調を崩して以降、一切党内政局にはかかわらずにきた。今回は推薦人になどなるつもりは毛頭なかった。しかし津村陣営から強い要請があり、タイトルような結果となった。このことは信濃毎日新聞が簡にして要にまとめ報じてくれている。
  しかし、私を通じた党員・サポーターの皆様には事情をきちんとお伝えする必要があり、このブログ・メルマガを書くことにした。

<希望の党の色は消さないとならず>
  それには、私の考えを党の会合でも率直に述べた伏線があった。以下に概略を述べる。
  国民民主党の支持率がさっぱり上がらない原因は二つある。一つは、3年3ヶ月の稚拙な政権運営の負の遺産をずっと背負い続けていること。ただ、象徴的存在の二人の元首相が昨年の総選挙後、別のグループに属することになったので、かなり減ったのではないか。
  それに対して、新しく「第二の希望の党」ではないかという新たな負の遺産を背負うことになった。これが、新党相場で支持率が高くなっていいはずなのに、維新、自由、社民並みかそれ以下に低迷している大きな原因である。

<低迷脱出のために3つぐらい具体的な政策をアピール>
  「対決より解決」という標語はいいとして、これが国民民主党の政策というものが見えない。2007年参院選は農業者戸別所得補償を引っさげて戦い、29の1人区で非自民23(民主17・国民新党1・無所属5)、自民6と大勝し、2009年の政権交代につなげた。今も全力を挙げて社会保障、教育、農政等の国民の関心の高い分野で独自の政策を打ち出していくべきである。

<予想された低支持率とその責任>
  昨年10月上旬希望の党は、自民党寄りの党だと認識され、サーッと支持者が離れていった。今回の国民民主党の結党は、いくら民進党と希望の党の統合なり合流でないといっても世間はそうはとらない。私は春の結党の過程で、その誤解を解くためにも、具体的に①大塚耕平、玉木雄一郎のツーショットは止めるべき、②結党後、絶対に共同代表にはせず、9月の代表選まで存続政党(つまり親元政党)の民進党の大塚が代表、玉木は代表代行になること、を強く主張してきた。関係者にも直接意見を述べてきた。また、今の低支持率を想定し、共同代表が揃って辞める事態を回避することも念頭にあった。

<希望の党の落選者が公認申請をためらう低支持率>
  ところが共同代表となり、当然の結果として衆議院の玉木代表が出ばることになった。結党1ヶ月後の6月上旬、朝日・毎日が与党に対して路線が定まらないとの記事を書いた。そして支持率は1%、マスコミは社会の木鐸、世論を的確に反映していた。
  もっと言えば、私は、2018年5月でなく、2017年10月に既に民進党を存続政党として新党にし、希望の党の落選者に月50万円の活動資金を提供することを主張していた。なぜなら元々民進党の候補者であり、個人の意志ではなく党首が話をまとめて、突然希望の党に移り落選した犠牲者であり、本家の民進党が責任をもって救済すべきだからだ。更に希望の党の分裂を予想し、戻りやすいように準備することでもあった。それが半年遅れ、二党の合流という好ましくないイメージを持たれることになってしまった。
  落選した人たちは、低支持率を一番ひしひしと感じ、その結果同じ希望の党と轍を踏むのをおそれ公認申請をためらっている。ところが当選した現職議員は、前回でも当選できたのだから次回も安泰と決めてかかかり、国民の厳しい眼差しに気付いていない。

<初代国民民主党党首は選挙で選ばれるべき>
 野党第二党で数の上では立憲民主党とそれほど引けを取らないのに、支持率は大きく離されかなり下回り、維新、自由、社民と同等かそれ以下。この低支持率の原因を謙虚に反省して、原因を探り再出発しなければならない。このままでは何の展望も開けない。
  それに少しでも光明を見出せるのが代表選である。もちろん自民党総裁選の陰に隠れ、国民の関心は集まらない。だからといって代表選をやらないのは腰砕けで国民の失笑をかってしまう。地道にやることはやらなければならない。まして前希望の党の党首が無投票で国民民主党の初代代表になったら、それこそ希望の党の延長としかとられなくなってしまう。
  ところが、60人強の政党では半分以上が何らかの役職に就いている。波風を立てないでおこうという配慮からか、津村候補の推薦人が集まらなかった。私の憂いを知る津村陣営が私に推薦人になってほしいと要請してくるのは必然だった。できれば出しゃばりたくなかったが、最後の一人ということで推薦人となり、せめて選挙ぐらいできる状況にすることに協力した。

<しっかりした政策論争を期待>
  津村は46歳、当選6回(私と同じ)、31歳で日銀退職。玉木は49歳、当選4回、36歳で財務省退職。二人とも東大法学部卒。つまり、若くして政界に転じた野心満々の政治家であり、55歳で受身で政界に転じた私とは違う。鹿野道彦や亀井静香といった鍛え抜かれた政治家とも雰囲気が全く異なる新しいタイプの優秀な若手政治家である。
  ただ政策をみてもあまり差がない、野党共闘についてちょっと違うだけでというのは報道通りだろう。それでも折角の機会を捉えて、しっかりと政策論争を繰り広げてほしいと願っている。自民党総裁選は、当選10回・60代・・・といったベテラン政治家同士の争いであり、総理を選ぶ選考である。それに対し、国民民主党は野党第二党、清新な若手が党首になるのが丁度いいかもしれない。
  今は立憲民主党の支持率が抜きん出ているが、政権交代はやはり中道リベラル、穏健保守でなければできないであろう。国民は尖った政党は右も左もあまり支持はしてくれない。中心になるのはやはり国民民主党である。
  代表選はさっさと終え、国民民主党の目玉政策を早く持ち上げて地道に国民に伝えていくほかにない。