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【漁業法シリーズ1】天皇より優遇された日本の輸出系企業-共同漁業権に守られた日本の美しい海岸-18.11.15

 私は1976年の秋から人事院の留学生制度のもと、ワシントン大学海洋総合研究所(Institute for Marine Study)に留学していた。講義科目の中にCoastal Zone Management (沿岸海域管理)という耳慣れないものが入っていた。私は単位とは関係なしに受講していた。驚いたことに日本の海岸の変容が取り上げられており、私はヴェスパー教授に質問攻めにされた。

<地球生命を育む沿岸海域>
 ラムサール条約というものがある。生命生産活動が一番盛んなのは水と土の接点、海で言うなら入江(inlet)や浅瀬(estuary)、内陸で言えば湿原(marsh、wetland)である。200m以上の水深の海は光も届かず、太平洋のど真ん中は海の砂漠とも呼ばれる。それに対し、海岸近くで植物が一番多く繁茂し、魚や昆虫が産卵する。そこで生命が誕生し、育っていく。最も保全しなければいけない地域を守る条約である。
 そうしたことから、アメリカでは沿岸地域管理という学問分野が生まれていた。海洋総合研究所自体が日本にはない学際的(interdisciplinary)研究所であり、その典型的な講義科目が沿岸海洋管理といえた。最近久方ぶりに海洋関係の雑誌を見た時に、日本にもこの言葉がすっかり定着していることを初めて知った。アメリカに遅れること何十年だったのだろうか。

<日本の海岸について質問攻めにあう>
 授業では当然、日本の共同漁業権(漁業協同組合の組合員が一定水域を共同利用して営む漁業)等について質問され、説明を求められた。私もそれほど詳しく承知をしているわけではなかったが、それでも水産庁企画課に2年いたがためにそれなりのことはわかっていたので、知っている限りについて説明した。
 次が、海岸の埋立地についての質問である。東京湾、大阪湾、伊勢湾等は、ほとんどが埋め立てられ、大企業が建ち並ぶ工業地帯になっていた。埋立の権限も都道府県知事であり、漁業権の消滅の権限も都道府県知事である。2つが衝突した時はどうするのかといった答えにくいことも聞かれた。アメリカにとってのよくわからない制度であろう。アメリカの授業ではよくあることだが、教授が一方的に喋るばかりではなく、教授が質問し、それに学生が答えるという授業のやり方も多かった。
 こうした沿岸を巡るやりとりで天皇が出てきたときにはびっくり仰天した。概略以下のとおりであった。

<誰も所有しない日本の海岸>
 突然、日本で一番の権力者は誰かと聞かれ、総理大臣と答えると、そうではないだろう日本には天皇陛下がいるではないかと逆に間違いを訂正されてしまった。次に、昭和天皇はどのようなものを持っているかと聞かれたが、質問の意図がすぐにはわからなかった。ヴェスパー教授は、牧場や山を持っていて、猟場も持っているのではないか。つまり御料牧場や帝室林野のことであり、猟場とは私も一度行ったことのある千葉の新浜鴨場である。
 次に天皇の趣味は何かと聞かれ、海洋生物学者ですと答えると、またすぐに東京近くに天皇の別荘があるだろうと畳みかけてきた。葉山御用邸のことである。私が葉山の御用邸もありますし那須にも御料牧場跡の御用邸がありますと答えた。ヴェスパー教授は私の答えを頷いて聞いた後、やはり日本の天皇はイギリス王族と同じく別格だと学生に説明した。そして次に、天皇は牧場も山も猟場も持っていて、海洋生物学者でありながら、葉山の御用邸近くに天皇専用の海岸や海は持っているのかと質問してきた。そんなことは聞いたことがなかったので、持っていないと答えた。するとにっこり笑って、また海岸の埋め立ての話に戻っていった。

<天皇より優遇された輸出系企業>
 結論は、天皇にすら明け渡さない海辺を日本政府は次々に埋め立て、タダ同然で輸出系企業に与えていった。これほどまでに輸出系企業を優遇した国はない。そんなことをしたら、日本の輸出系企業が世界で最も力を持つのは当然である。これがいわゆる日本株式会社の根本であるということであった。工場用地の埋立地が、天皇陛下より優遇されているというような比較に、我々日本人にはおもいつかないことだった。
 まだ1970年代中ごろ、日本の大輸出攻勢がアメリカを追い詰める直前の状況であり、繊維産業ではすでに波風が立っていたが、車、家電が大輸出攻勢をかけてアメリカの産業をメタメタにするのはもう少し後のことであった。ヴェスパー教授は日本の仕組み自体が、輸出しやすい工業に向いていて、その海岸のあり様に国策が如実に現れているというのだ。私は、後にも先にもこのような指摘をした文章は見たことがなく、天皇と輸出企業の優遇比較はまさに「目からうろこ」の話だった。

<諸外国は海岸も所有が認められる>
 外国から鉱物資源を輸入し、それを加工して輸出する企業は、内陸には存在できない。輸送コストがかかるからだ。浜辺ならほぼゼロですむ。かくして、東京湾、伊勢湾、大阪湾は重厚長大型企業ばかりがひしめき立つことになっていった。これほど環境を蔑ろにした開発は世界でも類例をみない見苦しいものだった。しかし、大半の日本人はこの悪業に気付いていない。豊かになるためには仕方がなかったと思い込んでいるのである。
 海岸については、日本では天皇に対しても所有を認めていない。つまり、コモンズ(総有)である。自然は皆の共有のもの、かつその時代の人たちだけではなく、未来の人たちとも共有すべき「共有財産」(commons)なのである。それに対して、ヌーディスト専用に海岸のキャンプが認められたり、高級ホテルがニースの海岸を所有していることにみられるとおり、外国では海岸の所有を許している。私のいたワシントン大学が面するワシントン湖に面したところは、面していない土地の3~4倍土地代が高くなっている。そこにビル・ゲイツが住んでいる。

<日本の海岸を乱開発から少しでも守ったのは共同漁業権>
 ヴェスパー教授は、日本に共同漁業権がなかったら、日本の沿岸は工業用地に明け渡されたり、テトラポットで囲まれた、見るも無残な姿になっていただろうと結論付けた。それを防いだのが昔からの知恵を制度化した共同漁業権であるというのである。私はアメリカの海洋総合研究所で共同漁業権の意義を知らされるとは思ってもみなかった。共同漁業権は漁業資源を枯渇させずに持続させたばかりでなく、金ばかりに目がくらんで海岸を作り変えんとした乱開発から海岸を守ったのである。 岡目八目とはこのことで、我々日本人は当然のごとく気付かなかったが、外国から見るとよくわかるのである。

<抵抗は入浜権運動のみ>
 もっとも、日本でも関西では「入浜権」という言葉が生まれ、かつては自由に釣りができたのに突然埋め立てられ、その土地が大工場の所有となり、釣り人が海岸にアクセスできなくなり、これはおかしいと裁判を起こした人たちもいた。毎日新聞の本間義人記者は、『入浜権の思想と行動―海はみんなのもの,渚をかえせ! 』(1977年)という本を書いている。先進国であれば、このようなからくりはすぐに大問題にされただろうが、権利意識が薄く、また自然を守ろうという意識も高くない日本では今だかつて問題にされたことがない。

<血迷った沿岸海域への民間参入>
 一般的には、工業は創意工夫をしてのし上がっていったという認識であり、それに対して漁業や農業は過保護のままでいるから成長できずにいたと思われている。ヴェスパー教授の講義から40年余、その浜の共同漁業権に民間を参入させるという考えが村井宮城県知事等から公然と述べられるようになり、今臨時国会で水産改革関連法なるものに具現化されんとしている。愚かとしかいいようがない。(以下、次号に続く)