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ハンディのある棚田を守るのは日本国政府の重要な仕事‐経済効果一辺倒では棚田は生き残れない-19.08.10

<環境関係の議連に多く加入>
 私は様々な議員連盟に加盟している。数は少なくしているがそれでも3~40にはなっている。そうしたものの中に棚田振興議員連盟がある。嬉しいことにこの通常国会で棚田振興法が議員立法で通過している。超党派の棚田議連でまとめたものであり、全会一致で反対する人はいない。しかしながら、実際のところ棚田は急速に減っている。このほかに私は菜の花、有機農業、ラムサール、水力発電、バイオマス、再生可能エネルギー、食の安全、高レベル放射性廃棄物等の環境に関する議連に多く入っている。おわかりと思うが、いずれも業界団体とは無縁の、言ってみればエコロジスト(?)として私の趣味である。そして、私は「棚田学会」の会員でもある。

<議員連盟のメリット>
 与党だけではなく野党でも励ます会を開く人たちは、こぞって諸々の業界につながる議員連盟に入っているが、私にはそういったものはほとんどない。業界団体が関連する議員連盟に入るのは、励ます会を開くときに2万円のパーティー券を少なくとも1枚買ってもらえることになるからだという。多くの国会議員は1年に一度、この励ます会を開催し政治活動の資金を得るが、私は、2冊の本を書いた2012年、そのお披露目に1回開催しただけである。私の議員活動は、政治資金パーティーに頼らず、4つの財源すなわち、議員報酬、文書交通通信費、政党助成金、同級生や支援者からのご寄付が全てであり、これに達したらそれ以上の活動はしない方針できている。従ってカレンダーもなし、後援会もバス旅行もなしですませている。

<ふるキャラの石塚の奔走により棚田学会設立>
 棚田学会の仕掛け人は、田舎ミュージカル劇団「ふるさとキャラバン(ふるキャラ)」を率いていた石塚克彦である。このことは既に昔のブログ(束の間の棚田サミット(西伊豆.松崎町)出席でTPPを考える - 10.11.11)に書いているので繰り返さないが、残念ながら4年前に亡くなっている。石塚は全国各地を回っていたが、多分芸術家の感性だろう、中山間地域の過疎化により荒れ放題の棚田に胸を痛めたのである。石塚の熱意にほだされて奔走し、ふるキャラを事務局にした棚田学会が誕生した。それから20年が経過したのである。
 1980年頃にできたふるキャラに拙書のフレーズがミュージカルの台詞に使われていた。後に羽田孜元首相が応援団長になり、今は、役人時代から団員だった古川康衆議院議員も、保利元会長の選挙区を引き継ぎ、棚田議連の事務局長をしている。つまり私や古川は筋金入りの棚田ファン(ふるキャラファン)といってよい。
 私は、その延長線上で、国会議員になり棚田議連に加盟し保利耕助(前衆議院議員)会長の下、公明党の西議員とともに裏方で棚田議連を支えてきた。

<棚田学会創立20周年記念学会に集まった古きよき友人>
 参院選挙の最中に、棚田学会ご一行が、「姨捨の田毎の月」で有名な千曲市の棚田の現地見学に訪れので、最盛期だったアンズを差し入れに駆けつけた。その時に、8月3日の創立20周年記念学会に是非出席してほしいと誘われ、いつもの悪い癖で安請け合いをしたため、長野市の夏祭りびんずる祭りの日だったが、久しぶりに出席した。
 私はできれば午後の記念講演や事例報告も聞きたかったが参院選の疲れが残っており、とても暑い日で外へ出るとフラフラしたので休み、学会創設当時の古いお友達と会える事を楽しみに夕方の懇親会場(東大山上会館)に出かけていった。さすがにメンバーは相当変わっていたが、20年前の学会創設時の仲間たちに会えて久しぶりに歓談できた。
 今回のテーマは文化的価値というものである。棚田は何よりも食料生産のためだったけれども、1990年代から水源涵養や国土保全の機能とともに文化的な価値を見出すようにになった。1999年に「姨捨の田毎の月」は名勝に指定され、同年、農林水産省は「日本の棚田百選」を認定した。その後2001年に「白米の千枚田」も名勝指定を受け、更に2004年から「文化的景観」として文化財保護の対象になっている。現在では世界農業遺産などを含め、文化財としての棚田の指定・認定が広く行われている。

<経済効率優先の日本で消えゆく棚田>
 しかし、残念ながら棚田議連や棚田学会の活動も、棚田の維持には無力である。日本の棚田の減少に歯止めがかからない。高名な学者・評論家が、棚田で有名な過疎地で講演をした折、どうしたらいいとかという質問され、数百年前は山林だったんだから山林に戻せばいい、と平然と答えたという。非効率なものはさっさとやめればいいという相変わらず経済合理主義、市場原理優先である。こうした考えを貫徹すれば、棚田は機械化による規模拡大はできず手間がかかるだけで、とても維持できなくなる。
 インドネシアのバリ島、フィリピンのルソン島、中国の雲南省とどこでも棚田は後継者不足等で維持するのが難しくなっているが、それでも必死になって維持されている。それを、繁栄を続ける日本で維持できないというのは、外国の人たちからすると信じがたいことであろう。皆気付いていないが、棚田こそSDGsのもっともたるものなのだ。これを維持できずにSDGsのバッジだけつけていても恥ずかしいかぎりである。

<国をあげて中山間地域をバックアップするヨーロッパ諸国>
 欧米先進国では、もうとっくの昔から中山間地の農地の景観としての文化的価値が評価され、直接支払いが導入されている。つまり政府の援助により中山間地の農業の営みが継続されているのだ。
 理屈はいたって簡単である。観光客がのどかな田園風景を見て楽しむ。そういったことができるのもこんな辺鄙なところで耕してくれる人たちがいるからである。政府はそういった人たちに報いるため、平地と同じようにやっていけない分、直接支払いで穴埋めし中山間地の農業を守っている。観光に来ない人たちにまで負担させるのかということに対しては、その人が行けなくてもその子孫たちが行って楽しむことができる。更に子孫も行くことがない人に対しては、自分の国にそうしたきれいな景観があるという事だけで満足感を覚える、だから国全体としての農村景観と評価して支援すべきであるという理屈である。こうした考えが国民のコンセンサスとして認められているのだ。
 ドイツ、スイス、フランスの中山間地域の農家収入の大半は、政府のそうした直接支払いで賄われている。ヨーロッパを旅する人たちは、休耕地・荒廃地を見ることがないのに気づいているはずである。ところが、悲しいことにその理由は全く承知していない。
 日本でこのようなコンセンサスはいつ得られるのかわからない。それを農地への規制を緩和して企業を農業に参入させれば解決する、といったとんでもない理屈で棚田が荒れるに任されている。これでは、「今だけ、金だけ、自分だけ」の謗りをまぬがれない。安倍農政は真逆の方向、すなわち競争原理、市場原理一辺倒である。そして、美しい自然を、山川海を汚し、荒らしている。政治の力でこれを跳ね返さなくてはならず、私は必死でこの悪い流れを食い止めるために汗をかいている。

<ハンディを背負った棚田は支援が必要>
 障がい者がハンディキャップを背負いながらも生きていけるように援助することについては、国民のコンセンサス得られつつある。先の参議院選挙でれいわ新選組が重度の身体障害がある2人を国会に送り込み、画期的なこととして受け止められている。
 私が言いたいのは条件の悪い棚田にも同じように援助してほしいということだけなのだ。人間については障がいのハンディを補う支援についてコンセンサスが得られるようになった。しかし、広い真っ平の農地と比べれば中山間地の段々畑や棚田に大きなハンディがあるのに少しも配慮されていない。
 国の援助の他に、もう一つトランプ大統領の批判されるばかりのやり口も弁護しないとならない。ハンディのある産業(物品)を守るために関税である。ところがWTOは関税をゼロに近づけるのがベストと決めつけている。日本の棚田や別号で論ずる水田を守るためには、米の輸入に関税をかけて然るべきなのだ。
 暑い夏だが、頭を冷やして根本に戻って考えてもらいたいものである。