« 2019年9月 | メイン

2019年11月14日

【19号台風シリーズ2】 治山治水を忘れた報いかもしれない大洪水 -山と田は放置され、水路はコンクリートでは川があふれてしまう-19.11.13

<2山が怒っている:保水力の劣化した落葉松・杉の人工林>
 第一に落葉松の人工林面積が全国一の長野で、山の保水力が急激に下がっていることである。 まじめな日本人、その中でも超まじめで政府の方針に忠実だった長野県民は、戦後の「植樹せよ」という大号令に従い、よくこんな山のてっぺんまでと、今更ながら感心するところまで落葉松や杉等を植えた。
 自然は偉大である。大昔から大雨が降り大水が出て山崩れもあっただろうし、一面が水に覆われたこともあっただろう。後述するプレートテクトニクス理論のような気の遠くなるような陸の動きもある。そうしたことが何回も繰り返されて今の国土が造り上げられていった。ところが、近代に入り雑木林・天然林を人間の都合のいい木材を造るための森へと一気に変えてしまった。深く根を張った樹木が山崩れを防ぎ、しっかりと水を蓄えてくれていたが、単層林の貧弱な林となり、水源涵養機能は徐々に低下し、今回のような大洪水が発生するようになった。

<山と森林を捨てたことが招いた悲劇>
戦後74年、祖父母の世代に植えた木は大きく育ったが、1950年真っ先に関税ゼロとなった丸太の輸入に押され、木は売っても二束三文どころか赤字にしかならない事態となった。そのため中山間地の木では食べていけなくなり、大半が限界集落となり、崩壊していった。

政府の経済効率一辺倒の政策の成れの果てである。当然、山の木は放置され、間伐も下枝刈りも行われなくなった。鬱蒼と生い茂る人工林は光を通さず、下草も灌木も生えずに地面は脆くなる。保水力は雑木林と比べ段違いに劣る。そのため、降った水は急斜面を一気に小河川に流れ、最後には千曲川に流れ込む。世を治める者、為政者が力を注ぎ込むべきは治山治水だった。山を治めることより水を治めることが重視され、山を疎かにしたことが悲劇を招いたのである。
 林野庁は、森林の有する公益的機能として、表面侵食防止(28兆2,565億円)、表層浸食防止(8兆4,421億円)、水資源貯留、洪水緩和等の機能を全体で70兆2,638億円と計算している。これらの機能が長野の山々でも急速に衰えているのだ。

<棚田が消え、水田が減少し、田のダム機能が低下している>
 第二に水田、特に棚田が減り、水田の保水力も急激に減った。米作りが日本の農民の悲願だったが、1978年から減反が行われ、水田が厄介者扱いされるようになった。その結果水田面積、なかんずく機械化も大規模化もできない棚田はアッという間に消えていった。
 日本学術会議の2005年の計算によると、水田を中心とする農業の多面的機能は、洪水防止(3兆4,988億円)、河川流況安定(1兆4,633億円)、土砂崩壊防止、土壌侵食防止等、全体で8兆2,226億円としているが、これらの機能も急速に減退しているのだ。

<3川は怒っている>
 第三に水路の整備が進み、水が一気に千曲川に流れ込むようになったことが挙げられる。土地改良が進み、いつの間にか大半の用水路が三面コンクリート化した。その結果なんとめだかが生殖地を失い絶滅危惧種となった。ここまで自然の川を変えた国は世界に類がないだろう。市街地の水路はそれよりとっくの前に三面コンクリートどころか四面コンクリート化していた。人間の便利さの追求の成れの果てに小河川は全てよどみなくなく流れることになる。
 第四に堤防は造ってもなぜか川底の掘削は行われず、水が溢れやすくなっていることである。
この点については、私の地元の畏友市川久芳飯山市議が30年超の長きにわたり、千曲川にかかる中央橋の橋桁の土砂の上昇を定点観測し、写真を撮り続けてきた。その写真は30数年間の川床上昇を見事に浮き彫りにしている。別号で詳述するが、千曲川は立ヶ花狭窄部と戸狩狭窄部と二カ所で狭くなっており、もともと土砂が溜まりやすい。そこに長野・新潟県境の西大滝ダムが追い打ちをかけてますます土砂が下流に流れなくなる。つまり、この土砂の堆積により千曲川は徐々に天井川になりつつあるのだ。こうした状況の中で、いくら堤防を嵩上げしてもイタチゴッコでしかない。

<格段に進歩した天気予報>
 今回の一連の動きの中で、改善されて見事だったなぁと思った点も多々あった。
一つは、天気予報の早さ、正確さである。台風上陸(12日19時)より3日も前、9日から大型台風襲来を予想し、準備を呼びかけていた。13都県に大雨特別警報が出されていた。台風の進路もわからず、津軽海峡を渡る青函連絡船洞爺丸が沈没し、1500人の命を奪ったのは遙かかなた昔、65年前(1954年)のことである。雨に備えろと警告していたが、一般的には9月9日に上陸した風台風15号の記憶が生々しく、大半の人はこれほどの大雨をもたらすとは予想していなかったに違いない。
 正確な天気予報により、交通機関(JR、私鉄、航空各社)は上陸前から早々と運休、欠航を決め、スーパーなども休業を決め、数々のイベントも中止され、外国はラグビーのワールドカップまで中止にしたことに驚いたのではないだろうか。日本のこうした対応は諸外国にはとても真似できない。側聞するところによると、外国ニュースメディアは日本の誇る新幹線が水没している映像を配信して、その被害の大きさを報じていたようで、諸外国のラグビーファンも納得してくれたと思う。

<精緻なハザードマップとわかりやすい警告>
 そして、二つ目は長野市では全戸配布されたハザードマップある。ただ、残念ながらあまり認識されていなかったが、今回の水害でその正確さを知り、今後はもっと活かされるだろう。後述するが、何よりの防災は、ハザードマップで危険だとされた所を避けることだ。車両が水没し118億の損失額といわれる新幹線車両センターは低地にあり、もともと200年に一度の災害では水没する危険が大きいところだったのである。警告ということではささやかなことだが、警戒レベルの5段階の一番上が、「命を守る行動」といったわかりやすい言葉にしたことである。一番危険な時に、自分で自分の命を守れ、と自己責任にされてはたまらんという批判もなくはない。しかし、官僚用語を脱したことは支持したい。

<過去の歴史に学び用意を怠らず>
 三つ目に、過去の歴史・経験に学んで行動したことである。千曲川下流の人々は、上流の佐久や上田で大雨が降ると、その数時間後に長野に、そして立ヶ花には7時間後に到達することを知っていた。そして、過去20~40年に1回洪水に襲われた経験から、避難指示にまじめに従ったことである。だから、雨が止んでから堤防が決壊し、大量の濁流が一挙に押し寄せたにもかかわらず、身を守ることができたのだ。天災の被害を「人才」で乗り越えたといえよう。
 長野県の盆地は善光寺平、松本平とも呼ばれる。大平野と比べると狭い盆地に過ぎないが、山国としたら平らだからだ。それに対し、伊那谷と木曽谷は文字通り谷である。幸い今回は二つの谷に大雨が降らなかったが、もし1日400mmの雨が谷に降ったら、鉄砲水になり被害はこれ以上であっただろう。
 二度とこんな大雨はご免こうむりたいが、今後はこれが常態化するだろう。(以下3号へ続く)

2019年11月11日

亀井静香元衆議院議員 連載コラム『政界交差点』で取り上げていただきました

『週刊現代(2019年11月2日・9日号)』の亀井静香 元衆議院議員 による連載コラム『政界交差点(第43回)』で篠原孝を取り上げていただきました。

(※クリックで大きな画像が開きます)
191030shukangendaiB5_1.jpg

191030shukangendaiB5_2.jpg

2019年11月 8日

【台風19号水害シリーズ1】日本の山川海(自然)も怒っている- 地球温暖化がもたらした大型台風は今後通常化するおそれ-19.11.08

 台風19号により甚大な被害を受け、尊い人命までもが失われ痛ましい限りです。御遺族に対し哀悼の意を表しますとともに、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。
 私の選挙区では、2名の方が亡くなられ97名の重軽傷者が出ました。また、千曲川の堤防が決壊し、長野市の長沼、古里、若穂、松代、篠ノ井、など推計5,086世帯(豊野等含む)、須坂市285世帯、中野市125世帯、飯山市626世帯、小布施町57世帯、野沢温村泉20世帯、栄村4世帯、高山村・木島平村各1世帯 計6,205世帯と多くの住宅が床上・床下の浸水被害にあいました。台風からまもなく一カ月が経とうとする現在も、多くの住民の方々が避難を強いられております。
 当事務所も、少しでも早く元の生活を取り戻せるよう地元の秘書や元秘書が荷物の搬出や、泥出し、片付けに走り回り、東京の秘書2名も国民民主党ボランティア団40名とともにボランティア活動に出ています。私も被害現場をこの目で確かめるべくTV等で何度も報じられた長沼地区をはじめ、全市町の被害地に足を運びました。また、党の防災本部をはじめとする視察団の案内を自らやるなど、側面援助をしております。政府の再建支援策が徐々に決まりつつありますが、私は被害を受けた皆さんに寄り添って、いろいろなご要望に対応すべく汗を流しております。
 ただ、現場では人手がいくらあっても足りない状況が続いております。読者の皆様には、是非復旧活動にご協力いただきたくお願い申し上げます。
 そうした中で、私が感じた洪水の原因、長期的にみる防止対策について、長くなりますが、いつものとおり数回に分けてまとめてみましたのでお読みください。

 台風19号は、台風(水)害にはそれほど縁のない長野県にも大きな被害をもたらした。12日長野を含む7都県に大雨特別警報が発せられたが、上陸した静岡県や関東に被害が集中すると思われていた。しかし、事実は違っていた。

< 1 海は怒っている>
 台風19号は、6日フィリピン沖、南鳥島付近で1,000ヘクトパスカルで発生したものの、8日には915ヘクトパスカルと急速に気圧が下がって猛烈な台風に発達した。
 当初、風速67mとスーパー台風にならんとした19号は、暴風よりも大雨をもたらす台風となり、未曽有の雨量をもたらした。温暖化により発生した大型台風であり、24時間(1日)で史上最大の降雨量を観測したのは84ヶ所に及ぶ。箱根町では13日午後3時までの48時間で1001mmと年間降雨量も降り、東日本各地で年間降雨量の3~4割も降った。
 海面水温が30度前後のフィリピン沖(南鳥島近海)で発生し、マリアナ諸島付近を北上する中で大量の水蒸気を含み、暴風域は650km、雨雲は本州の半分を覆うほどに発達した。
 海水の温度が高いと、エネルギーとなる水蒸気が大量に供給される。通常は日本に接近するにつれ徐々に勢力が弱まるが、日本近海も海面水温が27~28度と平均を1~2度上回ったため、勢力が衰えないまま北側に発達した雲を伴い、上陸前から雨を降らせ続けた。1958年の狩野川台風と同じコースだった。12日19時に静岡県に上陸した。地球温暖化により海面水温が高くなったことによるものである。

<山の斜面が生みだした豪雨>
 以上は、気象庁の公式見解である。以下に素人の私の解説を加える。
 普通は上陸すると山に遮られ勢力も弱まるが、今回は違っていた。台風とて通常と同じで山の斜面にぶち当たる側に大雨をもたらす。ところが、あまりにも強力な19号は、斜面でできた上昇気流も強烈で山を超え西側にも大雨をもたらした。
 この現象が長野県の東側の山で起こり、千曲川の上流の佐久・上田・軽井沢で平年の10月1か月分の降雨量の2倍以上の大雨を降らすことになった。標高2,000mを超える志賀高原の山々は、さすがの19号も超えられず、長野盆地の北側、つまり、中野・飯山はそれほど風も吹かず(従って、りんご・ぶどうも落ちず)雨もそれほど降っていない。長野もそれほど降っていなかったが、上田等の上流で大雨が降り、数時間後、それが一斉に流れ込み穂保の堤防を70mも決壊させることになった。
 他でも相当被害が出ているが、決壊と水浸した新幹線車両が衝撃的であったため報道が穂保に集中した。穂保の堤防は、13日2時30分頃から越水が始まり、5時30分には決壊し、辺りは濁流にのまれた。2018年の西日本豪雨の倉敷市真備町とほぼ同じ1200㏊の果樹園が冠水し、住宅部が浸水した。
 県歌信濃の国で千曲川と並び称される犀川の水量はそれほど増えなかった。なぜなら犀川の上流は、長野盆地の東側の北アルプス側にあり、雨を大量に含んだ雨雲の風はそこまで吹きつけなかったからである。
 
<大水害は、「忘れなくとも」やってくる>
 北信の水害は、中野市立ヶ花付近から大俣にかけて急に狭くなる筒所で発生している。穂保近辺では約1,000mある川幅が210mになるからだ。今回も流れが止められ、バックウォーター現象が起き、少し上流の曲がりで滞留した穂保の堤防が決壊した。千曲川の本線の決壊は1983年飯山市戸狩の決壊以来のことである。そして、もっとさかのぼれば1959年名古屋に上陸し長野県を縦断した伊勢湾台風である。今回はそれ以来の大被害をもたらした。 
 その時は大俣(悲しいかな今年閉校になった私の母校 長丘小学校の通学地域)が全戸水浸しになった。そのため、長丘小学校の上級学年(私は小学校5年生)は、全員、級友の家の片付け、掃除に駆り出され精を出したことを覚えている。人は逃げ出て無事で、逃げられずにいた牛・豚が高台に避難して生き残っていたのが印象に残っている。それまで台風の怖さを知らず、台風○○号は強い順につけられるなどと信じていた私は、この時初めて発生順だということを知った。確か台風15号で、こんなに強いのが15号とは変だとやっと気づいたからである。

<狭窄部の前にダムと堤防で耐える策は限界に>
 この立ヶ花の狭窄部により、1742年「戌の満水」時の大洪水も起こされている。TVで何回も映し出された赤沼の新幹線車両センター(北陸新幹線車両の3分の1が水没)の横に「善光寺平供水水位標」が立てられており、当時の水害の大きさを物語っている。今回の台風でも長野県全域で5名の尊い命が失われたが、当時は2,800名もの命が奪われたといわれている。
 1959年の伊勢湾台風はりんごの木を根こそぎに倒し、大水害をもたらした。今回も、風台風で千葉県に大きな被害を与えた15号の印象が強く、多くは風に警戒していたが、風の被害はほとんどなく大雨台風だった。1983年は立ヶ花の水位が11.13mだったのに対し、今回は12.44mと史上2位を記録した。過去の被害を踏まえ穂保の堤防も1984年に完成していた。それでも水害が起きてしまった。
 加藤久雄長野市長(全国市長会副会長)は、よく自然災害の少ない長野市は安全・安心の都市だと話していたが、実は周辺の状況の変化が刻々と今回の水害の原因を造っていたのだ。

<異常気象ではすまされなくなる>
 今や異常気象が通常気象となり固定化しつつある。過去100年に日本の近海の海面温度は1度以上も上昇しているという。このままいけば2060年には19号並みの台風や風力の強いスーパー台風が1年に1回ぐらい発生すると見込まれている。最近20年間に1時間に400mm以上の大雨は251回記録され、その前20年間の121回の2倍以上発生している。つまり、現在の治水能力を超える降雨にいつ襲われるかもしれないのだ。
 日本には砂漠の国が羨む3万5000もの川があり、治水ダムが561、堤防の延長は9,100kmに及ぶ。しかし、もう従来の堤防・ダム等の対策は限界にきている。このことは、19号の後の大雨で千葉県等が再び水害に見舞われたことからもよくわかることである。我々は今後こうした大型台風に備えなければならない。