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2020年5月28日

【新型コロナウイルス感染症シリーズ15】日本は医療外交で世界に貢献 -日本人WHO事務局長を実現し、日本人医師を発展途上国に派遣すべし- 20.05.28

 WHOは今回の年次総会では予想通り、中国の我がままが通り、台湾はオブザーバー参加が認められなかった。日本の加藤厚労相は、地理的空白を生じさせてはいけないとして、台湾の参加への支持を鮮明にした。しかし、残念ながらこれだけWHOの重要性が増しているというのに、米中対立がWHOの世界にも完全に持ち込まれてしまい、一致団結とはならなかった。

<国際機関の日本人のトップ>
 マスコミにもよく登場する尾身茂専門家会議副座長は元WHO西太平洋地域事務局事務局長である。そのもっと昔、珍しく日本人の中嶋宏(医師)が1988年にWHOのトップに座ったことがある。他に蟻田功 世界天然痘根絶対策本部長は1980年の根絶宣言に多大な貢献をしている。
 他で探すと緒方貞子高等弁務官(1991~2001年)が皆の印象に残っている。その後小渕首相が松浦晃一郎元外務省審議官(学習院中・高で同級生)をユネスコの事務局長(1999~2009年)にと、首脳外交の折に各国に根回しした。

<政治家が就く国際機関の長>
 ところが、いつの頃からか主要な国際機関のトップは、政治家が就くようになった。WTOでいえば、ウルグアイ・ラウンドのさ中の1993年委、元閣僚のサザーランド(アイルランド、EC競争担当大臣)に代わり、OECDの事務総長も1996年にジョンストン(カナダの元法相)、そして2006年現在のグリア(メキシコの元外・蔵相)につながっている。職業的知識よりも政治的交渉なり取引が重要になってきたからであり、その後国際機関共通の主流となった。国連事務総長のグテレスもポルトガル元首相である。
 こうした路線に沿った形で、エチオピアの元外相・テドロスがアフリカ連合(AU)の圧倒的支持でアフリカ初の事務局長に選出されている。

<空回りする河野前外相の意気込み>
 さて、最近の日本は国際機関への送り込みはどうなっているのか。河野太郎防衛相が外相時、外交演説の半分を外交体制の充実にあて、中でも国際機関への日本人の送り込みの重要性を強調した。私はそれに賛同した(「私が聞きほれた河野外交演説-政治家を国際機関のトップに等満載-」19.1.30)。ところが、河野前外相の意気込みとは裏腹に、日本はあまり国策として本腰を入れていない。
 その前に、政治家で閣僚経験した国際機関のトップにふさわしい人材が日本にいるかどうかである。もちろん英語は流暢に話せなければならない。英語に堪能な政治家は言い出しっぺの河野外相をはじめとして増えている。しかし、60才代前半の適齢期となるとなかなか見当たらない。
 
<かつての栄光が泣くWTOの凋落>
数年前に世界の国際機関の中で、日本に一番影響を与えているのはどこかと尋ねたら、大半の人はWTO(世界貿易機構)と答えただろう。世界の貿易のルールを司り、紛争処理もできる強力な国際機関だからである。  
ところが、WTOは硬直的な自由貿易一辺倒が嫌われ、世界はTPP等の地域間協定に走った。更にトランプ大統領が多国間協定よりも二国間協定を重視し、最高裁に当たる上級委員会のメンバーの補充を拒否したため活動中止状態だった。そして、5月14日にはアゼベト事務局長(ブラジル)がまだ任期を1年残し辞任を表明、混乱に追い打ちをかけた。
そして、今上記の問いかけには誰しもWHOと答えるだろう。明けても暮れてもWHOだからだ。近年のSARS、MERS、エボラ出血熱、エイズ党の問題からして、今後もWHOはますます重きを占めて来るに違いない。

<WHO事務局長を日本から送り込む>
 人口14億の大国中国は、英語の堪能な者も急激に増えており、今や15の国連の国際機関のうちFAO等4つの長を占めている。つい最近もWIPOの事務局長も中国人が有力候補だったが、日本をはじめとする各国が結束して、シンガポールの知的財産権庁長を選んでいる。中国が知的財産権の分野でルール違反を重ねており、世界がことの重要性に気付いたからである。
 日本もここらで将来のWHO事務局長候補を作るべく、望むらくは厚労相や外相にして箔付けして用意していかないとならない。(テドロスは2つを歴任している)日本はアメリカにあまりにもベッタリであり、安全保障理事会の常任理事国はとても無理だろうが、幸い中進国であり大国ではない。一方で日本はそれなりの大きな拠出国(米英独についで第4位)でもあり、公平性・中立性を保てるポジションにある。松浦ユネスコ事務局長並に総力を挙げれば、そんなに難しいことではない。
 もう次の感染症に備えて、戦略的にも手を打ち始めなければならない。日本も中国のマスク外交に負けることなくWHOを舞台にして国際貢献していくことも外交の一つの目標に掲げるべきである。それが必ずや国益にもつながることになる。
(実は私は5月15日のブログと同時に、この部分を書き上げていたが、字数がオーバーしたので次に回していた。そこに産経新聞が5月18日の社説「WHOの正常化・日本から事務局長誕生を」で全く同じ提案をしている。全く同感である)

<医療先進国キューバの賢い医療外交>
 私の古くからの友人にキューバに取り憑かれた男・吉田太郎(現長野県農業試験場)がいる。いくつかのキューバがらみの著書をものにしているが、その一つ『世界がキューバ医療を手本にするするわけ』がキューバの先進的医療を紹介している。
 キューバの教育はタダ。多くの医師を造り出し、中南米諸国だけでなく全世界の途上国に派遣している。ポルトガル語圏のブラジルを除き他は皆スペイン語であり、各国から歓迎されている。こうして、キューバの信用の一つを作り出しているのが、中南米諸国に根を張るキューバ人医師である。
 今回も、キューバの医療チームが中国に入り、キューバが開発した抗ウイルス薬、インターフェロン アルファ-2bが役立ち、その後、伊、西、アルゼンチンその他中南米諸国とアフリカ等45ヶ国から要請が相次いでいるという。ところが、これを面白くないアメリカは、中国からの支援物資をブロックしており、人工呼吸器も手に入れにくくしたりと意地悪をしているという(東京新聞5月15日夕刊)。ポンペオ国務長官が台湾を排除しようとする中国に対して毅然と立ち向かい、弱者台湾を擁護しているのは立派だが、その裏でアメリカも近隣国のキューバに理不尽な対応をしているのだ。これが国際政治のきたない厳しい現実である。

<キューバに倣い日本も発展途上国に医師を派遣すべし>
 今回のコロナ対応でも、医療体制のきちんとしている国は死者が少ない。いろいろ批判されているが、日本が死者の少ないのも国民皆保険制度に支えられた優れた医師、看護師がいるからである。今(5/25)ブラジルが第3位の感染国になっているが、今後発展途上国への感染拡大が懸念される。この分野で日本が支援すべきである。
 幸いにして医師になりたがる者はゴマンといる。教育施設も整っている。世界各国で役立つ医師を組織的、体系的に育成するのだ。例えば、防衛医科大学校の定員を倍増し、感染症部門の専門家を養成し、いざという時に備えたらよいのではないか。ダイヤモンド・プリンセス号でも頼りになったのは防衛医官だった。つまり、第2、第3の岩村昇(ネパール)や中村哲(ペシャワール会)を育てることだ。もともと国家のために尽くそうという気概のある人たちであり、期待に応えてくれるはずである。日本人医師の世界各国の地道な活動により日本の評価を高める方が、防衛費をやたらと増やすよりずっと安上がりの防衛になるのではないか。

2020年5月25日

【新型コロナウイルス感染症シリーズ14】名だたる日本の企業がなぜ医療機材の生産をしてくれないのか- 効率一点張りの政策が冷たい企業ばかりを生んだ - 20.05.25

 安倍首相が記者会見で何回も、PCR検査を増やすと断言したにもかかわらず、PCR検査がいつまで経っても1日当たり2万件にならないのがなぜなのだろうか。幸いにして、コロナ騒ぎは少しずつ収まってきたし、手作り布マスクで国民が自衛策を取り始めたのか、医療機関を除いたらマスクは一応行き渡ってきている。しかし、PCR検査は依然として諸外国と比べてもさっぱり増えていない。

<当然視され続けた海外投資・工場の海外移転>
 理由は、日本の産業界が高い人件費を嫌い、生産拠点を海外に移し、国内で生産しなくなっていたために即応できなかったのだ。例えばPCR検査に使う植毛綿棒は国内にはなく、伊・米からの輸入に全国的に依存している。これでは自国優先であり、日本に回ってこないのは当然である。また、マスクはスギ花粉症を防ぐのに必要ということから、まだ2割が国内生産されていたが、防護服も医療用ガウンも国内生産はゼロといった具合である。つまり、日常生活や医療活動に不可欠なものを、国内で造り続けるなどといったことは少しも眼中になく、ただひたすら競争原理ばかりが働き、労賃の安い中国や東南アジアに移して平気でいたのである。

<グローバリゼーションに歯止めのあるアメリカ>
 他の先進国も多かれ少なかれ大体同じだが、日本は度が過ぎていた。
 資本主義国の権化の国であるアメリカには、国を支えるために不可欠なものはアメリカ国内で造る、という厳然たるルールがある。例えば、「ジョーンズ法」により、アメリカ国内の拠点間の物品輸送を行う船舶は、アメリカ国内で建造され、アメリカ人が所有し、アメリカ船籍で、アメリカ人が乗っていないとならないと決められている。トランプ大統領のいうアメリカ・ファーストどころの話ではない。
 そこまでアメリカ国産にこだわる理由は、戦争状態になった時には、船舶は絶対に必要であり、その製造能力を国内に残しておくためである。軍艦や潜水艦だけでは需要が限られて、造船産業は維持できないことから、裾野を広げて造船関連産業をアメリカ国内で維持するためなのだ。

<国難に協力する世界の企業>
 今回トランプ大統領は、1950年朝鮮戦争時にできた「国防生産法」に基づき、全く異業種のフォードやGMにも医療器材の生産を命じた。5月21日、トランプ大統領はその一つのミシガン州のフォード工場を訪問、人工呼吸器の製造過程を視察した。州の指針では工場内はマスク着用が義務付けられていたが、トランプ大統領がルールに従わなかったことが日本でも報じられた。
(トランプ大統領の徹底したマスク嫌いは、失笑せざるを得ないが、私は日本で記者会見でも国会の質疑応答でもマスクをしたままのほうが異様に思える。各国の元首や国民の前でマスク姿では失礼だ、というトランプ大統領の依怙地さに一理ありと思っている。ただ、その前にさんざん失礼なツイッターや発言はしているが。)
 日産自動車を傘下に置くルノーは、フランス政府が強く係わる企業であり、フランス政府の方針には忠実である。マスクシリーズで触れたが、イギリスもダイソンやロールスロイスに人工呼吸器の生産を要請し、イタリアでも世界に名の知れたアルマーニ、グッチ、プラダ等アパレルメーカーが国難に対して、すぐにマスクや防護服を製造し始めている。
 ところが、日本にはそうした協力をしている企業は少なく、従って安倍首相の視察もない。日本のマスメディアが報ずべきはむしろ動き出さない日本企業の問題なのに、全く触れられていない。

<高度経済成長下、次々と消えていった労働集約型産業>
 日米通商摩擦は、日本の繊維製品の洪水的輸出に音を上げたアメリカが日本に輸出規制を迫ったことに始まる。佐藤栄作首相、田中角栄通産相、時あたかも沖縄返還交渉と重なっていた。日本の生産量を抑えるため、織機を1台壊せば1万円を補償するという荒業(「ガチャマン」と呼ばれた)で乗り切り、後にこの大妥協は「縄を糸」で買ったといわれた。
 当初は、構造不況業種とかいわれ、消えゆく産業にも報いの手が差し伸べられたが。いつの間にか、競争に勝てない産業は見向きもされなくなっていった。その結果あれだけ栄華を誇った繊維産業はすっかり中国にとって替わられてしまった。
その後日本の主要輸出産業は家電製品、機械、半導体等の電子機器、自動車と変遷していった

<国難に際して非協力的な日本の企業>
 そして、今政府が困り果て、外国と同様に医療器材を至急造ってほしいと要請しても、おいそれと応じられないのは、コロナ騒ぎが収まったら需要は一気に落ち込み、売れなくなり、また安い中国産になってしまうことが目に見えているからだ。世界を股にかけて輸出入に関わるビジネスをしてきた巨大商社も、マスクの輸入に応じてくれたのは伊藤忠だけのようで、他はいかがわしい(?)福島の花の輸入業者等が参画し、国会で追及されている始末である。企業自体が余裕がなくなってしまい、産業構造も硬直的になってしまったのだ。
 5月18日、アメリカの薬品メーカー モデルナ社がワクチンの臨床試験の結果、抗体を確認したと報じられた。トランプ政権は、元重役を責任者に据え官民一体でワクチンの開発に取り組んでいる。最初に大量接種が可能になる国が有利になるからである。官民一体は、かつては「日本株式会社」と皮肉られるほど日本のお家芸だったが、今では日本の官・民は冷たい関係になってしまったようだ。

<冷たい政策の連続が非情な企業を生んだ>
 なにしろ官邸に「産業競争力会議」なるものができ、競争、競争とせかしてきたのである。そして、「規制改革推進会議」がこれでもかこれでもかと、次々と規制緩和の注文を付け、余裕を全くもてないギリギリの企業にされてしまったのだ。コンビニなどは「在庫ゼロ」で効率的に切り盛りしており、そのシステムを崩したくないので、24時間営業するという、省エネルギーもSDGSもないいびつな構造になっている。お金だけ、今だけ、自分の企業だけという風潮が定着してしまった。
 信頼をなくした政府の訴えにそう簡単に乗れないのは無理のないことである。マスクでいえばせめて「余ったら備蓄に回す」といったことぐらい言ってもよいと思うが、政府の介入を悪とする安倍政権にその気配は感じられない。よく取り沙汰される企業の内部留保463兆1308億円(18年度)も、銀行も政府も優しくなくなったための自衛手段であり、このコロナ禍の乗り切りに役立つことになる。

<企業活動にも温かい心を取り戻す>
 産業の栄枯盛衰は激しい。折しも1960年代以降TVコマーシャル(多分多くの人がメロディを覚えているだろう)で一世を風靡した「レナウン」が破綻したと報じられている。弱肉強食の業界にあって数少ない繊維産業の生き残りだったが、コロナ禍の中、命運が尽きてしまった。
 中国、東南アジアで造らせ薄利多売で利益を上げるユニクロが、優良経営ともてはやされて世界に進出している。その世界に張り巡らしたネットワークを使って、繊維製品ともいえるマスクや防護服の調達に手を貸してくれたのだろうか。(緊急事態宣言の解除が明らかになった5月24日、ユニクロがマスクに参入すると伝えられたが遅すぎる)世界に名だたる製造業が、率先して人工呼吸器やフェイスシールドの生産をしてくれたのだろうか。
 こうした中、私の心が晴ればれしたのが、キヤノンが5月1日人工呼吸器等に係わる特許を、コロナ禍の期間すべて無料で開放してくれたことである。国そして世界の危機に特許料など行っていられるかという義侠心である。このような企業にこそ勝ち残ってほしいものである。
 コロナ禍を契機に、今までの新自由主義的発想を改め、政府はキヤノンのような企業をバックアップして生き残れるような政策を打ち立てる必要がある。企業が心のゆとりを取り戻し、国難に一丸となって当たれる環境を作り出していかなければならない。

2020年5月21日

「種苗法の一部を改正する法律案」について意見表明-食の安全・安心を創る議員連盟-20.05.21

 私は、野党超党派議員による「食の安全・安心を創る議員連盟」の会長を拝命しています。昨日同議連で、種苗法の一部を改正する法律案について反対の意見を表明する記者会見を行いました。
 初めてのオンライン記者会見(ZOOM)で、途中操作を間違えて回線落ちするなどもありましたが、多くの記者の皆様にご参加いただき、無事終えることができました。御礼とともにご報告申し上げます。
記者会見の様子はこちらから

 下記に、同議連の声明をお送りいたします。

種苗法の一部を改正する法律案について
令和2年5月20日
食の安全・安心を創る議員連盟
会  長 篠原 孝
副 会 長 大河原雅子
幹 事 長 徳永エリ
事務局長 川田龍平
事務局次長 田村まみ

 グローバリゼーションによりヒト・モノ・カネが国境を越えて自由に動くようになった中、中国発の新型コロナウイルスがまたたくまに世界中に広まり、世界は未曾有の大混乱の真っ只中にある。そうしたことから、今までのやり方がまずかったのではないかと反省する傾向が見られるようになった。
 
 一方、種の世界では我が国は2018年4月1日、米・麦・大豆等の主要農作物を各都道府県で責任持って供給することを定めた「主要農作物種子法」を廃止し、更に「農業競争力強化支援法」第8条4項で公的試験研究機関が有する種苗の生産に関する知見を民間に提供するという条文が設けられた。この結果,国籍を問わず種の遺伝資源が民間企業にわたり、農家は、その種子を買って農業をしなければならない危険に晒されることになった。化学肥料、農薬、農業機械と同じく、種も世界を股にかけて流通していくべきという改悪だった。つまり、種の世界では一周遅れでグローバリゼーションをまだ追い求めていたのだ。

 そこに今回の種苗法の改悪である。優良な種子の海外流出を防ぐためという大義名分を掲げている。我々もこの目的は支持する。日本の在来種や、日本の研究機関が育成した品種は、いわば日本の公共財であり、和牛の精子同様に外国に持ち出されることは阻止しなければならない。なぜならば、日本の種が外国の巨大企業の手に渡り、それを元に品種改良がなされ、品種登録され、日本の農家が多額の種代を払わなければ使えなくなるといったことが危惧されるからである。
 しかし、今回の「種苗法の一部を改正する法律案」にはそうした危険を阻止する直接的条文は見当たらない。その一方で、海外流出を抑えるため、農家の自家増殖を禁止するという改悪が行われようとしている。現行の種苗法第21条第2項では、農家の自己の経営内での自家増殖は明文をもって認められていた。それが今回削除され、原則禁止されるとなると、原則が大きく変わることになる。

 農水省は、育成権者と農家との個別の契約によっては、従来通り自家増殖が認められるというが、許諾料を毎年払ったり、高接ぎ毎に許諾料を払うと明らかにコスト増につながる。農家の負担を増やし、農業経営を著しく圧迫することになる。自家増殖は登録品種以外は禁止されず、米は84%、野菜は91%が自家増殖可能だと説明しているが、今後登録品種が増えていくことが予想される。そうした中で、食の安全を脅かすと懸念される遺伝子組換え作物も入ってくる可能性も増大することになる。

 なお、UPOV91年条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)も第15条において、自己の経営地において増殖を目的で使用することを認めている。また、「食料及び農業のための食物遺伝資源に関する国際条約」でも農場で種子を利用する権限を制限しないと規定している。
自家増殖を抑えれば、海外流出を止めることができるというのだろうか。海外流出は農民が自家増殖をし、それを海外に手渡すことが原因であるかのような、本末転倒した前提で法案が成り立っている。海外への流出は、国境措置等により防ぐべきであり、国内の農家を規制したところで効果は少ないとみられる。

 優れた農家、意欲の高い農家はおしなべて次期作用に自ら優良種子を選んだり、枝振りのいい木の穂木を選んで高接ぎしながら経営を行ってきている。これが我が国の農業の発展にも相当寄与して来ており、自家増殖は農民が持つ当然の権利として認められてきている。今回の「種苗法の一部を改正する法律案」はこの途を閉ざすことになる。
 我々は今このコロナ禍騒ぎの中、進取の気概に富んだ農民に制約を設ける改悪には断固反対する。

2020年5月15日

【新型コロナウイルス感染症シリーズ13】尊大さが目につく中国VS小さくともキラリと光る台湾-WHOからこけにされながら大国中国に向かう台湾を応援せずにはいられない- 20.05.15

 コロナウイルスに席巻される世界は、外交でも意地の張り合いが見られる。中国の感染源になり大失敗したことに対する、挽回ともいうべき「マスク外交」については報告した。それに続くWHOを巡る米中合戦の中で健気に振る舞う台湾の姿勢には拍手を送りたい。

<いずこも国際機関の長を狙う>
 中国の覇権主義の象徴「一帯一路」は戦略的に進められているが、もう一つ着実に進めてきたのが、国際機関への人材の投入である。一帯一路は、二国間で援助等金で誘い込める。ところが、こちらは、拠出金をいくら多くしたところでうまくいかない。各国が認める人材でなければ事務局長なりのトップにはなれないからだ。だから、それこそ用意周到に事を進めなければならず、時間がかかる。しかし、一旦事務局長なりを確保すると、何かとその組織をうまく活用できる。そのため、各国あるいは各陣営とも国際機関の「長」の座を確保せんと凌ぎを削る。

 どこの国際機関もGDP比で拠出金が割り振られており、大体アメリカが1番の拠出国である。WHOも同じで2位中国と続き、3位日本である。そして、上述の超大国を除けば、職員数は大体拠出金額に応じるという暗黙のルールがあるが、日本はどこでも際立つ under representative (つまり拠出金額の割合に比べわずかの職員)国であり、慎ましやかな影響力しか行使していない。

<WHOに標準を合わせた中国の長期戦略が実ったテドロス事務局長>
 さて問題のWHOは、国連の15の国際機関のひとつであるが、今回わかったとおり、他の機関と比べてかなり権限を持つ国際機関である。同じく本部がジュネーブにあり、名前も紛らわしいWTO(世界貿易機構)は、貿易の自由化を促進する中心的役割を演じてきたが、TPPに代表されるように世界は地域協定に重点を移している。またトランプ政権は、多国間を嫌い二国間中心にシフトしている。更に、2019年紛争解決機関である上級員会が機能不全に陥り、かつての影響力はなくなっている。
 中国は、SARSやMERSの経験から、WHOの意外な(?)大切な役割に気付き、戦略的にWHOへの食い込みを図ってきている。まず、先代の事務局長に2007年1月、香港のマーガレット・チャンを送りこんだ。親中の馬英九政権(国民党)から反中の蔡英文政権(民進党)に交代を機にWHOはそれまで認めていた台湾の総会へのオブザーバー参加を認めなくなった。明らかに中国の差し金である。
 更に別の方法でWHOに影響力を行使できるようになったのは、2017年7月中国に援助され続けてきたエチオピアの元外相のテドロス現事務局長の就任である。従って台湾は今もWHOの総会に参加できないままである。

<平然と中国寄りの対応を続けるWHO>
 今回、WHOのコロナ対応で、中国寄りの事例を時系列で上げると以下のとおりである。
1/5  最初の感染流行情報を発信
1/9  「中国当局によれば、ウイルスは人間同士では容易に感染しない」と中国の声明を鵜呑みにして声明を発表
(⇔台湾は19年末 武漢でヒトからヒトへの感染が 起きている疑いがあることを伝える)
  1/20  WHO専門家が武漢入り、中国は対策もアピール。テドロス事務局長が習近平と会談
  1/23 「時期尚早」だとして緊急事態宣言を見送る(⇔初期の警告ができず)
  1/30  国際的な公衆衛生上の緊急事態宣言(⇔パンデミックではない)
  2/3  アメリカが中国からの入国を禁止したことに「旅行や貿易を不必要に制限する措置は必要ない」と否定的見解
(⇔新型コロナウイルスを過小評価)
  2月下旬「中国はウイルスの封じ込めに大変熱心に取り組んでいる。その努力と透明性に感謝する」と謝意
(⇔中国へ忖度し過ぎ)
  3/11  パンデミック宣言(⇔一週間前に否定していた。遅すぎる)
  3/30  非常事態宣言(⇔遅すぎる)

誰が見ても明らかなWHOの中国への忖度(?)振りをみると、中国の長年にわたる戦略は、テドロス事務局長を手中に収めたことでまさに大成功だったと言えよう。

<中国の露骨なWHO取り込みに反発する西側諸国>
 これだけあると、やはり公平性に欠けると言わねばなるまい。目に余るWHOの中国寄りの姿勢に対してアメリカをはじめ各国が疑念を抱き始めている。トランプ大統領は、4月16日あまりの中国寄りのWHOに対し、拠出金を停止すると表明した。
オーストラリアは中国に対して、「独立性のある検証」を要求、中国が反発して常套手段の輸入制限(ワイン、牛肉)等をちらつかせている。ドイツもフランスも中国の初期の対応を柔らかく批判している。

<WHO社会から無視される日本>
それに対し、日本はWHOの公平性への批判、武漢研究所からコロナウイルス流出問題等には全く参戦していない。いつものとおりあまり出すぎない日本の外交姿勢としていいことかもしれない。日本は何もトランプ大統領のお先棒を担ぐ必要はないが、あまりにも影が薄い。ただ唯一、200万人分備蓄していた新型インフル薬アビガンを44カ国に援助物資として送ることだけが決まっている。
日本が当面できる国際的貢献は、WHOが中心になって組織する武漢への調査団の一員として名乗りを上げて参加し、中国のコロナウイルスを入手して、今後の研究に役立てることである。日本でもPCR検査で陰性となったのに、しばらくして発症や再発したりするなど、新型コロナウイルスの特徴がつかめないでいる。まだまだ謎が多く、研究はこれからであり、ワクチン開発、治療薬の研究でも貢献していく必要がある。

<中国に虐げられる可哀想な台湾>
 中国の武漢で派生したコロナウイルスは、世界中に前代未聞の悪影響を与えている。そして今は、ここぞとばかり「マスク外交」を展開中である。その陰でWHOからこけにされているのが台湾である。「なぜ台湾・韓国がコロナ対応に成功し、日本がダメなのか」(前号コロナシリーズ12 20.05.14)で述べた通り、2017年反中国的な蔡英文政権の誕生後、WHOは台湾のオブザーバー参加を認めていない。「一つの中国」の原則をあちこちで貫き通す中国は、台湾が国際社会で一国として振る舞うことに極めて神経質なのだ。
 ところが皮肉なことに、世界の感染情報を一挙に入手し、各国の情報があるWHOより先に武漢のヒトヒト感染も察知し、素早い水際対策を行い、封じ込めに世界で最も早く成功を収めている。そして、超大国の中国と比べてささやかではあるが、世界に医療器具を援助している台湾を忘れないでほしい、という切なる願いが込められている。

<台湾のWHOオブザーバー参加を積極的に後押しすべし>
台湾は、東日本大震災の折、逸早く200億円もの義援金を送ってくれ、今回も4月21日に台湾でも足りないマスク200万枚を寄付してくれている。その義理堅い近隣の友好国台湾が熱望するWHO総会等へのオブザーバー参加の後押しをすることである。
折しも、5月6日ポンペオ国務長官は、18日から開催されるWHOの年次総会に台湾が参加することを支持するよう、各国に呼びかけている。新型コロナウイルス対策は政治的対立とは切り離し、国際協力していかなければならない典型的な分野である。
こんな所で中国に気兼ねする必要はない。習近平来日とは全く別の次元の話である。日本こそ先頭に立ち、台湾参加をWHOに働きかけていくべきである。お金もかからず、かつ感謝されることであり、何よりも国際的大義に沿うことになる。

2020年5月14日

【新型コロナウイルス感染症シリーズ12】なぜ台湾・韓国がコロナ対応に成功し、日本がダメなのか- ①有事は法制整備も形式だけで準備なく、②野党がダメで政治に緊張感がないから -20.05.14

<東アジアの隣接国は見事なコロナ対応を見せる>
 台湾も韓国も日本より中国に近い。特に台湾は地理的に近いだけでなく、交流もずっと濃厚である。それなのに二国とも見事に対応し「台湾モデル」「韓国モデル」と世界から注目され、後者は苦戦を伝えられた総選挙でも圧勝する要因となり、文在寅大統領は「K防疫」と呼び自賛している。他にももう一国、中国と国境を接するベトナムが対応が早く被害が広がっていない。
 そうした中、日本一国だけが死者が少ないものの今一つピシッとしていない。なぜなのか根源的な原因を考えてみた。

<コロナ対応を戦争に例えるが、有事対応ができたのか>
 米独仏のトップは推し並べて新型コロナウイルスの対応を戦争に喩えている。だとすれば、まさに国家の一大事であり、有事にほかならない。そして日本を除く隣接二(三)国は見事に対応している。それに対して、2015年安保法制を強引に通し、有事法制を整えたと自負している安倍政権は、実際には全く心構えができていなかったことになる。安保法制を反対する勢力に対し、平和ボケしていると批判していたが、今回の後手後手の水際対策をみると、ボケていたのはどちらかと言いたくなる。

<ウイルスへの防御体制は軍事的な防御体制に通ずる>
 世界中がもがき苦しみながらも国を挙げてまさに総力戦で対応しているというのに、日本だけがのほほんとして手をこまねいていたのである。新型コロナウイルスは目に見えない大敵である。見えないという点では放射能と似ている。違いは、後者は原発によほど近づかない限りすぐ命を落とすことはないが、前者は容態が一変してすぐに死に至る人が続出するということである。
 原発事故や得体の知れないウイルスに抗することができない政権は、軍事的なイザという時も同じように対処できないだろう。そういう意味では、安倍政権なり自公政権のこれまでの安全保障政策は形式的だけで実際には役だっていないといってよい。官邸直属の国家安全保障局や危機管理官室は未曾有の危機に対応できているのか疑問である。官邸でのさばる経産官僚が、経済政策を同じ感覚で対応せんとしているだけで、とても危機感が感じられない。

<独立独歩で対応せざるを得ない台湾>
 中国船舶が台湾海峡を往来しいつでも有事であり、韓国は
コロナにやられ重病という噂も立っているが、何をしでかすかわからない金正恩の北朝鮮と境を接している。この緊張感の差が歴然と出たのではなかろうか。つまり危機をずっと背中に背負っている国とアメリカ頼みで形だけこだわっている国との違いである。
 台湾は哀れ、2016年の蔡英文政権誕生とともにWHO総会へのオブザーバー参加もままならなくなっていた。そして22ヶ国と外交関係があったのが、中国の猛攻勢により7ヶ国減り15ヶ国なっている。だから、武漢の奇妙な肺炎の情報もWHO経由などではなく自ら収集せざるを得なかった。ただ言語も同じであり、台湾人100万人が中国に暮しており、中国情報の収集能力は抜きん出ている。だから武漢の肺炎でも、逸早くヒト・ヒト感染も疑い、12月にはWHOにもその旨警告のメールを打っていたという。

<豚熱にもコロナにも機敏に厳しく対応>
 豚熱(豚コレラ)について、生ぬるい日本と異なり完全防御体制をひき、空港で豚熱発生地域の肉製品を持ち込んだ者には初回罰金72万円、2回目360万円も課され、即時に罰金を払えない場合は本国に強制送還するという厳格な態度で望んでいる。そして今回を人間に被害を与えるウイルスにも同じことをしているだけである。準備ができていたのだ。
 1月になってすぐに休み返上で対策会議を開き、1月23日には武漢の都市封鎖に伴い、武漢からの入境手続を禁止し、2月6日に中国在住中国人の入境を禁止している。
 武漢便で帰国する航空機に乗り込み、体温測定し、PCR検査も断行、隔離したのだ。台湾は、新型コロナウイルスに対してすぐさま戦闘態勢に突入したのだ。
 更に私がもう一つ感心するのは、日本と比べても選挙への熱狂振りが段違いで1月の熾烈な総選挙の期間中も、対応の手を緩めていなかったことだ。政権は責任を持ってあたり、役人はきっちり仕事をしていたのである。安倍首相は1月上旬から中旬にかけて夜の会合ばかりで、何一つ指揮官としての対応をしていない。これでは、死者一桁の台湾と697人(5月14日現在)の日本の差が生じても仕方あるまい。

<韓国はコロナ対応で与党が有利に>
 真剣度がちがう。これは韓国とて同じである。朴槿恵前大統領は、304名の修学旅行中の高校生が死亡したセウォル号沈没事故への対応で国民的批判の対象となった。政治家、特にトプは危機への対応で力量を測られる。文在寅大統領はコロナ対応で救われることになった。
 4月の総選挙前、玉ねぎ男とあだ名がついた曹国前法相のスキャンダルもあり、支持率は下がり2月末も42%と劣勢を伝えられていた。ところが、感染者のうち軽症者を別途収容したり、アプリを使って濃厚接触者の追跡をしたりが、国民に受け入れられ終わってみれば与党の圧勝だった。日頃から有事への心構えができているからである。4月半ばには支持率は59%に上がり、更に今は71%と歴代大統領の中では最高の支持率となっている。

<欠ける政治の緊張感>
 日本がダメな二つ目の理由は、政治に全く緊張感が欠けているからである。
 安倍一強政権が続き、10年前なら即刻政権交代すべきモリカケ問題、桜を見る会といった、見苦しいスキャンダルも切り抜けんとしている。政権から引きずり降ろされるという危機感がないから政治が荒っぽくなり、このような有事の対応も杜撰になってくるのだ。

<緊張感をもたらす二大政党制が必要>
 台湾(民進党、国民党)も韓国(共に民主党、未来統合党)も典型的二大政党国家である。下手なことをしているとすぐ政権交代である。韓国の大統領の任期は5年で再選はない。両国とも有権者の支持率のアップダウンもことのほか激しい。だから政治に常に緊張感が漂い、失敗が許されないという厳しい政策対応を求められている。蔡英文総統は地方選の敗北の責任を取り民進党の党首の座を下りており、一時は支持率が25%を切っていた。ところが、今は世界から称賛される台湾モデル対応で、過去最高の74%である。
 日本では野党が提案型野党だなどと言い、思い付きの政策を並べ立て、我が党が先に提案したことだなどと自慢している始末である。これでは政治が緊張するはずがない。野党の役割は一にも二にも政権与党の追求でなければならない。だらしない野党の一員として本当に忸怩たる思いである。
 やはり羽田孜の目指した二大政党制は正しいのだ。

<だらけた政治の弊害がコロナ対応にも出てしまう>
 情報公開をきちんとしてなければ、台湾人や韓国人も納得しない。きちんと説明責任を果たさなければ国民はついていかない。それこそ国民に寄り添う政治をしないと、政権を失う危険が常につきまとっている。台・韓ともトップが真剣に国民に語りかけている。
 ところが自民一強、安倍一強の日本では情報は隠し(モリカケの改ざん)、説明は棒読みで済ませている。これでは国民は政府を信頼せず、政府内との距離が縮まらない。だから世界各国では政権の支持率が上がっている中、日・米・伯だけが下がっている。国民の目は確かなのだ。

2020年5月 6日

【新型コロナウイルス感染症シリーズ11】 9月入学の議論はコロナ対策には不要不急の議題(休校・9月入学 2) - 感染拡大阻止で医療崩壊を防ぎ、困窮者と困っている企業の支援が先 -  20.05.06

<反論1: 9月入学は議論し尽くしている>
 全国一斉休校以来続く長い休校の後をどうするかという議論に際して、学習の遅れを調整するためというならまだしも、グローバル・スタンダードに合わせて9月入学に、などと付け加えられると鼻白んでくる。

 最近では、2011年に東大が外国留学等を理由に一時やろうとしたことがある。しかし、大学だけ、東大だけということもあり頓挫している。
 私は農水省の若手・中堅の頃は、いわば臨機応変の対応ができる何でも屋として使われていた感があり、鈴木内閣の総合安保担当室に続き、中曽根内閣の臨教審事務局にも出向させられた。そこでも9月入学の議論があった。1987年のことである。その後、2012年の安倍内閣でも取り組んだ。保守派ないしタカ派は好んで教育改革に取り組もうとする性癖があるようだ。しかし、いずれも実現しなかった。要するにそういう代物ないし際物なのだ。

<反論2: 法科大学院の惨状を見るがいい>
 最近の教育制度の改革でいえば、アメリカン・スタンダードに合わせた法科大学院が惨憺たる結果となっているのを思い出してほしい。文化や社会の違いを見定めないと大失敗になる。
 入学時期をずらすとなると、就職や他の諸々の節目も大きく変わってくる。もし国際基準というなら、会計年度もアメリカに合わせようというのだろうか。私にはとてもまともな議論とは思えない。

<反論3: 世界の入学時期もまちまちで柔軟に対応>
 欧米諸国や中国など9月入学にしている国が多い。外国人留学生の受け入れと言うが、豪、シンガポールは1月、ドイツは8月、インドは12月と世界はまちまちなのだ。9月入学に固執する人たちは、アメリカ等しか頭にないのだろうか。
 また、同じアメリカの大学でも、3学期制と2学期制があり、学部の変更もすんなり受け入れられる。また、他の大学との行き来も2学期は認められ単位も互換性がある等、融通がきいている。複数の学部の授業を受けて一挙に3つの博士号を取得することもできる。頭が固いのは日本の大学であり、別に9月入学にしなくともやり方を変えるだけで本来の目的は達成されるのだ。
 それから就職等は、欧米では何も卒業の時に一斉ではなく、個々人が自分に合った時にしており、企業も柔軟に対応している。

<反論4: 必要なら平常時に議論すべし>
 9月入学が本当に必要ならば、コロナ騒ぎが落ち着いてから冷静に議論すべきである。与野党ともこれがいいあれがいいとバナナの叩き売りのように政策を羅列し、国民に媚びを売っているようにしか見えない。一部の野党が、次から次へと悪乗りしたアイデアを並べ立て、いかにも「やっている感」を出して存在感を高めんとしているが、まず政府の暴走をチェックするのが仕事である。本当に必要な政策を求めている国民の目は節穴ではない。
 新型コロナウィルス感染が9月までに終息していなかった時はどうするのだろうか。スペイン風邪は第2波の方がひどく、収まるのに3年かかっている。新型インフルエンザも1年半かかっている。その時は、また学習の遅れを調整するため4月入学に戻すというのだろうか。

<逆提案1: 小池都知事のいう大改革なら大学を地方に移転すべし>
 最近やたらと発信の多い小池都知事は、このコロナ騒動の中心人物になりつつあるが、この問題でも「教育をはじめ社会全体のシステムを変えるきっかけにすべきだ」と9月入学にも賛成論を述べている。総論には大賛成である。
 だとすれば、三密を避けるために東京都に大学が集中しているのを真っ先に是正すべきである。オックスフォードもケンブリッジもロンドンにはなく、ハーバードもブリンストンもNYにない。経済活動には一極集中が効率的であり、どの国にもビジネスの中心都市は存在する。しかし、日本のように大学までが首都東京や大都市に密集している国はない。学問を究めるにも学生が勉学に身を入れるにも、大都会の喧騒はむしろ邪魔なのだ。それを文科省が23区内の大学の定員増を認めず、地方に分散すべしと言い出した時に、屁理屈を並べ立てて猛反対していたのはどこの誰なのか。
 早々とどぎつい「ロックダウン(都市封鎖)」まで持ち出し新型コロナウィルス肺炎の危険性を力説した。その延長線で三密を避けるべく、まず、東京の大学を地方に移転し自ら実践してほしいものだ。それこそ教育システムの改革であり、もっと大きなグローバル・スタンダードに合わせることになる。

<逆提案2: 過疎地の小規模校を復活させるべき〉
 東京や大阪の知事が9月入学を主張している。地方の県知事(静岡、山口、愛媛、栃木、富山等)はこぞって慎重な意見なり反対意見を述べている。一斉休校と同じ都市の勝手で地方・田舎も一律に決められてはたまらない。変えるのならば、地方に思いを馳せた改革にすべきである。
 その反対に過疎地の小学校の統合をやめるべきである。もともと分散登校などしなくてもよい位の人数しかおらず、教室のスペースも十分あるのだ。幸いなことに、思い出のいっぱい詰まった校舎はそのまま残されているケースが多く、それを再利用すればよい。スクールバスに乗って統合された大きな小学校へ行くのは、濃厚接触をさせていることになる。歩いて通えてゆったり学べる小規模校こそ、A.C.(アフター・コロナ)の新しい生活様式であろう。今ならまだ間に合う。そして、何よりの地方創生になるのだ。
 小学校がなくなることが過疎地に追撃を与え、限界集落から崩壊集落へと突き落しているのだ。我々は大事な時にいつも過疎地や離島のことを忘れている。なぜもっと優しくなれないのだろうか。

<反論5: どさくさに紛れて憲法の緊急事態条項も議論するというのか>
 コロナ危機に乗じて緊急事態条項についての憲法論議をすべしという与党の動きに対して、野党はこぞって反対している。どさくさに紛れてすることではないからだ。それと9月入学は今こそこの機会に検討して導入すべきというのは明らかに矛盾している。今は憲法にも9月入学にも取り組んでなどいる余裕はない。国民に「不要不急」の外出を自粛させるなら、政府も国会も「不要不急」の無用な論議は慎まないとないとならない。
 こんなことを言うと憲法問題に熱心な人たちに叱られるかもしれないが、自衛隊のことが憲法に書かれていようがいまいが世の中変るときは変るし、変らない時は変らない。それに対して4月入学が9月入学になると、それこそ日本の諸々の行事や仕組が大きく変ってしまうことになる。

<反論6: 崩壊官邸も英語試験民営化でまごつく文科省にも当事者能力なし>
 皮肉なことに、今や強化されすぎた官邸は機能麻痺状態であり、「官邸崩壊」の感がある。付け焼刃の経済政策で株価高を売りにしてきただけの安倍内閣に、大事な教育など任せられない。
 まして英語試験の民営化であれだけの茶番劇を演じた文科省なり萩生田文科相に、諸々の問題が付随する9月入学への転換が取り仕切れるはずがない。
 ここは政府も国会も一丸となって、感染防止に努め医療崩壊を防ぐことを最優先していくべきである。そして次は困窮者支援、企業の救済である。9月入学などに血道を上げている時ではない。

2020年5月 5日

【新型コロナウイルス感染症シリーズ10】地方は工夫しながら一刻も早く授業を再開すべき(休校・9月入学 1) - 学習の遅れは夏休み返上と学習指導要領・標準授業時数の修正で対応 - 20.05.05

<世界中で休校再開時に入学時期をずらす議論などしていない>
 30万円給付から一発逆転10万円給付になり、膨れ上がった補正予算が通った途端、次は9月入学の議論が沸騰している。国民の生活が苦しいからもっと手厚い救済措置を、というのならまだわかるが、9月入学はとってつけた話でしかない。政府側がわざわざコロナ対応の失政から目を逸らすといった批判を受けるといけないので、自ら検討しないと素直に(?)言っているのに、野党が飛びついている。信じがたい構図である。国民の関心をひきたいという見え透いた魂胆が見えてしまう。

 欧米諸国は、ようやく感染者数も減り始めたので、外出規制を解き学校も再開され始めた。しかし、しばらく休んでいて学習の遅れが生じたから、この際入学時期をずらすなどというとんでもない議論はしていない。「不要不急」ではないからである。

<子供は唐突な一斉休校の犠牲者>
 そもそも安倍政権の最初の大きなコロナ対策は、2月27日の突然の全国一斉休校である。通常は緊急事態宣言と同時なのに、1ヶ月以上早い。国民にとっては全く寝耳に水だった。最初に中国からの入国制限等の水際対策をしないとならないのに、しなくていいことを先にしたのだ。東京オリンピックと習近平主席の訪日が気になり、対策を打たず後手後手に回っていた状況を一気に覆そうとしたのだろう。犠牲になったのが子供であり教育である。
 経済対策と違い、一斉休校は国民生活の根幹に関わることである。官邸官僚(私はずっと「政僚」と呼んでいる)の入れ知恵で、萩生田文科相と菅官房長官も蚊帳の外の決定だったという。経済政策の乗りでの勇み足である。毎冬にインフルエンザの流行で、全国各地で学級閉鎖されたり学校閉鎖されるのと重みが異なる。

<休校の感染防止効果はもとから少なく>
 3月の一斉休校は、子供を感染から守るという大義名分で唐突に行われたが、感染蔓延防止にどれだけ効果があったのだろうか。
 西浦北大教授は、新型コロナウイルスは学級や友達同士で感染が拡がるインフルエンザとは相当違うとしている。また、世界各地の症例を見ても、欧州では高齢者施設での死者が4~5割であるのに対し、若者は感染者も少なく、死者はもっと少ないことがわかっている。日本でも20才未満の感染者は527人(3.8%)しかなく、重症者2人、死亡者ゼロである(4/28現在)。子供は無症状(不顕性)感染者になって免疫力の低い高齢者に移すことが懸念され、その機会を減らしたとは言えるだろう。他に国民を警戒させるというショック効果だけはあったかもしれない。しかし、卒業式も入学式もゴチャゴチャになり、徒に現場の混乱をもたらしただけだったのではないか。教育の機会を奪った責任は大きい。

<天然の隔離施設の過疎地の休校は全く不要>
 岩手県は 日本チベットと言われるだけあって今でも感染者ゼロ、2月下旬は長野県もゼロ。私の選挙区で過疎地区を担当する秘書が、「登下校で人に会いたくても会えず、猿や狸に会う機会のほうが多い地区の小学校がなんで休校しなくてはいけないのですか。(まだ8割接触削減とか、三密を避けるとか言われていなかったが)教室でも20人もいればいいですが、数人。山に囲まれた天然の隔離施設にいるようなものなのに」と、東京の大都会のことしか考えていない愚策に憤慨した。
 私の秘書を長くしていると、どうやら発想も似てくるようである。

<地方の現場に責任を転嫁するずるい手法はしてはならない>
 4/22現在休校率は公立校93%に及ぶ。諸外国の国民と比べ『お上』のすることに従順な日本では、強制もしていないのにほとんどが従った。私は感染者の少ないあるいはゼロの県や市町村は、卒業式までは休校にしない学校が多いと予想していたが、日本の「同調性」がこれ程とは思わなかった。首長も休校しないでおいて感染者が増えた場合のことを恐れ、独自路線はとらなかったのだろう。日本人のこうした横並び意識に乗じて、責任を現場に転嫁する狡い手法である。

<学習指導要領を修正すれば足りる>
 二言目には学習の遅れ、そして教育格差という言葉が出てくる。全国が一斉に遅れたのである。文科省の定めた学習指導要領を金科玉条としているから対応がおかしくなる。この1~2ヶ月の遅れを勘案して、学ばせるべき事項を選び直して、それに合わせて標準授業時数を今年に限り少なくすればすむことである。パンデミックという異常事態である。戒律の厳しいイスラム教のラマダンもモスク礼拝なしとしている。先輩たちより学習内容が少なくなっても、今後の人生に大きな狂いなど生ずるはずもない。9月入学を国際標準というが世界165ヶ国で大半が緊急事態・非常事態宣言をしており9割が休校していた。何も慌てることはない。

<遅れたIT化のツケ> 
 問題は一斉休校で地域や家庭によって学習の進み具合に格差が生じてくることである。
 在宅のオンライン授業も、公立小中学校で家庭学習で取り組んでいるのは全体の29%だという。休校が長期化すると、おいそれと遅れは取り戻せない。これもOECD加盟国でも教育予算の割合が最低の部類に属するという怠慢のなせる業である。更にデジタル機器の使用も国・数・理でOECD加盟国中最下位という。教育のICTに本気で取り組んでこなかった報いが今になって生じてしまったのだ。
 文科省は2023年度を目指していた、パソコンなど学習用端末の「1人1台」の実施時期の前倒しを慌てて補正予算に組み込んだが、too lateで今の状況の改善には間に合わなかった。

<都市と地方のICT環境の差>
 オンライン授業の機器が揃っており、いざとなったら塾もある都市部と塾もなく学習機器もない地方との教育格差等も問題になる。
 ここでも地方と都市は分けたらよい。地方は分散登校、距離をおいた机の配置、換気、休憩時間の分散等工夫をしながら再開し、感染者が出たら直ちに休校するとかルールを決め、柔軟に対応することだ。上述の秘書の言うとおり、人にもそれほど会わないし、教室は人口減で余裕がある。
 ただ、密な東京はそうはいくまい。しかし、財政事情が違う。渋谷区では端末タブレットの貸与が全員に行われており、オンライン授業もそう難しいことではない。少し遅れても優位なIT端末を活かして追いつくようにしたらよい。もう一つうがった見方だが、都市部は核家族化が進み、三世代同居は多くない。たとえば、高齢者への感染に注意して授業を再開しても大丈夫ではないか。本来は遅れた地方優先だが、なんなら休校が長びく都市部を優先的にICT化してもよい。

<各県と各市町村の工夫にまかせればよい>
 感染予防と教育機会の確保の両立の狭間でいろいろな解決策を考えなければならない。そういう点では、文科省が小1・小6・中3を先行して再開させると通知するというのは現実的な対応として理解できる。ベストは国が一律にあれこれ指図するのではなく、各都道府県そして市町村に任せることだ。長野市は休校期間をとりあえず10日まで延長して様子を見ている。岡谷市は授業日数を確保するために土曜日の7時間授業や夏休みの短縮、といった具合でそれぞれ工夫して対応しようとしている。東京でも世田谷区は分散登校をしている。何も国や県が一律に決めつける必要はない。

<地方分権の下、長野県の小中学校は11日授業再開が順当ではないか>
 5月4日の政府の単純な緊急事態宣言の延長に対し、岩手、宮城、高知は延長しないと決めた。従って休校もやめ、授業が再開される。それに対して長野県は学校は再開すべきなのに16日とか23日とか優柔不断な対応をしている。地方分権がいわれ、地域の実情に合わせた柔軟な対応が求められているのだ。長野県で休校を緊急事態宣言に合わせ31日まで続ける理由は存在しない。小中学校は市町村立である。子供断ちの学びの機会をこれ以上奪ってはならず、11日再開が順当ではないか。

<工夫はいくらでもできる>
 今までの休校を長い春休みと考え、夏休みを返上し、土曜日も返上してやればよいのではないか。確かに子供たちの負担は大きいが、やってみるしかない。こう言うと13都道府県は休校を続けなければならず遅れを取り戻せないという反論があろう。しかし、高校入試は基本的に都道府県ごとで実施され、バラツキをなくすことができる。大学は遅れた分に合わせて出題してもらうなりして凌げるのではないか。
 英語入試の民営化問題の時に、地方の受験機会が減るという指摘に対して萩生田文科相は「身の丈に合った」と発言し、物議を醸したが、今こそ「地域の実情に合った」対応をしてよいのではないか。

<休みをひと工夫できる>
 休みのことで言えば、私の小中学校時代は、全国と違い1月下旬から2月上旬に寒中休み、6月下旬に田植え休み、8月1日から16日まで2週間だけの夏休み、そして秋10月に稲刈り休みだった。つまり気候に合わせ(寒中休みと短い夏休み)、農作物に合わせて(春秋の作業休み)休んでいたのだ。ほとんど農家ばかりで、小学生とて大事な労働力だった時代である。児童労働とか働き方改革などあさっての話だった。
 こういう前代未聞の時は、夏休みも返上して集中して授業をしたらよい。パンデミックの時には、休日など無いと考えてもよいのではないか。東京が暑すぎるというなら、校舎もまだ残っている廃校になった過疎地の学校に来たらよい。それをお金持ちの東京都が援助すればよい。例えば長野県にはスキー民宿もたくさんあり、収容能力は高い。連休に観光客に来てもらわなかった分、旅館・ホテルも喜んで受け入れるだろう。世の中、休校で数ヶ月授業がなかったからといって騒ぎすぎのような気がする。

2020年5月 4日

【新型コロナウイルス感染症シリーズ9】緊急事態宣言継続は13都道府県に限定 - 地方は解除して各県に任せ、都市と地方の移動は厳しく制限して地方の感染拡大を防ぐ - 20.05.04

<戦前戦後、そして新たなB.C.とA.C.>
 2011年の大震災に続き感染症の大流行である。平均寿命80余年の人生でこうした大擾乱に2度も出会すことは希である。日本では戦前・戦後と一区切りされる。私は東日本大震災が日本人の価値観にも大きな影響を与えると予想したが、相変わらずの経済成長一辺倒の傾向は変わることがなかった。しかし、今度は違う。もう世界ではBefore Corona(B.C.), After Corona(A.C.)と世界の暦、紀元前と西暦に合わせた論調が見られる。

 折りしも今年はパリ協定のCO2削減の運用開始元年、22世紀に向け平均気温が2℃も上がらないように生き方自体を変えるきっかけとなる年にしてほしいと願っている。不幸にもグレタ・トゥーンベリが忌避した航空便は、各国の入国禁止によりごく僅かしか運行していない。今は已むを得ず環境に悪影響を与える移動手段が止まっているが、いずれ世界は主体的に移動を自制しなければならなくなるだろう。

<台湾の成功は初動の厳しい入国規制による>
 日本では、出遅れを今になってカバーすべく、全国向けの緊急事態宣言が5月4日の専門家会議の後にそのまま1ヶ月延長されようとしている。
 私は2018年秋に発生した豚コレラ(豚熱)そしてアフリカ豚コレラ(アフリカ豚熱)の中国からの侵入を防ぐため、声高に厳しい水際対策を主張し続けていた。そこに2019年末、突然新型コロナウイルスが中国で猛威を振るい始めた。台湾は正月を返上し、すぐさま武漢からの帰国者に検査を強い、中国からの入国を禁止する措置をとった。中国と最も近く交流も頻繁な台湾が、感染者僅か429人、死者6人(4月27日現在)にすぎないのは、国境を跨ぐ厳格な移動制限による。何事も初めが肝腎であり、その後もPCR検査の徹底、ITを駆使したマスクの配布体制と世界の絶賛を浴びる見事な対応である。台湾の人口は2378万人、日本の人口1億2600万人に換算すると感染者2272人(日本1万4,860人)、死者33人(日本517人)とそれぞれ7分の1と17分の1にすぎない。速やかな移動制限、すなわち中国からの入国禁止を素早くしたからである。

<感染防止は移動制限が肝腎>
 このように感染症の蔓延防止は一にも二にも移動制限である。実効再生産数(1人が感染させる平均人数)なる専門用語も新聞紙上を賑わすようになり、感染防止には緊急事態宣言を出して外出規制するのが常套手段として使われている。手法は中国の強権発動、欧米の罰則付きの都市封鎖もあるが、日本は自粛オンパレードである。いわば伝家の宝刀である。しかし、伝家の宝刀をむやみやたらに振りかざされたらたまらない。感染症にかからなくても仕事ができず生きていけなくなるからだ。そこで重要になるのは、経済・社会活動と感染防止の両立である。

<政府の対応ミスを国民に押し付けてはならず>
 日本の全ての混乱は、経済重視、五輪中止回避、習近平訪日への気掛かりの「ちゅうちょ」三重奏で、初動の入国制限(国境)と移動制限(国内)が完全に遅れていたことにある。だから今はそのツケが回り、困ってはいるが、幸いに感染者数も死亡者数も、欧米諸国よりはずっと少なく済んでいる。罰則付きの厳しい外出制限をしていた欧米諸国は、最も被害の大きいアメリカですら諸々の制限を解除しようとしているのに、日本だけが延長しようとしている。初動の遅れとその後の検査体制の不備といった政府のミスを、それこそ素直で従順な国民の行動を縛ることで取り戻そうとしている。政府を信用しないアメリカではデモが頻発している。それに対してモリカケ問題等で信用は失墜しているというのに、日本ではデモも起こらず政府の判断を待っている。為政者にとってこんなに楽なことはなかろう。しかし、政府を甘やかし過ぎてはならない。ほっておいたらまた間違えるからだ。

<各都道府県の事情により徐々に解除が自然>
 2月27日の唐突な一斉休校に続いた全国一斉の緊急事態宣言は、特別警戒都道府県(なり感染が継続して出ている県)を除き解くべきである。そして、休校なり経済活動再開の判断は各県に任すべきである。その一方で特別警戒都道府県は県間移動制限をより厳しくして継続すべきである。
 アメリカは、連邦政府の外出規制が4月末で切れ、各州が感染状況などに応じて段階的に解除しつつある。全米50州のうち27州が経済活動再開に向けて動き出している。つまりニューヨークとモンタナやワイオミングは対応が違うということだ。

<都市と地方の間の移動制限は厳しくする>
 日本の感染防止の成否の鍵は、都市から地方への新型コロナウイルスの流れを止めることにある。フランスでは5月11日から段階的に外出禁止を解除し、100km以内の移動は自由としたが県を跨ぐ移動などは特別な理由がある場合を除き認めない。感染者がパリ周辺と東部に偏っているからだ。新型コロナウイルスは正直者である。三密の大都会、NY、東京、パリ、モスクワ等で猛威を振るっている。だから大都会を押さえ込むのが最善の策なのだ。

<示唆に富んだ10年前の予言書>
 感染症を扱ったカミュの『ペスト』(1947)が15万部増刷され、累計100万部を突破したという。私は日本の作家高嶋哲夫の『首都感染』(2010講談社)も涙を流しながら一気に読了した。
 主人公瀬戸崎優司は、WHOで感染症対策で実績を上げ帰国。都内の黒木病院の勤務医。ワールドカップ開催中の中国でH5N1の強毒性の鳥インフルエンザが発生。病院の受け入れ態勢をしく。別れた妻の父高城厚労相から呼び出され官邸の対策チームの一員に加わる。父雄一郎は総理。優司が陣頭指揮をとり、ワールドカップからの帰国者の隔離、外国人の入国制限と次々と手を打つ。

<東京封鎖で日本を救う>
 自衛隊・警察の全面協力で荒川、環八、多摩川といった線で一気に鉄条網もしき、一瞬にして首都と地方との交通を遮断。首都を犠牲にして地方を守る手段に訴えたのだ。世界中で蔓延し、致死率が高く何百万人と死者が続出する中、全国への蔓延を阻止せんとする。反発はあったが高城厚労相に全てを任され、更に父の総理の支えもあり成功する。黒木病院の健気な看護師由美子も感染、死の一歩手前で新しい治療薬(今でいえばレムデシビルか)が異例の速さで日本にも届き、間一髪のところで助かる、という人間ドラマもあるが、極め付きは完璧な「東京封鎖」である。驚くほど今の状況とそっくりなのだ。

<今度ぐらいは都会に我慢させてもよいのでは>
 つまり、小説では首都東京を犠性にして日本を救ったのである。今回はそれほど強権発動でなくともよいが、川勝静岡県知事は「静岡に来ないで」と言い、阿部長野県知事も380万人の連休の観光客を諦め、「信州の観光はお休み中」と訴えている。更に九州では福岡を除いた県が県間移動制限をしている。大都市に我がままをさせないための已むを得ない措置である。国が大都市寄りのなまくらな措置しかとらないのに業を煮やした地方の知事が、自衛手段に出たのである。県民を守るために許されて然るべきである。
 明治以降、特に戦後はずっと都市偏重の政策が続き、地方からは人も富も都市に行ってしまったといえる。だから、こんな時ぐらい少しは都市に我慢してもらっても罰は当たらない。総じてまじめな地方の人は東京や大阪には出てこない。地方への感染拡大を防ぐには逆の流れを阻止することである。

2020年5月 1日

【新型コロナウイルス感染症シリーズ8】感染拡大・医療崩壊阻止の為、医療総動員体制が必要(マイナンバー2) -この機会に収入捕捉のためにマイナンバー直結納税・口座を実現-20.04.30-

 何事にもきちんとして、例えば電車やバスを時間通り運行し、犯罪も少なくゴミ出しの複雑なルールも守り切る日本で、なぜ欧米社会に定着しているマイナンバーのような制度が定着しないのか疑問に思う。
 給付とか社会保障とかからむと、決まって収入の捕捉がネックとなる。収入捕捉がきちんとなされていたら、給付を受ける者が申請ではなく通知をもらうだけですむことになる。

<こんな緊急時に9月入学式が論じられる不条理の国日本>
 給付問題がひと段落したら、今度は飲食店等の家賃支払いについて、与野党入り乱れてやれ直接補助だ、支払い猶予だとしのぎを削っている。加えて、やはり30万円も必要だ。学生のアルバイト、授業料だと要求が続く。更に小中高校から大学まで休校状態が続いているが、その延長線上で9月入学という議論が始まったが、血迷っているとしかいいようがない。こんな時に替えるべきではなく、もっと冷静に決めるべきである。多分、世界中で感染防止や医療支援をそっちのけで入学時期の変更などに血道を上げている国はあるまい。
 そもそも感染症対策でいきなり一斉休校が飛び出し、その後にすぐ困った家庭の休業補償問題が噴出した。確かに、子供が家にいて働けなくなった両親の収入確保も大事だが、新型コロナウイルスの蔓延を防ぐのが主目的のはずである。ここでも母親が面倒みるために仕事に行けなくなる、その収入減をどう補償するかがまず問題になった。

<プライバシー保護を口実にすることなかれ>
 台湾や韓国ではクレジットカード、交通カード、携帯電話の位置情報等を使って感染者の行動記録を公開して、新型コロナウイルスの拡散を防いでいる。問題はいつも言われているように、個人のプライバシーの保護であり、監視社会化に対する歯止めであるが、こうした緊急事態にIT化された仕組みを活用している。そうした点では、日本でもオンライン化した緊急給付にマイナンバーをどのように活用できるかをよく考えて、できることから始めるべきである。公平性を保ち、手続きを簡素化するにはマイナンバーが必要である。個人も企業も副業による収入も捕捉されるのは嫌だ、という理由があるようだが、そうした負の側面は、別途今後厳しく律していく以外にない。

<10万円一律は不要(不急?)の人にも行く不公平>
 30万円案では、2~6月のいずれかの月収とそれ以前とを比べ、年収換算で住民税の非課税水準(150~200万円)まで減少した者といったややこしい条件があり、それが嫌われた。これで具体的に30万円の給付と10万円の給付と比較してみる。収入が15万円以下になった子一人のシングルマザーは、30万円給付されたのに20万円しかもらえなくなる。逆に4人世帯で収入が1000万円で貰えなかったのに、40万円も貰えることになる。これでは、やはり不平等である。筋として本当に困った者に30万円給付するのが正論である。
 そんなことを言っても、2~6月でいずれかの月の年収換算で住民税の非課税水準までわからない、といった言訳がすぐになされよう。順序は逆で、それならば条件をマイナンバーの直結納税・口座システムで区別がつく条件にすればすむことである。
コロナ対策で世界から注目される台湾だが、ネットを活用した気の利いたマスクの配布にかかわるシステムは、38歳の天才閣僚オードリー・タン(唐鳳IT担当)が開発しているという。日本の政府やIT技術者にできないというなら、台湾の知恵を借りたらどうかと言いたくなる。

<あまりにも遅いマイナンバー活用の着手>
 こうした裕福な者にも行ってしまうという著しい欠陥に後ろめたさを感じた政治家は、こぞってパフォーマンスをし出した。片や貰わない、片や一旦貰って慈善団体に寄附するといったものである。自分達で作った政策の間違いを自ら認めるという、自己矛盾であることに気付かないのだろうか。それなら元から貰わない仕組みにしておくべきなのだ。
 私は新聞報道を中心に今回の一連の出来事をずっと追いかけてきたが、ほとんどマイナンバーという言葉にお目にかからなかった。まだ給付など検討されていない1月17日高市総務相の閣議後記者会見で「預貯金口座に対するマイナンバーの附番の義務化の検討」、4月9日「女性議員飛躍の会」(稲田朋美議員等)の提言ぐらいである。最近になり日経の4月21日の社説でやっとマイナンバーによる収入捕捉の必要性に触れているだけである。

<的はずれの補正予算>
 国民が政府の外出自粛の要請に素直に応じ8割の接触を減さんと頑張っているのは、一日も早く新型コロナウイルスの蔓延を阻止したいからである。ところが国民に要請しておきながら、政府は感染防止に全力を傾注しているとはとても思えない。補正予算をみるかぎり支離滅裂である。
 感染症対策や医療体制整備に1兆8097億円だが、そのうちの1兆円は地方への臨時交付金であり、予算審議の間に、いつの間にか都道府県が休業事業者への協力金に転用することが可能になってしまった。緊急の経済対策である。
 だから、医療関係には1,490億円の緊急包括支援交付金しか回されないことになるのではないか。最大の項目は、10万円の特別定額給付金の経済支援19兆4905億円であり、次にとても不要不急とはいえないgo toキャンペーンなどの消費喚起策1兆8482億円である。国民に不要不急の外出をするなと押し付けておいて、政府は不要不急のことに金を使おうとしている。どこかピントがボケているといわなければならない。。
 何よりも、医療崩壊を防がなければいけないのに、給付のための予算が4兆円から3倍の12兆円に膨らむ。まずは足りないPCR検査を増やし、医療用マスク、防護服、消毒液、人工呼吸器、人口肺(ECMO)等を緊急に手配することである。そして、全国の病院に重篤者の入院体制をしいてもらうべく、ベッド数を増やし、・・・とやるべきことは山ほどある。

<今必要なのは「医療総動員」体制>
 緊急事態宣言により国民に外出自粛を要請しているのは、一種のボランティアを強いているのであり、動員ともいえよう。ただ、外に出るな、家でじっとしていてほしいという「逆の動員」である。
 一方で、本当に総動員しなければならないのは、人手不足でヘトヘトになっている医療現場である。やれ人工呼吸器が足りない、ICUも足りないと言われるが、何よりも足りないにはこうした機器を使いこなせる看護師、そして医師なのだ。濃厚接触者さえ忌避される日本社会で、日夜院内感染の危険に晒されながら頑張っている医療関係者には金曜日の感謝を込めた一斉拍手では足りない。日本ではあまりないが欧米では医療関係者が感染して死亡する割合もかなり高い。疲労とストレスは限界を超えていよう。新型こコロナウイルスと第一線で戦っている医療関係者の報酬を危険手当として手厚くして報いなければならない。
 日本はそこまで切迫していないかもしれないが、中国武漢ではすぐに病院(隔離施設)を建てた。アメリカでも公園に野戦病院さながらのテントができあがった。イギリスでもロンドン等の国際会議場・展示場が病床に早変わりしている。そして引退した医師1万1000人が現場復帰し、最終年度の看護・医学生2万4000人も動員された。日本でも退職した看護師や医師そして医学部・看護学部・薬学部の学生等を総動員して人的にも体制を整備するべきなのだ。
 戦争に備えて憲法改正して緊急事態に備えるべきと主張する政府・与党が、医療「総動員」すらできないでどうするのか。これでは、いざという時に本格的総動員などできるはずがなかろう。これでは憲法改正の議論をする資格もない
 「国民への給付は遅れるがちょっと待ってほしい。医療体制の充実を先にしないとならない」と安倍首相がTVを通じて国民に訴えたら、誰もNOとは言うまい。

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