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テレワーク・リモートワークの先達・予言者 ―往来は少なくして、地方に住み着いてもらう― 20.10.1

 都市が今後も予測されるパンデミックにはからきし弱い存在であることが、今日のコロナ禍で完全に露呈した。幾多の評論家は集中のメリットを説き、グローバリズムを当然視し、私のようにTPPに絶対反対し、ネクタイとバッジで武装している者(?)をせせら笑っていた。「もう国境はないと思え」とまで言い放っていた。

<都市は感染症に敗れる>
 それが今新型コロナウイルスの蔓延を防ぐため、国境に頼り閉鎖せざるをえなくなっている。そして、国境はいらないと息巻いていた者は口をつぐみ何も言わずにしらばっくれている。欧米諸国では、グローバリズムの推進で大儲けした富裕層も、危険な大都市を離れて、田舎の別荘に移動しているという。グローバリズムに乗って「物」「金」だけでなく、「人」も自由に往来し、瞬く間にウイルスが世界中に拡大し、その拠点の大都市を粉砕していったからである。
 世界の人口78億人のうち都市に半数以上が住む。多くの大都市は海岸近くにあり、地球温暖化による海面上昇により住めなくなる可能性が高い、と従来より言われてきたが、その前に感染症で住みにくくなりつつある。感染症の蔓延は都市化のなせるわざであり、その代償かもしれない。

<解決策は都市から地方へ>
 これは大問題ではあるが、解決策なり答は簡単明瞭、過密の解消である。100万人を超える大都市は出現してせいぜい数100年にすぎない。だから、100年前あるいは1000年前と同じように地方にもっと住むようにすればよいだけのことだ。高層階のマンションに住む都市生活が本来ではないことに気付く時なのだ。そうなると、何よりも大切としている経済効率を諦めなければならず、便利さもある程度失うことを我慢しなければならない。
 ただ、人間的な居住環境を考えたら、地方(田舎)のゆったりした住宅の方がいいに決まっている。普通の感覚に戻りさえすれば自ら先が見えてくる。

<地方で感性を磨き維持する芸術家たち>
 だから、地方に住んでもやっていける才能のある芸術家たちはとうの昔から大都会になど住んでいない。例えば身近な例で言えば、長野県の八坂村で音楽の創作活動を続ける喜多郎である。彼のあの日本的というか東洋的なメロディは、日本の山や森の中からしか生まれないのだろう。
 同じ音楽家では、中島みゆきと松山千春は、北海道の風土が生み出した天才である。帯広や足寄を抜きに語れない。作家・脚本家の倉本聰も富良野に居座り、名作『北の国から』をものにしている。これらは皆、原稿一つ、楽譜一つを都市に送れば生計を立てていける才能溢れる芸術家であった。
 遥かかなたの昔、私が農政関係の講演でこの話をしたところ聴衆の一人に、シンガーソングライターの山本コータローがいて、質問し発言した。私は「走れコータロー」で大ヒットしたが、あとは「岬めぐり」しか目ぼしい歌がない。これは東京で生まれ育ち、そこで生活しているため、篠原さんのいう感性が鈍麻してしまったからでしょうね、と付け加えた。私は実は、そう思っていたが、そこまで言うのをはばかっていたのに、本人がそう言い切った。

<川勝平太静岡県知事の20数年前の予言>
 20数年前に正直に文藝春秋のコラムに書いて、いわばテレワークのはしりが川勝平太静岡県知事である(1999年文藝春秋p80『都おち』)。私は短い一文が心の中に突きささり諧ぎゃくに満ちた主張に拍手喝采した。と言っても、今の本格的なテレワークと比べると遠距離通勤の延長にすぎなかったかもしれない。
 川勝早大教授(当時)は、意を決して東京から軽井沢に移り住んだ。新幹線で通勤できて全く不便を感じない。空気のよい自然の中で幸せだと自慢している。都会のマンションは箱であり、家は箱に、庭は公園に追い出された。それを田舎で、裏山で家と庭が一体の「家庭」を再建しようというのだ。
 駐車場もない小さい一戸建てから、一反の土地を買い求めに愛する都の西北早稲田大学の西北をたどっていったら、軽井沢に行き着いたという。大学教授というそれほど時間に制約されない仕事だからできた贅沢かもしれない。

<都会に住む必要性が減る>
 サービス産業に従事する者が3分の2に及び、原料を輸入して製品を輸出する加工貿易立国、工業立国の時代は終わり、あえて臨海工業地帯に住む必要はないというのを、コロナ禍の中、IT化が進み、今や在宅のサラリーマンも可能になったのである。
 更に、このコロナ禍で大きく変わったのが、大学の授業であり、濃厚接触を避けるためオンライン授業が取り入れられ始めた。それならますます都市に集中する大学の近くに下宿する必要はなくなる。当初は首をかしげていた教授たちも、活発な意見や質問も出され対面授業と比べても遜色がないことに気づいたという。今なら川勝教授も軽井沢の自宅から講義もできないことはない。
 ただ講義はできても、実験、実習、ゼミになると無理であり、一緒に集うことが必要となる。クラスで友人と出会い一緒に学ぶことにより、友情を深めていく楽しみはそがれることになる。パソコンの画面だけでは、教授の熱意も伝わるまい。今後オンライン授業なりリモートワークを定着させていくに当たり、リモートでできないものは何か、対面が必要なものは何か、を考えていかないとなるまい。

<東京-名古屋間に二つ目の新幹線は不要>
 そして今、川勝知事はリニア新幹線のトンネル工事に注文をつけている。日本を庭園の島(garden island)と呼び、日本の国土の美しさに誇りを持つ歴史学者川勝教授は知事になっても、国土をけがす開発など許せないのだろう。私にはその気持ちが手にとるようにわかる。
 大概のデスクワークは、家でもどこでもできるようになった。何よりも会議は一堂に会さなくともこれまたオンライン会議が可能になった。従って、本社と支社はそんなに行き来しなくとも用が済むようになり、新幹線での往来も少なくて済むようになったのだ。必然的に東京-名古屋-大阪間を結ぶ新幹線の乗客も少なくなっていく。そのような時に二つ目の新幹線が必要なくなるのは自明の理である。

<残土問題が生じない新幹線への変更が必要>
 9兆円をかけ、そのうち3兆円は国が援助している。規制緩和し、民営化したJRが、再び国の援助を仰ぐのは矛盾である。中南信(長野の中部と南部)は、在来線ではあまりに遠くて不便というのはよくわかる。しかし、何もアルプスの山々の下をぶち抜かなくとも、従来型の新幹線で足りる。何よりもコロナを機に、「より速く」が見直しを迫られている折、ここは潔く環境を壊し、残土問題を生じつつあるリニア新幹線は中止し、残土の生じない新幹線、つまりは北陸新幹線の伸延と同じ型に戻すべきではなかろうか。
 今後は、頻繁に行き来する発想を改めて、地方に住み着いて仕事をしてもらい、たまにゆっくり本社で顔を合わせた会議をすることになっていくのではないか。それに合わせて交通体系も考え直さなくてはなるまい。