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羽田雄一郎参議院議員の急逝を悼む(1)-父親譲りの誰からも好かれるDNAは野党統合の象徴 -20.12.31

 私はブログ・メルマガや国政報告に追悼などを書きたくない。ましてずっと年下の知人の追悼文などまっぴら御免である。しかし、弱冠53歳、参議院議員5期、若き政治家羽田雄一郎の追悼はしなければならない。

 12月23日、立憲民主党長野県連が新しく一緒になったことから新任の常任幹事の皆さんに集まっていただき幹事会を開いた。そこでは元気で何も変わりがなかった。特に記者会見では長野3区で井出庸生が自民党に移ったこともあり、我が党の候補者がいない選挙区の候補者選びについて質問が集中した。そこでもいつものとおり丁寧にきちんと答えていた。私が口をきいたのは、その記者会見での同席が最後になった。4日後の27日、突然羽田雄一郎逝去の報が届いた。私はあり得ないことだと我が耳を疑った。
 雄ちゃんの人となりについては、私が2019年7月の参院選で前座を務めた時の定番の応援演説を再録するのがベストと思われるので、ここに紹介する。選挙時の挨拶なので多少大袈裟なところもあるが、わかりやすいのではないかと思う(川中島会場、北沢元防衛大臣も応援弁士として出席)。

<羽田親子はそっくり。篠原はニセ羽田チルドレン>
 「私は羽田候補の父君、羽田孜元総理の強い勧めで衆議院議員になりました。ですから、当時の隆盛を極めた小沢チルドレンや小泉チルドレンに対抗して羽田チルドレンと称していました。数は少ないが、質はこっちの方がよかったと思います。しかし、これは言ってみればニセ者でして、本当のチルドレンは羽田候補です。その証拠に顔も丸い、体も丸い、性格も丸い、すべて羽田元総理にそっくりです。最近は長話まで似てきていますが、次の会場が困りますので、今日は話を短くするように伝えてあります。

<4期挑戦の榛葉候補に対抗馬を立てる立憲民主党>
 皆さん、静岡県選出の榛葉和也参議院議員、知っていますか(3人ほど手を挙げる)。羽田候補は5回目、榛葉候補は4回目の選挙で2人とも参議院の幹事長、国対委員長を歴任していますが、今回の選挙、大きな違いがあります。
 長野は1人区になり大変ですが、静岡は2人区で与党1、野党1で安泰のはずが、なんと友党の立憲民主党が徳川家の末裔という人を立てているのです。榛葉候補は立派な方ですが、北沢元防衛大臣とちょっと似たところがあり、ケンカっぱやいのです。その結果、敵ができてしまい立憲民主党の方に多くいるようで、対抗馬まで擁立されてしまいました。立憲民主党が大人げないのは明らかです。私は先日、徳川が相手では真田の長野はじっとしておられない、と冗談を言って榛葉候補の応援に行ってきました。しかし、身内の争いはなかなか大変です。

<羽田候補には両党代表が応援に駆け付ける>
 ところが、羽田候補は、頼みもしないのに国民民主党の玉木代表ばかりでなく、立憲民主党の枝野代表も福山幹事長も応援に来てくれ、えらい違いです。どうしてこんなに差がでてくるのか。
 自民党農林部会に私は一役人として散々壁で話を聞いて、いつも早くまとまってほしいと願っていました。ところがなかなかまとまらない。しかし、羽田孜さんが話すと何となくまとまるのです。
 羽田候補は同じことを言っても嫌われることがない。よく皆さんの集落でもあるでしょう。あの人が言うと話が壊れ、あの人が言うと話がまとまる。その後者の典型が羽田親子です。政界で似ている親子は誰でも知ってる小泉純一郎・進次郎親子ですが、羽田孜・雄一郎親子も実はそっくりで、つくづくDNA・遺伝子は偉大だと思います。

<常に融和を作ろうとする>
 正直言って、一人区の候補で一番当選に近いのが羽田候補ですから、もっと接戦している選挙区の応援に入ったほうが党のためになるのです。他のもっと接戦の同僚議員のところへ行けと言って断れ、と私は進言しましたが、事を荒立てたくないと受け入れません。そこで、余計なお世話だから長野1区には来なくていいと冗談半分に言い捨てました。そう伝えたかどうかしれませんが、結局誰も長野には来ませんでした。この一事に象徴されるように、私のキツイ進言も軽くいなし、両方の顔を立てて、うまくまとめているのです。3人の幹部が応援に来るのは、将来の統合を考えた場合、誰からも好かれ、敵がなく、皆に信頼されている羽田候補が不可欠な人だからです。

<1人区で唯一の国民民主党当選者>
 つまり、重みのあるのは体重だけでなく、政治家としても重みのある存在なのです。ですから、その重みに合わせた得票を是非お願いしたいのです。この後に話をする杉尾さんは、「2016年に長野は全国一の投票率62.85%で、若林候補に7万票の大差をつけて当選した」と自慢話をしますので、杉尾さんよりも大差、例えば10万票ぐらいの差で当選させていただくことをお願いして、私の応援演説とさせていただきます」
(2019年7月21日、開票日。私は気になり杉尾さんに「僕が言っていた10万票の差はつけられたかな」と聞くと、「投票率が50%前後と10ポイントも低いから無理でしょう。」という答えだった。ところが全国一早く当確が出て、結果は14万5千票の大差での勝利であった。比例区での4野党の票が合計41万票なのに、それを10万票上回る51万票だった。有権者は雄ちゃんに父孜総理を重ねてみており、多くの穏健保守、リベラル保守も雄ちゃんに投票していることがうかがわれる。そして、これが全国にも通ずることなのだ。) 《以上前述の応援演説より》

<二大政党制の実現に邁進>
 以下、愛称の『雄ちゃん』で書かせていただく。なぜなら、我々の周りに二人の羽田さんがいたので、息子を雄ちゃんと呼び、区別していたからだ。ところが円満な性格も相まって永田町での通称となっていた。
 雄ちゃんは長野県初のそして唯一の総理、羽田孜元総理の長男。私はその父親に散々勧められて政治家になった。皆さんはあまり気づいていないかもしれないが、羽田元総理の二大政党制を確立し日本の政治を変える、という哲学・思想を2人のチルドレンは完全に共有している。
 私は羽田元総理の教えを守り、小沢一郎も亀井静香も一緒、野党は全部結集して政権奪取をしなければならないと、ずっと同じことを言い続けてきた。そしてそのとおり行動してきた。そしてそれに真剣になりすぎて、2017年の総選挙で野党が3党に分裂した時は体調を壊してしまっている。二大政党制は私の政界入りの原点であり、それだけ必死なのだ。
 雄ちゃんもその気持ちは全く同じである。そしていつの頃からか意を決して行動し始めている。

<台風19号補正予算を巡る複雑な立場>
 まず、2019年の19号台風の補正予算(秋の臨時国会)への対応にみられる。
 長野市長沼地区の堤防が決壊して、大被害をもたらした。ここまでしてくれるのかと私が驚くほど、国はきちんと対応してくれた。だから被災地の国会議員として雄ちゃん、下条みつ、私の3人で一緒に賛成しようと話し合った。勿論こうした際どい件は大体私が言い出しっぺである。
 詳細は避けるが例えば河川堤外のりんご、桃等の果樹被害に対して、150万円/10aも援助してもらう手厚いものになっていた。雄ちゃんの地元中の地元である千曲川上流の上田でも、河川の土手が崩壊したが、その修復にも万全の予算措置が講じられた。農水省や国土交通省といった古典的な(?)役所は大臣経験者に丁寧に対応する。だから、尚更のこと災害復旧予算は手厚くなっていた。

<意を決して初めて党の拘束に反する>
 こうした時の政府・与党の常套手段であるが、野党の反対する予算、今回は中東への自衛隊派遣、アベノミクスの彌縫策等も抱き合わせていた。早い立ち直りを目指す地元のことを考えたら、一刻でも早い成立をと急ぐ必要がある。だから、我々3人は他の予算に反対でも災害対策の補正予算に反対する理由がなく、むしろ賛成しなければならない立場にあった。
 結局、下条みつと私は衆議院本会議を欠席したが、雄ちゃんは本会議に出席し、同じく被災地選出の増子輝彦参議院議員等と共に補正予算案に賛成した。20年を超える国会議員生活の中で初めて党の方針に造反し、党からお咎めを受けている。つまり、今までの良い子の雄ちゃんが、一皮むけかけていたのである。私は、言い出したくせに本会議に出席して賛成しないなんてだらしがない、と珍しく雄ちゃんに叱られてしまった。(次号に続く)