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【予算委質問報告1】羽田議員追悼質問報告 ‐PCR検査体制が整っていたら助かっていた‐ 21.01.29

 1月26日、私は3年ぶりに予算委員会の質問に立った。羽田雄一郎参議院議員の無念を晴らさねばならなかったからである。たった15分間であったがパネルを3つ作り質問に臨んだ。
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<国会周辺はとっくの昔からステージⅣで緊急事態宣言が必要>
 まず私はいかに国会が危険な状態にあるかということを表で示した(パネル・表 国会関係者、東京都、全国の感染者・死者数比較)。
国会議員は既に9人が感染している。710分の9である。この割合を東京や全国と比較すると、感染者が相当多い東京都の1.9倍、全国と比べると4.5倍である。これを我が長野県と比べると、国会議員は約12倍の感染者ということになる。
 このように国会議員の感染リスクが元々高い理由は、 ①東京と地方を頻繁に往来している、②本会議や委員会は密になる、③人と会わなければ政治は上手く回らない等ある。だから、予算委員会でクラスターが発生するという危険も潜んでいる。坂本哲志地方創生担当相が、陽性者の石原伸晃元自民長幹事長と会食したことが判明し、25日小川純也委員から予算委員を欠席すべきじゃないか、と嫌みを言われていた。あながち大げさなことではなく、予算委員会がクラスター化する恐れがあるということだ。

<東京では症状があるのに2日後しか検査してもらえない>
 そうした中で羽田議員は感染し亡くなってしまった。
 羽田議員のことについては追悼文は書いたが、経緯についてあれこれ言うのは控えていた。今回はパネルで時系列をきちんと示し、いかにひどい状況かということを理解していただくことにした。
 東京でPCR検査ができていないということだ。前夜38.6度の高熱を発するという症状が出ていた羽田議員は二日後しか検査できなかった(パネル・表 東京都と長野県のPCR検査 比較)。その羽田議員が亡くなった時に車の運転をしていて、心臓マッサージから救急車の手配までして相当濃密に接触した東京の秘書は、保健所から「濃厚接触者」と認定されたにもかかわらず、三日後にしか検査ができなかった。奥さんはなんと1月2日の年明けでないと検査ができず、それまで自宅待機ということになっていた。この間に羽田議員と同じく急激に悪化していたらと思うとゾッとする遅れである。石原元幹事長が陽性となり症状もないのに即入院したことについて、「上級国民」(国会議員だから)と批判されているが、羽田議員のPCR検査の二日後という実態をどうみたらいいのだろうか。

<東京はPCR検査もままならず医療崩壊しているのか>
 中川俊男日本医師会会長や尾崎治夫東京都医師会会長はよく言っているとおり、東京都はもう医療崩壊しているのかもしれない。もし羽田議員が25日にすぐ検査ができていたら、肺炎が生じていたことが直ちにわかっただろうし、すぐ入院しECMO人工肺等の治療ができ、亡くなることはなかったのでないかと私は思っている。
 25日の予算委の審議でコロナ陽性で自宅待機中に亡くなられる人、これから療養施設で亡くなられる人は哀れだということが盛んに言われていた。それは当然であるが、羽田議員は、検査を受けて自宅待機やホテル等での療養という手当をされている人たちのずっと手前の段階で息絶えしまったのだ。PCR検査さえしてもらえず、自分がなぜ調子が悪くなっているのかも分からず「俺、肺炎かなぁ」と言ったのが最後の言葉になった。なぜこうなってしまったのかという疑問を呈さずにはいられない。

<東京の12分の1の長野では無症状なのに直ちに検査>
 長野県連では12月23日に常任幹事会で30人ほどの会合を持ち、羽田議員の濃厚接触者じゃないかと疑われていた。手前味噌になるが私が27日夜から関係者の自宅待機や検査を指示し、この結果を全て公表している。後から上田保健所から「濃厚接触はいない」とお達しがあったが、私も羽田議員の地元秘書も下条みつ議員も、長野・上田・松本で、28日(羽田雄一郎議員の亡くなった翌日)午前中に、自主的に念の為の検査をしていた。そして翌日29日に、私と下条議員は陰性だということが分かった。長野駅から幹事会の会場まで5分ほどの送迎をした羽田議員の地元秘書は、陽性で直ちに入院ができた。無症状であったが、医師から入院を勧められている。羽田事務所の関係者だからとったことではなく、ごく普通のことである。
 長野県は無症状であるにもかかわらず直ちに検査ができ、しかも入院できている。それに対して東京都では羽田議員は典型的症状があるにもかかわらず、検査も遅らされ亡くなっている。これは行政なり政府の怠慢のせいと断定できる。

<田村厚労相の言い逃れ答弁>
 一体PCR検査はどうなっているのか、田村厚生労働大臣に問いただした。田村大臣は「4月は検査が一日1万件位しかできなかったが、今は一日約14万件できる。PCR検査は6万~7万件、抗原検査は1万7,000件位しているので、合わせると7万~9万件の検査をしている」と述べた。しかし私はそんなことは信用できない。それだけ検査できるのであれば、症状が出ている羽田議員や濃厚接触者である東京の秘書が二日も三日も待たされるはずがないのだ。

<PCR検査を増やさずにいたツケが回って来た>
 我が国ではPCR検査体制の不備が指摘されていた。
 20年春ごろは病床が満杯になるのを防ぐためにわざとPCR検査をせずにいて、陽性の数を少なくしようとしていたと言われていた。その当時は陽性であればただちに入院していたのである。ところが途中から病床が満杯になり、軽症者は自宅療養あるいはホテルを借り切って施設療養と言うことに切り替わっていった。日本は病床不足から、PCR検査はクラスター中心になり、かつ濃厚接触者に限り、更に有症状の者に限定していた。濃厚接触者でも無症状の場合は、PCR検査を待つ状態となり、自宅待機をさせられるだけとなっていった。
 いくらでもPCR検査体制拡充する期間があったのに、相変わらずPCR検査の体制が少しも整ってこなかった。

<フェイク情報による羽田議員自己責任論はあまりに酷い>
※故人の名誉のために、おかしな指摘には反論しておく
① 愛煙家:羽田議員は、酒もタバコもたしなまない。小さい頃喘息でやせていたという。だから喉に悪いタバコは一切吸っていない。
② 基礎的疾患:糖尿病、高脂血症、高血圧があり、そのために急死した。私も身近にいるが、正直どの程度のものか知らない。政治家の持病は極秘個人情報である。ちょっとした病気ですぐもう長くないといったネガティブキャンペーンが始まるからだ。ちょっと太り気味の者は、胸に手を当てたらすぐわかるはずだ。人間ドックでイエローカードが出されているはずだ。私は、羽田議員がそれがために体調が悪く疲れやすいといったことは見たことがない。私は体重63Kg伸長178cm、私がへばっている横でいつも元気だった。
③ 自ら早く検査に行くべきだった:その通りだ。しかし、いつも周りの者に気を配り、自らの我を通すことを押さえてきた羽田議員は、東京では感染者も多く自分よりひどい症状の者がたくさんいるだろうと慮って、二日間待ち続けていたのである。私はこの優しい人情を察すると、今も涙が止まらない。②のとおり、丈夫だったのだ。だから我慢したのだ。すぐへばる私なら、病院に押しかけて検査してもらっただろう。
私は、このような故人への中傷は許すわけにはいかない。ご冥福を祈るばかりである。