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2021年2月 3日

【予算委質問報告3】菅首相の支持乱高下の理由は人柄への期待と見込み違い-国民は正直で誠実な政治を求めているー21.02.03

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21年1月26日予算委員会質疑資料はこちらから
【予算委質問報告3】より続く

 私は、菅義偉首相には秘かに期待していた。理由は二つある。

<団塊世代の代表>
 一つは、団塊の世代だからである。我々は1947~1949年の3ヶ年、47年267万人、48年268万人、49年269万人と、合計804万人もいる。2019年の出生数は86万5,234人で、4年連続で過去最小を更新した。最近出生数は100万人を割っており80万人に近づいている。ということは、戦後の3年で今の10年分の出生数だということである。日本の高度経済成長を支えた階層であるが、モノ造りの最前線や営業に明け暮れ、どうも働きバチ過ぎてヘトヘトになっている者が大勢を占めていた。

<団塊世代の期待を裏切る>
 団塊の世代は政界にはそれほど多くない。例えば、36~46年生まれの首相は10人いて団塊後も既に二人いる。ところが、団塊の首相は鳩山由紀夫(47年)一人に過ぎなかった。そこにやっと48年の二人目が誕生したのである。
 多分私だけでなく、団塊の世代は、菅首相が自分たちの立場を理解してくれると親近感を覚えたに違いない。ところが、後期高齢者の医療負担2割を求める年収を、170万円以上とすることに拘り続け、山口公明党代表との会談でやっと200万以上になった。団塊の世代の期待も空しく、菅首相に同世代への思いやりなどないことが世に知れ渡ってしまったのだ。

<田舎生まれの代表>
 二つ目には秋田県の湯沢の農家の生まればかりがマスコミで取り上げられ、他の二世、三世の政治家とは違うという演出がされてきた。農業の跡継ぎが嫌で飛び出し、政治家の秘書になり横浜市議から衆議院議員になり、遂に首相にまで登りつめるサクセスストーリーである。イチゴ栽培の大農家なのに貧しい農家、集団就職などと事実と異なる脚色も含まれているようだが、まあごく普通の田舎から出てきて都会に住み着いたという点では戦後の人の移動を象徴する人ではある。

<農業・農村には冷たいのが玉に瑕>
 国民は正直である。小泉、安倍、福田、麻生と二世、三世ばかりの自民党の首相になんとなく違和感を抱いており、久しぶりの庶民出の首相に期待した。私の故郷中野市も雪が多いが、多分湯沢はもっと多いだろう。私も上京したくちではあるが、故郷の農業・農村をなんとかしないとならないと思い、農林水産省で30年務め、その後政治家となりずっと同じ分野を専門にしている。
 ところが、菅首相は農業・農村に対する想いは皆無の人のようだ。施政方針演説には首相の趣味が出てくるが、農業にはほんの少ししか割かれておらず、めぼしいのは農産物輸出だけである。ただ地方をなんとかしないと、という気持ちだけはあるようで、それが総務相の時のふるさと納税の創設につながっている。

<70%を超える高支持率が急降下した理由に明確な答えなし>
 菅首相は安倍首相のもと7年8ヶ月、黙々と下働きをし支えてきた。その姿に好感を持ち、高支持率に繋がった。二階自民党幹事長が代表質問で「地方に住む人々の心を十分に理解する政治家の代表」と持ち上げたのは、その空気を察してのことである。なかなか巧みな戦略であり、国民の多くは、東北の田舎の出身者らしい誠実な政治を行ってくれることを期待したのである。就任時は歴代3位の高支持率だった。
 ところが、その高かった支持率がいつの間にか下がり、不支持率が支持率を逆転した。予算委員会でその理由をどう思うか尋ねたが、コロナ対策が理解されなかったから、とどこか他人事な答弁であった。

<頑固おじさんが露呈>
 令和おじさんは実は強引な頑固おじさんだったのだ。菅首相が高圧的、権力的なことは、仕えたことのある官僚の間では定説になっていたようだ。総務相のときもちょっと意見を言った者を平気で更迭している。そのメッキが剥げたのを国民は見逃さなかった。
 アメリカには政権発足後100日間はハネムーンと称し、マスコミも暖かく見守り批判を控えるという。日本でも普通にそういう傾向が見られる。だから最初に物議を醸した、日本学術会議の委員の任命拒否は仕方がないかと大目に見ていた。

<国民はコロナ対策よりも経済重視に反発>
 しかし、4ヶ月余が過ぎ、 GoToに固執して緊急事態宣言の発出を躊躇し遅れたこと、ビジネス往来を停止しなかったこと、といった連続した頑固な対応により大半の国民はイメージとかなり違うことに気付いてしまった。特に、国民が不安子感じているコロナ対策が中途半端だったのは致命傷になった。
 別の機会に譲るが、そこに吉川、西川の農林族議員の「政治とカネ」が追い打ちをかけた。

<国家的危機は通常支持率を上げる>
 二階幹事長が「コロナ対策は誰がやってもうまく行かず批判が政府に向く」と擁護したが、事実は逆だ。国家的危機のときは通常は政権の支持率が上がる。思い切った対策を打ち立てることができるからである。例えばブッシュ政権の湾岸危機のときは90%に上っている。そして今、ジョンソン英首相もメルケル独首相も高支持を得ている。ところが菅政権のコロナ対策が後手後手に回り、国民の不信感は否が応でも募っていった。

<国民に語りかける気持ちが感じられない>
 官僚の作った答弁書を読み上げ、官僚に命令していれば良かった官房長官記者会見とは違い、首相ともなれば国民に語りかけ、説得しなければならない。しかし、原稿棒読みで心が込もっておらず、首相自身の言葉が国民に届いていない。しかもそれをよく読み間違える。国会は気の抜けた声の朗読会の場ではない。
 メルケル独首相は、東独で自由を制限された経験から、外出規制に躊躇しつつ、祖父母とのXmasを最後にしないためにも国民は我慢してほしい、と心から訴えている。その格差は歴然としている。

<羽田議員の不運に気付いた菅首相>
 コロナの自宅療養者はPCR検査を受け、自分が何の病気かわかっている。ところが、羽田議員は「有症状」にもかかわらず検査もすぐにしてもらえず、自宅で検査を待つことになった。そして、「俺、肺炎かなぁ」という最後の言葉を残し、何の病気かも知らぬまま息を引きとった。長野の大半の人は「羽田さんはなぜ検査をすぐに受けさせてもらえなかったのか」という疑問を抱いた。だから私はTVでこの1件を質した。
 1月26日の質疑応答の各紙の報道やTVニュースは、辻元議員が自宅や救急搬送中に亡くなる人がいるが、その責任をどう考えるかと質問したことに対して、菅首相が謝罪したと報じている。
 確かに辻元議員の質問に対する答弁だったが、
「例えば、必要な検査を必要な時に受けることができない。そうした体制ができていない。そうしたことについて責任者として大変申し訳なくこう思います」、と実は私の羽田議員追悼質問に対する答弁だったのだ。
 朝日、読売、毎日、東京は辻元議員の質問に対して謝ると報じ、読売・日経が検査の不備を陳謝と報じているが、後者のほうが正解に近い。菅首相がPCR検査の不備を陳謝したことでPCR検査が拡充されるならば、質問した甲斐はあったと思っている。

<田舎育ちの底力を示してほしい>
 菅首相は幸運が重なりせっかく最高位に登りつめたのだから、思い切った政治を行い素直に国民に語りかけるべきだ。菅首相が口下手なことは既に国民知れ渡っただろう。なにも我が党の論客のように能弁であれとは言っていない。むしろ朴訥(に見えた)・誠実な人でいいのだ。原点に立ち帰って地方生まれ・育ちの底力を示してほしい。
 またバイデン新大統領と同様に異なる意見(野党の要求や記者の質問)にも耳を傾ける政治をやるならば、支持は戻るだろうし、私も当初と同じく野党の立場ではあるが応援を惜しまない。