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次期総選挙の3つの前哨戦は完勝で政権交代に結びつける -羽田次郎は圧勝で菅政権に打撃を- 21.04.11

 昨年12月27日の羽田雄一郎参議院議員の急逝後、3ヶ月があれよあれよという間に過ぎ去った。まさに怒涛の数ヶ月であった。政治家とは非情な仕事である。雄一郎議員が亡くなったことは悲しいことではあるが、悲しんでばかりはいられない。県連代表としてすぐに補欠選挙に取り掛からなければならなかった。

<世襲はなるべく避けるべし>
 私はかねてからなるべく世襲は避けるべきであると思っていた。なぜならばいろいろな世代や、地域の代表で、様々な経験をした人たちが、替わりばんこに国会議員になり、国会で議論して政策を練っていくべきであると考えている。今でいえばダイバーシティーが大事なのだ。それを同じ一族がずっと国会の議席を独占すると、その周りの人たちの声だけが国会に通りやすくなり、好ましいことではない。だからといって全ての世襲を否定するわけではないが、なるべく避けるべきと思っている。

<雄一郎参議院議員の無念さを最もよく知る弟、羽田次郎>
 雄一郎議員は非業の死を遂げている。安倍・菅内閣によるコロナ対策の不備により、直ぐにPCR検査が受けられず、2日待って検査に行く直前に他界したのである。家族、支持者、我々同僚議員からすれば痛恨の極みである。したがって私は当初から後継はまず羽田家、そして千曲会(羽田後援会)の意向を優先すべきと考えていた。なぜなら、雄一郎議員の無念さは周りの人が最もよくわかっているからであり、今回の選挙はそこが出発点だからである。
 大方の予想通り、弟の羽田次郎が公認候補として挙がり、2月6日若林千曲会会長がわざわざ県連の事務所に羽田次郎を公認してほしいと依頼に参られた。我々は、持ち回りの常任幹事会で決め、直ちに党本部に公認申請した。2月17日には、連合長野が直ちに推薦してくれている。

<公認後はスムーズに進んだ出馬準備>
 ところが公認されたのは2週間以上経った2月24日で、北海道2区の松木謙公衆議院補選候補と同時であった。その後は2月26日に連合が推薦し、27日に前2回(2016、2019)と同様に野党と市民団体との間で政策協定を結び、28日に長野事務所の事務所開き、と順調に仕上がっていった。国民民主党の長野県の組織はないが、関係する6産別の皆さんが羽田次郎を応援しやすくするために3月3日には国民民主党の推薦もいただいた。

<2016年以来の実績を誇る政策協定にとやかく言われる筋合いなし>
 16年も3野党(民進、共産、社民)と市民団体とで政策協定を結び、杉尾秀哉を民進党で1番の大差での勝利に導いた。19年の羽田雄一郎の時も国民民主党と立憲民主党に別れていたので、4野党と市民団体とで同じように政策協定を結んだ。国民民主党は1%の支持率しかなかったにもかかわらず、14万5,000票の大差で最初に当確報道がなされる圧勝だった。32の1人区で国民民主党公認では唯一の当選者である。長野県はもともとリベラルへの共感が強いが、いち早く取り組んだ野党共闘の為せる業である。
 2021年も全く同じように着々と野党共闘を造り上げた。ところが、国民民主党だけでなく立憲民主党の一部、国民民主党を支持する6産別を中心とする連合の一部から野党共闘の政策協定に様々な不満が寄せられた。野党共闘の揚げ足を取らんとする一部マスコミの格好の餌となり報道された。
 私は政策協定を破棄しろとか修正しろといった要求に一切応じなかった。前にも2回してきたことであり、何よりも実績を上げている。政治は選挙に勝たなければ始まらないというのは北沢俊美元防衛相の教えである。また、政権交代という大目標のためには大同小異で団結していく以外にないという羽田孜元総理の教えに従ったまでのことだ。1か月のすったもんだの挙句4月7日、国民民主党の再推薦とやらで決着した。結局は3月上旬の当初と同じ体制つまり、立憲民主党公認、3野党推薦、連合、連合長野の推薦という真っ当な体制に戻っただけのことである。

<総選挙の前哨戦となる3つの選挙は必勝しないとならず>
 自民党は北海道2区は、吉川貴盛の収賄事件を恥じて不戦敗である。それならば、広島の買収も恥ずべきことで、立候補は見送ってしかるべきだが、保守王国の自信からか擁立した。しかし、羽田雄一郎の死に対してこそ最も責任を感ずべきではないかと思う。政策のミスでPCR検査を受けさせてもらえず、命を落としているのである。
 そこに、兄に大差で敗れた小松裕が立候補した。聴診器をつけた小松そのものと言えるシルエットの上に「いのちと暮らし、雇用を守る」と書かれた流し込みポスターが貼られ、法定ビラ第1号も配布された。真実は いのちも暮らしも守らず、雇用を失っており、ブラックジョークかと疑ってしまう。もし、これで負けるようでは、天国の兄に大目玉を喰ってしまう。我々は火の玉となって選挙戦を闘わなければならない。世上、2つは野党が当選し、落とすのは広島ぐらいだと報じられているが、少なくとも長野は兄と同等の勝利をものにし、広島も勝利して総選挙につなげなければならない。

<偉大な羽田家の誠実DNA>
 羽田孜・羽田雄一郎に続き3代見続けているが、DNAは偉大である。温厚な人柄、誠実な話し方等、本当に瓜二つそっくりである。一方、身近にいただけにその違いもよくわかってくる。顔も兄雄一郎よりもずっと父に似ているが、性格も似ていることに気がついた。兄はひたすらじっと黙っていて、ポツリと大事な時に発言するぐらいで、敵はいなかった。それに対して父はうるさい農林族の中で、発言されるべきときに発言し、その場をまとめていた。弟にはその片鱗が垣間見られた。
 新人ながら挨拶は起承転結が立派である。私の高校の同級生が、ハラハラドキドキしっぱなしの篠原の新人の頃と比べると雲泥の差だとほめた。私も本当は全く同感だったが、あまりに事実を端的に言われ癪に障ったので、父と兄を見てきているので「門前の小僧習わぬ経を読み」だけの話だ、と強がりを返していた。

<見事な質疑応答>
 しかし、質疑応答の見事さに舌を巻いた。右翼政治評論家のフォロワーになっているのはけしからんという質問に対し、彼はその評論家が世襲議員でもきちんとやったらそれで良いではないかということを言ったので、それに対して「いいね」を投稿しただけだと素直に答えていた。
 男女差別については、在学生の97%が白人のアメリカの大学にいて有色人種として差別された経験があるので、差別される側の気持ちがよくわかる、と自らの体験を交えて答えた。地元の有力支持者から、東京で仕事をしている妻を選挙のために連れて来いと言われたことに対して、夫の仕事のために妻が仕事を辞めなければならないというのは、女性に対する差別であるからしないと答えたという。それに対して、それでは選挙は戦えない、と責められたのに対して「それでは貴方は森さんと同じですね」とやり返したら相手がひるんで何も反論しなくなった、と笑いをとっている。
 年収2百万円以上の後期高齢者の医療費2割負担については、兄の雄一郎が自分は健康だし東京都は検査も停滞しているから仕方がない、といって検査を2日待ち、待っている間になくなった事例を引きながら、負担が多くなることで兄と同じように診察を控え、命を縮めるというようなことがあってはならないと応じた。多分、皆ホロリとしながら聞いていたと思う。
 おわかりのとおり、きちんと自分の言葉で誠実に答えているのである。ゴマカシ答弁ばかりする菅政権の面々と正反対なのだ。私はこの点からしても、兄を凌ぐ政治家になっていくのではないかと期待している。