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【東京五輪総括シリーズ②】 理念なき五輪のくるくる変わるスローガン -復興・安心安全・コロナに打ち勝った証はどこへ行ったのか-21.08.25

<どこへ吹き飛んだのか「復興五輪」>
 2013年9月7日、ブエノスアイレスで行われた国際オリンピック委員会総会で行ったスピーチの中で、安倍前総理は原発事故状況に関して「under control」と自信を見せ、日本が2011年の原発事故から見事に立ち直ったことを世界に示さんとした。1964年の五輪で戦後日本の復興を世界に見せつけんとし、2008年の北京が中国経済発展をアピールするのと同じ目的があった。そこまで復興五輪を銘打つなら、マラソンが札幌で行われるのだから、ソフトボールと野球だけでなく他の多くの競技も東北3県にある競技場を優先して使用してもよかったのではないだろうか。イギリスでは、サッカー場での感染状況をきちんと検証している。日本も3県の競技で感染者が増えたか検証してみるべきである。これがのちの北京冬季五輪、そしてパリ五輪に見本を示すことにつながる。
 20年2月27日、小中高校の一斉休校は自粛要請といいつつ例外なしだったが、感染状況はそれほど変わらないのに例外的に宮城、福島、静岡の3県だけに有観客を認めたのは釈然としない。せっかくのメディアセンターの福島ブースもあまり使われず、福島復興のPRがほとんどされなかったようである。表彰式で被災地のブーケが贈られたのが、せめてもの慰めである。
 復興五輪は安倍・菅政権と続く、口先だけのスローガンの最たるものとなった。
 選手村で福島産食材が使用されることを懸念した韓国が独自の給食センターを設置したことに対し、日本政府が「風評被害を助長する」として対応を求めた。韓国では選手村共通の食事を食べた韓国選手がSNSで批判されるなど、相変わらずのイザコザが生じた。かくして「安心・安全」五輪もどこかに行ってしまった。

<「コロナに打ち勝った証し」から「コロナと併走する五輪」へ>
 コロナがいつまでも収束しないことから、いつの間にか今度は「コロナに打ち勝った」ことを示す五輪と後付けのスローガンがとって代わった。そんなに次々に付け替えなくてもいいものを、五輪を是が非でも開催したいための大義名分をあちこちに求めたのだ。それだけ理念なき五輪だったからだ。
 「バブル」という別世界を作り上げ、厳重な管理や隔離により1万余人の選手団が感染源になったり、感染拡大の要因にはならなかった。コロナ感染を避けるため、バスで競技場と選手村を往復するだけだったからだ。関係者は毎日PCR検査を行い、検査数は62万件に達した。そして陽性者は138人で陽性率は0.02%と低く抑えた。そのため出場できなかったのは19人のみ、クラスターの発生もギリシャのみだった(朝日新聞8月6日時点)。短期間でこれだけ多く検査した集団はなく、徹底的な検査で感染症はある程度抑えられる証となった。しかし、誰が見てもコロナに打ち勝ったとは言えまい。
 メダルの授与も授与する者が首にかけてやるのではなく、自分で首にかけるという徹底ぶりだった。それにもかかわらず、ソフトボールの後藤希友選手の金メダルをかじる河村名古屋市長は、得意のパフォーマンスでひんしゅくを買うというおまけがついた。


<国民と菅内閣の間にできた大きな溝>
 無観客により観戦では感染拡大にならなかったが、五輪の外の世界では、開催中に1日4,000余人だった感染者が3倍の1万5000人に急増した。そして今(8月22日)は3日連続2万5000人を超えている。皮肉を込めて言えば「コロナと併走した五輪」となった。そして、コロナ対策は二の次にされたのである。その意味では尾身茂分科会長の発言どおり五輪が「日本人の意識に与えた影響」は大だった。国民には外出やイベントの自粛を求めながら、世界中から五輪関係者を招き入れているのは明らかに矛盾であり、国民の気の緩みを誘発したことが感染拡大の一因となったと見てよい。またワクチン接種したから大丈夫というのもとんだ誤解であり、これこそ一斉の副反応なのかもしれない。
 日本国民には禍も多かったが、選手たちは活躍の機会を与えられたことに深く感謝しているに違いない。また、JOCも安堵したが、政府と国民の間にはわだかまりが残った。その結果が、五輪はおおむね成功裡に終えたのに、菅内閣支持率が最低になった理由である。


<大袈裟なおもてなしはできずとも現場の人々の心でカバー>
 選手は国民と接触しないように選手村と競技会場を往復するだけというバブル環境の中ではあるが、それなりに満足して帰国したと思われる。その証拠に多くの選手がSNSで日本のおもてなし振りを報告し、多くの動画が世界中に広まった。ロシアのスポーツ相は「東京五輪は人類の偉業だ。日本の人は深い敬意に値する」と初めての無観客開催を高く評価している。少なくとも外国メディアから酷評は聞かれない。
 このようなややこしい運営が必要な五輪は、日本以外では多分開催できないだろう。トップの判断は迷走しても、現場の人々はきちんと対応できるのだ。これこそ日本人のなせる技である。いつも辛口の韓国の朝鮮日報も「困難な状況でも世界から1万人以上が集まった東京五輪は、国際社会が後から参考にする教本になる」としている。


<コロナ収束後の再訪時に本当のおもてなしをしよう>
 8年前、滝川クリステルさんのフランス語による「お・も・て・な・し」スピーチが、ジェスチャーとともに五輪の東京招致に一役かったが、その「おもてなし」は「おあずけ」となってしまった。ただ、ほんの僅かの接触でも、現場の日本人の気配りが伝わり、大半は好印象を持ってくれたはずだ。多くの選手はコロナ禍が過ぎ去った後、思い出の地日本を再訪してくれるに違いない。その時に思いっきり「おもてなし」をするのが日本の礼儀であり、そのようなプログラムを政府なりボランティアが組むべきである。特に、ホストタウンになるはずが実行されなかった地方都市も訪れてほしいものである。歓迎されること請合いである。


<日本の真夏の五輪の開催は選手に対して無礼千万>
 東京五輪は、アメリカのテレビNBCの膨大な放映権料に動かされ、酷暑の8月開催となった。IOCは勝手が過ぎているが、日本もこんな日程を受け入れることこそどうかしている。選手が最も気持ちよく動ける春か秋の最適な気候の時、つまり小中学校の運動会の季節に開催するのが一番のおもてなしである。ロンドンもパリも北緯50度近辺であり、夏はからりとしている。北緯35度の東京は日中気温が30℃を超え蒸し暑く、とても外でスポーツのできる環境ではない。テニスのジョコビッチ選手が日程変更を申し出て、開催時間が変更されたのは当然のことである。
 開催日や、開催時間までアメリカの勝手に決められては選手がたまらない。五輪は米TV局や巨大スポンサーに動かされるのではなく、やはり「選手ファースト」でなければならない。アメリカはせっかく高視聴率を狙ったのに、開始早々の日程でリオの女子体操で四冠の超目玉、バイルズ選手が欠場し出鼻をくじかれ、視聴率はリオ五輪と比べて4割減と過去最低となったという。強引なやり方が功を奏さなかった皮肉な結果となった。五輪が大々的にTV中継されるのは東京が最後となり、今後は後述するストリーミングが中心となると言われている。かくしてサマランチ元会長の造り上げた商業五輪は瓦解していってほしいと思っている。