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コロナ対策は命を守る安全保障である -「検査と隔離」、「国内生産維持」、「研究開発投資」、「ワクチン安全保障」- 21.10.24

 選挙期間中で非常に忙しいが、時間が許す限り争点になっている事についての報告をさせていただくことにする。

<コロナ感染者数減少の理由がわからない!>
 今なぜかしら急速にコロナ感染者数が減っている。しかし有権者はコロナ対策に一番関心が高いと思われる。専門家も減少の理由についてはほとんどわかっていない。一般的に言われているのは、 ①ワクチン接種が進展したこと、 ②医療崩壊して自宅療養者が亡くなるという報道があったりして人々の移動・行動が抑制されていること、 ③医療施設や高齢者施設のクラスターが減少したこと、などがいろいろ挙げられるが、本当のところ確定的な原因はわかっていない。
 コロナ感染者数が減少した原因がわからないということは、今後第6波が訪れたときに、その理由がわからないということに通ずる。

<各党の対策に大差なし>
 各党がコロナ対策については同じようなことを言っている。
 まず自民党は、①入院の受け入れを二割増やす。 ②ワクチン接種は11月早期に完了し、3回目の接種も視野に入れる、 ③ワクチン接種証明をしてイベント・旅行・飲食を実施してもよい等である。③番目は後述するが、私が最初から主張していたことである。
 立憲民主党は ①水際対策をきちんとして全入国者を対象にホテルで10日以上隔離すること、 ②PCR検査をもっと多くしやっていくこと等を主張している。共産党も無料検査を主張している。各党にそれほど差は見られない。

<感染防止は「検査と隔離」が鉄則>
 2010年、農水副大臣の時、口蹄疫の蔓延を防ぎ収束するため・現地対策本部長として宮崎に2ヶ月滞在し、徹底した検査と隔離が重要だと痛感した。新型コロナウイルスも全く同じで、まず検査と隔離が重要だと思っている。例えば国営法の徹底も隔離の延長線上にある。
 この点について日本は非常に軟弱である。きちんとした法律を何も定めていない。ドイツではマスクを義務化する法律の制定に対してベルリンで大デモが行われ、逮捕者が何人も出ている。ところが、日本はすべて「要請」ですませ、きちんとした行動抑制をする法律を制定する気はない。政府は従順で真面目な国民気質にあぐらをかいて責任を果たしていない。

<検査パスポートが外出自粛・移動制限より安上がり>
 第5波では8月20日2万5,000人も感染者が出ていた。その後ワクチン接種も進んだが、ワクチンは万能ではない。いち早くワクチン接種を完了し、成功事例と言われていたイスラエルでは7月から再び増加が始まり、ワクチン接種効果が減っていることは明らかである。日本も一時的にワクチン接種効果があったとしても、数ヶ月経つと同じようになることは目に見えている。また、イギリスでは諸々の規制をほとんど解除した結果、今現在(10月21日)も感染者が5万1,484人に増えており、今後どうなっていくか分からない。イギリス政府は何の対策も講ずる気配がないが、医療関係者はマスク着用の義務化や在宅勤務などを求めている。数ヶ月後の日本の姿かもしれないのだ。だからコロナ収束など先の先のことである。
 コロナ対策として私は一に検査、二に検査だと思っている。つまりPCR検査あるいは抗原検査をし、それに加えてワクチン接種も行う。そしてこの3つの証明書で陰性が証明されたならば外出や移動を自由にするということである。検査費用がかかるだろうが、移動を自粛し旅行や飲食をするなと押しつけ、飲食店や観光業界に大打撃を与えるよりはよっぽどマシである。

<感染拡大防止も環境保全も規制以外に手立てはない>
 それには徹底した検査とともに、検査で陽性になった者は出歩かないこと、つまり隔離が必要である。小泉政権以来、規制緩和と言い続けてきているのに、やたらと経済活動を押さえつけているのは大矛盾である。外出自粛など規制の最たるものではないか。今のような自粛・自粛も、どこに明確な基準があるのかわからず、いつまでも許されることではない。法律で基準をきちんと決めて抑制的に強制力を持って対応することが必要である。
 感染症の防止や、環境の保全は規制以外では成り立たないということを自公政権はわかっていないのだ。前述の通りドイツでは21年から公共の場(公共交通機関や店舗)での医療マスクの着用を義務付けている。「法と秩序」とか格好のいいことを言いながら怠慢以外の何物でもない。

<専門家の遊軍を造る>
 その次に大事なことは、医療体制の拡充である。今回のような猛威を振るう感染症はめったに起こるものではない。だから専門家が少ないのは仕方がないことである。ただ、これからはいざというときに備えて専門家を育成し、通常は他の専門分野をやっていても、一番の専門は感染症対策だという医師を抱えることである。そうした医師にもきちんと高給を与えることである。つまり、いわゆる診療報酬の問題であるが、常日頃ない感染症の専門家などはあちこちの病院で抱え込むことができないから、政府が工夫を凝らし、いわば遊軍(いつでも出動できる者)のような専門家を用意しておく以外ない。

<長期的研究開発投資>
 それから日本は圧倒的に研究開発投資が遅れたことを反省しなければならない。未だもって日本でワクチンが出来上がっていない。先進国の中でこのような遅れをとっているのは珍しいことである。薬学部を6年にしたりと準備は整っていたはずなのに、長期的観点に立った研究投資を怠ってきたのである。今このままのケチな科学技術振興予算では、今後は日本からノーベル賞受賞者は輩出できないと散々言われているが、医療の分野でも同じことが起きていたのである。
 食料が典型であるが、日本に必要なのは絶対に国内生産で維持するのだという決意が必要である。通常時は無駄があるかもしれない。安く外国から買えたらその方が簡単かもしれないが、今回のワクチンのように外国から持ってきたりすると供給が途絶えたり、いつ来るかわからなかったりして遅れをとることになる。効率一点張りで基礎的な分野への長期的投資を怠ってきたことが今回の結果を招いているのだ。

<軍事安全保障の前に「ワクチン安全保障」>
 それから最後に感染症病床の問題である。感染症病床は2000年に2,396床あったものが2019年には1,188床しかなくなっているという。感染症指定医療機関にも常勤医師の専門家の医者がいるのは35%ということである。つまりこういったウイルス性の感染症についての準備体制は全く整っていなかったのだ。これも猛省しなければならず、地域医療再編構想で公立・公的病院のベッド数を減らすなどということはもってのほかである。むしろこの反省に立ってベッド数に余裕があることは当然、と考え方を変えていかなければならないと思っている。
 小泉政権以来医療費の削減ばかりが叫ばれ、例えばその結果保健所がメタメタに減らされて対応が遅れることになった。国民の命に関わる分野では通常時の無駄はある程度やむを得ないのだ。自公政権は敵基地攻撃能力などと軍事安全保障にばかり向かっているが、ワクチンも食料ももっと先に整えなければならない安全保障なのだ。医療、教育、研究開発にはある程度の無駄が必要なのであり、それを承知の上で対策を講じていかなければならない。