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女性候補の推薦人がすんなり集まらないもどかしい政党-泉新代表の下にまとまって党勢回復するしかない-21.12.07

<代表選は大嫌い>
 私は代表選が嫌いである。元々政治家を目指したわけではないし、内輪とはいえ争い事が嫌いだからだ。だから2003年から2011年8年間代表選があったが、どこかの陣営に属したり推薦人になったことは一度もない。それから誰に投票するかとよく聞かれたが、羽田孜元総理が明かさなかったことから、私もほとんど明かしたことがない。誰に投票するかということを言うのは、投票の論理に反すると思っており、これをずっと今も踏襲してきている。ただ、2011年の代表選を契機に、鹿野道彦代表の下「素交会」が組織され、私が事務局長、幹事長として世話をしてきたので、ずっと代表選に絡むという皮肉なことになってしまった。

<女性候補の推薦人は必然的な当然の流れ>
 今回の代表選で私は、西村智奈美候補の推薦人に名を連ねた。この4月我が党の女性議員20人との三連ポスターを作ったことからわかるとおり(参照:「女性議員を増やして政権交代-国民の半数の声を国会に届けて日本の政治を変える」21.04.08)、私は長年女性議員を増やす活動してきた。その延長線上で当然西村さんの推薦人になることを期待された。しかし、私はいつもと違った選挙活動をし、心身ともに疲れ果てていたので、今回こそは代表選に係わらないと決めていた。
 ところが、何人か推薦人になることが期待されていた立憲民主党の最大のグループ・サンクチュアリ―の中から、逢坂誠二候補が立候補することになり、西村さんの推薦人が足りなくなったことから、私が手を染めざるを得なくなってしまった。11月16日から手助けし、やっと20人になり立候補ができた。しかし、その後は農業問題がテーマになった最初の札幌での討論会(11月28日)には保護者(?)の形でついていくことぐらいに止めておいた。

<根っからの政治家志望だらけの代表選候補者>
 4人が立候補したが、皆若い頃から政治家にならんとした人たちばかりである。私が推薦した西村さんも、新潟県では寺尾愛県会議員に次いで2人目の女性県会議員となり、女性国会議員候補を探していた民主党の目にとまり、2003年の私と同期当選である。
 だからその頃から付き合いのある親しい間柄である。逢坂さんは 62歳(35才でニセコ町長)、それ以外の3人は皆私が政界に入った55歳に達していない。それにもかかわらず、当選回数は全員6回以上である。いかに早くから国会議員をやっていたのかこれでよくわかる。

<知名度の高い小川候補に肉薄する善戦>
 西村候補は4人の中で1番獲得ポイントは少なかったが、全国的に知名度があり「なぜ君は総理大臣になれないのか」と映画もできてマスコミにもてはやされ、3位となった小川淳也候補の133ポイントとそれほど差がなく、102ポイントを獲得した。代表選時にはどこからお金が出て来るのか知らないが、国会近くの高級ホテルに選対事務所を設けるが、西村選対は議員会館の事務所だった。更に、推薦人がカンパを集めての清らかな選挙である。認知度も低かったのに途中討論会等の発言が理解され党員・サポーターや地方自治体議員から相当の支持を広げていった。私は、正直言って立候補しただけでもう半分以上成功したと思っていたが、小川さんに肉薄する大善戦は嬉しい限りだった。
 私が電話をかけて党員・サポーターに西村支持をお願いしなければならないのだが、今回はその手間が相当省けた。なぜならば私と二人の女性議員とのポスターが約6ヵ月間も貼られていたことから、大半の党員・サポーターが、私の依頼が西村さんとわかってくれていたからである。

<一度も勝ち馬に乗ることはせず>
 ただ、親しい地元の友人から「篠原が推薦になった候補は1人も代表になっていない」、と厳しい事実を指摘されてしまった。実は一度だけある。今までも勝馬に乗って重要ポストに座れと現実的なアドバイスをする人もいたが、そういうことは一度もしてきていない。

<女性初の幹事長が誕生>
 決戦投票は予想外の大差で、泉健太新代表が選出された。若くてはつらつとしており、人柄がよく、新立憲民主党の代表にふさわしい政治家ではある。しかし、「スカッとさわやか」な歩いているような若き党首を待ち受けているのは来年夏の参議院選挙であり、これだけ敗北したこの党の党勢を立て直していくのは大変である。泉新代表が執行役員の半分を女性にするという公約どおり、西村さんを初の女性幹事長に任命した。
 泉代表、西村幹事長の新体制が来夏の参議院選挙に向けて党勢回復していくのはイバラの道であり、将来有望な我が党のホープがズタズタにならないことを願ってやまない。そのために、私も一肌脱いで全面的な下支えをしていく所存である。

(12月14日幹事長代行を拝命した。) 

※21.12.19加筆修正