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2022年4月25日

真面目な日本人はルールを守り外来種を駆除する - タカ派・防衛族も北米原産の外来種の侵略を許すな - 22.04.25

 私は1日でも早く日本の在来種の危機、ひいては絶滅を食い止めるため、もっとビシバシと規制をしていくべきだ、と環境委員会(4/22)で45分にわたって質問・提案をした。今回は質問の資料とともに一部を紹介・報告する。

<憎き帰化植物セイタカアワダチソウ>
 外来種(昔は帰化植物と言っていたが)といってすぐに思い出すのは、私の場合はセイタカアワダチソウである。秋に道路端に咲き、最後は黒ずんでくる。1960年代までは春になると北信州の平地だけでなく山麓は菜の花で真っ黄色になり、それは美しかった。高野辰之の美しい歌詞「菜の花畠に入日薄れ、見渡す山の端霞深し」(朧月夜)に謳われている。小学校では春には必ず写生会が開かれ、田んぼを埋め尽くすレンゲ(水田酪農が推奨されていた)のピンク色、空の青色と白色、一斉に芽吹き始めた山々の草木の緑色とともに黄色のクレヨンと絵の具の消費量が増えたものだ。ところが、農産物の自由化で油の原料の大豆・菜種は瞬く間にアメリカ・カナダ産に、飼料も自給せずに輸入飼料穀物にとって替わり、日本の農村から菜の花は姿を消した。別にセイタカアワダチソウは直接的な原因ではないが、私は美しい春の花のライバル(?)に苦々しい思いであった。

<生物多様性条約をキッカケに外来種の駆除が始まる>
 1992年生物多様性条約採決、侵略的外来種のリスクを指摘。2002年第6回気候変動枠組条約締約国会議で「生態系・生息地・種を脅かす外来種の予防・導入・影響緩和のための指針原則」を採択。こうした国際的流れに合わせ、2004年我が国でも外来生物法が成立。こうして初めて今まで放置されてきた帰化生物を駆除していく途が開かれた(別紙「外来種対応年表」.pdf)。
 外来生物法は、明治以降に侵入した種を特定対策生物と指定している。それに対して、日本と同じ島国のNZは、1998年以前にNZに存在しなかった種を外来生物として規制している。オーストラリアと同じく固有種が多いからだ。アメリカは、1981年に似たような法律を制定しているが、もともと国民自体が移民中心の国だからなのか、あまり気にしていない(別紙「主要国の外来種対策の概要」.pdf)。

<野外放出を恐れ家庭飼育を容認する軟弱な環境行政の尻を叩く>
 今回外来生物法が改正される。人を殺す恐れもあるヒアリの侵入防止。そして、広く飼育されて手の付けられないアメリカザリガニ(寿命4~5年、65万世帯が540万個体を飼育)、アカミミガメ(寿命20~30年、110万世帯が160万匹を飼育、野外生息930万匹)について、輸入・販売・譲渡は禁止するが、一般家庭の飼育は野外への放出を防ぐために継続して飼育していいことになった。

<アレチウリに覆い尽くされた河川敷は悲劇である>
 私は2008年の夏、犀川河川敷のアレチウリ駆除活動に参加した。一面アレチウリで覆い尽くされた河川敷は見苦しいだけではなく哀れであった(別紙1写真.pdf)。私は久しぶりに草刈り鎌で力を込めて刈り払った。長野県では年間約2万5千人が参加している。しかし、一向に減る気配がない。セイタカアワダチソウと同じく北米原産で2006年に駆除すべき特定外来生物に指定されている(別紙「長野県内における外来生物対策について」.pdf)。交流が深いからか(?)外来種の多くは、友好国アメリカの原産であるのは皮肉である。
 ミサイルで外国から攻撃される前に、日本の野原は固有種を押しのける北米原産外来種に侵略されっぱなしなのだ。日本の安全を守ることや、日本の伝統文化を守ることを信条としているいわゆるタカ派の面々は、強固な日米同盟の裏で展開しているこの無残な光景をどのように感じているのだろうか。

<出でよ環境・防衛族>
 アメリカの政治家ではゴア元副大統領は軍事面の専門家であったが、もう一方で環境問題にも変わらぬ情熱を傾けていた。軍事的侵略と環境の劣化を同列に捉えていたのである。そして今、気候変動により地球の生命全体が危機に晒され、ゴアの認識が正しかったことが証明されている。世界の共通の重要政策課題となっている。
 ところが、声高に軍事安全保障の必要性を叫ぶ日本の防衛族なりタカ派が、環境面での外来種の侵略に対して無関心である。これは「敵基地攻撃能力」を確保するのが大切であれば、それ以上に原発が攻撃対象にされることを心配しなければならないのに、そこには手を付けようとしないのと同じ図式である
 私は1980年食糧安保担当で内閣総合安保担当室に出向した。それ以来、安全保障は私の守備範囲(?)に入っている。何を隠そう、私が環境委員会に10年近く所属する理由はまさにゴアと一緒なのだ。

<日本国民は真面目にルールを守る>
 だから私はまさに環境行政の味方以外何ものでもない。そこで、今回は前述2種の外来種の飼育者についてしばらく様子を見るという、優しすぎる、悪く言えば腰の引けた環境省の態度を改めるべきと発破をかけた。
 まず、国民を信用しない点の追及。日本人が真面目な国民で国がルールを示せば守ることを示した。

「各国のマスクの着用義務、及びワクチン接種義務と国民の反応」.pdfの表により、日本は両方とも義務化しないのに、マスクは全員着用し接種率も高い。
 仏独は法律で義務付けたら、抗議のデモ(独)にもあっている。米英は、公共交通機関ではマスクを義務化していたが、アメリカでは4/18フロリダの連邦地裁は違憲判決をし、航空機関等でも一気に義務化を解いている。その前に大谷翔平の活躍を伝えるニュースでも、球場の観客のほとんどがマスクをしていない。

②ゴミの分別収集
 ゴミの分別収集も644市町村が11~15種類に分けている。びっくりしたことに25以上に分別して収集している市町村が33もあるという。このように律儀で真面目に分別収集している国民は、世界中広しといえども日本だけではないか。

<三重県の1.4%が3年で47%という例がやればできることを示す>
③信号のない横断歩道で車がどの程度止まるかということを、日本交通安全協会が5年前から調べている。2021年度の調査によると止まる確率が、長野県が85.2%と1位で、次は静岡63.8%と20ポイントも引き離している。
 三重県は2018年には、1.4%しか止まらず下位だった。19年は3.4%で最下位。まずいと感じた関係者が19年あたりから、「守ってくれてありがとう」運動を始めたという。すると21年にはベストテン入りの7位になり47%の人が止まるという劇的な変化を遂げた(別表「ランキング2018~2021年」.pdf)。外来種を駆除すべきというルールも周知・徹底を図ればできるということだ。

<繁殖禁止、寿命(5年と20年)で飼育禁止、最後は殺処分>
 2種とも繁殖は禁止に。アメリカザリガニは寿命である5年以内に飼育を禁止に。またアカミミガメについては、寿命が20年~30年と長いので飼育者が高齢化して、環境省が推奨している終生飼養(死ぬまで飼うこと)ができなくなることが考えられる。そうした場合は譲渡も禁止し、行政が犬・猫と同じような殺処分の体制を整えるべきだ、と提案した。

<人造侵略的外来種・自動販売機を国立公園等から消し去る>
 環境大臣には国土の7%を占める国立公園・国定公園の地域では、こういった特定外来生物を含め動植物の放出を規制する権限が与えられている。これは小泉前大臣の時にも提案したことだが、自動販売機が美しい自然の中にあるのは興ざめするので、少なくとも公園の保護地域内は、人造侵略的外来種ともいうべき自販機の設置を禁止するように、と嫌味の提案をして質問を終えた。

2022年4月23日

水の流出も残土の処理もお構いなしのリニア新幹線 - SDGsの時代に環境保全の無視は許されず- 22.04.23

<静岡県民60万人の水を奪うリニアトンネル工事>
 リニア中央新幹線の工事が、暗礁に乗り上げている。僅か10㎞しか通過しない静岡県で、大井川から毎秒62tの水が流出し、下流の数市町村に住む60万人に大きな影響を与えることがわかり、川勝平太静岡県知事は水問題が解決しなければ工事は認められないと主張している。しかし、このようなことはかねてから予想されていた。ところが、JR東海はまじめに対応してこなかったのである。

<見事な環境大臣意見書>
 後から読んでみると見事と言うしかないが、2014年国土交通省が工事を認可するに際し、環境大臣が12頁にわたる意見を述べている。
 項目を見ると、水環境、廃棄物等(国土交通省やJR東海は残土を「発生土」と称している)について、工事実施前から地下水位及び河川流量の把握を継続的に行うことを求め、断層や破砕帯の透水性が高いところから大量の湧水が出る可能性があり、地下水位の低下並びに河川流量の減少及びこれに伴い生ずる河川の生態系や水生生物への影響は重大なものとなる等と問題点を指摘している。
 ところが、ほとんどそうした問題を無視して工事が進められてきたというのが実態である。

<まじめに対応しないJR東海>
 12頁の環境省の意見に対して、国交大臣も意見を述べているが、監督省庁として環境大臣の倍以上の頁があっても罰は当たらないのにたった3頁である。国交大臣意見も、大井川をはじめとする沿線の各河川では様々な分野で水資源が利用されていることから、河川流量の減少が河川水の利用に重大な影響を及ぼす恐れがあると指摘している。ところが、それを受けたJR東海の環境影響評価のあらましでは、地下水水資源への影響は「環境保全措置を実施することにより小さいと予測する」と平然と書いている。また、トンネルの工事による破砕帯周辺等の地下水位への影響についても「環境保全措置を実施することにより全体として影響が小さいと予想する」といった具合で、最初からほとんどまじめに聞いていないのである。これではトンネル工事が暗礁に乗り上げても仕方がない。

<残土の処理計画なしで進められる工事>
 そしてなによりも重大問題なのは、残土すなわち発生土と呼ばれる工事に伴う大量の土の発生である。全量は5,680万㎦、東京ドーム46杯分といわれている。とてつもない量である。なぜならば、全長の286㎞のうち、トンネルが246㎞と80%も占めており、そのトンネルを掘った後に土が出てくるのは当たりまえのことである。その処理計画が、ほとんど作られずに工事だけが進んでいるのが実態である。

<あるのはこれからの抽象的計画のみ>
 3月25日の環境委員会の私の質問に対して、加藤鮎子国土交通政務官は、7割の計画ができあがっていると答えているが、とても信用することができない。なぜならば国土交通省の資料によれば、5,680万㎦のうち364万㎦が活用され、関東車両基地や早川芦安連絡事業、豊丘村村内発生土置き場等具体的な名前が書いてある。ところが、残りの5,316万㎦については、リニア中央新幹線地区外工区の造成に活用、公共事業の造成に活用といった抽象的な事柄しか書いておらず、どこにも具体的な地名が入ってない。残土の処理は工事を始め、土がいっぱい出てきたときに、周辺市町村に相談して処理するのにふさわしい所を決めてもらうということになっているからである。

<信濃毎日新聞の危機的連載>
 ところが信濃毎日新聞がリニア新幹線について相当長期間にわたって連載を続けていた。残土については「土の声を、国策民営リニアあの現場から」と「残土漂流」というタイトルの下、なかなか読み応えのある現場からのレポートを連載していた。そこには、住民の理解もなんのその、何の前触れもなく来て国の意向だと土砂を置いていくという悲惨な実態が書かれている。
 昨年の熱海の土石流の事故はほとんどの国民の記憶に残っていると思うが、このままだと何年後か何十年後にはリニア残土により同じ悲劇が繰り返されることになる。

<自然環境への配慮もほとんどなくエコパークも台無し>
 南アルプストンネルは24㎞あるが、その近辺はユネスコのエコパークに指定されている。つまり自然遺産の要件、「手付かずの自然が残される」、「持続可能な発展を国内外の見本となるような取り組みが行なわれる」といった条件を明らかに犯すことになる。リニア工事の現場は、高度経済成長時代と同じ乱開発そのものである。これでは、原発使用済み燃料(Spent Fuel)の行き先がなく、「トイレなきマンション」と呼ばれる状況と瓜二つなのだ。

<きちんとした残土処理計画がない限り工事は認めるべきではない>
 JR東海は土の置き場所は「災害が起きる可能性がないところを選ぶ」、「場所によって防災設備を作る」、「確定後は周辺環境への影響予測調査を実施する」とは言っているが、具体的に何をしてきたのかさっぱりわからない。このようななまくらな状態で工事を続けさせてはならない。
 アメリカの原発の新設の条件が好例を提供してくれる。アメリカの原発は100基ほどだが、この30数年間新規建設は一切なされていない。高レベル放射性廃棄物の処理計画をきちんと作れなければ新設が認められないからだ。一時ロッキー山脈のユッカマウンテンの横腹に穴を開けてそこに新設することがほぼ決まりかけたが、地元ネバタ州民の大反対にあって計画が頓挫した。それ以来新設は認められていない。
 同じように考えるとしたら、残土処理計画をきちんと作らない限りは一切工事を認めないということにすべきである。

<土石流発生を防ぐことに全力を挙げるべし>
 なぜならば、一旦壊した環境は戻らないからである。そこらじゅう谷だらけの伊那谷を平らにすると言うと響きはいいが、いつか下流には必ず土石流が発生する。そうでなくても御嶽山の火山灰土壌で1965年に大きな土石流が発生している。また1984年の長野県西部地震では王滝村で3,400万㎥の御嶽崩れが発生し、29人が犠牲となっている。伊那谷ではそんな盛り土でなくても、「蛇抜け」と呼ばれているほど土石流がよく起こるのだ。そうしたところに見境もなく土を盛りあげたらどうなるか結果は明らかである。

<環境大臣がリニア中止を勧告すべし>
 5人の元総理はEUが原発投資を脱炭素投資の1つとして認めるのはよくないと意見書を送った。山口環境大臣はその中の「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」という表現にクレームをつけた。他にも身の回りの省エネを呼び掛けたり、埼玉県のメガソーラーから生じる環境問題にも注文をつけたりしている。私は環境委員会の場でこのような点については、私と意見が大きく異なるが、環境大臣が大所高所から、環境について意見を言うのはいいことだと持ち上げた。
 そのついでに、環境上の問題が多すぎるリニア新幹線中止こそ提案すべきではないかと注文をつけて質問を終えた。

2022年4月 9日

平均的日本人の好み - 昔「巨人、大鵬、玉子焼き」、今「朝ドラ(2022年はカムカム)」か - 22.04.09(4.14修正)

(コロナ、ウクライナと気が滅入る昨今、息抜きのメルマガ、ブログです。読み飛ばしてください。)

<日本のプロ野球の平均像は長嶋ファンのアンチ巨人>
 日本人論が盛んだった60~70年代、私は数冊読んでみたが一体平均的日本人とはどういう人なのかがよくわからなかった。そうした中、高度経済成長時代の平均的日本人の好みは「巨人、大鵬、玉子焼き」と言われた。私は、「アンチ巨人、柏戸、野沢菜漬」だったので、平均的日本人からは程遠いと思っていた。

 私は、何ごとにつけ明るい長嶋のファンで、長嶋がホームランを打ち、ファインプレーをし、ヒーローインタビューでちょっとズレた大げさな表現をするのがたまらなかった。一方金に飽かせて力のある選手を集め、V9を達成した巨人には反感を抱き、負けると胸がスッとした。だから、私は日本人特有の判官贔屓がきつく歪んだプロ野球ファンだと思っていた。ところが、コンピューターが出始めた頃、プロ野球ファンの平均像は、アンチ巨人で長嶋ファンだと打ち出したことに膝を打った。

<寅さんの第1作目に涙する>
 大学1年の春休み、私は京都の老舗旅館に1カ月住み込みのアルバイトで布団の上げ下げ、料理運びをした。その際に暇な昼間中、仲居さんたちと映画館の梯子をして歩いた。その中で、偶然出会ったのがフーテンの寅さんの第1作目だった。私は寅さんを取り巻く人たちの温かさと浮世離れした寅さんの人の好い生き方に心を打たれた。
 それから数年、すっかり忘れていた頃、大ヒット作として年2回作られるシリーズ物として定着しつつあることを知った。私の好みは大半の日本人の好みと一致したのである。

<No.3の毎日新聞を半世紀にわたり購読>
 いつの頃からかわからない。私はあまり強いものは好きになれず、弱い者の味方をしていることに気付いた。
 大学生になり、自分で新聞をとるようになった時、何の躊躇もなく毎日新聞を選んだ。朝日や読売といった巨大新聞は好かなかったからだ。それ以降半世紀ずっと毎日新聞を通して読んでいるが、権威のない父であるにもかかわらず、家族から文句を言われたことは一度もない。
 パリのOECD代表部に勤務した3年間(1991/7~1994/8)日本の新聞は大使館でしか見られなかったが、その時も真っ先に毎日新聞に手を伸ばし、隅から隅まで貪るように読んだ。その時に、日本の忙しい時には読む時間のなかった新聞小説にもふと目が行き、地元長野の北信地方の方言と同じ言い回しに魅かれ、宮尾登美子の「蔵」(新潟が舞台)を楽しみに読むようになった。
 迷惑だっただろうが、途中から妻に毎日筋を話してあげるようになるまでのめり込んだ。

<宮尾登美子の「蔵」で平均的中年男性だと確信>
 私は、パリに3年間いたので(平均的日本人の)評価を知る由もなかったが、絶対に日本人の心に響く作品であり、映画化、テレビ化、舞台化されることは間違いないと踏んでいた。佳境に入ったころ、作者宮尾登美子の言が載った。「私の読者は今まで女性が大半だったが、今回は中年男性からも多くの手紙をいただいた」というのだ。実は私は平均的中年男性だったようで、後の小泉純一郎首相もその一人だったと聞いた。
 新潟の造り酒屋に生まれ、盲目になりながら力強く生きていく少女「烈」が主人公だが、私は必至で「家」を守ろうとする父意蔵に魅かれた。
 NHKでドラマ化された「蔵」は秀逸で、主人公の伯母佐穂を演じた檀ふみが抑制のきいた平均的日本女性を演じ美しかった。渋い演技の意蔵役の鹿賀丈史の代表的作品となったと思う。

<今、平均的高齢者として昭和、平成、令和の三代記に涙する>
 平均的日本人の私は、いつしか朝ドラを見るのが当然のようになった。そして、国会議員になってからもずっと見続けてきた。その延長線で、3代の女性の生き方を追った「カムカムエブリバディ」を楽しく見てきた。多分「あまちゃん」ほどの人気ではなかったと思うが、我々団塊の世代にはウンウンと頷きながら見られたドラマだった。我々の親世代(大正生まれ)から現代までの100年の物語であり、特に後半は涙なしには見られなかった。真ん中の「るい」が我々と同世代に当たり、その自然な生き方に共感した。

<私がカムカムに見入った理由>
 私にとっていつになく面白かった理由を述べておく。

①「おしん」は女の一代記だったが、三世代になっており、ハラハラドキドキが続いた。
②名前に安子(和菓子屋のあんこ)、るい(ルイ・アームストロングのルイ)、桃太郎(岡山の童話)とひなた(サニーサイドからとる)と誰にもわかる由来が傑作である。平川唯一からとったアニー・ヒラカワは、タイトルにこだわってのことだろう。
③朝ドラに珍しく、安子の夫の戦死、父や祖父母の空爆死、さんた伯父の病院を抜け出しての死と、主人公の周りの死を多く入れ、涙を誘っている。
④時代を示すのに巧妙に歴代の朝ドラを入れ、流れる歌もまた合わせており、聴衆に自分もあの時に見ていたと懐かしい一体感を持たせてくれる。
⑤安子と稔、るいとジョー、ひなたと若き五十嵐等と数多くの恋愛関係を散りばめ、ハラハラドキドキ感を抱かせつつ、ほのぼのとした幸せ感も漂う。最終盤にカップルが何組誕生したのか不明なぐらいだ。
⑥あずきが岡山の和菓子屋橘から、京都の回転焼きにつながり、それが安子(ひなたの祖母であるアニー・ヒラカワ)の口に入るといった劇的展開を生む。ラジオ講座カムカムの他にも一つのつながりがみえて面白い。
⑦再会シーン、涙なしには見られなかったが、るいが I hate you. から I love you. に変わるのも当然予想できた。その意味では寅さんのいつもの失恋と同じく、予想される展開が安らぎをもたらしてくれた。
(まだたくさんあるが、この辺でやめておく)

<脚本家のサービス精神に敬意と脱帽>
 ドラマの制作者、特に脚本家は見る人を楽しませるためにストーリーを書くだろうが、カムカムは随所にユーモアが溢れ、それが徹底していることが嬉しかった。そういえば藤本有紀は落語好きで、朝ドラの前作は女性落語家を扱った『ちりとてちん』だった。しかも、多分照準は、昭和・平成・令和を生き続け、今老境にある我々団塊の世代に当てられていたと思う。だから、私はいつになく熱心にドラマの展開を追った。
 団塊の世代は何しろ800万人もいるので、いつも流行を作ってきた。歌で言えばフォークソングの全盛期であり、森山良子の「この広い野原いっぱい」を聞くと誰もが淡い青春時代を思い出すはずである。そして森山自身1948年(昭和23年)生まれの団塊の世代である。それを安子の老後の主人公に選んでくれている。品が良く年老いた団塊の世代を代表している森山良子を選んだことに配役の妙を感じた。

<昭和を駆け抜けた団塊世代への大サービス満載>
 森山に加え、我々の世代にアイドルの一人だった多岐川裕美も出演している。更に、団塊の世代は深夜放送も含め、ラジオを聞くのが当然の時代に生き、浜村淳の声をいつも聴いていた。その浜村もアニー・ヒラカワへのインタビューで登場させている。まさに団塊の世代に向けたサービス満載の構成である。

 2019年100作目ということで鳴り物入りで「なつぞら」が製作されたが、はっきり言って心に残るものはほとんどなかった。それに対し、カムカムは昭和を駆け抜けた平均的「昭和の日本人」、すなわち団塊の世代に昔を懐かしむ機会を提供してくれた。
 多分若い世代にも、冒頭に触れたコロナ・ウクライナで何となく心が重い時ににこにこ笑え、思い切り涙を流すドラマを制作してくれたことに感謝したい。

選挙前の危機だからと国民に飴ばかりをバラまく政治は無責任 -5千円給付、ガソリン価格値下げ、原発再稼働は国民に迎合しすぎではないか- 22.04.09

<選挙前の政府与党のバラマキ政策は見え透いている>
 突然出てきた政府・与党の年金受給者らへの5千円給付案は、野党はもちろんこと与党からも批判を受けている。選挙目当てという魂胆が見え透いているからである。政府は、世界中が財政規律を度外視してコロナ対策に暴走しているのをいいことに、107兆円もの歳出になる大型予算を組み、3月22日に予算が成立する前から、既に大型の補正予算という声も聞かれている。今や5千円給付は白紙になりつつあるが、当然のことである。
 本当は、野党こそそうした歪んだ政策をしっかり監視しなければならないのだが、政府・与党に輪をかけた大衆迎合的政策で、参院選に臨もうとしている。私は好ましいことではないと思っている。

<トリガー条項凍結解除で与党に抱きつく国民民主党は野党にあらず>
 その最たるものは、ガソリン価格の高騰に対するトリガー条項の凍結解除である。我が立憲民主党も含め、野党はこぞってトリガー条項(ガソリンの平均小売価格が1リットル当たり160円を3ヶ月連続で超えた場合に発動される。ガソリン税(1リットル当たり53.8円)のうち、「揮発油税」と「地方揮発油税」の特別税率分として上乗せされている分(同25.1円)の課税を停止し、税負担を抑える仕組み)の凍結を解除して、本法どおりガソリン価格を値下げすべきと主張している。なかでも見苦しいのは国民民主党であり、政府与党が確約もしておらず、ただ「検討する」といっただけなのに、いわば抱きついて予算案に賛成してしまった。
 私はすぐさま、野党筆頭理事を務める倫選特委員会の質問時間配分で、従来衆議院11人の共産党と10人の国民民主党に等しく時間を割り振っていたものを、野党内の小政党に余分に時間を割いている慣行をやめ、共産党21分、国民民主党は8分(ドント方式で計算したもののみ)とした。その後、国民民主党が3月22日の参議院でも予算に賛成したのを機に、立憲民主党として質問時間の融通はしないことに決めた。

<ガソリン価格の値下げでカーボンニュートラルは長期的目標達成が遠のくばかり>
 食料品をはじめ諸々の価格が値上がりしており、ガソリン価格の値下げは願ってもないことである。だから、政府は石油元売り各社への補助金の上限を1ℓあたり25円に引き上げている。
 しかし、気候変動防止のためCO2排出をゼロにするというカーボンニュートラルとの整合性はどうなるのだろうか。それよりも、25.1円/ℓを失う地方財政への打撃はどうするのか。一方予算は通過したので、予算組み替えの議論は回避したが、トリガー条項凍結解除には法改正が必要であり、実行に移すには補正予算が必要でもある。財政規律の健全化などもうどこかへ吹っ飛んでしまっている。

<環境に優しい生き方に誘導する政策を織り込む>
 ウクライナ国民は戦火の中にあり、命の危険にさらされている。世界も日本も痛みをお互いに分かち合い、我慢をしなければならない時である。それを一斉に耳障りのいいことを大声で主張するなら、政治家も政党もいらないと言ってよい。仮に一時しのぎにガソリン価格の値下げをしたところで、石油資源は先細りであり、この機に思い切って脱炭素を加速化する政策を盛り込まなければならない。
 ない知恵で私見を述べるなら、ガソリン価格の値下げは生活食料等必要品を運ぶトラック等に限定すべきであり、少なくともレジャー用の乗用車には適用すべきではない。それと同時に列車や船を多用するモーダルシフトを支援すべきなことは言うまでもない。このようなピンチをチャンスに変えるのである。

<原発再稼働を声高に主張する維新、国民民主党>
 電力供給が逼迫してはじめて電力需給逼迫警報(東日本大震災を後に導入され、予備率が3%に下回った時に発する)が発せられた。ここぞ好機とばかり恒常的な電力不足を回避するため、この際原発の再稼働を認めるべきという主張が噴出した。経済界からは、ロシアに石油・天然ガス等のエネルギー資源を依存するEUで原発回帰の動きを見せるフランスを参考にすべき、という都合のいい声が聞こえてくる。しかし、ドイツ、オーストリア、デンマーク、スペイン等はそうした動きに反対している。「身を切る政策」が売りの維新の松井代表が大きな声で主張し出した。また、玉木国民民主党代表もすぐ飛びついている。見苦しい限りである。

<国民は福島第一原発事故の再来を恐れている>
 こうした中、朝日新聞の3月19、20日の世論調査によると、ガソリンや電気光熱費の値上がりが家計を圧迫しているにもかかわらず、原発の再稼働反対が46%と賛成38%を上回っている。一時凌ぎよりも原発攻撃に不安を感じ(59%、感じない35%)、自然災害による原発事故も心配(88%)している。
 地震による津波を「想定外」として起きたのが福島第一原発事故である。日本国民はウクライナへのロシア軍の侵攻という、今再びの「想定外」による原発リスクへの波及に震撼しているのである。驚くべきことに、国民のほうが長期的視点に立脚して原発をみており、ポピュリズム政党が人気取り政策に堕しているのである。

<再生可能エネルギーへの転換のチャンスととらえる>
 電力需要増大や災害による大停電(ブラックアウト)を避けるためには、他にいくらでもやるべきことがある。例えば大規模発電所の分散であり、再生可能エネルギーの地産地消である。今回も揚水式水力発電所で急場を凌いでいる。太陽光、水力、風力など地域に合った再生可能エネルギーの開発に重点投資すべきなのだ。他にも50ヘルツと60ヘルツの違いを超えた東・西日本の融通である。更には、思い切った省エネであり、夜中の不必要な照明、冷暖房のかけすぎ等を抑えるだけでも大分違う。
 政府は税収が足りないことを肝に銘ずるべきである。経済界は右肩上がりの成長はいつまでも続かないことに気付くべきである。国民も今までのようなぜいたくはできないことを知るべきなのだ。日本のエネルギー自給率は11.2%と低いが、だからといって原発に頼るというのは安きに流れ過ぎである。歯を食いしばって再生可能エネルギーによる地産地消にもっていくことである。

<立憲民主党は、ミレニアム世代、Z世代の声に耳を傾け環境重視を打ち出すべし>
 昨年の総選挙で快進撃を遂げた維新は、地元(になりつつある)兵庫・西宮市長選で現職にダブルスコアで敗北した。非核三原則の見直しまで言及し調子に乗った維新へのお灸に他ならない。国民の政治家を見る眼は、着実に肥えてきているのである。党首を先頭に支離滅裂な国民民主党にも、いずれ国民の厳しい審判が下るだろう。
 政治は相変わらず経済政策のオンパレードだが、ミレニアム世代(1980~1995年生まれの25~40歳ぐらい)やその下のZ世代(25歳以下)といった将来世代は、環境問題により関心が高くなっている。政治家がそれに気付いていないのだ。
 国民に嫌われても、もっと遠くを見据えた政策をうちたてる政治家・政党が必要とされており、立憲民主党が先頭に立って行かなければならない。