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2015年10月27日

プレス民主号外300回記念ご挨拶 -15.10.27

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<きっかけは先輩政治家の勧め>
 私がこのプレス民主号外を配りながら長野駅前で街宣させていただいてから、本号は300号になります。街宣のきっかけは、私の応援に来た某先輩政治家のアドバイスによるものです。彼は率直な政治家でして2005年の選挙の応援の際に「篠原さんは人生の先輩ですし、大学の先輩でもありますけども、政治家としては私の方が大先輩ですので、私の言う事を聞いてください」と色々世話を焼いてくれました。選挙期間中、マイクを握って離さず、私が横でいいとこ幸い休んでいると「降りて握手に行って下さい」と指示が下り、とうとう畑の中まで走ることとなり、足を挫いてしまったくらいです。
 その貴重な(?)アドバイスのひとつに駅前街宣を常日頃しなければならない、というのがありました。私が「都市部での政治活動とは違い、長野市に街宣できる人が集まるような場所はない」と嫌々反論すると「長野駅前ぐらいあるでしょ」という再反論が返ってきました。大先輩政治家の忠告を聞き入れ、それ以来月曜日、長野にいるかぎり7時45分から8時15分まで街宣し、その時にビラを配らせていただき、積もり積もって今日、300号を迎えたわけです。

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2015年09月01日

70年の高社郷集団自決者の慰霊法要-満州の地に向けて百名がふるさとを斉唱-15.09.01

 終戦記念日から10日後の8月25日、中野市東山公園の一角に建つ満州開拓者殉難慰霊塔前において、戦後70周年の慰霊法要が行われた。集団自決により絶命した五百余名の命日であるこの日は、高社郷同志会が慰霊の参拝を毎年続けてきたが、高齢化により年々参拝者が減少して、昨年はとうとう5人だけになっていた。
 しかし、今年は戦後70周年にちなみ次世代を担う地元の高校生約70名にも参加してもらい、当時の悲劇を語り継ぎ、平和追求への思いを若い世代に託すことができた。
 この間の経緯を若干記録として書き留めておきたい。
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2015年07月10日

信越トレイル紀行-飯山駅で下車して自然の山里歩きを楽しんでほしい-15.07.10

<衆第一のヌシ>
 永田町にばかり長くいると、なかなか気が晴れないことが多い。私はゴルフはやらないし大酒を飲むわけでもない。国会議員はよく情報収集と称して夜な夜なあちこち飲み歩いているが、私はお誘いがあれば加わる程度ですましている。だいたい議員会館で12時まで仕事をし、宿舎へ戻り、朝8時からの部門会議に出るという毎日を送っている。よく知らないが、防災センター(夜間管理担当)では、一番遅くまで部屋にいる衆議院議員として有名(?)だそうだ。妻からは「能率悪いだけだ」と馬鹿にされ、「ゆう活」の観点からするとダメ人間だが、秘書も帰し、私一人なのでまあこれでいいだろうと観念している。

<地元のツアーに参加して地元の良さを知る>
 週末は金帰月来で地元である。小選挙区で当選してからこの3~4年のことだが、地元のいろいろなツアーや山歩きなどに参加している。一番の理由は、地元をもっとよく知りたいからである。ところが、名の知れた山に登るにしても、どうやって行ったらいいのかわからない。そういうときに市町村やNPO法人の主催によるツアーというのは願ってもないことだ。
 今シーズンも鬼無里の一夜山と中西山の登山、飯山市外様地区のモリアオガエルの見学、そして信越トレイルの山開きの4つに参加した。

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2014年12月12日

しのはら孝活動写真

選挙直前から当事務所や、告示後遊説隊が撮影したものや集会等ご参加の皆様よりいただいた写真が集まってきております。しのはらの選挙期間中の活動や、55箇所対話集会の雰囲気の一部でもご覧いただければと思い、ギャラリーの形で公開いたします。是非ご覧ください。

しのはら孝ギャラリーは下記リンクから
https://picasaweb.google.com/104889740363764321245

※ 尚、許可のない転用は固くお断りいたします。

2010年10月20日

通学区域の変更の誤解と真実 田麦の竹馬の友に団結力が生まれた理由 -10.10.20-

(中野市周辺の方以外は読まれても何のことかわからないと思いますのでパスしてください。)

 副大臣としての仕事が超多忙でへとへとに疲れていたので、10月2日(土)はゆっくり眠ることにしていた。ところが、金曜日の夜中に長野に戻って翌日の日程をみると、「午前9時、高社中学創立50周年記念式典、対応:欠席・メッセージ」とあり、胸が騒いだ。なぜなら、私が行きそびれた切ない中学校だからである。しかし、疲れをとるのが先だとすぐに眠りについた。

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