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2013年03月13日

(その6)駆け込みTPP交渉参加は何も得られずに終わる-13.03.13-

<新参国は新しい議論ができず>
 東京(中日)新聞が、3月8日 一面トップで「TPP後発国に制約、先発国の合意再交渉できず、参加条件政府公表せず」が波紋を投げかけている。11年11月のホノルルAPECの折の日本の参加の意思表明をきっかけに、カナダとメキシコが参加表明した。ところが、加墨両国に対して、「既に合意した条文を後発の参加国は原則として受け入れ、交渉を打ち切る終結権もなく再協議も要求できない」などの不利な条件を提示し、両国はそれを受け入れ、念書をかわしていたと報じている。

<92年7月の内閣官房の回答>
 「TPPを慎重に考える会」と民主党の「経済連携PT」においても6~7月にかけて、本件が真剣に議論された。我々も心配なので、政府を追求した結果、7月25日には、以下のような回答が内閣官房から提出されている。その意味では、我々民主党の関係者にはわかっていた話である。

 参加国で合意済みのルールについて再協議(リオープン)できるか否かについては、合意済みの事項をリオープンしないとの条件が、メキシコやカナダの参加に際して示されたとの情報もあるが、交渉参加9か国はコメントしないとの立場をとっている。いずれにせよ、引き続き情報収集していきたい。

 3月8日の予算委員会では、元同僚の松野頼久(維新、TPPを慎重に考える会元幹事長)と笠井亮(共産党)がこの点を突いて追及した。こんなことでは、交渉に参加しても何の意味もないからである。今後、参加するとしたら、日本も同じ条件を突き付けられるに違いない。

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2013年03月07日

(その3)TPP大翼賛報道が国の針路を誤らせる-13.03.07-

 3/2(土)、私は昨年同様にほとんど誰もいない議員会館で、しこしことペンを走らせている。昨年は禁(政治家の間は本は書かない)を破って、「TPPはいらない」「原発廃止で世代責任を果たす」を執筆中だった。気分を害す同僚議員がいるかもしれないが、私は何よりも、日本の将来を危うくするTPPと原発について、同僚議員にこそ勉強してもらいたかった。だからいわゆる「励ます会」を初めて開き、お土産に本を持ち帰ってもらった。2冊となると3,200円、大半は招待で来てもらっているのでケチかもしれないが1冊にしてもらった。ところが、古い本を含め5冊持ち帰った猛者もいるという。ちゃんと読んでいてくれるなら私のかいた汗も報われるのだが、どうも耳学問だけが得意なのが国会議員、どこかの本棚に死蔵されていると思うと力が抜けてくる。
 2月上旬、民主党の再生のために年末の選挙総括を11回のシリーズでまとめたが、その間に安倍政権で、TPPの拙速な参加への動きがあったため、短いレポートとした形で数回連続して発信していくことにする。そして、その準備のため、長野のTPP交渉参加反対の大集会の後帰京し、会館で1人仕事をし始めている。地元の有権者との対話の機会が少なくなるが、秘書のいう「うちの代議士は全国区(?)」であり、TPPの行方を固唾を呑んで見守っている人たちのために。シリーズブログをお届けすることにした。

(その3)TPP大翼賛報道が国の針路を誤らせる
 戦前、政界は大政翼賛会となり、マスコミもこぞって戦争を美化し、新聞・ラジオも大本営発表の翼賛報道一色になってしまった。そしてそれが日本国民を戦争に駆り立て、日本国民の不幸を増大することになった。翼賛報道がいかに滑稽かは、北朝鮮の国営TVのあの元気のいいおばさんアナウンサーの喋り口をみるとよくわかる。北朝鮮の人々は、あの報道でミサイル発射も核実験の成功もまじめに喜び、アメリカを悪の帝国と思っているのだ。

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2013年02月22日

野田前首相の議員辞職から始まる民主党の解党的出直し(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その11)13.2.22

 2月5日の12年選挙総括シリーズの第一号「民主党の解党的出直し-民主党の再生は、野田前首相の議員辞職と党名変更から始まる-」で述べたとおり、民主党の再生を国民に理解してもらうためには私は2つの荒療治が必要と思う。一つが、この大敗北のけじめをつけるため、野田前首相の議員辞職であり、2つ目が、民主党の再生を国民にアピールするための党名の変更である。今回は前者について述べ、本シリーズの中間締め括りとする。

<トップの辞め時>
 田中宏尚農林水産事務次官は、私に「トップはなった時に真っ先に自分がどのようにして辞めるか考えておかなければならないんだ」と帝王学を授けてくれた。(ブログ「ボツ原稿『ヒューストン・サミット(1990年夏)と次官人事』より抜粋」07.12.03参照)
 田中次官は、人事異動の時期ではない1990年春、突然、審議官−経済局長−総務審議官−国際部長の人事を断行した。米の輸入が大問題になっていたウルグアイ・ラウンド(UR)の期限とされていた、1990年12月の大団円を迎える大事な時期だった。
 通常の夏の人事時、海部俊樹首相は、UR関係省庁の事務次官以下の人事凍結を命じ、農林水産省以外は喜んで応じた。通産省では、これを奇貨として次官の2年居座り人事が定着し、その後の「4人組の反乱」等の人事抗争に発展している。それに対し、田中次官は「春先に国際関係の人事を行い、盤石の体制にしてあるので、私以下の国内幹部人事をしても何ら支障は生じない」と、ただ一人応じなかった。私は海部首相の命を受けた大島理森官房副長官(当時)がらみで、少々田中構想の実現に加勢した。その時に発せられたのが、冒頭の発言である。田中次官は、夏の首相の命令という障害を予測し、先手を打っていたのである。見事というしかない。
 日本国のトップである首相は。自らの辞め時をしっかり考えているのだろうか。少なくとも、最近の1年交代の首相を見る限り、疑問を感じざるを得ない。

 辞め時ならぬ解散時を見誤った野田首相には、国民や同僚議員に対して3つの大きな責任があり、私は議員辞職に値すると考えている。以下に3つの責任を述べる。

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2013年02月15日

党名変更で国民に民主党の再生をアピール -韓国のハンナラ党からセヌリ党の党名変更にならう-(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その10)13.2.15

<民主党公認だけで拒否された悲惨な選挙>
 私はそれほどの場面に出くわしてないが、落選議員の皆さんの惨状を聞くと、民主党に対する反発はすざましいものがある。中山義活前議員は、街宣車を捉まれて「お前は民主党の代弁者か」といわれて民主党というだけで拒否反応を示されてしまったという。あちこちで同じことが起っている。何よりも準備不足の一期生に対して全く不意打ちをくらわす解散だった。それにもかかわらず岡田副総理が、選挙2日後の12月18日の記者会見で「選挙は最終的には個人の責任だ、野田首相の決断を理由に自分は負けたというのは努力が足りない」と逆撫でするような発言をして、またまた同僚議員の顰蹙を買っている。知名度もあり選挙地盤も安泰でお金もある、あまりにも恵まれすぎている岡田副総理のいつもの上から目線発言である。予想以上の大差をつけられて落選した民主党衆議院議員の傷口に大量の塩を塗り込んだ。「純化路線」とやらは論外であり、そんな意図があるとは信じたくもないが、野田執行部以外は去っていいとも言わんばかりの発言には不快感しか生じてこない。
 実際は、私も含めほとんどの人が民主党というだけで拒否反応を示されていたのである。その証拠が、小選挙区の個人票と比例区の民主党のおおきなギャップであり、私の場合は約4万票だった。篠原個人は支持しても、民主党は嫌だというのが私の平均的支持者像なのだ。

<野田・前原コンビが二度も民主党を危機に陥れる>
 落選の心配のない超銘柄議員である前原国家戦略担当相も、「野田首相は約束を守る人だ」と早期解散を煽った。そして、57人という悲惨な結末に対して「解散が遅れていたら、もっと惨憺たる結果になっていた」と自己弁護をしている。野田首相も同じような言訳をしている。落選議員が、何のデータも示さず先延ばしするともっとひどくなるなどと言えたものだと、怒るのも当然である。この2人のコンビは、代表と国対委員長で引き起こした偽メール事件と今回解散時期を誤ったことで、二度も民主党をドン底に突き落としたことになる。

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2013年02月14日

両院議員総会(12月19日)の新代表選出延期の顛末―(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その9)13.2.14 

<新代表を3日間で選ぶとんでもない提案>
 12月18日選挙の2日後、私は世話になった人たちにお礼のあいさつ回りをしていた。つねに朝刊は朝読みたいと思っているが、なかなか忙しく夜寝る前に読むことにしている。ところがこの日、秘書から、「明日、19日両院議員総会が開かれると出ていますよ」と言われ、ビックリ仰天した。見ると、19日の午後、両院議員総会が開かれ、そこで代表選の日程が議題になり、22日の午前中に代表選の立候補届けを受け付け、複数の立候補者が出た場合、その午後に145人の議員(衆議院57人、参議院88人)の投票で新代表を選ぶというのだ。

<すぐ幹部に意見の電話>
 私は、そんなばかな、これだけ大敗北をしておきながらそんな簡単に代表を選んでいいのかと思った。例によって、我々議員に諮る前に新聞に漏らして、一般国民の方が先に知り、既成事実を作るという、民主党の野田執行部が繰り返してきたずるい手法である。私は、すぐに当然そんなことはやめるべきだと幹部に電話した。直接話せなかったが、留守電に私の反対の趣旨を伝えた。
あいさつ回りを続行している間、3回その幹部から電話があったが、夜遅くになるまで気付かず、19日の朝になってやっと接触した。しかし、私の意見は取り入れられなかった。
 半年前の代議士会の発言(ブログ消費増税法案採決に棄権した理由-2012.6.27参照)もそうだが、私はできれば穏便にことを進めたいので必ず執行部に前もって問題点を指摘している。ところが、私のこうした心配りも増長気味の野田執行部には通じないことが多かった。
 そこで、今回も私は、すでに発言の準備を着々と進めていた。

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