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2014年03月26日

巧みな党内運営で分裂を防ぐ維新の会-両院議員総会の採決で切り抜ける松野頼久幹事長の知恵―14.03.26

<特定秘密保護法で維新の会は両院総会採決>
 特定秘密保護法は、民主党は反対したが、維新の会は修正で合意し、結局は賛成した。みんなの党は、3人が退席、江田憲司は離党し分裂の引き金になった。維新の東(石原系、立ちあがれ日本)と、西(橋下系、大阪維新の会)の対立はいつものことだが、特定秘密保護法をめぐってさらに複雑な様相を呈した。東でも修正合意に賛成する藤井孝男、山田宏と、法案に反対する片山虎之助、小沢鋭仁、松野頼久に割れた。両院総会では藤井と片山が怒鳴り合う一幕もあった。
 しかし、この状況を切り抜けたのは、松野幹事長と小沢国対委員長の知恵である。両院議員総会で採決をし、賛成27、反対23でようやく賛成ということで分裂をまぬがれている。

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2013年07月31日

民主党はルールを守り成熟した政党への脱皮を -13.07.31

<意味不明の代表選要求>
 7月26日(金)、例によって民主党のゴタゴタが両院議員総会の場で繰り返された。常任幹事会等で既に、細野グループと言われている小川淳也が参議員選挙の敗北の責任をとって代表選をやるべきだ、という声が出ていたという。そしてマスコミに公開された両院議員総会でも5人ほどが同じ主張を述べた。海江田代表に責任をとって辞めろというストレートな意見であれば、それはそれでそういう考え方もあると納得するが、代表選に海江田代表も信任のために出てもいいのだ、とかいう訳の分からない主張ではとてもついていけない。

<思い出す04年の菅代表降ろし>
 私はこの流れを見て、民主党に入ったばかりの時を思い出した。2004年、保険料未納の問題で、民主党ネクストキャビネット(NC)の中で菅NC首相だけが8ヶ月未納だということが発覚し、代表を辞めるべきだということで騒然となっていた。私がまずびっくりしたのは、自分達の選んだ代表を些細なことで降ろそうという流れである。当時、日本歯科医師政治連盟の1億円献金問題で、橋本龍太郎自民党総裁が窮地に立っていた。自民党は当然のことであるが、むしろ守ろうとしていた。
 私は一期生議員だったが、菅代表に辞める必要はない、そうだったとしても辞任をして秋の代表選にまた出れば良いという余計なアドバイスまでしていた。後に、大臣在任中の単純ミスで非はむしろ怠慢な社会保険庁にあったことがわかってくる。全く愚かなことをしたのである。(「年金問題と民主党、そして私の見解」(04年6月3日))

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2013年03月13日

(その6)駆け込みTPP交渉参加は何も得られずに終わる-13.03.13-

<新参国は新しい議論ができず>
 東京(中日)新聞が、3月8日 一面トップで「TPP後発国に制約、先発国の合意再交渉できず、参加条件政府公表せず」が波紋を投げかけている。11年11月のホノルルAPECの折の日本の参加の意思表明をきっかけに、カナダとメキシコが参加表明した。ところが、加墨両国に対して、「既に合意した条文を後発の参加国は原則として受け入れ、交渉を打ち切る終結権もなく再協議も要求できない」などの不利な条件を提示し、両国はそれを受け入れ、念書をかわしていたと報じている。

<92年7月の内閣官房の回答>
 「TPPを慎重に考える会」と民主党の「経済連携PT」においても6~7月にかけて、本件が真剣に議論された。我々も心配なので、政府を追求した結果、7月25日には、以下のような回答が内閣官房から提出されている。その意味では、我々民主党の関係者にはわかっていた話である。

 参加国で合意済みのルールについて再協議(リオープン)できるか否かについては、合意済みの事項をリオープンしないとの条件が、メキシコやカナダの参加に際して示されたとの情報もあるが、交渉参加9か国はコメントしないとの立場をとっている。いずれにせよ、引き続き情報収集していきたい。

 3月8日の予算委員会では、元同僚の松野頼久(維新、TPPを慎重に考える会元幹事長)と笠井亮(共産党)がこの点を突いて追及した。こんなことでは、交渉に参加しても何の意味もないからである。今後、参加するとしたら、日本も同じ条件を突き付けられるに違いない。

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2013年03月07日

(その3)TPP大翼賛報道が国の針路を誤らせる-13.03.07-

 3/2(土)、私は昨年同様にほとんど誰もいない議員会館で、しこしことペンを走らせている。昨年は禁(政治家の間は本は書かない)を破って、「TPPはいらない」「原発廃止で世代責任を果たす」を執筆中だった。気分を害す同僚議員がいるかもしれないが、私は何よりも、日本の将来を危うくするTPPと原発について、同僚議員にこそ勉強してもらいたかった。だからいわゆる「励ます会」を初めて開き、お土産に本を持ち帰ってもらった。2冊となると3,200円、大半は招待で来てもらっているのでケチかもしれないが1冊にしてもらった。ところが、古い本を含め5冊持ち帰った猛者もいるという。ちゃんと読んでいてくれるなら私のかいた汗も報われるのだが、どうも耳学問だけが得意なのが国会議員、どこかの本棚に死蔵されていると思うと力が抜けてくる。
 2月上旬、民主党の再生のために年末の選挙総括を11回のシリーズでまとめたが、その間に安倍政権で、TPPの拙速な参加への動きがあったため、短いレポートとした形で数回連続して発信していくことにする。そして、その準備のため、長野のTPP交渉参加反対の大集会の後帰京し、会館で1人仕事をし始めている。地元の有権者との対話の機会が少なくなるが、秘書のいう「うちの代議士は全国区(?)」であり、TPPの行方を固唾を呑んで見守っている人たちのために。シリーズブログをお届けすることにした。

(その3)TPP大翼賛報道が国の針路を誤らせる
 戦前、政界は大政翼賛会となり、マスコミもこぞって戦争を美化し、新聞・ラジオも大本営発表の翼賛報道一色になってしまった。そしてそれが日本国民を戦争に駆り立て、日本国民の不幸を増大することになった。翼賛報道がいかに滑稽かは、北朝鮮の国営TVのあの元気のいいおばさんアナウンサーの喋り口をみるとよくわかる。北朝鮮の人々は、あの報道でミサイル発射も核実験の成功もまじめに喜び、アメリカを悪の帝国と思っているのだ。

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2013年02月22日

野田前首相の議員辞職から始まる民主党の解党的出直し(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その11)13.2.22

 2月5日の12年選挙総括シリーズの第一号「民主党の解党的出直し-民主党の再生は、野田前首相の議員辞職と党名変更から始まる-」で述べたとおり、民主党の再生を国民に理解してもらうためには私は2つの荒療治が必要と思う。一つが、この大敗北のけじめをつけるため、野田前首相の議員辞職であり、2つ目が、民主党の再生を国民にアピールするための党名の変更である。今回は前者について述べ、本シリーズの中間締め括りとする。

<トップの辞め時>
 田中宏尚農林水産事務次官は、私に「トップはなった時に真っ先に自分がどのようにして辞めるか考えておかなければならないんだ」と帝王学を授けてくれた。(ブログ「ボツ原稿『ヒューストン・サミット(1990年夏)と次官人事』より抜粋」07.12.03参照)
 田中次官は、人事異動の時期ではない1990年春、突然、審議官−経済局長−総務審議官−国際部長の人事を断行した。米の輸入が大問題になっていたウルグアイ・ラウンド(UR)の期限とされていた、1990年12月の大団円を迎える大事な時期だった。
 通常の夏の人事時、海部俊樹首相は、UR関係省庁の事務次官以下の人事凍結を命じ、農林水産省以外は喜んで応じた。通産省では、これを奇貨として次官の2年居座り人事が定着し、その後の「4人組の反乱」等の人事抗争に発展している。それに対し、田中次官は「春先に国際関係の人事を行い、盤石の体制にしてあるので、私以下の国内幹部人事をしても何ら支障は生じない」と、ただ一人応じなかった。私は海部首相の命を受けた大島理森官房副長官(当時)がらみで、少々田中構想の実現に加勢した。その時に発せられたのが、冒頭の発言である。田中次官は、夏の首相の命令という障害を予測し、先手を打っていたのである。見事というしかない。
 日本国のトップである首相は。自らの辞め時をしっかり考えているのだろうか。少なくとも、最近の1年交代の首相を見る限り、疑問を感じざるを得ない。

 辞め時ならぬ解散時を見誤った野田首相には、国民や同僚議員に対して3つの大きな責任があり、私は議員辞職に値すると考えている。以下に3つの責任を述べる。

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