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2013年02月15日

党名変更で国民に民主党の再生をアピール -韓国のハンナラ党からセヌリ党の党名変更にならう-(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その10)13.2.15

<民主党公認だけで拒否された悲惨な選挙>
 私はそれほどの場面に出くわしてないが、落選議員の皆さんの惨状を聞くと、民主党に対する反発はすざましいものがある。中山義活前議員は、街宣車を捉まれて「お前は民主党の代弁者か」といわれて民主党というだけで拒否反応を示されてしまったという。あちこちで同じことが起っている。何よりも準備不足の一期生に対して全く不意打ちをくらわす解散だった。それにもかかわらず岡田副総理が、選挙2日後の12月18日の記者会見で「選挙は最終的には個人の責任だ、野田首相の決断を理由に自分は負けたというのは努力が足りない」と逆撫でするような発言をして、またまた同僚議員の顰蹙を買っている。知名度もあり選挙地盤も安泰でお金もある、あまりにも恵まれすぎている岡田副総理のいつもの上から目線発言である。予想以上の大差をつけられて落選した民主党衆議院議員の傷口に大量の塩を塗り込んだ。「純化路線」とやらは論外であり、そんな意図があるとは信じたくもないが、野田執行部以外は去っていいとも言わんばかりの発言には不快感しか生じてこない。
 実際は、私も含めほとんどの人が民主党というだけで拒否反応を示されていたのである。その証拠が、小選挙区の個人票と比例区の民主党のおおきなギャップであり、私の場合は約4万票だった。篠原個人は支持しても、民主党は嫌だというのが私の平均的支持者像なのだ。

<野田・前原コンビが二度も民主党を危機に陥れる>
 落選の心配のない超銘柄議員である前原国家戦略担当相も、「野田首相は約束を守る人だ」と早期解散を煽った。そして、57人という悲惨な結末に対して「解散が遅れていたら、もっと惨憺たる結果になっていた」と自己弁護をしている。野田首相も同じような言訳をしている。落選議員が、何のデータも示さず先延ばしするともっとひどくなるなどと言えたものだと、怒るのも当然である。この2人のコンビは、代表と国対委員長で引き起こした偽メール事件と今回解散時期を誤ったことで、二度も民主党をドン底に突き落としたことになる。

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2013年02月14日

両院議員総会(12月19日)の新代表選出延期の顛末―(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その9)13.2.14 

<新代表を3日間で選ぶとんでもない提案>
 12月18日選挙の2日後、私は世話になった人たちにお礼のあいさつ回りをしていた。つねに朝刊は朝読みたいと思っているが、なかなか忙しく夜寝る前に読むことにしている。ところがこの日、秘書から、「明日、19日両院議員総会が開かれると出ていますよ」と言われ、ビックリ仰天した。見ると、19日の午後、両院議員総会が開かれ、そこで代表選の日程が議題になり、22日の午前中に代表選の立候補届けを受け付け、複数の立候補者が出た場合、その午後に145人の議員(衆議院57人、参議院88人)の投票で新代表を選ぶというのだ。

<すぐ幹部に意見の電話>
 私は、そんなばかな、これだけ大敗北をしておきながらそんな簡単に代表を選んでいいのかと思った。例によって、我々議員に諮る前に新聞に漏らして、一般国民の方が先に知り、既成事実を作るという、民主党の野田執行部が繰り返してきたずるい手法である。私は、すぐに当然そんなことはやめるべきだと幹部に電話した。直接話せなかったが、留守電に私の反対の趣旨を伝えた。
あいさつ回りを続行している間、3回その幹部から電話があったが、夜遅くになるまで気付かず、19日の朝になってやっと接触した。しかし、私の意見は取り入れられなかった。
 半年前の代議士会の発言(ブログ消費増税法案採決に棄権した理由-2012.6.27参照)もそうだが、私はできれば穏便にことを進めたいので必ず執行部に前もって問題点を指摘している。ところが、私のこうした心配りも増長気味の野田執行部には通じないことが多かった。
 そこで、今回も私は、すでに発言の準備を着々と進めていた。

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2013年02月13日

選挙戦術における2つの失敗―離党者への対抗馬擁立と安住幹事長代行の踏み絵発言―(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その8)13.02.13

<強引な政権運営が招いた離党者続出>
 民主党の分裂、ゴタゴタが民主党のイメージを大きく損ねたことは明らかである。もっぱら出て行った人を責める風潮があるが、内部にいた私としては出て行った人たちを責める気持ちにはなれない。なぜかというと、純粋で真面目な人たちだからこそ、民主党らしさを捨て去った政策や強引な政権運営・党運営に我慢できずに出て行ったのである。野田執行部がハンドリングを間違っていたのである。最初の中後淳、斉藤恭紀の離党のきっかけは、党の提言であるTPPを慎重にすべしというのを無視した、野田首相の前のめり発言だった。消費増税で離党者が続出したと思われているが、最初は他ならぬTPPであり、その後の「きづな」の内山晃の離党もTPPが主因だったのである。かくして衆議院308議席が選挙前には230余に減っていた。

<愚かな全選挙区立候補>
 そもそも党議拘束をかけ、そしてそれに違反した人たちに対して党員資格停止、離党勧告というのは日本だけの愚かなことであり、他の国では行われていない。このことは既に別のブログ(「党議拘束違反で分裂、離党の大騒ぎは日本のみ―12.07.17」)で述べた。まして、小泉純一郎のように刺客まで送り込み選挙で落とすという愚かなことは真似すべきではないことだと思っていた。ところが今回、民主党執行部は、ほとんど誰一人として当選の見込みもないにもかかわらず、離党でできた空白区に候補者を立てるというもっともらしい大義名分のもとに、元の仲間に容赦なく民主党の候補者を送り込んだ。その数は50名近くに達している(別表「民主党離党者に対する民主党対立候補一覧」参照)

 私はこんなにも大量に嫌味なことをしているとは、選挙が終わって新聞で全国の選挙結果を見るまで知らなかった。

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2013年02月08日

民主党幹部のTPP前のめり発言で農村部・地方の小選挙区はほぼ全滅(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その4)13.02.08

 12年秋、解散総選挙が遅くとも10か月以内にあるということは確実な情勢だった。熟度の高い政治家なら誰しも選挙に悪影響を与える発言を控えるのが常識である。それを我が党の幹部は違っていた。日本全国の農民が極度の不安に陥っているというのに、オバマ大統領再選の後、岡田・前原・玄葉・枝野のTPP推進4閣僚のTPP交渉参加前のめり発言が相次いだ。普通ならば、野田首相以下が示し合わせて発言しているはずだが、どうもそうでもなく、それぞれ勝手に見解を述べていたようだ。後述するように、政権奪取した自民党の閣僚が余計な発言を一切しないのと好対照である。
 枝野経産大臣は、「大局的視点にたち、私としては現政権が大きな決断を早急に行うべきだと考えている」と述べた。しかし数日後、「今すぐ新たな判断ができる状況ではない」というぶれる発言をすることになった。不安におののいている農民も国民も、またかということで聞く耳を持たなくなっていった。

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2013年02月07日

羽田元首相が予測した民主党政権の混乱(12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その3)13.02.07

―政権交代後の1回目の総選挙を勝ち抜くために君の助けが必要だ―

<1996年秋 衆議院出馬要請>
 今、私は4回目の選挙を終え、幸いに議員を続けている。他の国会議員の皆さんも様々な経緯を経て政治家になったのだろうが、私の場合は多分特殊なケースであろう。全面的受身の形で政治家になっている。あまり信用されないかもしれないが、私は真面目な公務員で、故郷との絆を断ち切りがたく農林水産省に入省した。ほとんどが農家で占められていた、周りの人たちがうまく暮らしていける手助けができればと思ったからである。
 私に初めて自分たちの陣営で政治家になってくれと話があったのは、1996年のはるか昔だった。羽田孜元首相と堀込征雄衆議院議員の二人ともいわゆる農林族、前々からよく知っていた。当然のことながら逃げまくった。しかし、8年間のストーカー行為(?)の後、やむを得ず出ることになった。2003年秋のことである。私は数少ない、世に知られざる「羽田チルドレン」なのだ。

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