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2013年02月10日

ミニ集会での主張と質疑応答 (12年総選挙総括・民主党再生シリーズ その6)13.02.10

<60~70ヵ所のミニ集会>
 今回の選挙は昨日(2月10日)のメルマガ・ブログのとおり60数か所のミニ集会を中心に戦った。正確に言うと解散してから既に栄村や野沢温泉村、木島平村等北の方でやってきているので合計70か所を超えた。概ね1時間とし、最初の15分から20分は私が話すことにした。

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2011年08月19日

鹿野道彦農林水産大臣に代表選出馬を要請する -11.8.19-

今日、私は鹿野道彦農林水産大臣に対して、出馬要請をする会に参加した。8月11日の、定例の農林水産副大臣記者会見で、鹿野擁立を表明して以来、ずっとこの事務局的仕事をしてきた。それよりずっと前から菅総理のあとは鹿野さんしかいないと考えていたし、この件は菅総理にもとっくの昔に伝えてあった。
しかし、菅総理が、きちんと退陣を表明するまでは、一切の活動を控えていたが、先々週、6月2日以来やっと三条件が整った時の退陣を表明したので、私も鹿野擁立の会合に参加することにした。
 今日は同僚の小山展弘さん(1期目)が皆でまとめた要請文を読み上げた。鹿野大臣はそれを受け止め、菅総理が正式に退陣されたのちに出馬表明されることになると思う。鹿野さんとはそういう人なのだ。
 この正式な要請文は新聞各紙にも報じられると思うので、私なりの原稿(2案まとめたが、より率直なほう)を皆さんにお伝えしておく。
 また、これから代表選に向け数回、なぜ鹿野道彦大臣なのかについて発信することにしたい。

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2011年05月20日

頑張れ栄村 村の地震対策も大事だが、柏崎刈羽原発の廃止のほうが切実 - 2011.5.20 -

<栄村を元気にするのが私の政治の原点>
 栄村は、長野・新潟県境に位置する人口2,212人の小さな村である。人口は少ないが、面積は271.51km²と広く、世界一の豪雪地帯である。森宮野原駅には7.85 Mの日本最高積雪地点の標柱が立っている。
 私は、随所で書いているが、絶対政治家になってやるといった形で政界入りしたのではなく、羽田孜さんや北澤俊美さんに強く勧められたからである。しかし、動機はどうであれ、政治家になったからには、これはしたい、これはしなければならないというのはいくつもある。その一つが中山間地域の活性化である。
 2003年秋、私の初選挙の公示日には、皆が止めるのも聞かず、2時間半かけて栄村役場前に直行した。ほとんど聴衆はいなかったが、私の選挙活動はどうしても栄村から始めたかったからだ。

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2011年04月28日

原発の墓場チェルノブイリ再訪 ―大平原で人類の行末を考える―-11.04.28-

<6年前の無謀なチェルノブイリ入口訪問>
 4月23日(土)、2005年11月に原田義昭外務委員長と入り口まで行って写真を撮って以来、6年振りにチェルノブイリを訪れた。ただし、今度は人類の犯した重大なミスの一つといえる石棺のすぐ近くまで行くことができた。2010年から、特別なツアーを認めており、今年までに7500人が訪れたという。
 2005年11月は、外務委員会の旧ソ連諸国の議員視察で、キルギスとウクライナを訪問した。もちろん正式の日程には入っていなかったが、団長の原田さんと私だけが皆が眠っている午前6時ごろホテルを出発し、120kmのデコボコ道を猛スピードで飛ばして30km圏の立ち入り禁止のゲート前で写真をとり、出発時間の9時に戻っただけのものであった。2人ともどうしても近くに行ってみたかったのだ。このことは原田さんのブログ(2005年11月18日「チェルノブイリ原発を訪ねる」)と私のブログ(2005年11月8日「霧の中のチェルノブイリ」)に詳しく書いてある。

原田団長と.jpg


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2011年04月27日

チェルノブイリに来い、菜の花の春 -11.04.27-

<いつもながらの強行軍の海外出張>
 農林水産副大臣になって3回目の海外出張だが、いずれも、現役の役人時よりずっと強行軍であり、1泊2日の韓国TPP問題出張は、5団体と意見を聞いた。1泊3日のダボス会議のWTO問題の閣僚会議は、たった1日のスイス滞在、飛行機に乗っている時間が大半だった。今回は少々ましだが、夜中に出て早朝に帰るという点では同じだった。
 有権者の皆さんや友人たちから細身の体を案じてか、「体に気をつけて」とよく言われるが、国会議員になって命を縮めていることは確実だ。しかし、せっかく与党になり、仕事をさせてもらっているので、期待に応えるべく骨身を削って仕事をしている。

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2011年04月17日

被災地石巻の視察 -11.04.17-

<急な総理随行>
菅総理が10日(日)に石巻に視察に行くというので、鹿野大臣から水産業の復興プランについて説明しておくように命じられ、8日(金)に説明に行った。TPPや食と農林漁業再生本部会合関係では頻繁に官邸に行っていたが、震災後は少々遠慮していた。
 中堅の事務方を連れて行ったが、彼等を帰した後、最近の諸々の情勢について40分余意見交換をした。その帰り、石巻での話は漁業関係者が中心になるだろうし、私が付いて行った方がいいのではないかと思い、総理に随行を申し出て、急遽同行することになった。

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2011年02月21日

市民権に次いで「村民権」も得た金子さんの有機農業 -2011.02.21.-

今、政局で揺れている。この件についても私のこうしたらいい、あるいは、こうすべきというのは山ほどあるが、内閣の片隅にいるので直接触れるのはやめておく。
 その代わり、心が晴れ晴れすることを報告したい。本当は2011年の年始のメルマガ、ブログにする予定だったが、例によって時間がなく今になってしまった。

(有機農業による村づくりで天皇杯)
昨年末、12月26日(土)、私は久しぶりに埼玉県比企郡小川町にいた。私の30年来の友人、金子美登・友子ご夫妻の霜里農場のあるところであり、平成22年度農林水産祭むらづくり部門天皇杯受賞のお祝いに駆けつけたのだ。金子さんは、私と同世代の農業者大学校の第1回卒業生で、1971年以来ずっと有機農業をやってこられたが、それが集落全体に広がり、関東農政局管内では久方ぶりの村づくり部門天皇杯に繋がったのだ。

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2011年02月04日

一泊三日のダボスのWTO非公式閣僚会議出張 -2011.2.4.-

(格調高いダボス会議)
スイスの保養地・ダボスには、毎年1月、世界中から2,000人を超える政治・経済界のリーダー達が集結する。通称「ダボス会議」に出席するためだが、正式には「世界経済フォーラム(WEF)年次総会」という。1971年にスイスの経済学者クラウス・シュワブ氏が、欧州の経営者を集め議論の場を作ったのが始まりとされ、今年は、メドヴェージェフ露大統領、サルコジ仏大統領などの各国首脳、潘国連事務総長、ラミーWTO事務局長など国際機関の長、著名投資家のジョージ・ソロス氏などが出席した。

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2010年10月29日

近くて遠い国、韓国 ―韓EU FTAの波紋と日本の突然のTPP参加検討 -10.10.29-

<突然の慌しい韓国出張>
韓国がEUとのFTAの正式署名をし、来年の7月から米の16品目(関税分類)を除いて10年以内に関税ゼロにして自由化されることになった。韓国は膨大な農業予算を使って、農業政策を講じながらチリ、米国、EU等と次々にFTAを締結してきた。この関係で、鹿野大臣から私は、突然9・10・11の三連休の間の韓国出張を命じられた。
韓国も9・10の土日は休みなので、日本の連休の11と12の2日間で行ってきたが、12日の夜大事な会合があるため、実質的には1日半という本当に忙しい出張であった。

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2010年10月05日

日本型根回し・調整の達人岩倉具三氏の死を悼む –一生かけて日本の農政を下支えた-10.10.05

 私がブログで、友人・知人の追悼を寄せるのは、尊敬する後輩 永岡洋治、自民党の若き宰相候補であった中川昭一(元財務大臣・元農林水産大臣)、青木一 前中野市長についで4人目だと思う。
 自民党の農林水産分野の裏方をずっと務め、政務調査会事務部長などを歴任してきた岩倉具三さんが73歳の若さで亡くなった。明治の元勲 岩倉具視さんの玄孫だという。同じような名前なので、多分その血筋かなぁと思ったが、鼻が大きく、ちょっと日本人離れした風貌であった。ドイツ人の血も混じっているという。

<農政の陰に岩倉あり>
 農林水産省で仕事をしていて、岩倉さんの世話にならないものはいない。何故かというと、農林部会・水産部会の取りまとめを岩倉さんが仕切ってきたからである。自民党の最も自民党たるゆえんは農林族である。米価闘争の頃などは1週間、いわゆるベトコン議員たち(米価値上げを要求する農村地帯を地盤とする議員:「米価問題懇談会」をもじって呼ばれるようになった)が騒ぎまくった。自民党農林族は、古くは中川一郎、渡辺美智雄が農政をリードし、その後は羽田孜、加藤紘一、 保利耕輔に引継がれ、中川昭一、松岡利勝と続いた。

 米価審議会の会場である三番町分庁舎、あるいは自民党本部や議員会館の中でそれは熾烈な議論が行われた。
 政治を巻き込んだ米価闘争ははるかかなたの昔の話になってしまったが、政策決定の見本が農政であることに変わりはない。うるさ型の農林族議員の間を走り回り、それを取りまとめてきたのは、他ならぬ岩倉さんであり、まとめられたのは類い稀なる能力とお人柄の故である。

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2010年08月17日

活動報告を発行しました

活動報告第12号(プレス民主号外)を発行しました。

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pdfファイルはこちら1頁

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2010年06月23日

-口蹄疫と国家的危機管理- 10.06.23

〈私の意見から報告中心へ〉
 私のメルマガ・ブログは新聞で言うと社説・論説にあたり、事実の報告やその簡単な解説といった一般記事的なものはほとんどなかったと思う。しかし、副大臣となった今は、政策についてのご高説はなるべく控え、報告調のものも書かせていただくことにする。

〈宮崎での一日〉
 6月10日朝から、宮崎のホテル・メリージュに泊り込み、口蹄疫対策に奔走している。いきなりの赴任である。なかなか大変だが全力で当っている。
 朝8時45分、車の迎えで宮崎の観光名所の1つとなっている県庁前に到着。
 9時から、県庁の本部と合同での打ち合わせ。毎日、口蹄疫発生状況、患畜・疑似患畜の埋却状況、各地の消毒作業等の状況報告を受け、1日の対応を確認。
 9時50分から毎日、20~30人の記者のブリーフィング。通常役人がメモを作ってくれるが、そんな余裕のある現地本部ではなく、事実関係の説明を受け、私が自分の判断でやりとり。
 最初の4日は、口蹄疫が発生した市・町を訪問し、関係者に状況を聞き、意見交換。その間、菅総理(6/12)、北沢防衛相(6/17)が現地入り。お二人とも駆け足の現地視察、懇談で、現地スタッフは大忙し。
 5月17日に設置された現地対策本部は、県庁3階の会議室をあてがわれている。農林水産省消費安全局及び畜産部を中心に、内閣、警察、防衛、国交、厚労、経産、消費者庁等各省から数名ずつ派遣され総勢40名前後。私がそのトップ、小川総理補佐官がナンバーツー。
 1ヶ月経過し、農水省は3週間いる者もいるが、大体2週間交替。他の省庁は、1週間交替、最も長期は小川副本部長。

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2010年06月22日

-農林水産副大臣拝命- 10.06.21

6月9日、私は農林水産副大臣を拝命した。午後4時30分頃、着慣れないモーニングを着て認証式も済ませた。身の引き締まる思いである。

〈慌ただしい宮崎入り〉
 その後すぐ、農林水産省に戻り、モーニングから平服に着替え、省内の口蹄疫対策本部会合、そして官邸の第3回口蹄疫対策本部会合に出席。その直前に宮崎の現地本部の副本部長小川勝也首相補佐官(参、比例区、3期)から翌10日朝1番に宮崎入りすべしという通告を受けていた。何とも急な話で、それこそドタバタの着任であった。小川さんの言うとおりに宮崎入りし、そのまま宮崎に居続けており、私が副大臣になってから農林水産省にいたのは1時間足らずという有様である。

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2010年05月17日

-マニフェスト作成を巡る民主党の柔軟性とエイヤー体質-10.5.17.

参議院選を控え、民主党は今、マニフェストの作成を急いでいる。私は政権与党になったのだし、あまりマニフェストにこだわらなくてもいいと思っているが、今回は常任委員会ごとにある政策研究会(前は質問等研究会と変な名前で呼ばれていた)の衣替え、あるいは後述する3つの研究会の設置、その他政調廃止を巡るいろいろな議論の果てに、新しい仕組みの下、突貫工事でマニフェストの議論が行なわれた。山岡国対委員長の下、体育会系ばりの研修(?)が続いた後だけに、145人の1期生議員が喜び勇んで議論に参加していた。私は進め方が気になったので、時間の許す限り会合に参加したが、意見を堂々と言う姿は傍で見ていてほほえましい限りであった。

<不透明に決められた前回のマニフェスト>
今回のプロセスには前回のマニフェストの作成過程と比べると、大きな違いがある。前回も、マニフェスト制定委員会というのは一応あったが、直嶋政行政調会長(現経済産業大臣)が相当独断で作り、アメリカとのFTA締結などと書き出し、一週間後に菅直人代表代行に修正のための記者会見をしてもらうというドジを踏んだ。私もこの収拾に相当エネルギーを費やした。
 私は、ちゃんと議論すべき、民主党は透明性の確保と言いつつ内部の決定におけるプロセスの秘密主義は何だ、役人に責任を取れと言っているのだから党こそ率先して責任の取り方の見本を示すべし、という3点を指摘したかったが、選挙が目前に控えていることから外に出すのはやめた。
民主党はあれこれ議論しているけれども、最後は極めて不透明な形で決まるとみられており、小沢幹事長の鶴の一声が代表例とされるが、エイヤー決定体質は民主党全体に当てはまることである。自民党が主要な問題については、極めて民主的に最後は総務会で怒鳴りあって議論をして決めるのと好対照である。

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2008年11月25日

麻生経済対策の挫折と麻生後継(?) 08.11.25

<アメリカの大胆なチャレンジ>
 海の向こうのアメリカはCHANGE、それに対する我が国日本は相変わらずの迷走停滞。両国を比べてなぜこんなに違うのか。特に麻生首相のブレが問題です。「解散日程についておれが決める」と啖呵を切ったものの、それが仇となって決められず、先延ばし先延ばしとなっています。臨時国会冒頭解散が、いつの間にか4月以降になってしまいました。道路特定財源の一兆円の地方への配分、郵政民営化に伴う株売却の凍結と枚挙にいとまがありません。

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2008年09月18日

ジュネーブWTO(IPU)会議報告08.09.18

<日本農業の混乱の要因は輸入自由化>
 先の「花の都パリ『外交赤書』」の中にも書きましたが、1993年の12月ウルグアイアイランドの決着では、私が直接担当でもないのに、将来の日本の農業、農政を左右するWTO交渉のことはなるべく気にしないように心がけてきました。しかし、実は一番気になっていました。中国からギョーザを輸入しなくてはならなくなったのも、日本の農村から菜の花が消えたのも、そして日本の地方が疲労しきっているのも、元はといえば、安い外国産農産物や材木のせいなのです。そこにまた追い討ちをかけんとするのがWTO農業交渉なのです。いくら国内政策をがんばっても国境措置が緩かったら全く意味がないのです。
この点が国民一般に理解されていません。農業交渉こそ日本の農家に死活的重要なのです。
 胃が痛くなりかけた頃、幸いにしてインドのナート商工相が農産物の緊急輸入制限をめぐり、とても今の案ではのめないということで決裂しました。急に農産物の輸入が増えたときは、緊急輸入制限ができるようになっていますが、その条件が厳しすぎるという理由です。日本こそ、インドに組していいわけですが、傍観したまま、漁夫の利を得る形で救われました。このままいけば、重要品目(関税引き下げを免まぬがれる品目)が6%となり、メタメタな結果に終わる寸前だったのです。

<二泊四日の海外出張>
 解散総選挙が近づいている中、筒井信隆現NC農林水産大臣の代打で、急遽ジュネーブの各国の議員たちのWTO会議に出張しました、9月11から13日で当初の予定では、9月12日の臨時国会の開会日と重なりましたが、断れない理由がありました。自民党は谷津義男、若林正俊といった農政のプロを出しているのに、民主党は順番の海外出張という無責任。私が怒り改善を求めた手前断れず、選挙間近というのに渋々出かけました。役人時代で最も疲れる出張が3泊5日、それを2泊4日です。いろいろな意味で、国会議員のほうが冷遇されている気がします。参議院の大河原雅子さん(民主党)と市川一朗さん(自民党)の2人と一緒でした。

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2008年05月15日

善光寺の見事な発信―聖火リレーは長野県民・市民のオリンピック精神で盛り上げられたはず―(5月9日外務委員会質問をもとに修正加筆)08.05.15

2008.5.9記
胡錦濤主席が今、来日されています。それに関係して、長野市民、長野県民の気持ちを代弁して、聖火リレーの関係もありますので、訴えを聞いていただきたいと思います。
【長野県から一番多く行った満蒙開拓】
私は、この場でチベット問題等の質問に関係したところでちょっときついことを申し上げましたけれども、中国の人たちに非常に感謝しています。長野県と中国というのは関係が深いんです。私の親戚にもいるわけですけれども、長野県から満蒙開拓団というのがいっぱい行きました。満州は寒いところです。日本国政府もわかっていました。鹿児島の人を寒いところにやったってやっていけませんから、長野県が一番多く満州の北の方に行ったんです。そして、国策に対して非常に素直に従っていて、長野県の大日向村というのは、外務大臣のお友達にもそういう名前の方がおられるようですけれども、村じゅうの半分が満州に行きました。

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2008年04月27日

― 山口2区平岡秀夫候補の応援 ―08.04.25

08.04.25
【最終盤での応援】
 今月に入ってから週二回のペースで質問していたので、山口2区補選の畏友平岡秀夫候補の応援には残念ながら一度も行ってませんでした。質問を断り、どんづまりになって、今週、馳せ参じました。その前に地元事務所の秘書2人を光市事務所に派遣してあり,私も4月23日から行く事にしました。民主党三幹部揃い踏みが23日とは聞いてましたが、私の行く日と重なりました。数ヶ所で三役が揃い踏みするのだと思ったら、光市だけでした。雨にも関わらず、3000~4000人集まっていたのではないかと思います。

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2007年12月04日

全国後援会報告07.12.04

11月19日 4回目の全国後援会を開催しました。ご参加くださった方々、今年も全国後援会に入会してくださった方々に心よりお礼申し上げます。幹事の皆様方、いつもながらお疲れ様でした。
実は今回は皆さんがよくやっている2万円のパーティ券を購入してもらう、いわゆる政治資金パーティにしたかったのですが、いろいろな事情でやめました。

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2007年12月03日

『花の都パリ「外交赤書」』番外編・・・ボツ原稿「ヒューストン・サミット(1990年夏)と次官人事」より抜粋07.12.03

『花の都パリ「外交赤書」』の書評もインターネットに2つ載り、MIXIに3つほど書かれています。
 私は、パリ以外のものも書き留めていましたし、もっとほのぼのとしたものが多かったのですが、講談社の編集方針とやらで、役人のドタバタ話ばかりになってしまいました。
 元の原稿には1990年夏のヒューストン・サミットの随行の話もあり、そこに、先輩の田中宏尚農林水産事務次官(1956年入省)が海部総理の慰留を振り切って退任することを書いていました。本はパリの話ばかりになり、この原稿は当然ボツになりました。
しかし、今、守屋武昌前防衛事務次官の4年在任が取りざたされ、逮捕という不祥事になっています。そこで、私の敬愛してやまない田中さん退任劇を幾分加筆修正して皆様にお届けします。いつもと比べ長くなりますが、好対照をみていただけたら幸いです。
 『花の都パリ「外交赤書」』をお読みいただいた方はお気づきと思いますが、この本には、これから紹介するような「いい話」はほとんど削除されてしまっています。それを補うべく、ここにお送りいたします。

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2007年09月12日

キューバの壮大な実験―有機農業による循環社会の実現―07.09.12

07.09.05記

農水委の海外視察は、他の議員に行ってもらおうと思っていましたが、私の減らず口(「欧州には行かないが、キューバの有機農業とかだったら行く」)がたたり、忙しいさなかに9/1~9/7日の一週間で駆け足で行って来ました。経済封鎖を続けるアメリカ経由がままならないため、カナダのトロントに前泊し、帰りはメキシコ・シティに後泊で、正味は2、3、4の3日間だけという強行スケジュールです。

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2007年08月28日

2007年参院選応援日程07.08.28

7/4(水)
○ 午後、菅代表代行と農水省で「森と里の再生プラン」の記者レク
○ 夕方、「森と里の再生プラン」「自民党との農政論争」について論説委員との懇談会
○ 午前2時までかかって、7/5早朝の小沢代表説明資料作り (九段宿舎泊)

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2007年08月24日

安倍首相へのお節介アドバイス-岡田元代表と小沢代表の人事をみならうべし-07.08.24

07.8.18記
<若すぎた菅体制>
 03年秋、羽田さんの強い勧めで、民主党衆議院議員として第一歩を歩み始めました。そこで身近で接してみて、まず当時の菅体制の腰弱さにびっくりしました。菅代表の下で、岡田幹事長(50)、枝野幸男政調会長(39)野田佳彦国対委員長(46)といふ布陣でした。率直な話、これではとても狡い自民党とは伍していけず、政権奪取はほど遠いというのが実感でした。つまり次の内閣にこそピッタリのはず。とりまとめ役はできるとして、百戦練磨の自民党議運・国対とせり合うにはいくらなんでも経験不足は否めません。

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2007年08月21日

8月16日付夕刊フジに私の記事が載りました07.08.21

新聞

2007年08月17日

自民党系業界団体からの民主党候補二人の落選と3年後の農業界からの擁立07.08.10

小沢代表の強い意向もあり、かつては比例区に自民党からしか出ていなかった二つの団体、日本看護協会、日本青年会議所からそれぞれ山崎まやさん、高竹和明さんが出馬されました。私はそれなりに2人の選挙を応援しました。例えば、山崎さんが長野に来られた時は、私の戸別訪問を一緒にしかつ介護関係者のところを回りました。北沢俊美さんがそういった関係の仕事をされていましたし、そうとう実のある訪問ができたのではないかと思います。一方高竹さんは、出馬が決まってから長野青年会議所会合等にも来ましたし、岡山で江田五月さんの関係もあり東京でも会っていました。選挙ハガキの宛名も300名ほど貢献しましたし、最後の段階では、長野青年会議所理事長のOBの方から特別な要請がありましたので、近所の青年会議所メンバーに電話をいれるなど協力しましたが、残念ながら2人とも当選できませんでした。

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2007年07月31日

舟山康江応援演説冗談編(舟山康江紹介編)07.07.31

7月27日記
 対立候補が篠原と同姓なので、私は垂れ幕は作ってもらえず、演説の機会はほとんどありませんが、59回目の誕生日の7月17日には、昔からの私の友人、押井喜一鶴岡市議のリクエストにより、仙谷由人、河村たかし両議員に混じった応援弁士を務めることになりました。結局、都合3回聴衆の前に立ちました。
 まじめ編(政策編)と冗談編(舟山康江紹介編)に分けて、その応援の一部を紹介します

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舟山康江応援演説まじめ編(政策編)07.07.31

7月27日記
 対立候補が篠原と同姓なので、私は垂れ幕は作ってもらえず、演説の機会はほとんどありませんが、59回目の誕生日の7月17日には、昔からの私の友人、押井喜一鶴岡市議のリクエストにより、仙谷由人、河村たかし両議員に混じった応援弁士を務めることになりました。結局、都合3回聴衆の前に立ちました。
 まじめ編(政策編)と冗談編(舟山康江紹介編)に分けて、その応援の一部を紹介します。

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山形に駐在して舟山康江候補を応援07.07.31

7月27日記
 前回の参院選では東北の1人区で、山形の舟山さんだけが自民に負けてしまいました。舟山さんは私の農林水産省の後輩で、結婚して小国町に住み着いていたのを、私がちょっと口をきいて選挙に引っ張り出してしまい、惜敗でした。今回も佐賀の川崎稔さん、香川の植松美恵子さんと並んで、2回目の挑戦です。
 年金、子育て、農業が民主党の3つの約束です。最後の分野の象徴的候補ですが、7月14日が3人目の子どもの1歳の誕生日という子育て真っ最中の母親でもあり、子育ての訴えにも身が入ります。注目の選挙区の一つです。

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2007年07月14日

羽田元総理の政権奪取目標、実現に一歩近づく=農政を訴え農村部に民主党議員を増やすシナリオが進行中=07.07.14

7月11日記
 民主党の重点施策が「年金・子育て・農業の3つの約束と7つの提言」と決まりました。農業が3つのうちの一つになっており、私が民主党の国会議員になってから取り組んできたことの集大成ともいえます。小沢代表の感度の良さが出た3つの重点施策です。

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2007年06月15日

人生3回生きた所秀雄さん07.06.15

6月12日夜記

11日(月)は人間ドックの後、所秀雄さんの偲ぶ会に出席しました。所さんとは、農林水産省の30年ほど先輩ですが、現役ではお会いしておりません。1985年、私の『農的小日本主義の勧め』を読んだ所さんからお手紙を頂き、お付き合いが始まりました。所さんという方は、農林水産省の役人をやり、アメリカの大使館へ行き、帰国後、アメリカの企業から頼まれ、鶏の抗生物質等を輸入販売するゲンコーポレーションという会社を興しました。

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岡山県真庭市の林業シンポジウム07.06.15

6月11日記

『森と里の再生プラン』について、相変わらず振り回されました。6月9日(土)に菅直人代表代行と共に岡山に向かい、鳥取・島根県境に近い真庭市で、シンポジウムを行いました。それに併せ、『森と里の再生プラン』を500部ほど印刷し、そこで公表という形にしました。

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2007年05月25日

日本農業新聞社創刊80周年記念パーティでの挨拶07.05.25

5月22日夜 記

夕方、森林・林業再生プラン会合の後、日本農業新聞社の創刊80周年の会合に出席しました。案内状を見たら、民主党「次の内閣」農林水産大臣として挨拶を依頼されていました。遅刻なので、なるべく乗らないようにしていたタクシーで会場へ直行すると、何と立食ではなくテーブルへ着席式の大会会場。しまったと思いましたが、時既に遅し。
 到着と同時に私の挨拶。じっくり考える時間がありませんでしたが、いつもの通りそれなりに考えて話をしました。

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2007年05月22日

家族ぐるみで『森林・林業再生プラン』の作成07.05.22

週末は長野に戻らず、2日ぶっ続けで『森林・林業再生プラン』の最終稿に手を入れました。
悪筆でいまも無給配偶者秘書に叱られていますが、今回は大学3年の息子にバイト料を払って依頼。
秘書(妻)には、図表を作成してもらいました。ほとんど誰もいない土・日の議員会館へ、おにぎりを持ち込んで家族ぐるみで仕事。
一族郎党揃って選挙にというのはよくありますが、数いる国会議員で我が家のような家族ぐるみで政策提言作りというのは珍しいことと思います。
月曜日も朝から最後のチェックをして17時からの検討会に出そうとしましたが、一日中マスコミ各社の取材対応で、30分しか空き時間がありませんでした。
これは、読売新聞に森林・林業再生プランの一部が書かれたためです。政策のPRこそ大切なので、懇切丁寧に対応しました。
しゃべるのはなれていますが、聞かれて答える(取材対応)は結構疲れます。
夜は、高校の校長をしている高校時代の同級生が突然電話して来て近くにいるというので、赤坂で食事をしつつ一杯やり、その後議員会館に戻って、また、提言の修正。
早く『提言』を仕上げて他の事に取り組みたいというのが本音です

2007年05月18日

赤坂議員宿舎を最も必要としているのは?・・・07.05.18

07.05.17.記
国会は、教育関連3法案が衆議院教育再生特別委員会で採決されたり、安倍強硬路線が続いています。
私は本会議や諸々の会合で昼は時間が空かず、夜になると議員会館にこもって、『森林・林業再生プラン』の作成です。関係議員の皆さんの意見を聞き、取り入れてますが、結局私がまとめ役です。その合間に参議院選挙の候補者の調整といった大事な(?)雑務も入り、自宅に帰っている余裕もありません。
議員会館から徒歩通勤の赤坂議員宿舎を最も必要としている議員は私だと思います。

2007年05月16日

ドイツ南部『黒い森』視察07.05.16

いままで、長い論調めいたブログばかりをお送りしてきましたが、多忙になるとなかなか書く時間が持てず、報告の間隔が空き過ぎてしまいました。そこで、近況を簡単に報告することに致しました。今回はその第一弾です。

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2007年03月24日

07.03.21付日本農業新聞に私の記事が載りました

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2006年12月05日

TVタックル初出演 06.11.22記

【農政に注目し始めたマスコミ】
小沢代表就任以来、農政を重点政策の一つに掲げているため、マスコミもこの点に注目を始めている。9月に民主党ネクスト農林水産大臣に就任して、私のところにも農業政策についての取材が増えてきていた。
そんな折、「ビートたけしのTVタックル」から出演依頼がきた。来年の参議院選もあり、自民党・民主党ともに農業政策に力を入れているようなので、ぜひそこを討論していただきたいとのこと。「TVタックル」は、ビートたけしさんや大竹まことさん、阿川佐和子さんが出演して、政治についておもしろおかしく討論する政治バラエティー番組であるが、真剣な議論も冗談でまぜっかえされてしまうので、岡田克也民主党元代表などは、エレベーターの中で「篠原さん、TVタックルだけは出ないほうがいい。」と珍しくアドバイスをしてくれていた。けれども、民主党の農業政策をアピールできる絶好の機会なので出ることにした。

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2006年11月21日

【メルマガ】熊野古道と林業視察 06.11.4記

【岡田元代表の親戚、速水林業】
国会開会中だが、農水委もないことから10月29日から11月3日まで、香港政庁の招待に応じ、マカオ・香港を視察し3日の夜に帰国した。
翌4日は、民主党の農林漁業再生本部・林業再生小委員会で三重県の熊野・尾鷲を視察した。
尾鷲の隣の紀北町の速水林業は、堅実な林業経営で知られ、岡田克也元代表の親戚ということもあり岡田さんの日程に合わす形で訪問することとなった。すっかり民主党の農山村行脚の顔となった菅直人代表代行も、農林関係議員、地元議員とともに参加した。

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速水さん(左端)から森林経営のお話を聞く。右端が菅代表代行。その左が篠原


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2006年11月20日

【メルマガ】香港のたくましさ  2006.11.10記

<縁のなかった近くの隣人>                                    私は、未だ韓国に行ったことがない。中国は2003年に始めて行った。香港もその類いで今回、香港政庁府の招待で10月29日~11月3日まで訪問したのが最初である。招待プログラムは、どこの国にもあるが、過去2~3年のプログラムで、政治家のリストを見ると、羽田孜団長、北沢俊美団長で行っており、偶然だが民主党からは、3回連続で長野選出の議員が続いている。出発前にそれを知った北沢さんは「格が、ガクーン、ガクーンと下がっているな」と笑った。

香港②マカオ市場視察

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2006年11月09日

香港・マカオを視察しました

 10月29日から11月4日にかけて、香港政庁の招待で香港・マカオを視察しました。
 香港は人口700万人。一国二制度の下、中国発展の窓口となっています。
 視察では、45分おきのミーティングでいろんな方と意見交換し、名刺の束はたちまち2cmになりました。
 1ヶ月前に行ったサハリンとは大違いの大都会ぶりで、街の混雑ぶりは東京を凌ぐほどでした。

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 香港特別行政区の工商及科技局にて、同行した内藤参議院議員、
 案内していただいた職員の黎蕙明(Lind W M LAI)さんと

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2006年11月07日

三重・熊野の森林を視察しました

11月4日、民主党農林漁業再生本部・森林林業再生小委員会として、三重県尾鷲市・熊野市を視察しました。
視察には、最近農林漁業政策に執心している菅直人代表代行はじめ、地元三重県の岡田克也元代表も参加しました。
世界遺産になった熊野古道を2時間近くかけて踏破し、海山町で1,070haの森林を所有する速水林業を視察しました。

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熊野古道・馬越峠でくつろぐ(左から)岡田元代表、高橋参議院議員、菅代表代行、森本衆議院議員、篠原

2006年09月20日

【メルマガ】滞在者が大半の国の悲劇(サハリン報告その4)

<元流刑地は係争の地>
 間宮林蔵が島であることを発見し、最上徳内も探検した樺太は、やはり、北海道がアイヌの地だったのと同じく、ウィルタ、ニブヒ、アイヌ等の住む別天地でした。
 日本では八丈島が島流しの地でしたが、1800年代、サハリンは流刑地でした。1890年、日本でも人気のチェーホフは、病を押してサハリンにやってきて大著『サハリン島』を残しています。チェーホフは今風に言えば、行動する作家だったようで、美術館の前に銅像が建てられています。
 1855年の日露通好条約で「雑居の地」とされた樺太は、榎本武揚の活躍により、1875年の樺太・千島交換条約でロシア領となりました。1905年の日露戦争を処理するポーツマス条約で南樺太は日本に割譲されましたが、第二次世界大戦でソ連が侵攻したまま、1951年のサンフランシスコ条約により日本は南樺太を放棄しました。つまり、ユジノサハリンスク(豊原)は、雑居の地→ロシア→日本→ソ連という変遷を辿った歴史的にも憐れな地なのです。

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美術館前のチェーホフの銅像 妻:嘉美と  

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【メルマガ】鉱物資源より生物資源を(サハリン報告その3)

<楽観的な担当者と懐疑的なロシア通>
 帰国早々、ロシア天然資源監督局が、「サハリン2」について、環境規制を順守していないとして、事業停止を求め、裁判所に提訴したとのニュースが目に入りました。私は、つい数日前、パイプライン南端のプリゴロドノエのLNGプラントを見学し、サハリン・エナジー社に出向している商社の担当者と話してきたばかりであり、案の定という気持ちでした。
 外資事業のサハリン2には、ロシア政府が圧力をかけていることが報じられていました。この点について、担当者は楽観的で、ロシア単独での開発や資源の販路開拓は無理であり、ロシアの経済当局と環境当局との権限争いとの見方さえしていましたが、ロシア通の学者や通訳の方々は、ロシアにはなんでもありと非常に懐疑的だったのが印象的でした。

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プリゴロドノエの巨大プラントの建設現場

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【メルマガ】日本人観光客増は先のまた先(サハリン報告その2)

<日本語案内のないサハリン航空>
函館空港・新千歳空港とサハリンの州都ユジノサハリンスクとの間はサハリン航空の定期便が運航しています。乗客が少ないので、函館とはプロペラ機、新千歳とは小型ジェット機です。内装が粗末なのや、機内をハエが飛び回っている(検疫上問題?)のは仕方がないにしても、日本発着の便で乗客の多くが日本人であるにもかかわらず、機内の案内はロシア語と英語のみです。
私は、フォーラムの交流の議論の中で、機内アナウンスに日本語がないという信じがたい対応を厳しく指摘しました。

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日本統治時代の堅固な建物の前で写真を撮るカップル

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2006年09月02日

【メルマガ】「ダーチャ」― サハリンの食料自給(サハリン報告その1)

<菜園付き別荘「ダーチャ」>
サハリン・フォーラムの翌日は、マイクロバスで郊外に足を延ばしました。市街を離れると、柵に囲まれた菜園と小屋が目につきます。これは、ダーチャといって、町の住民が農作業をしながら、週末や夏の休暇を過ごす別荘です。別荘といっても、ユジノサハリンスクの近郊には、あばらやといっていいほどの壊れかかった小屋も多くあり、日本人の考える避暑地の「別荘」とは全く異なります。

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きれいに耕されたダーチャの畑

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2006年08月27日

【メルマガ】大黒宏:ノースブレインファーム再訪

<講演に行けない議員の身>
 8月27日、私は20数年振りにオホーツク海に近い興部町の大黒さんの酪農場再訪しました。20年ほど前、真冬の猛吹雪の中、女満別空港から数時間かけて訪問して以来のことです。再訪というと正確ではないかもしれません。その当時は、加工場も食堂もお店もなかったからです。2003年国会議員になってからは、講演にはほとんど出かけず、行くとなると同僚議員の応援のための講演で、なかなか私を本当に求める人(つまり私の本を読み、私の農業論・農政論に興味を持ち、講演に来てほしいという人)の所には行けませんでした。今回も、親友松木謙公議員の要請にもとづいて、農業関係者の会合をハシゴして民主党農政を説明して歩く旅の間の一時でした。

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紋別での農業講演

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2006年07月13日

福岡県朝倉市の集会で民主党の農業政策を講演

 篠原孝農林水産団体局長は7月9日午後、羽田孜最高顧問とともに福岡県朝倉市を訪れ、市内で行われた集会で講演を行った。この中で羽田最高顧問は、小泉首相の政治姿勢に厳しく批判を加えたほか、篠原農水団体局長も、民主党の考える農林水産業政策を分かりやすく語りかけ、参加者の皆さんと活発な意見交換を行った。

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石川県連政治セミナーで党の考えを話す(民主党ホームページより)

 篠原孝民主党農林水産団体局長は7月1日午後、石川県小松市で開催された民主党石川県総支部連合会主催の政治セミナーに出席し、「地産地消と日本の農業」と題して講演を行った。
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