第44回総選挙の総括(その2) |
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私自身の選挙結果を報告します。 前回は50日間(退職9/17〜投票日11/9)しかない選挙で、110年(小坂家は1890年以来議席を確保)の伝統を誇る小坂憲次さんと比較され、「50日対110年の闘い」と称されました。今回は、全員平等の突然の選挙。こういう時は、組織がきちんとしている人が有利ですが、私は、7割の大票田である長野市には、全く地域組織ができていませんでした。2003年の選挙後、地元は、とりあえず女性1人、男性2人の秘書体制でやっておりましたが、なかなか思うような活動ができず、ようやく事務所体制の建て直しにとりかかった矢先に8月8日の解散を迎えてしまいました。 その結果、長野では前回同様、北沢俊美事務所、連合、一九会(長野高校の同期)に全面的に頼らざるをえないという選挙、つまり2年前と何ら変わることのない体制での選挙となりました。自前の選挙組織を作れず、すまない気持ちでいっぱいです。 そうした中、中野市では組織ができ、須坂市、木島平村、小布施町、栄村でもそれなりに組織化が進み、人並みの選挙がそこそこできたと思います。 私の場合、長野市に地域組織がないことが大きな課題となり、困りましたが、それよりも何よりも、大きな風、逆風が吹き荒れていました。投票率が長野市で9ポイントも上がるなど、国民の関心が高い選挙となり、増加分の大半が小泉・自民党に流れていきました。私も9,364票増やしましたが、小坂さんは22,766票増やし、差は19,646票と拡がり、惜敗率も86%と前回を8ポイントも下回りました。前回1位だったものが、今回3位という薄氷を踏む当選でした。 総括表を掲げておきます。 2003年と2005年 総選挙 総括表
長野市では、14,228票も差をつけられました。地元中の地元の中野市と山ノ内町では投票率アップにもかかわらず、得票を減らしてしまいました。長野・須坂・中野は、東京や大阪と同じ投票行動をした者が多かったようです。小坂さんの得票の伸びが私を大きく上回りました。 改善されたほうをみると、支持者訪問をきっちりした栄村、木島平村、飯山市では、私が小坂さんよりも多く票を伸ばしました。特に、栄村は、小坂さんが唯一得票を減らし、私の改善率が一番高い地域となりました。それから、逆風がこれだけ吹く中で、9,364票も増やしたことです。 3回目の選挙に向けて、地域組織化をきちんとしていくつもりです。そして今度こそ北沢事務所に「おんぶに抱っこに肩車」とならないようにしなければなりません。 今後も一層のご支援のほどよろしくお願いいたします。 |
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