2017.01.18

経済・財政

【トランプシリーズ1】(全3回連載) 雇用の拡大と十分な賃金確保のためのトランプ砲撃 - 「アメリカで売る車はアメリカで造れ」という当然の主張 - 17.1.18

 この1週間、日本の各紙は、トランプのトヨタ・メキシコ工場批判を大きく扱っている。いずれもトランプけしからんという論調であり、日本側に反省の色はなくトヨタないし日本の肩を持つものばかりである。しかしあまりに短絡的である。

<トランプの切なる願いは「せめてアメリカで生産した車を売れ」>
 トランプは、1月20日の就任式に向けアメリカを再び偉大な国にする、という公約の実現の第一歩として製造業を再び復活させ、雇用を拡大せんとしている。16年12月6日、同じ経営者の孫正義ソフトバンク社長と会い、4年間で500億ドル(5兆6千億円)の投資により5万人の雇用を拡大する約束を取り付けているのもその一環である。11日の5ヵ月振りの記者会見では、「神が創造した最も偉大な雇用創出者となる」と大見得を切っている。
トランプはアメリカ国民に何よりもGM・フォード・クライスラー(正式にはFCA)のアメ車を使ってほしいのだ。それがままならず、日本車にするにしても、せめてアメリカの工場で生産した車にすべきだと言っているだけだ。これもアメリカの雇用を奪ったNAFTA(北米自由貿易協定)は見直す、という選挙期間中の公約を実現せんとしているにすぎない。突然根も葉もない荒唐無稽なことを言い出したわけではない。日本の政治家と異なり、全力で約束したことを果たそうとしているのだ。

<古典的自由貿易にしがみつく鈍感な日本・トヨタ>
 トヨタに注文をつける前に、既にメキシコ進出を図らんとしていたフォードにツイッター攻撃をしている。それを受けフォードは16億ドル(1875億円)の投資計画を撤回し、ミシガン州で700人の雇用を確保すると恭順の意を示した。空調機器大手のキャリアも同調している。FCAも1月8日、ミシガン、オハイオ両州に計10億ドル(約1172億円)を投じ、約2000人の雇用を増やすと表明した。これに対しトランプはツイッターで「サンキュー」と素直に感謝の意を表している。
 それにもかかわらず1月5日、豊田章男トヨタ社長が「メキシコの計画は見直さない」と発表するから、トランプはすぐさま半日後に「アメリカに工場を造るか高関税を支払うかどちらかだ」と警告を発したのである。つまり1994年に発足したNAFTAを奇貨として、アメリカから仕事を奪い安い製品を売り続けるのはやめろ、と単純明快なことを主張しているにすぎない。2015年にはアメリカの貿易赤字は7456億ドル(86兆円)に達している。中国への対米貿易黒字の3672億ドル(43兆円、00年比4割増で、全体の5割に達する)には及ばないが、2位のドイツ(749億ドル)についで、3位の日本(689億ドル)、4位のメキシコ(607億ドル)に苛立つトランプからすると、やはりNAFTAは問題であり、それを引き継ぐTPPも認められないのは至極当然のことだ。

<日本はNAFTAのメリットを享受するばかり>
 メキシコ進出する企業は、メキシコの低賃金(アメリカの5分の1から6分の1)とNAFTAによるゼロ関税(日本からアメリカへの自動車輸出は2.5%の関税)の2つが魅力なのだ。これに対してトランプは、アメリカに売り込むなら、せめてアメリカで雇用拡大に貢献するぐらいのことはするのが礼儀ではないか、と正論をぶつけているにすぎない。日本流に言えば、「売り手(日本)よし、買い手(アメリカ消費者)よし、世間(アメリカ)よし」にしろということであり、何らおかしなことではない。だからアメリカの名だたる大企業もさしたる反論もできず、トランプのツイッター介入「口先介入」または「指先介入(?)」)に渋々従わざるをえなくなっている。

<続々とトランプに歩み寄るIT企業界>
中国のインターネット通販最大手「アリババ集団」創業者の馬雲氏は、1月9日、100万人を雇用拡大すると発言。1月10日にはブリヂストンがノースカロライナの工場に1億8千万ドル(210億円)の追加投資をすると発表している。また成長産業であるアメリカのIT大手も、アマゾンが物流拠点で10万人、IBMが技術者を2.5万人増やすと発表した。
 これを受けて日本企業の中でメキシコの生産台数が82万台と一番多い日産のゴーン社長は「NAFTAのルールが変わるなら、変えていく」と少々理解を示している。他に小林喜光経済同友会代表幹事も「メキシコはリスクが大きい」と認めている。
ところが、マスメディアや財界人、経済学者、評論家はトランプがおかしいと大合唱である。

<進んだ日本の自動車企業のアメリカ現地生産>
 1980年代日米通商摩擦はピークを迎え、300%の高関税をかけるスーパー301条が取り沙汰された。1990年日本はアメリカの貿易赤字1017億円の4割を占め、ソ連に代わるライバル国と目された。そのため一旦は輸出を自主規制して、その後は現場工場化を図り、今や日本車の北米生産率は75%近くに達している。トヨタはアメリカに過去の60年間に220億ドルを投資、10工場、1500販売網があり、13万6000人の雇用を推奨していると弁明している。2015年でみると、ホンダ(127万台)、トヨタ(126万台)、日産(96万台)、富士重工(31万台)、三菱自動車(5万台)、日野(1万台)と計386万台にのぼる。特にホンダは全生産台数453万台のうち、28%強をアメリカで生産しており、現地生産率では抜きん出ている。
 日本自動車工業会は、累計454億円をアメリカに投資し、150万人の雇用を創出したと発表しているが、この点についてはトランプは何も文句は言っておらず、歓迎している。

<NAFTAで加速したメキシコへのシフト>
 一方メキシコには、900社近くの日本企業が進出し、自動車メーカーでも日産の82万台を先頭にホンダ(20万台)、マツダ(18万台)、トヨタ(10万台)と続き、合計132万台(2015年)を生産し、大半がアメリカに輸出されている。4年前と比べて7割増となっている。21世紀に入ってからは、アメリカの現地生産からメキシコの「北米生産」に切り替えてきたのである。他に日本の自動車関連では、タイヤのブリヂストン、ガラスの旭化成・旭硝子等も進出しており、日本の自動車関連企業こそNAFTAの恩恵に浴しているともいえる。これがトランプがトヨタを標的にして「No Way(とんでもない)」と批判する理由である。

<アメリカもNAFTA以降はメキシコへ移転>
 これはアメリカのビッグ3も同じで、今や162万台も生産しており、まさにアメリカの中西部(rust belt)を錆びつかせている。この大半もアメリカ向けに輸出されており、日米独の3か国の企業を中心に200万台がアメリカに輸出されている。トヨタが126万台で13.6万人の雇用をというなら、22~23万人の雇用を奪っていることになる。これがNAFTAで500万人の雇用が失われたとされる理由である。
 今の日本風に言えば、メキシコ進出企業は賃金が6分の1の超非正規雇用者を合法的にメキシコの正規雇用者として使っている。メキシコ工場製の車をメキシコに売るなら許せるが、関税ゼロにことよせてアメリカに輸出し雇用まで奪うのは、アメリカ国民もトランプも許すところではない。
 
<メキシコ不法移民への攻撃もアメリカ人雇用の確保のため>
 メキシコ国境の壁とトヨタのメキシコ工場批判は一見何の関連性もないようにみられる。しかし、この二つとも「すべてのアメリカ人が十分な報酬を受け、働く機会を与えられるようにする」というトランプの最大の公約を実現するための手段なのだ。
 私はメキシコの不法移民というと、まず石川好の『ストロベリー・ロード』(1988)を思い出す。いちご畑での過酷労働を不法移民や日本語を話せない日系移民に強いられたことを綴っていた。今アメリカには1100万人の不法移民がおり、完全に社会システムの中に組み込まれている。まさに非正規不法労働者であり、最低賃金もなんのその、超低賃金で働かされている。それは30年前にも同じだったのだ。アメリカは人権だ何だかんだときれいごとを言いながら、背に腹は代えられないと、不法移民を「必要悪」としてずっと黙認してきたのである。
 トランプは、これもアメリカのまともな雇用を奪っており、許し難いため選挙期間中には200~300万人の犯罪歴のある不法移民を強制送還すると喚いていた。真面目な正論である。だからこそアメリカ国民の支持を得たのである。アメリカの雇用の確保という点ではトランプの主張は選挙期間中から今まで一貫している。

<30年前も前から大統領の準備をしてきたトランプは中曽根に通ずる>
 不動産業で名をなしつつあったトランプは、1980年代ニューヨークの不動産を買い漁る日本企業を苦々しく見ていたに違いない。この時に抱いた日本企業への不信感・敵愾心は今日も拭い去られてはいまい。日本はこれを甘く見ている。
 またトランプは、かなり前から大統領を狙う男といわれ、準備をしてきている。1987年『トランプ自叙伝-不動産王にビジネスを学ぶ(The Art of the Deal)』は大ベストセラーになり、その名がアメリカ中に知れ渡った。四半世紀前の1988年にカジノやホテルのPRのために来日、外国人特派員協会で演説し、日米通商摩擦について、アメリカのお人好しな交渉を皮肉っていた。そしてアメリカに大きなガタが来るとトランプ節を吐いていた。その点では、日本の中曽根康弘と似たところがある。つまり、大統領になったらしようと思うことをかなり前から考えてきており、今それを一挙に吐き出しているのだ。

※ご要望がありましたので、このブログに記した日米自動車関係指数をまとめたものを公表します。
日米自動車関係指数

投稿者: しのはら孝

日時: 2017年1月18日 18:09