2017.04.14

農林水産

【種シリーズ1】多国籍企業の儲けの「タネ」は種-穀物種子を民間ビジネスに任す時代錯誤-17.04.14

 私は30年間農水省に勤めたが、廃止法案というのはそんなにお目にかからなかった。なぜなら、次の施策が必要となり古い法律が時代遅れとなると、新しい法律を作ると同時に古い法律を附則で廃止していたからだ。それを農林水産省は今国会で主要農作物種子法と農業機械化促進法の二本を廃止法として提出してきた。異例である。

<世界がタネに向いている>
 今日本の世界的企業というとトヨタ、日産、本田等が控える自動車業界だろう。他にシャープや東芝という衰退企業もあるが家電業界もある。世界はとみると相変わらず石油業界が力を持っているが、石油化学業界は、農業化学品(農薬、肥料)からアグリビジネスに手を染め、その延長線上で枯渇する石油から永遠に続く種に主力を移し始めている。当初、アメリカが始めたTPP(環太平洋連携協定)で最も力を入れた製薬業界も巨大になりつつあるが、最近の目玉は生物製剤すなわちバイオ医薬品である。
 そして世の中は、次の時代の儲けのタネを探して鵜の目鷹の目である。かなり前にモンサントがアメリカの種子会社を買収している。ところが最近そのモンサントがスイスの巨大医薬品・化学品メーカーのバイエルに買収された。その買収額は660億ドルと史上最高だった。これより先に巨大な2つのアグリビジネス社、ダウ・ケミカルとデュポンが合併しており、更にもう一つ大手シンジェンタが中国化工集団(ケム チャイナ)に買収されている。よるつまり、世界の企業が次の儲けの「タネ」としてバイオにそして「種」に注目しだしたのである。農業界では「種子を制する者が世界を制する」といわれたが、それがあらゆる業界に広まっている。

<除草剤の耐性品種からターミネーター>
 モンサントのやり口を見れば、種を制すればボロ儲けできることがよくわかる。もともと化学会社、除草剤や農薬を造っていたが、自社の除草剤にびくともしない遺伝子組み換え(GMO)種子を創り出した。大豆のラウンドアップ・レディである。こうして農民に種子と除草剤をセットで売りつけ、毎年モンサントから多額の生産資材を買わないとやっていけない農業・農民を造り上げたのである。更に悪いことに、勝手に飛んできた種で育ったのに、無断で自社のGMOを使ったと賠償金をふんだくっている。その一方で、自家採種をさせないためF1(一台雑種)種子ばかり作ることになり、農業・農家をますますがんじ絡めにしていく。いわゆるターミネーター・テクノロジーである。
 これがアメリカにとどまらず世界に広まっていき、日本にも手が伸びてくることは必至である。いつか米の種子が、すっかりバイエル(モンサント)に支配されているおそれもある。中村靖彦著『種子は世界を変える』(農林統計協会)「モンサント社の戦略」に詳述されているとおり、モンサントはしっかりと日本を標的にしてとっくの昔から研究開発を続けてきたのである。

<公共の財のタネを民間企業に明け渡す愚>
 日本は種の重要さを分かっており、1952年主要農作物種子法を制定し、幾多の改正を経て、米、麦、大豆の主要農作物について国と県が大きく係わって種の供給をしてきた。優れた特性を持った品種を奨励品種に指定し、都道府県など公的機関が定めた圃場で種子を生産し低価格で農家に種子を提供してきた。
 ところが、経済界が奨励品種制度が民間育成品種の採用を妨げ、民間による新品種開発を阻害しているとして、度々規制緩和を要求してきた。今回、こうした要望を受けて前述の規制改革推進会議の「二人羽織」法案・農業競争力強化支援法案とともに主要農産物種子法の廃止を打ち出してきた。そればかりでなく、8条で「民間事業者が行う種苗の生産及び供給を促進するとともに、公的試験研究機関が有する種苗の生産に関する知見を民間事業者へ提供することを促進する」としている。何という愚かな改悪か私は目を疑った。ずっと日本国の税金で、まじめな研究者と農民が一緒になって育成してきた米の種子が、外国企業の手に渡り、生物特許やUPOV(植物新品種保護条約)によるPVP(植物品種保護)により独占権を与えられ、日本の農業が外国大手アグリビジネスに牛耳られる途を開いたのである。

<独占種子会社がタネ代をつり上げる>
 コシヒカリは福井県の農業試験場で開発され、日本中に広まった。各都道府県の農試験場は今も県作ブランドの開発に力を入れている。しかし、県の農試がこれで種代を高くしても暴利をむさぼることはできない。ところが8条は、この米の種子の遺伝子に関する知見を民間産米・みつひかりを開発した三井化学アグロに渡せということなのだ。そうなると公共研究機関が開発した品種を基に新品種を改良すると、高い価格で売りつけることになる。現に、今も業務用米のみつひかりの種子は20Kgあたり8万円と北海道のきらら397の7,100円の10倍以上である。これがバイエル(モンサント)等外国企業に渡ったらもっと悲惨な目に遭うことになる。値段を上げられるだけでなく、突然供給を止められるたりすると食料安全保障の面からみても由々しき問題だ。
 生産資材の価格を下げ、流通経費を少なくして、農業競争力を強化しようという立派なお題目の法案が、いつのまにか「大手種子ビジネス強化支援法」になっている。

<農民は単なる儲けの道具としか考えられない大手アグリビジネス>
 アメリカは、ガット・ウルグアイラウンドにおいて自ら物を造ることをそっちのけで、サービス、金融・投資とか知的財産で儲けようとしていた。いわゆる新3分野である。ところがあまりうまく事は運ばなかった。そこで次はTPPでアメリカの特許法の条文をそのまま引用する形で、知的財産権の強化を図りまんまと成功していた。つまり、アメリカは前述のモンサントの例にみられるように、農業も工業も知的財産権で首根っこを押さえんとしているのだ。要は汗水垂らして働く農民の資材を牛耳り、虚業で儲けようという魂胆である。トランプ大統領の出現で、その野望は再び頓挫したが、大手アグリビジネスには、国民も農民も生命も環境も眼中にない。あるのは儲けだけである。

<植物が無から有を生じる、真の生産を担う>
 種子は、民間企業のものでも、一農民のものではない。農民にも国民にも大事な「公共財」なのである。国や県が責任を持って育成し、維持していかなければならないものである。それを日本は民間ビジネスに放り投げんとしているのである。
 世界の情勢は全く逆に動いている。種子を国を挙げて集めている。遺伝子組み換えも元になる遺伝子がなければ組み換えできない。人間は植物由来の食べ物に準拠して生きていかねばならない。太陽エネルギーで無から有を生じさせてくるのは第一に植物である。だから大切なのだ。主要農作物種子法は廃止ではなく、「農作物種子法」と名称も変え、他の主要な作物まで対象範囲を広げ、国家が日本国民の食料安全保障のために、日本の気候・風土に合った種子を確保していかなければならない。種子は「農業の戦略物質」である。

<自家採種でなくともせめて自国採種が必要>
 私は、冬の氷の張った樽を割って出して食べる野菜沢菜漬が大好物である。この野菜沢菜の元は坊さんが京都からもたらしたといわれている。何年にもわたって北信州の気候・風土に合うべく種が変わり、その適した種を農民が選別してきたのである。GMO種子と違い、何百年もかかって作り上げられたものである。同じように広島に渡ったのが高菜(広島菜)になったそうで、元は同じだという。私の記憶では、我が家の農業でもマクワウリもキュウリもスイカもトウモロコシも自家採種だった。つまり、種は自家採種が当たり前だったのだ。
 ところが、いつの間にか種はきれいなカラーの袋に入った購入種に変わった。日本には、タキイ、サカタ、カネコ等世界的にみてもトップレベルの種会社もある。だから、種を他人の手に任せることに何の疑問も感じなくなっている。これに危機感を抱いているグループもいる。日本有機農業研究会である。重要な活動の一つが自家採種である。米・小麦・大豆は趣味の花や代替のきく野菜のタネと違うのだ(世界の種子市場は3兆円、うち穀物が9割)。せめて「自国採種」にしておくのが当然であり、外国採種は控えないとならない。

<日本は国を挙げて種の品種改良・研究開発をすべし>
 多国籍アグリビジネス(農業バイオ企業)は、まず種子の寡占化をやり遂げ、次に遺伝子情報を囲い込み、知的財産権で世界の種子を独り占めしていくに違いない。これに対応するには、日本は国を挙げて種の品種改良研究開発をしていかなければならない。何でも自由化で食料自給率を平気で下げるばかりか、農業の根幹である種まで外国に委ねて改革だと悦に入っているノーテンキには呆然とするばかりである。私は、世界の潮流と逆行し、規制改革推進会議の言いなりの最近の農政に怒りを覚えている。
 これでは日本はますます危うい国になっていく。軍事安全保障とエネルギー安全保障(原発)にだけは異様にこだわるのに、日本国民の生命をつなぐ食料安全保障には全く無関心なのだ。北朝鮮がミサイルや核兵器にうつつを抜かしながら、食料でガタついているのになぜ気付かないのだろうか。このアンバランスは是正していかなければ、日本は潰れてしまうと心配している。(2017.4.14)

投稿者: しのはら孝

日時: 2017年4月14日 15:52