2019.07.01

政治

デモを忘れた日本vsデモで政策変更する民主主義国 -仏はマクロンの強硬策を変更させ、香港は逃亡犯条例を撤回に追い込む- 19.07.01

<50年前はデモが日常茶飯事だった日本>
 私のような団塊の世代は、大学紛争のあおりをもろにくらってろくに授業もできなかった。学生といえばデモをし、全学ストで授業をボイコットしていた。京大ではなんと学生寮が某セクトに占拠され、某セクトに入る者だけが入寮を許可されるという、とんでもない状況だった。私がゼミの北川教授から頼まれて週一回、日本語と日本法の勉強相手をしていた(一応家庭教師?) John.O.Haley UofW教授(外国人叙勲 旭日中綬章)は、「なぜ裁判を起こして某セクト学生を追い出し入寮しないのか」と私に強く迫った。しかし、そんなことが許される雰囲気は全くなかった。
 あれから50年、今は学生デモなどとんと聞かなくなった。それどころか保守化し、安倍政権支持は若者ほど多いという。信じがたいことである。ただ一方から見ればこんな平和ないい国はないということになる。
 日本と異なり、世界はデモが、そして学生が中心となったデモが政治を変えている。

<弱者を冷遇するマクロンのことを叩きのめした地方のデモ>
 最近でいえばフランスの黄色いジャケットのデモである。フランスの大統領はサルコジでちょっとイメージが変わったが、それまでは老練な政治家しかならなかった。そこに彗星のごとく現れたのが若きマクロン大統領である。意気があがり、21世紀には合わなかった新自由主義路線とやらを突き進んだ。法人減税、労働者を解雇しやすくする労働法の改正など、庶民を置き去りにし、富裕層のための政策中心となった。デモ参加者は、緊急時に身に着けるため車両に常備が義務付けられる「黄色いベスト(ジレ・ジョーヌ)を、影響を受けるドライバーの象徴として着用した。
 18年12月2日、地方を中心に13万1000人が参加するデモが行われた。きっかけは、19年1月から環境政策の一環としてガソリン(4円/ℓ)と軽油(8円/ℓ)の増税を決めたことへの抗議である。後述する香港デモと同じく、政党や労組や学生運動が主体ではなく、SNSで参加を呼びかけられていることである。皮肉なことに、マクロンは自らの選挙基盤である、無党派層から批判され始めたのである。
 仏政府は12月5日には燃料税の引き上げを凍結し、電気とガス料金の値上げもこの冬は凍結すると表明した。12月10日には、残業代非課税や月額2000ユーロ(約26万円)未満の年金生活者への減税を19年1月から実施すると発表した。公共交通機関が乏しい地方ほど影響が大きいため地方のデモが中心となったのが特徴的だった。最終的にはシャンゼリゼにも飛び火し、60%あった支持率が20%に下がってしまった。

<習近平の強硬路線を打ち砕いた香港の200万人デモ>
 3つ目は、雨傘運動に次ぐ香港の大デモである。2014年、長官を民主的な選挙で選ぶ要求を掲げ、大学生を中心に「雨傘運動」が行われた。しかし、強硬な政府は何一つ認めず、79日間の香港中心街の占拠も功を奏さなかった。今回6月9日に勃発した「逃亡犯条例」反対デモは103万人に達した。刑事犯を中国本土に移送されては「中国二制度」が根底から崩れる「香港が完全に中国になってしまう」恐怖を抱いたからである。この条例により、中国政府当局が民間の活動家や批判的な人物を想うがままに拘束するのではないかと心配したのである。頑なに撤回しない林鄭月娥行政長官に怒りがつのり、16日には黒い服を着た200万人(全人口の3分の1)が参加する大デモとなった。林鄭長官がデモを「暴徒」と言い放ったことも住民の反発を招いた。さすがの行政長官も事実上撤回(審議の「無期延期」)に追い込まれた。
 2014年と比べるとリーダーもなく若者がSNSで連絡を取り合ってデモに参加したという。そしてついに政策を変更させたのである。その結果、中国は一つだと強硬路線をとり続けた習近平・中国政府も香港政府の方針転換を容認するに至った。逃亡条例は、香港にやたら強硬策を押し付けてきた習政権の明らかな勇み足である。
 国民の声がデモにより政府に通じたのである。(なお余計な事だが、香港人の実に3分の1近くが日本に旅行に来ていることも付記しておく)

<ドイツの2022年原発廃止も反原発デモが原動力>
 3つ目に、最近ではないが、2011年冬、3.11の福島第一原発事故後のドイツの反原発デモも特筆に値する。事故の起きた本国・日本の反原発デモが銀座通りで行われたが、わずか5,000人余。それに対し、1万km離れたドイツでは約30万人が原発の廃止を訴える大規模デモを行った。この後バーデン=ヴュルテンベルク州の議会選挙でかねてから反原発を訴える緑の党が第一党となり、メルケル首相は、3ヶ月後2022年までに全原発を廃止する決断をしている。勿論、他の要素もあったとは思うが。大きな政策変更を促している。

<冷静なロンドンの反トランプデモ>
 政策変更までさせていないが、トランプ大統領が日本に次いで国賓で訪問したイギリスのデモも見事である。
 日本はゴルフ、炉端焼き、相撲見物と豪華な観光旅行であり、令和初の国賓客として歓迎ムード一色だったが、同じ友好国のイギリスは違っていた。市民が怒り、トランプに帰れコールを起こし、子供じみた発言を揶揄する赤ん坊のトランプ人形をおっ立てて、トランプ訪英に反対する数千人がデモ行進をしている。これには労働党のコービン党首やイスラム教徒カーン・ロンドン市長も呼応している。EU離脱のブレグジットを持ち上げているトランプに対しても、国民は人種差別的な言動や国際合意を軽視する姿勢に対して冷静に冷や水を浴びせたのである。

<日本も反原発、反TPP、反安保法制デモは大きなうねりとならず、政府も無視>
 さて、改めて我が日本をみるとお寒いかぎりである。
 2015年秋、反安保法案のデモが国会周辺を取り囲んだ。家族から止められたのを断ち切って戦争体験をした70代80代の年輩者が多く参加したが、若者が中心ではなかった。Old liberalistが中心で政府も無視していた。
 地方を疲弊させるTPP反対デモも、農民や一部の消費者を巻き込んで各地方で行われたが、アメリカにべったりの政府にとっては馬耳東風だった。その挙げ句、肝心のアメリカがトランプ大統領の出現で入らず、TPPは他の6カ国でスタートするという頓珍漢な結果となった。そして、今トランプの訪日時にまた参院選後に妥協と暴言を吐かれているのに、波静かである。
 反原発デモも、金曜日の「官邸前デモ」がずっと行われていたが、大きなうねりを起こすまでになっていない。
 私は何もデモをして、交通渋滞を起こしたり、通りに面した店の窓ガラスを割れと言っているのではない。国民が怒るところには怒っていいのではないかと言いたいだけだ。
 そこまでいなかくとも、せめて選挙に行き、怒りと意志を示すことだけはしてほしいと思っている。

投稿者: しのはら孝

日時: 2019年7月 1日 16:17