2019.11.17

外交安保

【日米貿易協定シリーズ2】 拙速この上なく、情報公開不足、WTO違反と悪だらけの交渉経緯 - 過少影響計算をよそに農産物輸入拡大により農業には大打撃 - 19.11.18

<たった6ヶ月のスピード決着>(別表「EPA・FTAの交渉経緯」参照)
 この交渉は非常に酷い交渉であり酷い結果である。このことは交渉の過程を見ていればよくわかる。2018年9月26日の日米首脳会談で二国間交渉に合意した。FTAをやらないと約束したことから、TAG(trade agreement goods物品協定)の交渉だと農民や国民を欺いていた。交渉の開始は今年の4月15日で、たった6カ月で決着している。

 もっと酷いのは協定の条文の公開である。大枠しか合意していないとして公表を拒み続けて10月7日にやっと公開。10月15日に国会提出の閣議が行われている。我々が条文を国会提出までに見られる期間は8日しかなかった。TPPもいろいろすったもんだしたが、その期間は33日であり、その前に何度となく開いた野党会合でもそれなりに交渉内容が少しずつわかっていた。いつも政府は協定の条文はまだ確定していないといって出し渋るけれども、今回ほどしらばっくれ続けたことはない。
 交渉期間(開始から発効までとした)も日豪EPA7年9カ月、TPP8年9カ月、日欧EPAは相当速やかに決着したように見られているが、始まってから5年10カ月である。できあがっているTPPを基にした交渉であり、最初から始めるものより短くてもよいが、6ヶ月はあまりにも拙速である。日本側が農産物の関税削減カードを出すだけだったことがこれでよくわかってくる。

<審議不足で国会無視>(別表「EPA・FTAの交渉経緯」参照)
 国会の審議期間(衆議院)を比べると、日豪EPA7時間、TPP70時間46分、CPTPP(TPP11)17時間15分、日欧EPA4時間30分。この日米FTAが合計11時間45分と、日豪EPA、日欧EPA並みである。貿易相手国としての重みを考えたら拙速な審議としか言いようがない。
 2016年秋のTPP国会といわれた臨時国会ではTPP特別委員会に総理も出席し続けた。この時に私は野党の筆頭理事を務めており、審議の対象が偏っていたとはいえ70時間を超えた。それだけの内容のある協定だったからである。3年後の2019年秋の臨時国会で、他にさしたる重要案件はないという状況も同じなのに、きちんと審議しようとしない政府与党の不誠実振りは極まれりである。どう約束させられたか知らないが、2020年1月1日の発効を目指してまっしぐらである。農民を裏切り続ける一方で、アメリカに対して、またトランプ大統領に対しては追従ばかりである。

<次の交渉カードを失った日本、二国間交渉で味をしめたアメリカ>
 一番の問題は日本側が農産物関税をTPP水準まで下げに下げまくり、もう交渉カードがほとんど残っていないことである。今までもず貿易交渉というと農産物を犠牲にし工業製品を輸出しやすい環境を維持してきたが、今回はそれすらなかった。前号で指摘した通り。25%の追加関税をチラつかされてほとんど何も得ることなく交渉が終わってしまった。要するにアメリカにはTPPの関税削減・撤廃のつまみ食い、いいとこどりをされてしまうだけだった。それにもかかわらずウィン・ウィンだと押し通している。
 アメリカはトランプ政権になってから他国間交渉はやらないと言い続け、多国間の枠組みから離脱し続けてきた。理由は簡単である。日本が典型例であるが、二国間交渉であればアメリカの圧力、脅しに負けて次から次へと妥協を引き出すことができるからである。多国間交渉だと多勢に無勢でいろいろな国が団結して反対し、アメリカの思い通りにならない。それに対して、二国間はいくらでも要求を通すことができるという現実的な交渉スタイルである。わが国日本は他国に対して絶好の悪例を示したことになる。アメリカの酷さを知った他の国々は、強大国・中国のような頑とした態度をとれないことから、二国間交渉などに応じないだろう。

<明らかなWTO違反>
 パリ協定からも離脱するというトランプ、今更国際協定を守れと言っても仕方がないかもしれないが、自由貿易の守護神として世界の国々が皆加盟国となっているWTO24条は、EPA・FTAのような地域協定を中間協定として特別に許している。しかし、実質上全ての品目(解釈では概ね90%以上)の関税を撤廃すること。次に、妥当な期間(概ね10年以内)で撤廃することを条件としている。TPPやその他のEPA・FTAもこれに則ってやっている。ところが今回は2.5%の自動車関税の撤廃時期が全く約束されていないにもかかわらず、撤廃するということで計算(あとで触れる影響試算)が行われており、WTOルールからみてもいかがわしい二国間協定になっている。
 撤廃対象として時期が全く約束されていない2.5%の自動車・自動車部品の日米貿易に占める割合は、自動車29%、自動車部品6%、原動機6%と全体で59%を占めている。これが撤廃対象にならないのだから、90%には程遠く、41%でしかない。ところが政府は、日本は84%関税を撤廃し、アメリカは92%を撤廃していると大きな誤魔化しをしている。明らかにWTO違反である。

<日欧EPAと同じ農業生産減少額などありえない>
 出鱈目この上ないのは影響試算である。GDPを0.8%、約4兆円押し上げ、約28万人分の雇用を拡大する、農業生産額の減少は600億から1500億にすぎない。これをTPPだと、1.5%の押し上げ、日欧EPAだと1%、農業生産減少額はTPPで900億円~1500億円、日欧EPAだと600億円~1100億円。つまり、今回は、日欧EPA並みの農業生産減少額にすぎないとしている。
 しかし、これはとてもではないが信用できない試算である。1兆5,485億円と農産物全体の2割近くも輸入している国とワイン・チーズ等加工品の多いEUと同じ影響などということはあり得ない。

<農産物輸入拡大は必ず国内生産を圧迫>(別表「牛肉・豚肉・みかんの生産量、輸入量の推移」参照)
 なぜなら、輸入拡大の影響は絶大だからである。、過去の歴史、例えば1988年牛柑交渉を紐解けばすぐにわかる。その結果、牛肉は消費量が増えているために、国内の牛肉生産量は1980年も30万トン、今も33万トンとそれほど変わらない。ところが、輸入量は1980年の12万トン、輸入自由化後2年後の1990年には38万トンと3倍になり、2000年には74万トンにもなった。2003年BSEの問題が生じて、51万トンに下がり、今復活して64万トンである。今回の妥協によりアメリカからの牛肉輸入がBSE前の74万トンを超え、国内生産を圧迫すること間違いない。
 2018年12月30日にCPTPP(TPP11)、2019年2月1日に日欧EPAが発効し、4月1日には牛肉の関税が2年目の関税水準となり、牛肉の輸入が大幅に増えている。関税が下がる前に買い控えて一挙に輸入したりしている分もあるので一概には言えないが、2019年3月には豚肉は欧州産が54%も増えている。今後どれだけ増えるか予測しがたい。もっと端的なのはみかんである。自由化以前の1980年には289万トンも生産していたが、自由化後の1990年には一気に半減し165万トン、そして今や77万トンと、かつての4分の1の生産量にとどまっている。
 自由化により日本の農業、農村、農民は苦境に立たされ続けていると言って過言ではない。

投稿者: しのはら孝

日時: 2019年11月17日 22:29