2020.11.22

農林水産

【種シリーズ5】 種の国内生産は食料安保の要 20.11.22

<江戸時代から続く「隣百姓」>
 江戸時代、青木昆陽がサツマイモを全国に広めたと言われている。サツマイモは典型的な栄養繁殖で簡単に作れるもので、小学校の学童農園でもよく使われている。日本人の好奇心や技術力は大変なもので、江戸時代でもどこでも簡単に作れることから、3年で全国に広まり、飢えから救われることになった。農業の世界では、昔から隣のやり方を真似する「隣百姓」という言葉がある。今では農業の世界には隣が広がり、あちこちの優良事例を見て歩く先進地視察が頻繁に行われており、優れた技術やノウハウはすぐ広まっていく。農業はそういう手法があっても良いのではないかと思っている。つまり工業の世界の特許の考え方をそのまま当てはめる訳にはいかないのだ。

<いずれは伝統野菜や在来種もことごとく登録品種になるおそれ>
 他に問題にすべき条項として35条の2があり、登録新種が特性により明確に区別されない品種の場合は、侵害品種として推定すると、育成権者に有利な規定が置かれている。つまり権利侵害訴訟になった時、その権利を侵害しているという証明はなかなか難しいということでこういう規定が設けられている。更に、農林水産大臣もかかわる規定が置かれている。しかし、これだと権利者側が有利になって悪質な権利侵害訴訟が増え、乱訴が予想される。
 つまり、今後は在来種がちょっと変わっただけなのに、自分の新しい種苗だと言ってくることになる。恐ろしいことに地域の伝統的な品種であるにもかかわらず、新しい品種に改良したとして登録品種にし、結局登録品種の網で農家の自家増殖もできなくなることになるということである。これでは農家はやっていられなくなる。農林水産省は大半が一般品種であり伝統野菜等も登録されることはないと言うが、10年もすれば次々と登録されてしまう恐れがある。

<国際条約も欧米先進国も農家の自家増殖は当然の権利として認めている>
 だから、EU種苗法で飼料作物・穀類・馬鈴薯・油料作物・繊維作物等は許諾料を支払うだけの例外作物として自家増殖を認めている。フランスはそれに加えて豆類や緑化植物まで認めるようになっている。アメリカも特許法では自家増殖を認めていないが、植物品種保護法では例外植物を認めている。
 つまり、食料安全保障にかかる主要作物は例外とされているのだ。日本と比べて規模の大きな穀物農家が自ら次年度の種を毎年購入したり、許諾料を払ったなら経営を圧迫するのは目に見えており、そんな不都合は許されない。それを日本は一気に自家増殖を禁止するというのだ。異様である。この法律はこの一点について明らかに行き過ぎているのだ。

<天然の隔離地域、中山間地域で種の生産振興は活性化の起爆剤>
 大半の皆さんがお気付きだと思うけれども、野菜の種の袋を見るすぐにわかるとおり、ほとんどが外国で作られている。
 これは工業分野で人件費がかさむことから手間のかかる部品を中国や東南アジアに任せ、それを輸入して日本で組み立てて日本製品にしているのと同じで、つまりアウトソーシングである。農業界でも労賃の安い外国に種の生産を委ねてしまったのである。
 もう一つ、近くで似たような品種が栽培されていると、その花粉が飛んできて交配が進んでしまうから、ある程度離れた土地で種を作らなければならないということである。このため日本でも種の生産は天然の隔離地域ともいえる中山間地でよく行われていた。
 ところが、今や日本の中山間地域は急激な人口減少でガタガタである。材木の価格が1964年の東京オリンピックの頃と比べて4分の1に下がり、経済的に成り立たないからだ。中山間地域の活性化は、山の木が高く売れるようにすることが一番であるが、猫の額のような狭い土地、急な段々畑での農業では平地とはまともに勝負できない。それならば、種の生産を外国などでせずに国が援助して中山間地域で生産すれば、それこそ中山間地域の活性化の種にすることができるのではないか。

<種の国内生産は食料安全保障の要>
 残念ながら、日本の種苗会社も政府もこうしたことに全く思いを馳せていない。育成権者の保護を連呼するなら、国のためそして中山間地域のために一石二鳥の援助に乗り出すべきである。行政負担がかさむと言うなら、外国からの種の輸入に課税し、それを財源にして中山間地域の種苗生産への援助に充てたらよいのではないか。
 今、コロナ禍の中で、下手をすると外国から種が入ってこなくなるかもしれない。そういったことを考えると、日本に必要な種は日本で作っておかなければならず、外国に任せるわけにはいかない。
 種苗価格は外国や民間に任せていたら高騰してしまう。また、大手の種苗会社の種ばかりだと画一的になり多様性が喪失されてしまう。それに対して各地方の中山間地域でその地方にあった種を作っていればそういったことはない。

<種の世界のGAFAM化を狙う大手種苗会社>
 世界を股にかける大手の石油化学会社は。1973年の石油ショックを受けて、枯渇する石油にばかり頼るわけにはいかなかった。そこに環境問題も追い打ちをかけ先が見通せなくなるなか、生物系産業に活路を見出そうとしたのである。そうして石油に代わる「儲けのタネ」は「種」にありと気付いたのだ。そこで、ICI(現アクゾ・ノーベル)、モンサント等が一斉に農業に参入し始めた。丁度良いことに農薬、除草剤、化学肥料等でもともと農業分野に馴染みがあった。種苗への参入は、モンサントの除草剤ラウンドアップに象徴されるように、自社の除草剤に耐性のある遺伝子組み換え種から始まった。そして、今は世界中を席巻しつつあり、このままでは日本の種市場も大手種苗会社に支配されてしまい、農家が高額な種を購入せざるをえなくなっているかもしれないのだ。
 種苗会社はF1(一代雑種)の種は毎年種を購入しないとならないことに味をしめ、F1にする必要のないものまでF1にした。次に除草剤とそれに耐性のある遺伝子組換え(GMO)種子を同じく売りつけることに成功した。これで他社を寄せ付けなくすることができた。更に二度発芽しない「ターミネーター種子」まで作り出し、毎年種を購入せざるを得ない方向にまっしぐらに進んできた。つまり、農家をセールスの手間が省ける「永遠の顧客」にしてしまおうという算段なのだ。自家増殖の禁止も、その延長線上にある。
 インターネットの世界ではアメリカのGAFAM(Google, Amazon, Facebook, Apple, Microsoft)なしに成り立たないが、大手種苗会社ば種の世界のGAFAM化を狙っていると言える。

<インドは薬にも食料にも高額な特許を認めず>
 この点については、インドの最高裁が遺伝子組み換えについて特許を認めない判決(モンサント訴訟)を下し有名になっている。また、シリーズ4で紹介した強制実施権も、後発薬メーカーの申請により、独バイエルのガン治療薬の特許について認め、6%の料率(通常は8~50%)と低い価格で済んでいる。
 このようにインドは、UR(ウルグアイラウンド)時の主張を貫き一歩先行しているが、今後は大手種苗会社から農民を守るというまっとうな傾向は世界全体で強まっていくとみられる。大手企業が種をもとに農民を支配し巨大な利益を得ようとするが、発展途上国なり農民はそれに抵抗していくという図式が定着していくだろう。日本がどちら側に立つべきかは明らかである。(2020.11.22)

投稿者: しのはら孝

日時: 2020年11月22日 19:43