2021.10.03

農林水産

【歪んだ畜産シリーズ4】 瀕死の酪農の再生は牛乳の地産地消・旬産旬消から -消費側から畜産の正常化を促す- 21.10.03

<地元の酪農家が新鮮な牛乳を小中学校の学校給食に届ける>
 畜産業のあまりの変容に嘆いてばかりいても始まらない。私は地産地消・旬産旬消が一番望まれる酪農を健全な姿に復活させるのも一つの考えではないかと思っている。
 つまり、学校給食や病院等の業務食に不可欠の牛乳を身近で生産し、近隣の学校給食、病院食に優先して新鮮な牛乳を届けることである。長い輸送によるCO₂の排出も抑えられ、すぐ飲むもので冷蔵費も少なくて済み、健康にもよい。一石何鳥にもなる。1960年農家戸数が606万戸もあったころは、水田酪農を各地で展開できただろうが、2020年175万戸と3分の1以下に減った今では同じ手法には無理がある(表 農家戸数の推移)農家戸数の推移.pdf。小・中学校を抱える市町村が前面に立って公的援助を行い、中規模の酪農家を育成して維持するしかない。これはかつて乳牛を飼った経験のある団塊の世代以上が生き残っている間にしないと手遅れになる。もちろん国が積極的に支援し、全国展開するのだ。
 子供たちが新鮮な牛乳にありつけるなら、学校給食が少々高くなっても保護者は許容するであろう。第一学校給食費が月5,000円前後、すなわち一食250円というのはあまりに安すぎる。一方ではカラオケに行き下手な(?)歌を歌って数千円も支払っているのに、日本の親も関係者もどこかおかしいのではないか。次世代を担う子供たちの食費にはもっとお金をかけてもバチは当たらない。

<有機農業推進の核になる>
 当然、余計な抗生物質の投与はなるべく避けるなど、有機酪農に向けていく必要がある。そして狭い牛舎で飼うのではなく、広々とした牧場でのびのびと草を喰むという飼育に徹し、子供たちにも度々乳搾りの現場や子牛の出産を見せて、情操教育に役立てることである。今北海道で広まっているやたらと乳量拡大を図る200頭を超える大規模な酪農(いわゆるメガファーム)は日本の目指すべき方向ではない。
 更に堆肥は近隣の野菜農家に分けて使ってもらい、有機農産物を給食用食材として推奨してもらうことである。まさに地域循環であり、SDGsの見本となる。美味しい卵、元気な豚の肉と良い連鎖反応を起こしていくしかない。
 私は約40年前の1980年代から異端児扱いされながら有機農業を唱道してきた。農政の本流は我々が政権を担った時もほとんど無視し続けてきた。それを政府は突如100万haの有機農業とか言い出した。それには有畜複合農業が手っ取り早い近道である。アキタフーズ事件の真の原因を見極めるとともに、有機農業への転換の一環として畜産業を正常な姿に戻していくことにも真剣に取り組んでいかなければならない。

<欧米で増え続けるベジタリアン、ビーガン>
 畜産業が変わるには、その背景にある日本人の食生活スタイルも変えてもらわないとならない。いや、もっと言えば消費者側でいかがわしい畜産物を拒否して、流れを変えるのである。
 日本はカレー・トンカツ・スキヤキ等外国の料理をうまく取り入れて、日本型食生活をより豊かなものにしてきた。そうした工夫とおもてなしの精神の究極の成果ともいうべき東京五輪の選手村食堂は、700種類の献立を揃え大好評だったという。
 ところが、欧米では2000年代以降急激に増えている菜食主義者(ベジタリアン、ビーガン)が日本ではほとんど見られない。菜食主義者は2000年代当初はアメリカでも僅か1%ぐらいだったが、2017年には2.5%の2,500万人に増え、特に若者の間に浸透している。EU諸国では、ドイツ・イタリアは10%に達し、オーストラリアもオージービーフの国なのに11%、スイスは14%に達している。

<なぜ菜食主義者が増えるのか>
 世界には忌避する食べ物があり、各民族が独特の風習を持っている。文化人類学者マービン・ハリスの『食と文化の謎』(1988)を読み、目から鱗だった。ヒンズー教は牛肉を食べず、イスラム教は豚を忌避していることは良く知られているが、他の忌避を紹介するとともにその理由を大胆に説いてくれた。それをもじれば、肉食文化の国で、肉のみならず、牛乳、卵、ハチミツまでも忌避する人、完全採食主義者(ビーガン)が急激に増えているのだ。
 それは一体なぜなのか。一つには、極めて合理的実利的理由、つまり健康上の理由がある。肥満気味の人が多く、死因の第一位が心臓病であり、肉食は過ぎると高血圧、高脂血症に直結するからだ。

<環境への配慮が食べ方を変えている>
 次に多くの人が「食と環境」の関係を考えて、肉食を止め始めているのである。誰にもわかることで言えば、家畜の糞尿過多は土壌を劣化させる。それどころかオランダの過密飼育をする地域では糞尿の臭いが都市部にまで広まってしまっている。だからEUではとうの昔から1頭の牛の糞尿を処理するには○㏊の農地が必要という基準を設け、その範囲内で飼育する者には補助金を出している。いわゆる環境支払いである。豚・羊・鶏にも適用されるLivestock Unit(家畜単位)から計算され、過密飼育を規制し避けている。「密」がいけないのは、何も新型コロナ感染症だけではない。
 牛のゲップはメタンガスであり、CO₂をはるかに上回る温暖化要因となる。人間用に本来の餌でない穀物を多く与える不自然な飼い方をしている。日本の霜降り牛肉などその典型的悪例である。地球環境を汚す迂回生産は少なくし、植物性の食べ物にとどめようという動きである。最近話題になり始めた「代用肉」もその延長線上にある。
 つまり、OIEの勧告は、欧米先進国の国民の考えの中にある変化の基調を体現しているに過ぎないのだ。ところが、日本は国も国民も9割の人がビーガンという言葉すら知らない。SDGsバッジをつける人が多いが、実効が伴っておらずこの分野では世界の孤児になりつつある。
 家畜が消えた長野県の北信地方は何十年もの間、家畜由来の堆肥が田畑にほとんど入っていない。日本はかつて2,000万t、今でも1,400万t、アメリカから飼料穀物を輸入し、農家と呼べない経営体が、まるで動物工場のようにそれを卵に肉にそして牛乳に加工しているだけなのである。おおよそ自然の状態ではない飼い方に堕してきたのだ。だから、我々が食べているのは人間の食味に合わせてやたらと脂肪分を多くした奇形牛、奇形豚、奇形鶏という異常な動物の肉を食べているのだ。そのため南九州の一部がオランダと同じ状態になりつつある。

<消費側から畜産業の正常化を促す>
 CO₂の排出を減らす世界では、石炭火力への投資を行わなくなりつつあることと同じように、動物の福祉への配慮を求める企業の動きも見られる。例えば、2005年にアメリカのスーパー・ホールフーズがケージ飼いの卵を拒否して平飼いだけしか扱わなくなり、その後カリフォルニア州がケージ飼いを禁止した後、一挙に平飼いの卵しか扱わない食品企業が増えた。外食のマクドナルド、スターバックス、ホテルのヒルトン、食品大手ではネスレ等、既に実行に移したところもあるが、少なくとも宣言して企業の姿勢を示している。こうした動きを受けて、2025~30年にかけて欧米先進国から鶏のケージ飼いが一掃される可能性がある。
 消費者の力は絶大である。消費者がそっぽを向けば生産者はそれに合わせないとやっていけなくなる。望むらくは、日本人の消費者がもっと自らの健康も意識した上で、動物や家畜やペットの健康、さらには環境すなわち地球の健康に配慮した生き方に変わっていくことである。世界共通の課題、気候変動対策への対応と全く同じで個々人の第一歩から始める以外にない。(2021.10.3)

投稿者: しのはら孝

日時: 2021年10月 3日 11:24