2022.05.17

農林水産

【ウクライナシリーズ①】ウクライナ侵攻で混乱する世界の食料情勢- ロシアは「土」を大事にし、食料確保を狙う堅実な国 -22.5.17

 私がウクライナに3度も行っていることは先のブログ(冬のウクライナを凍てつかせるロシアの侵攻は許されない) 等で度々触れた。1回目(1984年)農水省時代、2回目(2005年)、3回目(2011年)は国会議員になってからなので、これまでのブログで報告しているが、1回目は、拙書『原発廃止で世代責任を果たす』(創森社)で僅かに紹介しただけなので、そこから始めることにする。

<瓢箪(ひょうたん)から駒のソ連出張>
 私は1984年頃、持続的生産を重視する日本型農業こそ、世界中が見本とすべき普遍的な農業生産システムと主張していたし、日本人移民がそれを実証している中南米か、今後の日本の農業技術を伝播したら役立つアフリカを出張先にしようと思い立った。そして国際協力課に赴き、技術援助の担当にくっついて行きたい、とお願いした。すると担当が、それならソ連との農業技術協力があり、今回は土壌関係の研究者が行く番だから、それにくっついて行ったらいい、とアドバイスしてくれた。鉄のカーテン時代であり、行政官の交流などなく、相互に同じ条件で往来が行われていた。
 私は早速農水省と誰でもわかるのでは、農産課土壌班長の三輪叡太郎(後に農林水産技術会議事務局長で私がナンバー2として仕えることになった)に直談判したところ、「篠原さんは土壌にも関心があるから」と、二つ返事でOKしてくれた。アメリカの自然収奪的農業の土壌流亡の問題を指摘した「アメリカ農業の知られざる弱さ」という小論を読んでいてくれたからだ。こうして、筑波の研究所の土壌博士に紛れ込んで行くことになった。

<基礎研究を重視するソ連は、二つの土壌博物館を持つ>
 その時に知ったことだが、ソ連が土壌の研究では世界一だという。その証拠に、モスクワにウィリアムス土壌博物館、レニングラード(現サンクトペテルブルグ)に近代土壌学のドクチャーエフからとった土壌博物館と2つの大きな土壌博物館があり、陽捷行団長(後に農業環境研究所長)以下4人の一行は当然そこに案内された。
 驚いたことにドクチャエフ博物館には、日本とベトナムの大きな土壌地図(どういう土壌かを色分けしたもの)があった。日本は1940年代ソ連が占領するかもしれなかったので作り、ベトナムは社会主義国の一員だったことから作ったのだという。それが、そのまま40年後も展示されていたのだ。何と恐ろしい国かとゾッとした。領土拡大に余念がない大国であることがこんな所にも表れていた。

<ヒトラーも食指を動かした肥沃な大地・チェルノーゼム>
 キエフ(キーウ)には、土壌博物館はなかったが、大学の土壌研究室は、立派な陣容が揃っていた。研究者は欧州のパン篭(bread basket)と言われるウクライナの農業を支えているのは我々だ、という自信に満ち溢れていた。
しかし、その肥沃な大地なるが故に、歴史上の周辺の大国の領土的野心の対象とされてきた。最近でもヒトラーが食料の確保を目的にウクライナを侵攻した。
 今、プーチン・ロシアのウクライナ侵攻は世上で言われているように、ロシアが一方的に悪いのではなく、NATOの東方拡大が引金を引いたとも言われている。もし、ロシアに隠された領土的野心があるとしたら、ヒトラーと同じ魂胆があるのかもしれない。

<ピント外れで極端な反応が目立つ平和国家日本>
 今、日本は、ロシアのウクライナ侵攻で、タカ派が大手を振って歩き始めている。憲法9条改正、敵基地反撃力や、核共有、防衛費GDP2%等威勢のいい話ばかりである。どうも地に足がついていない。私は、よく言われる『平和ボケ』した日本人がウクライナ危機を契機に安全保障なり防衛に関心を持つのは好ましいことだと思っているが、どうも方向が極端なものばかりである。

<食料自給率の低下こそ重大問題>
 現実はもっと違ったところで国家の存立や国民の命を危うくする事態が進んでいる。ウクライナの穀物輸出の停滞による、小麦や油の価格高騰であり、中近東やアフリカ等での食料不足である。戦地ウクライナでも食料不足となり、略奪も横行し始めている。
 ロシアの正面切っての隣国侵略も予想されていなかったし、大半の人たちは、21世紀の今、大きな食料不足に陥るとは予想していなかったに違いない。しかし、戦争になるといつも庶民が苦しみ、真っ先に食料難になるのは今も昔も同じである。
 先日の報告で、ゴア副大統領は安全保障の専門家であると同時に環境の専門家だと紹介した。環境劣化が人間の命ばかりか地球の生命も危機に陥れる危険を承知しているからである。私が警鐘を鳴らしたいのは、まさにこの事である。
 我が国は、戦後高度経済成長の下、食料や農業などはほったらかして、経済大国にのし上がってきた。コメを除き、安い食料などを外国から輸入すればよいという安直な方針を完璧なまでに貫いてきた。
 その結果、カロリーベースの食料自給率は37%(2020年)に下がり、主要品目の自給率は、小麦15%、大豆21%、油脂類2.4%(菜種0.1%)と惨憺たる状況である。

<ウクライナ危機に強まる食料の奪い合い>
 昨今の食料価格の上昇は、北米の干ばつによる不作と石油価格の高騰によるもので、ウクライナ危機以前から始まっている。小麦の貿易量は約6,000万t、ロシアとウクライナでその3割を占め、黒海を経由して中近東、アフリカ諸国に輸出されている。それがままならなくなり、今後更なる世界の食料事情の悪化が見込まれている。日本ではそこに円安が加わり、輸入価格は更に高くなる。
 こうした値上がりが、国民生活にじわりじわりと悪影響を与えつつある。

<世界はG7の外相会合でロシアの『穀物封鎖』を問題視>
 日本は、まだ輸入する経済的余力があるからいいが、アフリカ等の発展途上国は、食料不足が顕在化してきている。
世界有数の穀物輸出国ウクライナの南部の輸出港オデッサはロシア軍の攻撃に晒され、輸出が停滞している。FAOやWFPによると、2,500万トンが輸出できなくなっていることの一大要因である。
 折しも2022年5月13日、ドイツで開幕したG7外相会合では、議長のベーアボック独外相は、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で世界的な食料危機が迫りつつあるとして、会合で危機回避に向けた方策を話し合うとの考えを示している。同外相は、プーチンの狙いは、この食料危機を利用して世界を分断させることだとまで述べている。それに対して我が日本は、前述のとおり政治の世界ではやたらとタカ派が舞い上がり、国民はガソリンや食料品の値上がりといった身近な問題だけに汲々としている。世界の食料が危機的状況になりつつあることに関心が向いていない。

<日本は食料安保にノー天気>
 ここで気づいてほしいことがある。農業問題・食料問題こそ、防衛問題であり安全保障問題なのだ。それを日本の高度技術が中国等に流出するのを防がないとならないと経済安全保障法を作り悦に入っている。ピントがずれているとしか言いようがない。
 かつて日本には食料・農業問題が安全保障問題だとわかった政治家が多くいた。中川一郎(農水相)、渡辺美智雄(農水相)、玉沢徳一郎(農水相、防衛庁長官)、江藤隆美、浜田幸一等皆農林族兼防衛族であった。石原慎太郎も入っていたタカ派の青嵐会は大半が農林族でもあった。
今やその系統は、自民党では農林相と防衛相を歴任している石破茂にその片鱗を見るだけで、野党では不肖ながら私ぐらいである。
 日本人はなかなか先を読むのが苦手である。しかし、一度気が付くと大転換できる底力も備えている。そういう意味では、今回食料問題で日本人が少し痛い目に遭い、それを転機に食料安全保障もきちんと政治の中心に置いてほしいと私は願っている。(2022.5.17)

投稿者: 管理者

日時: 2022年5月17日 15:37