2022.09.17

政治

【旧統一教会シリーズ3】 孤独・孤立が殺人そしてテロを誘発する危うい日本社会 - 被害防止策の後はセーフティーネットを拡充し、温もりのある社会の復活を - 22.9.17

 今回の犯行は、国葬まで行われんとする大物政治家・安倍元首相を標的にしているが、政治的・思想的背景は何もなく政治テロとは呼べない。母親が旧統一教会の熱烈な信者であることから、一見宗教テロのような錯覚に陥るが、イスラムテロなどとも全く異なる。根底にあるのは「孤独」・「孤立」である。世の中を恨む、孤独な一匹狼(ローンウルフ)の単独犯行である。
(資料)孤独・孤立テロ比較表.pdf

<日本の孤独、孤立>
 マスコミは、30年間の沈黙を恥じるかのように、相変わらず魔女狩り的過熱報道を続けている。もう一つ私が懸念するのは、この事件の関心が山上容疑者から旧統一教会に飛び火し、悪いのは全て旧統一教会になってしまっていることである。また、自業自得と言えばそれまでだが、国葬問題にまで飛び火し、政府はとうとう9月8日に、閉会中審査で岸田首相自ら説明せざるをえないというところまで追い詰められた。しかし、我々はこのような類焼にだけとらわれてしまい、問題の本質を見失ってはならない。
 根本の問題はもっと根が深く、日本社会は「孤独」なり「孤立」が多くの人を不幸にしていることだ。物事がうまくいかないと誰でも社会に対して不満や不信を抱くが、孤独や孤立により増幅され、山上のように暴力にまで行きついている。2019年アメリカ映画『ジョーカー』がヒットしたが、『上級国民/下級国民』の著者橘玲によると、山上は自らを、仕事を失い社会から孤立し殺人を繰り返すようになる主人公アーサーになぞらえていたという(毎日新聞8/26夕刊)。
 山上が4歳の時に父が自殺し、母は小児癌の息子を抱え悩んだ末、旧統一教会に走った。1億円も献金して家庭崩壊したために、次男の山上は高学歴の両親(父京大、母大阪市大)を持ち奈良県有数の進学校で学んだにもかかわらず、大学には進学できなかった。更に就職氷河期にあたり、海上自衛隊に入った後、定職に就けず非正規雇用の仕事を繰り返し、孤立していき凶行に及んだ。

<山上と京アニの青葉との類似性>
 一部の週刊誌で既に報じられているが、私は山上と3年前2019年に京都アニメーション放火事件を起こした青葉真司の境遇の類似性に関心を持たずにはいられない。
 まず、貧困。山上は母の旧統一教会への法外な献金で困窮生活に陥った。青葉も中学生頃タクシー事故で父親の収入が途絶え、一家がバラバラになっていった。次に肉親の自殺。青葉の父も兄も妹も自殺している。山上も父ばかりでなく、敬愛していた兄も自殺している。2人とも自殺で肉親を失い、すがるべき家族がいなくなり孤独になっていった。3つ目に非正規雇用。2人とも就職難が続いた氷河期世代(ロスジェネ世代)であり、あちこちでアルバイトを繰り返すだけで定職にはつけなかった。4つ目に友人も隣人も少なく、悩みを打ち明ける相手もいなかったのだろう。ほぼ同世代で、犯行時はともに41歳だった。

<無差別殺傷事件の根底にある社会的孤独・孤立>
 青葉の方は、京アニが自分の応募した作品をパクったという妄想から犯行に及び、山上は本当は旧統一教会の韓鶴子総裁を狙いたかったのにそれがままならず、深い関わりのある安倍元首相に向いていった。山上は、青葉の貧しく荒れた家庭環境を報じる記事に関心を持ったという。ジョーカーばかりでなく青葉との共通点に気付いていたのである。
 最近の2021年12月に27人の死者を出した谷本盛雄(61歳)による大阪の北新地ビルの放火事件もある。古くなるが、これまたすぐ思い出されるのは、加藤智大の引き起こした2008年の秋葉原無差別殺傷事件である。14年後の去る7月26日死刑が執行された。彼もまた、山上より1歳年下の同世代である。背景にあるのはいずれも社会的孤独である。

<社会から拒否される失業・非正規雇用>
 ここで気付かなければならないのは、就職に失敗することの重大性である。せっかく世の中に出て働こうとしていたのに、社会から「お前などいらない」と門を閉ざされたのである。この就職氷河期世代で職に就けなかった多くの若者が絶望感に襲われたことは想像にかたくない。その後、ずっと這い上がれないまま、自暴自棄になってしまい、凶行に行きついてしまったのだろう。人手不足といわれながらいまだ非正規雇用が4割近くを占めている。若い間は適当なアルバイトや非正規雇用で生きていけても、40代、50代にさしかかり、将来を危ぶみ孤独感・孤立感にさいなまれていくに違いない。
 孤独は社会問題である。だから、日本でも2021年2月、イギリスに次いで、世界で2番目となる「孤独・孤立対策担当大臣」を設置した。できあがって1年、まだ何の成果も現れていない中、孤独な中年の犯罪がまた一つ増えてしまった。ほうっておいたら、この世代こそ旧統一教会の格好の餌になってしまうかもしれない。

<家庭を大切にする旧統一教会が家庭崩壊を引き起こす自己矛盾>
 ただ、一つ疑問なのは、親が熱心な旧統一教会の信者だと多くが2世信者になり、抜け出せなくなっているが、山上は入信することなく、逆に旧統一教会への恨みが増大していったことだ。また、他の無差別殺人反もカルト宗教団体とは無縁だった。こうしたことからも、やはり旧統一教会だけを悪玉としてあげつらうわけにはいくまい。
 また、海上自衛隊の時に自らの命と引き換えに、残される兄と妹にお金を残そうとした山上の優しい心根に私は涙を禁じ得ない。この時点で救える親戚、友人、隣人がいなかったのだろうか。地域社会の紐帯性が弱まってしまったのに加え、福祉や社会保障のセーフティーネットが弱く役に立たなかった。その意味で、今回の事件は警備の失態やあくどい旧統一教会の献金システムの前に、冷たい日本社会そのものが問われることになる。つまり、日本では家庭が重きを占めており、その家庭が崩壊すると他に居場所がなくなってしまう。今若者の間でよく言われる「親ガチャ」で将来が決まってしまう。
 そして皮肉なのは家庭を大切にして、新しい名前にまで入れている(世界平和統一家庭連合)のに、山上家のように1億円も献金する熱心な信者の家庭を崩壊させている。まさに自己矛盾である。

<経済成長よりも温もりのある社会の復活が必要>
 新自由主義なり市場原理主義が社会を律しているアメリカ社会では、銃による無差別殺人が後を絶たない。その点、爆弾だと多くの人を殺すことになるから銃にしたという山上は、誰彼構わず殺傷した他の犯罪者やアメリカの犯罪者とは明らかに違うのである。やはり、母を狂わせた旧統一教会に相当の恨みが溜まっていただけなのだ。現代社会を蝕んでいるのは、何も新型コロナウィルスだけではない。孤立という新しい病も静かに蔓延し始めているのだ。
 自助ではどうしようもなくなってしまった人達には、共助も公助も必要である。もしも皆がそれなりの安定した仕事についていたら、こんな事件を起こしたはずがない。私は、日本を孤独になる人達に救いの手を差し延べられる社会に戻すことこそ、政治の最大の課題だと思っている。

投稿者: しのはら孝

日時: 2022年9月17日 15:50