2022.11.06

政治

【旧統一教会シリーズ5】統一教会問題に口を噤(つぐ)む保守論壇の不思議  -歪んだ教義の統一教会に媚び続けた自民党の大ミス-

<統一教会問題で国葬反対の声が拡大>
 国論を二分して開かれた安倍元首相の国葬も、誰がするか気をもませた追悼演説も終了した。
この国葬問題は、当初は国民はそんなに反発していなかった。7月16~19日に行われたNHK世論調査では、政府が今年秋に、「国葬」として行う方針に「評価する」が49%、「評価しない」が38%だった。しかし安倍元首相と旧統一教会の濃密な関係が明らかになるにつれ、日を追うごとに国葬反対の声が大きくなっていった。先の調査結果も同内容の8月調査で、「評価する」が36%、「評価しない」が50%と逆転し、9月にはそれぞれ32%、57%と反対が増えていった。
 山上徹也容疑者の元首相銃撃は犯罪であり許されることではないが、母親が統一教会に一億円も献金し、それがために家庭崩壊しその恨みで安倍元首相は標的になったことから、山上容疑者への同情が集まりだした。

<日本が韓国に謝り続けなければならない、というトンデモナイ教義>
 ここでおかしな事は、日本の伝統文化を重んじ、日本の誇りを大事にする保守の代表的な存在である安倍元首相が、信じがたい教義を持つ統一教会に肩入れしていたことである。「日本は韓国を植民地支配したことからその反省をしなければいけないエバ国家にすぎない。韓国は本然の夫であるアダム国家である。エバ国家日本はその反省の証として、アダム国家韓国に罪滅ぼしに貢ぎ続けなければいけない」というのだ。この教義の下、霊感商法も正当化され、万物復帰とやらで日本の真面目な信者の稼いだ金が神に戻され韓国に流れていた。日本以外でこんなに金集めは行われていない。

<今でもノルマの献金が韓国に吸い取られる>
 1990年代から2000年ぐらいまでは毎年1000億円、今でも、推計年間数百億円ほどの日本の真面目な信者の献金が韓国の本部に送り続けられているという。強制はしていないと言いつつ信者の家庭に183万円の献金ノルマが課されている。教祖文鮮明が生きていたら103才、跡を継いだ夫人韓鶴子総裁が80才で足して183万円、という人を馬鹿にした金額で、聖地清平の本部(天苑宮)の建築費(総工費約500億円)に充てるというのだ。
 いろいろ新興宗教団体が多い韓国では、旧統一教会はそれほど広まっておらず、むしろビジネスをしている宗教団体として認識されているという。

<後世代に謝罪を続けさせないという安倍元首相の立派な考え>
 1993年河野談話により慰安婦動員の過程の強制性を認め、1995年村山談話により日本は過去に犯した侵略を植民地支配と謝罪し反省している。そして安倍元首相はことある度に、歴代の内閣の考えを引き継いでいるとしてきた。
 ところが、2013年の終戦の日の全国戦没者追悼式において、歴代総理が言及してきたアジア諸国に対する加害者責任には触れず、「深い反省」「遺憾の意」等を消している。更に2015年12月28日、朴槿恵大統領との電話会談の後の記者会見で「・・私たちの子や孫、その先の世代の子供たちに謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない」と述べている。安倍元首相は第二次世界大戦後70年の節目に当たり、贖罪は自分たちの世代に限ると言い切っている。保守政治家として自負の表れであり、誰もが納得する見識である。

<1991年末文鮮明は勝共連合を脱して金日成と握手>
 ところが、その安倍元首相が、日本が韓国に跪き続けなければならないという、日本人にとって屈辱的な教義を持つ統一教会になぜ肩入れしなければならないのかが全く理解できない。大きな矛盾以外何物でもない。
 百歩譲るとして、自民党と統一教会は少なくとも冷戦時代は国際勝共連合で結びつく共通の目標があった。しかし、1989年ベルリンの壁がなくなり、1991年にソ連が崩壊した時点で、共産主義をサタンとして攻撃する共通目標がなくなっている。時代の変化をかぎ取った文鮮明は、1991年12月北朝鮮を電撃的に訪問し、金日成と義兄弟の契りを交わして抱擁し合い、35万ドル(約5000億円)の資金援助をやってのけている。文鮮明は共産党には勝ったし、残るは南北統一だと割り切ったのだろう。見事な変身である。この時点で統一教会は勝共連合から「勝日連合(?)」(日本を韓国にかしずかせる国とする)に衣替えをしてしまったといってよい。それでも自民党は腐れ縁を断ち切ることができなかった。

<惰性で統一教会を切れなかった自民党の重大ミス>
 安倍元首相が、本当に贖罪し続ける必要がないと言うなら、統一教会と縁を切るか、日本が韓国に貢ぎ続けなければならない教義に疑問を呈し、純粋な統一教会信者にその旨を告げてしかるべきだった。しかし、自民党も清和会も安倍元首相も惰性で関係を続けてしまった。
 表向きは贖罪を断ち切ると格好いいことを言いつつ、その裏でまじめな日本人の信者の血と汗の結晶が、同じように格好いいことを言い続ける文鮮明の韓国にむしりとられていたのである。そして、山上家のように多くの不幸な家庭が生まれてしまったのだ。

<無責任極まりないニセ保守>
 もしもこうした矛盾をわかっていながら、選挙の手伝いに目がくらみ、一票でも多く得るために近づき、おべっかを使い会合に出席し、ビデオメッセージを送りといったようなことをしてきたとしたら、あまりにも無責任である。それこそ日本の後世代に対しても失礼にあたる。片方でもう謝罪は必要ないと大見得を切りながら、選挙の勝利という現世利益のためにペコペコするというのは辻褄が合わず、見苦しい限りである。統一協会に対してのみならず、韓国に対してもこれだけ従属的な態度を平然と取り続けるのは、ニセ保守といっても過言ではない。

<保守論壇はなぜ国辱的教義を問題にしないのか>
 私は、このことについて疑問を持ち、『Hanada』、『Will』、『正論』の3つの保守系雑誌の9月~11月をめくってみた。どこも安倍元首相礼賛の追悼ばかりが満載で、この矛盾について保守論壇がほとんど触れていない。島田洋一(Will 11月号)と徳永信一(正論11月号)がちょっと触れているだけである。しかし、安倍元首相の功績の方が大きいとか、「自虐史観」「贖罪史観」と対決したとかで礼賛の理由に摩りかえられてしまっている。
 もしも、戦後リベラルの自虐史観を捨てきれない左派政党が同じく、贖罪意識一色の国辱的ともいえる統一教会と結託していたならば、保守論壇は一斉に叩き、口汚く批判を繰り広げただろう。それを見て見ぬふりをしているのか、口を噤んだままである。

<真の保守の矜持を示すべき>
 日本の国土を守り、伝統文化を引き継ぎ、後世代のことに思いを馳せて活動し・主張しているのが保守である。それならば、保守こそこれだけ社会的モラルに反し献金を強要し、まじめな信者やその「宗教二世」をどん底に落とし入れている統一教会と関係を断ち切れない自民党議員に渇を入れ、統一教会に即刻解散要求すべきではないか。それがいつもリベラルを攻撃するのに高飛車で居丈高な、名だたる(?)保守論壇からもそうした声はさっぱり聞こえてこないのはなぜなのだろうか。
 統一教会は、宗教という衣をまとい、安倍元首相という国葬までしてもらえる大政治家までだましてきたのである。こんな宗教団体の根絶こそ、真の保守が真っ先に取り組まなければならないことではないか。

投稿者: しのはら孝

日時: 2022年11月 6日 09:50