2023.06.18

外国人労働者を入れてまで大国を維持する必要はない -超党派石橋湛山研究会が発足する-23.6.18


<1985年東洋経済新報に「新小日本主義の勧め」>
私は政治家になりたくてなりたくてなったのではない。だからなったばかりの時、尊敬する政治家はと聞かれた時にポカンとして答えることができなかったことを覚えている。しかし、今は石橋湛山と答えている。なぜなら私は 1985 年東洋経済新報に「新小日本主義の勧め」という記事を、どういう経緯があったか忘れたが、掲載してもらっている。当時は農水省の一介の課長補佐という分際である。そしてその1文を入れて、農業関係で書き留めたものをまとめて出版したのが、「農的小日本主義の勧め(1985年)」だった。

<石橋湛山研究会は野党議連から超党派議連へ>
今年になってから、私が会長、小山展弘議員(立憲、3期、静岡3区)を事務局長にして、石橋湛山研究会を作り湛山の考え方を勉強していくことにした。2回開いたところで本会議場で古川禎久議員(自民、7期、宮崎3区)が私に近づいてきて、超党派の議員連盟にしてほしいと懇請してきた。他にも月刊日本の南丘喜八郎氏や40年前からの知人で今、湛山の故郷甲府に在住の加藤昌代元主婦連副会長からも超党派にすべしという意見だった。岩屋毅議員(自、9期、大分3区)と古川元久議員(国民、9期、愛知2区)と私の3人の共同代表で
先月発足した。幹事長は古川、事務局長は小山とバランスをとった。
古川幹事長は学生時代に拙本を読んだという。今、三重県議で私の初代の永田町の秘書も同じく拙著を読んでいて、それで私の秘書にと申し出てきていた。他にも後に同僚議員となる筒井信隆元衆議院議(6期、新潟6区)も読後の手紙を送ってきている。それなりに読まれた(?)本なのだ。

<アメリカの研究者も湛山の業績に気付く>
第一回目に、「Japan as Number One」を書いたハーバード大学の日本研究の大御所、エズラ・ヴォーゲルの弟子の日本研究者リチャード・ダイクを講師に招き、6月1日に開始した。アメリカではほとんど知られていない湛山の偉大さに気がつき、著作を一生懸命英訳しているという。1年に1回適当に総会をして続けている議連と違って、こちらは頻繁に開いていく予定である。そして、今後の政策に反映させていきたいと思っている。
初回会合での挨拶で私は、「政治課題で迷ったときには、いつも『石橋湛山ならどうする』ということを考えて決めている。ですから私が時々変なこと言ったりしたらその元は湛山にあるということお許しいただきたい」と冗談めかせて挨拶した。

<揺れる外国人労働者の扱い>
外国人労働力問題について日本政府は現実と建前(単純労働者は受け入れないとの狭間でとんでもない政策を続けてきている。私の地元長野1区ではキノコ栽培以外はそれほど外国人労働力に頼ってはいないが、川上村や原村などの高原野菜地帯では外国人労働力なしには成り立たない。悩み深いところだが、私はすぐに湛山ならどうするかと問いを探した。
1993年に、日本で培われた技能が発展途上国の経済発展に活かされるように外国人にその機会を与える、という名目で技能実習制度が創設された。言ってみれば移民政策の抜け穴を作っていたのだ。その後2017年11月、それを法制化している。技能移転が目的ならば長く日本にとどまる必要はないので、最長5年で本国へ帰ることになっている。それが今32万4940人(2022年)を超える技能実習生がいる。更に2018年臨時国会に3 本の非常にいかがわしい法律が急に提出された。漁業法、水道法、そして入国管理難民法であるである。特に根幹法である漁業法については、臨時国会でやる問題ではないのにもかかわらず急いでやった。当時最も関心を呼んだのは技能実習制度であった。

<不法移民に見て見ぬふりをする大人のアメリカ>
アメリカでは事前許可のない移民は一般的に認められていないが、不法移民の流入が野放図にされてきた。トランプ前大統領がこれに怒り、メキシコとの国境に巨大な壁を造ると公約し当選している。アメリカ社会では不法移民も必要悪として黙認されており、今もその扱いを巡って大統領選の争点の一つになっている。ところが不法移民は不法移民であり、いつでも追い返すという姿勢をとっている。

<再び方針転換し、外国人労働者に門戸を開く>
それに対して、日本は大方針に反する抜け道をわざわざ法律で作るというとんでもない国である。あくまでも滞在が認められるのは本人だけで、家族の帯同は許さなかったが、2023 年秋を目途に有識者会議が大幅に緩和すべ<議論を重ね、6月9日に熟練労働者として求人可能な特定技能2号に対象業種を農業等にも広げる閣議決定をした。
AIとかで人手がかからないようになっているというのに、生産人口が減り、サービス産業を中心に人手不足が続いている。そこで早速家族も帯同させていいという業種は、運輸・造船の2業種のみでスタートした。ところがもう背に腹は代えられないというのだ。滞在期間も10年間になるという。単純労働者は日本に入れないという方針を完全に取っ払わんとしているのである。今現在、入国難民法はウィシュマさんの死をキッカケに難民問題として大きくとり上げられているが、その陰でこの外国人労働者を受け入れるなし崩し的な改正が進んでいるのだ。
在留外国人数は260万人に達している。アメリカほどではないとしても移民問題は大問題になっていくだろう。

<日本人が外国に出て行くことを嫌った湛山>
さて、ここで湛山ならどうするか。
戦前のアメリカで排日移民法ができたことに対して、日本人は怒り狂った。湛山は冷静に「出稼ぎに行く必要などない。日本で働いて稼げばいい」という移民不要論を唱えた。満州進出も政府が奨励し、国民も進出に対しては皆が当然のごとく認めていた。真面目な長野県民は全体の約1割にもあたる約30万人もの開拓民を送り込み、とり残されて600人もの集団自決という悲劇に遭遇している。それに対して、そもそも人の国に行って人の土地を奪って、そこで食料を作るなどという変なやり方をやめたらいい、食料が足りていなかったら日本で稼いで日本の製品を売って、それで日本の食料を買えばいい、と植民地放棄論をぶち、台湾・朝鮮の独立論まで主張した。
1945年8月15日、敗戦で打ちひしがれている日に彼は、これで日本は前途洋々たる国になる、植民地を捨てて日本の国だけで生きていけばいいのだ、と喝破している。皆が一斉に狂った方向に走り出しているのに、厳然と50年後を見通した考えを述べている。

<外国人まで受け入れて経済大国にする必要はない>
こうしたことから類推すると、湛山が生きていたら「外国人労働者に頼るべきではない、それぞれの国で生きていけばいいんだ、日本は外国人労働者を受け入れてまで大国を維持する必要はない」と主張するだろう。つまり、それぞれの国で存在をわきまえて生きていければいいのであって、不自然な事はするべきではないということなのである。
 ところが今、そういうことを言う人はほとんどいない。だから、私はやはり湛山の考え方をより深く学んで、日本の進むべき方向を定めたいと思っている。

投稿者: しのはら孝

日時: 2023年6月18日 20:52