2023.06.29

農林水産

今必要なのは農業予算の倍増 - 30年前の農業過保護は完全なフェイクだった -23.06.29

〈本は批判的に読む〉
 私は素直なほうなので、世の中の流れを正直に受け止める。また、周りからは違うと言われるかもしれないが、人の意見もよく聞いて取り入れる。
 しかし、違って疑いの目で見ることが二つある。一つは本を読む時である。興味を持って読むのだから書いてあることがすっと入って来るのだが、一歩下がって考えることにしている。ひどい時は違うと思うことを探し、片っ端からバツ印を付けていくこともある。だからといって全面否定するわけではなく、全く逆で違った角度から見て検証し、更にその考えに魅かれていくといった具合である。

〈財界・経済評論家の説は信用できず〉
 もう一つは、財界の主張、経済評論家の言うことである。これらは全く信用しない。これは私の経験から学んだことである。
 今から30余年前、国費のムダ、行政のムダを省くために「第二臨調」が設けられ、経団連会長の土光敏夫が議長だった。朝食にイワシと漬物とやらで質素そのものの私生活と魂、当時のマスコミは行政改革を迫る会の長として余人をもって代えがたいと神格化していた。そうした中で、経団連、経済同友会が競って農政提言を乱発し、国は農業に過保護だと糾弾し、予算を削れ、貿易を自由化しろの大合唱だった。私は、その当時、大臣官房企画室でその反論を書き、それぞれの担当のところへ出向いて議論をしたりで大忙しだった。
 これを3年もしてクタクタに疲れたが、小島慶三という碩学に出会い、立花宏という経団連事務局のカウンターパートとも出会えて、更には財界の論客堤清二(作家 辻井喬)とのちょっとした交流もできたことが記憶に残るよい出来事だった。

〈間違った説が全国に広まる理不尽〉
 当時、日本の対米貿易黒字500億ドル余がアメリカから攻撃されていた。牛肉・柑橘の自由化、食管制度の廃止等へと続くことになるが、農業が他の先進国と比べて過保護ということも、行政のムダの権化ということも、農業予算が財政の健全化を妨げているということも、今で言えば「フェイク」だった。しかし、日本の同調圧力、あるいは一つの流れができたら異を唱えることを許されずに突き進む悪い癖はここでも本領発揮された。
 欧米、特にEUは今と同様に農業をがっちりと域内の農業を守っていた。アメリカとて政府の肝いりで農産物の輸出攻勢をかけていた。これらと比べたら日本の農業は決して過保護ではなかった。むしろ今と同様にそれこそ冷たくあしらわれていたのだ。

〈輸出しやすい環境を維持するために差し出された農産物関税の引き下げ〉
 例えば、日本の対貿易黒字を解消するために、日本で食べる米の全量をアメリカから輸入したところで30億ドルにもならなかった。
 それなのに輸出しやすい環境を作るために農産物が次々と自由化された。最後の砦として守っていた米が余り、減反せざるを得なくなり,
(1978年)ていよく財界の農政攻撃対象となり、農業が教育ママに育てられるひ弱な受験生と同じく過保護の代名詞となっていた。そのため、農業の後継者がますます減り、農協に勤める人たちが後ろ指を指され、悔しい思いをしていた。私は農村で生まれ育ち農業界に身を置く身なので悔しくてならなかった。そしていつの間にか日本農業や農政を論じ、モノを書くようになっていた。もちろん、日本農業を元気にするための論評だった。

〈論壇から消え去った農業過保護論〉
 あれから30余年、今さっぱり農業過保護論も農産物自由化論も聞かれない。後者は、つい最近もTPPや日欧EPA等で取り沙汰されたが、前者は全くと言っていいほど耳にしないし目にも触れない。
  なぜならば、他省の予算が徐々に増えてきたのに、農林水産予算は減る一方だからである。別表「一般会計予算に占める農林水産予算の推移」の数字を見れば事実が明白だからだ。

〈農林水産予算だけが減り続けている〉
 1970年、総予算に占める割合が11.54%だったものが、2022年には1.83%と10分の1の割合に減っている。70年と比べて絶対額でも2.3倍でしかない。
 同じ数字を見ると
防衛 7.16% 5.93% 11.9倍
文科 11.39% 4.63% 5.8倍
厚労 15.35% 29.00% 27.2倍
農林   11.54% 1.83%  2.3倍
である。
 それと2000年と比べても3兆4000億円だったものが、23年に唯一1兆円以上減り2兆1000億円となっている。
防衛 4兆9000億円 6兆8000億円
文科 5兆8000億円 5兆2000億円
厚労 15兆6000億円 33兆2000億円
      農林   3兆4000億円   2兆1000億円
である。
 社会保険料が増え、厚労予算は図抜けて増えている。そうした中農林水産予算だけが著しく減少しているのだ。これだけ減少しているのは農林水産省だけである。

〈他の予算は114兆円の中で増え続けてるのに、酪農危機も救えず〉
 2023年度予算案を見ても、どこの省も増額一辺倒である。どこまで含めるのかよくわからないが、一連のコロナ対策で3年間に102兆円が使われた。防衛費は財源が不明なまま5年間で43兆円となる。エネルギー対策でも、今後10年間でGX投資が20兆円。これまた財源がよくわからないが、異次元の少子化対策で3.5兆円・・・。そうした中で唯一減額・減少しているのが農林水産予算である。資材高騰、特に畜産に影響の大きい餌(飼料作物)の価格が2倍に跳ね上がり、酪農は危機的状況にある。それにもかかわらず有効な支援の手が差しのべられていない。

〈食料品の値上がりと電力料金の値上がりへの対応差〉
 円安となり、食料を外国からの輸入に頼る日本は食品価格が軒並み上昇し、消費生活を圧迫している。特に、自給率がゼロに近い食用油の値上がりがひどく、食用油を使う加工食品はほとんど例外なく値上がりしている。賃金が30年間上がらない日本での食品の値上がりは、エンゲル係数を高めているはずだが、日本全体の大問題にはなっていない。その一方で、電力会社のPR上手がそうさせるのか、電力料金の値上がりの方がずっと大きく報道され、原発再稼働容認の元凶になっている。
 こうした状況の中、今は1980年代の農政批判ブームの逆に、農業を守らなければならないという動きが広がっていいはずなのに、そうした声は農業界ないし畜産(酪農)界以外からは全く聞かれない。また38%に下がった食料自給率で大丈夫なのかと、消費者の方から国内生産の確保に白けた声が上がっていいはずなのに、そうした声は聞かれない。

〈主要国の農業保護度合 日本は保護が最も低い国〉
ここで強く主張しても、あまりピンとこないかもしれないが、別表「各国の農業保護比較」で、日本農業が米英仏独韓(EU)諸国と比べて、いかにないがしろにされているかを示す。
 一農業経営体当たりの直接支払額6位、一農業経営体あたりの農業予算額6位、農業就業者1人あたりの農業生産額6位、国民1人あたりの農業予算額4位、農業予算の対国家予算比5位。
 意外と思われるかもしれないが、保護度合が高いアメリカはそれぞれ4位、1位、1位、1位、3位と日本よりずっと農業保護国なのだ。だから、強大な農業国でいれるのだ。つまり、順序が逆なのである。
 一人当たりや一経営体当たりの保護が低いのは農民の数が多いからだという反論もあろうが、これは国民一人あたりや国家予算比には当てはまらない。
 農業生産額は1位アメリカ、2位日本である。これも日本の農産物価格が高いからという理由もあるが、農業予算でどれだけ生産しているかを見る「農業予算の生産性」(私の考案)で見ると、日本は2位で、アメリカは3位である。つまり、少ない予算で生産額を上げているということだ。

〈農業予算を倍増しないと危うい国になってしまう〉
 私は、地方を元気にするには、農業を元気にするしかないと思っており、防衛費や少子化対策費も必要だが農業にそして食料安保にもっと予算を注ぎ込むべきだと思っている。そうでないと戦争が起こった時も大災害が起こった時にも日本は真っ先に飢える国になってしまうからだ。

投稿者: しのはら孝

日時: 2023年6月29日 10:41