2023.07.30

フランスのNATO東京事務所不要というド正論に学ぶ ―国際条約・協定は適用範囲が先にあるのではないか―23.7.19

 私はアメリカに2年留学し、フランスに 3年勤務した。お世話になったから当然のことかもしれないが、2国ともに好感を持っている国である。

<仏は地理的に日本がNATO適用範囲外としてNATO東京事務所開設に反対>
 フランスが、きちんとした正論を述べるのにいつも驚かされる。理屈がしっかりしているのである。今回、NATOの事務所を東京に設けるということについて、7月7日マクロン大統領が、「NATOには地理的範囲が明記されており、原則的理由から賛成できない」とストルテンベルグ事務総長に伝えていた。
 NATOはフランスが言うとおり北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization)であり、旧ソ連を中心とする共産圏に対抗するため1949年に米・加・英、仏等の西欧10か国の全12カ国で発足、現在31ヶ国が加盟し、330万人の兵力を有する世界最大の軍事同盟である。

<注目を浴びるNATOの加盟国>
 そして今ウクライナの加盟を巡り、同総会が注目されていた。ロシアは神経を尖らし、ウクライナは一時も早い加盟を願っていた。もっと言えば、ロシアのウクライナ侵攻原因そのものが、ウクライナのNATOへの接近だった。スウェーデンの加盟は認められたが、ウクライナの戦争の深刻化を避けるためか、ウクライナの加盟時期や手続きは明示されなかった。ロシアとウクライナの双方の顔を立て、かつ、徹底的な東西対立を避けた賢い結果である。
 そこに、NATO東京事務所開設という小さな問題が生じた。しかし、日本は遠く太平洋に面した国であり、地理的に見てのこのこ入っていく理由はない。フランスはそれをド正論で指摘しただけのことである。かくして、ブリュッセルにNATO対応の代表部を独立させて意気込む日本は腰砕けの形となった。

<国際的な協調姿勢を示したい日本>
 日本はなぜNATOとの関わりを深めたいか理由は明確である。中・ロに対して米・EU・日が連携を取って行かなければならないという大義名分がある。だから岸田首相は22年6月の首相会談に初めて招待され出席、今回もNATOの一員でものないのにリトアニアの首都ビリニュスのNATO総会に出向いている。日本は、西側の一員であるとして連携姿勢を明確に示せるメリットがある。対中結束を示したいアメリカも前向きだった。また、NATOも日、韓、豪、NZの4か国をアジア大平洋パートナーと位置付け、連携強化を目指しており、ストルテンベルグ事務総長も前向きだった。NATO東京事務所開設は日本のイニシアチブというよりも中国の覇権主義、拡大主義を警戒するNATO・米の思惑によるものである。
 遠く離れた国との軍事同盟ですぐ思いつくのは、ロシアの南進を抑えるという共通目標のために結ばれた日英同盟である。イギリスに代わり、米・NATOというところか。もう1つ日本を間違った方向に導いた同盟に日独伊三国同盟がある。そして今国中国やロシアを敵対視して、遠くの国と結託せんとしている。岸田内閣はタイム誌(5月9日のウェブサイト)が指摘するように「日本を軍事大国に変える」危険がある。

<NATOを前面に出し防衛費の増額を企む岸田内閣>
 とは言っても、日本にとっても渡りに船だった。日本は、防衛費をGDPの1%以内にすることを長らく守ってきた。もともとトランプ前大統領がNATO諸国に対して応分な負担をと注文をつけていたが、そこに22年の2月のロシアのウクライナへの侵攻があり、ドイツをはじめNATO諸国がGDPの2%に上げると言い出した。岸田内閣は、それに呼応して、日本も2%にすると追随しようというのだ。その点では岸田政権にとってはNATOと足並みを揃えるという言い訳が使えることになり、好都合なのだ。

<フランスのしたたかな独自外交>
 こうした日・米・NATOのあからさまな意図を知りつつ、おかしいと言い出したフランスには、別の思惑もある。フランスは常にアメリカに追従するだけの立場を意図的に避けてきている。つまりドゴール以来の独自外交路線が今も根底に流れている。イラク戦争の折もイギリスがさっさと支持するのに対して、フランスとドイツはイラクに大量破壊兵器はないとして一切参加しなかった。アメリカのお先棒ばかりを担ぐ日本と大違いである。
 中国に対する対応も、フランスの態度が違っており、少なくとも経済関係では協調していこうとしている。中国のすぐ近く東京にNATO事務所を開設して中国を刺激することはないだろうとブレーキをかけているのだ。4月には経済界を引き連れて中国に赴き、習近平主席と会談し欧州エアバスを大量受注している。フランスに限らず、EU各国はアメリカの対中強硬姿勢に一歩距離を置いている。日本はむしろ積極的に米・中の仲介役をしなければならないというのに、相変わらず盲従ばかりを続けている。

<イギリスのTPP加入は地理的理由で疑問>
 同じ地域性で言うなら、TPPは(Trans-Pacific Partnership Agreement)の名のとおり、環太平洋諸国の協定であり、そこに北大西洋に位置するイギリスが参加することには疑問がついて回る。日本が北米自由貿易協定に入るのと同じことだからである。
 イギリスはEUから離脱して国際的に孤立しており、かつての宗主国としてオーストラリアとNZ、もっといえばシンガポール、マレーシアも含め、一緒にやっていこうというのだろうか。イギリスはひょっとして19世紀や20世紀の大英帝国の植民時代の感覚で、何の矛盾も感じていないのかもしれないが、そうだとしたら時代錯誤である。

<アメリカなしのいびつなTPPはいつまで続かない>
 TPPはもう最初からぐちゃぐちゃであるが、言い出しっぺで推進してきたアメリカが入らなかった。トランプ前大統領は徹底して国際協定を嫌った。パリ協定にも入らず、反イスラエル的だとしてユネスコからも脱退した。低賃金のメキシコからの輸入品が国内産業を傷めつけ雇用も奪っているとして、NAFTA(北米自由貿易協定)を毛嫌いし、民主党のオバマ政権の始めたTPPは間違いだとして入らなかった。私は、TPPに入らないのは、20世紀の遺物・自由貿易に拘る正しい判断だと思っている。
一方日本は、2016年秋、トランプの当選の可能性が高まったにもかかわらず、安倍首相はTPP特委に異例の出ずっぱりで執念を燃やし、米抜きのTPPにさっさと加盟した。2021年民主党のバイデン大統領になったらTPP加盟かとも思われたが、今もってTPPに参加するという気配が見られない。つまりアメリカは、トランプ前大統領を悪者にしていいとこ取りをしているのである。大国アメリカが参加しないいびつな地域協定に頼っていては、世界の貿易が歪んだ方向に行ってしまうのではないかと危惧している。

<国際条約では適用範囲が根幹>
 今回TPP11という現加盟国にイギリスが加わり12になった。中国と台湾が加盟申請しており、この他にもエクアドル、コスタリカ、ウルグアイが申請している。いずれも環太平洋諸国だ。ところが、ウクライナも申請しており、ウクライナの申請も認めるとなると適用範囲が明確ではなくなってしまう。イギリスはEUから離脱し仲間を求めており、ウクライナはNATO入りを願うのと同じくTPPにも入り、西側諸国の一員になりたいと願っている。しかし、地域協定を銘打つならやはり適用範囲を限定する必要がある。それはNATOと同じである。
 フランスが突き付けた「ノン」をきっかけに、日本の将来をもっと真剣に考えないとなるまい。このままでは、1920年代に逆戻りで、いつかきた道に乗っかってしまうかもしれないからだ。

投稿者: しのはら孝

日時: 2023年7月30日 10:17