【中国視察報告①】中国のめざましい発展 - この大国と今後どう付き合っていけばいいか - 24.07.21
7月2日から11日まで10日間中国(北京・天津・淮安・常州)を訪問し、上海から帰国した。20数年前の農水省時代、日中韓農業政策研究所長会議で北京に数日滞在。その後、数年前に香港へ行ったついでに深圳に立ち寄っただけなので、実質的には20数年ぶりの中国だった。
日本政商代表団(篠原孝団長)という物々しい(?)布陣。同僚国会議員数名、経済界からそれこそ若者が10数名参加した。東洋的なのだろう。視察、交流会、夕食会と大歓待を受けた。まめな小山展弘衆議院議員が中国側とセットしてくれたもので、少々長旅だったが「中国の今」が手に取るようにわかる貴重な体験だった。
<予測通りの工業団地とインフラ整備、きれいな街に驚嘆>
各市の工業団地が立派になっていることは、2010年にはGDPで日本を追い越していることから、そして、道路や家も不動産市場がGDPの4割も占めていることから相当整備されていると予測できた。しかし、現地を見るといずれも予測をはるかに超えて近代化が進んでいた。そして私が驚嘆し、各地の挨拶で褒めまくったのが格段に増えた都市の緑とゴミが落ちていない道路、公園、街並みだった。2008年の北京オリンピックを迎えるにあたり、必死で植樹していたことは聞いていたが、それが見事に街の景色に溶け込んでいた。ただ、植樹は政府なり当局がその気になればできることだが、ゴミのない街並みは国民のモラルの向上なしに達成できない。習近平総書記は「質の高い発展」と盛んに言い始めているが、国民の質が急速に高まったのである。だからこその見事な経済発展である。
<日本の投資を待っている>
2023年は2022年と比べて日本の対中投資が64%も減っている。こうしたことから、そういう位置づけであると私は事前に知らされていなかったが、専ら日本からの投資を呼び込むための視察団歓迎という形だった。
途中から気が付いて数えてみたが、名札がついた机に座るような格式の高い会合の回数が23回にものぼった。どこでも会見(意見交換会、懇談会)、会食が続いた。そして団長である私が駄弁を弄することになった。
<常州の過密スケジュール>
過密視察の一例を3日滞在した常州市(人口530万人、上海から100~200km、新幹線で1時間以内)の日程で例示する。
7月8日(月)
・星宇車灯股份有限公司(自動車のライト専門、世界の自動車メーカーの大手に部品を提供)
・天合光能股份有限公司(太陽光発電製品)
・常州高新区イノベーションセンター(展示場)
・中日(常州)知能製造産業パーク(展示場)
・小松(常州)工程機会有限公司(日系、建設機械)
・住友電工運泰克機電線(常州)有限公司(日系、最新世代モーター部品)
・会議:高新区商務センターにて市、区の幹部との意見交換会
7月9日(火)
・万帮德和新能源有限公司(新エネルギー自動車、充電設備)
・江蘇恒立液圧科技有限公司(液圧ポンプ)
・太陽誘電(常州)電子有限公司(日系、群馬の電子部品会社が常州進出)
・常州華森医療器械股份有限公司(医療機械、創業者が直接説明)
・安川(中国)機器人有限公司(日系、工業用ロボット)
7月10日(水)
・締め括りの3回の濃密な意見交換会
北京、天津、淮安(人口530万人、南北で見ると中国の丁度真ん中)でも似たような過密日程である。そして、どこでもおいしい中華料理が待っていた。
夜は天津海河クルーズ、周恩来記念館・生地訪問、昔の面影の残る青果港歴史文化街の視察といった息抜きもセットされていた。
町の綺麗さは、天津に入ると多少ごみが道路際に見受けられたが、どこの商店街でも食堂街でもパリ、ロンドン、ニューヨークのような大都市によくあるゴミの散乱は見られなかった。もう一昔前の発展途上国の中国ではなくなっていた。
<各市が業績を競い合うユニークな仕組み>
中国では、北京、天津、上海、重慶の4つの直轄市が特別扱いされている。それ以外にも今回訪れた淮安、常州とも人口500万を超え、それぞれの市が競って市を発展させようとしていることがうかがえた。これが、社会主義市場経済の一環である。それから、その市のトップの共産党委員会書記(市長ではない)と1時間余の会談がどこでも持たれた。
ただ、習近平総書記が福建省を中心とする地方都市で実績を上げて党中央に躍り出ていき、今はその時の部下ばかりで上層部を占めているのをみると、各市のしのぎの削り合いが、中国の活力の根源とも思えてくる。そう言えば江沢民主席時代は上海グループで占められていた。
<影を落とす蘇州事件>
日本人学校のスクールバスが襲われた蘇州(人口1300万人、李香蘭〈山口淑子〉の蘇州夜曲で有名)は常州と上海の間にあり、すぐ立ち寄れるので、現場で亡くなられた胡友平さんに哀悼の意を表すべく花を手向けに行こうとしたが、中国当局は受け入れてくれなかった。ずっと偶発的事件と称しているが、やはり目覚ましい発展に取り残された不満を持った者かもしれない。
7/16劉小濤蘇州市共産党委員会書記(トップ)は日系企業トップに対し「外国人に安全な環境を提供するよう努力する」と説明している。
<古い町並み見物に黒服のガードという気配り>
犯人のスクールバスへの乗り込みを阻止せんとして犠牲になった胡友平さんの残された家族は、そっとしておいてくれという(と中国側は釈明)。それを素直に受けとるしかない。赤松秀一上海総領事(長野高校の後輩)はお見舞いに駆け付けており、上海で会った時同じ説明をしていた。上記の古い商店街の見学中は、黒服のガードが7~8人ついていた。人込みがある街での危険を避けんと張り付けてくれていたのだろう。中国側のそうした隠れた気配りに感謝したい。
<一衣帯水の国と仲良くする以外なし>
過密スケジュールと会見そしてバスの移動等で少々疲れて帰国した。14億人の隣国である。中国は2006年以降アメリカを凌ぐ貿易相手国になっている。外交的には尖閣諸島、拘束、ALPS処理水、台湾有事といろいろややこしいことが多いが、一衣帯水、隣国と友好関係を深めていくと決意を新たにした。