2025.01.22

経済・財政

日本製鉄の米国製鉄(USスチール)の買収はアメリカの国民感情を逆撫で - 新自由主義的競争原理はそろそろ自制が必要 -25.01.22

<米国批判一辺倒の論調が目立つ>
 年末から年始にかけての経済関係の話題は、もっぱら日鉄の米鉄(USスチール)の買収である。日本の各紙は、本当にワンパターンでアメリカはけしからんという論調の一辺倒である。
 まずは自由貿易、そして国際投資を推進していたのはアメリカであり、中国の企業の買収ならわからないでもないが、同盟国の日本の投資を阻止するのは理屈に合っていない(安全保障上の懸念があるかどうかを審査する対米外国投資委員会(CFIUS)を経て、大統領が阻止したのは8件あるが、うち7件は中国)。何よりもUSスチール自身が買収を希望している。それに対して全米鉄鋼労働組合(USW)は反対している。そこでバイデン政権は、アメリカファーストに則って当然買収阻止をするトランプ政権に代わる前に、民主党の基盤である労働組合の支持を失わないために買収の阻止に動いたという論調である。


<日鉄も米鉄も国の象徴的企業>
 それに加えて別の大手であるクリーブランド・クリフス社も一緒になって日鉄の米鉄買収阻止に動いている。現地の経済人あるいは地元関係市長等関係者はこぞって日鉄のUSスチールの買収を望んでいるのにもかかわらず、クリフス社はUSスチールの買収の入札に敗れたのに、バイデン大統領の阻止命令により再び動き出した。
上述のようなアメリカが理不尽極まりないことをしているという説明一辺倒である。ここまで国粋的論調は珍しいのではないか。
 USスチールを直訳すれば「米国製鉄」(以下、「米鉄」)である。逆に日本製鉄は"Nippon Steel"である。つまり、両社とも会社名に国家の名前を冠した国を代表する象徴的製鉄会社なのだ。

<買収は経済的には合理的>
 経済合理性を優先した新自由主義的な論理に則れば、Nipponスチール(日鉄)が米鉄を買収するのは合理的なのだろう。米国ホワイトハウス高官も、国務省も、米鉄幹部も仕方のないことと認めている。本来、自由貿易で投資を推進する米通商代表部(USTR)は反対しているという。
 一方、日本からすると、人口減、建設需要先細り、景気低迷等、日本経済の停滞から脱するため、米国への投資に血眼になるのは自然の成り行きなのかもしれない。日本の最も安定した友好国・米国は海外投資の絶好の的である。かつてさんざん技術協力し、投資した中国は自立路線を歩んでいる。特に鉄鋼は過剰生産、ダンピング輸出は目に余るものがあり、世界の鉄鋼市場を混乱に陥れ、各国の製鉄業界は苦境に立たされている。2024年には、中国の最大の輸出先国ベトナム、2位の韓国等が中国に対するアンチダンピング調整を始めている。

<世界の鉄鋼市場を席巻する中国製鉄業界>
 日本は言ってみればお人好しである。山崎豊子の名作「大地の子」にも日中の製鉄の技術協力が取り上げられている。横道にそれるが、私は信濃郷開拓団と名を代えた満蒙開拓の物語を涙しながら読んだ。
 2023年で見ると、世界の製鉄業界の上位5社に宝武(1位)、鞍鋼(3位)、河鋼(5位)と中国企業3社がひしめき、3社の生産量は2億2,800万tである。日鉄がかろうじて4位で4,370万t。米国各社はニューコア(15位)、クリーブランド・クリフス(22位)、米鉄(24位)と10位以下に甘んじている。
 このように世界の鉄鋼業界は完全に中国に席巻されてしまっているのだ。米国の上位3社を合わせても計5,430万tで中国の4分の1にすぎず、どうあがいても太刀打ちできる状況にない。そこで対中国という観点から日米両国の国境を超えた統合が重要視されるようになってきた。

<米国民感情に訴えるクリフス社のゴンカルベスCEO>
 1月14日クリフス社のゴンカルベスCEOは記者会見で中国と、そしてそこに技術を提供した日本を悪し様に罵った。日本がダンピングや過剰生産を中国に教えたと攻撃した。ゴンカルベスCEOがトランプ次期大統領の「米国第一主義」に惹かれる米国国民感情に訴えんとしていることは明らかである。
 鉄鋼業は「鉄は国家だ」とまで言われていた時代があったくらいの基幹産業である。今は半導体が「産業の米」と言われている時代であり、他の産業の重要性が増して鉄の重要性は相対的に減っているかもしれないが、やはり米鉄はアメリカの産業界の象徴の1つである。アメリカには日本の京都や奈良といったような心の故郷となる歴史・文化都市といったものはない。その代わり、世界経済を牛耳ってきた産業なり、その会社が象徴となり、心の拠り所となっていると思われる。例えば、自動車のGM、フォードであり、航空機のボーイング等である。そして、そうした中、米国を支え続けた米鉄が日本の手に渡るというこのことの意味を考えなければならない。

<ロックフェラーセンター買収の失敗劇>
 ここで重要なことは、企業や政府の立場の他に、米国国民感情を相当考慮しなければいけないということだ。米国国民の寂しい気持ちに思いを馳せる必要がある。
 日本は1989年、バブルの真最中に三菱地所がニューヨーク市のロックフェラーセンターを買収しようとするという間違いをしでかしている。成金ジャパンマネーが海外資産を買い漁り、米国国民なかんずくニューヨーク市民の多くの反感を買い、ジャパン・バッシングを更に酷くさせてしまった。三菱地所自身も企業としては大した利益はなく、経営的に失敗に終わってる。今回の買収劇はそうした学習の上に慎重に進められた買収、統合劇だった。

<ジャパン・バッシング再来の恐れ>
 1980年代後半の米国の世論調査によると、米国の敵はガタツキ始めた軍事大国・ソ連ではなく経済大国・日本を1位に挙げていた。時まさに日本製品の輸出洪水で世界中が悩まされていた。だからそういったことを背景に、1990年代前半に日本の制度に修正を迫る日米構造協議が始まり、その延長線上でTPPにつながることになる。
 その後四半世紀、バッシングの対象は日本から瞬く間に世界第二位の経済大国にのし上がった中国に移っていた。ところが、今回の日鉄の米鉄買収で今再び同じことが起こるかもしれないのだ。日鉄は米鉄と組んで買収阻止が手続き的に違法であるとして、米政府や阻止を働きかけたゴンカルベスCEOを提訴している。筋としてはその通りだと思うが、やはりこの辺りで一歩引いて考えてみる必要がある。
 一般アメリカ国民が、米鉄が日鉄に買収されることを歓迎することはあり得ない。日本はいずれ米国国民感情を逆撫でし、トランプ新大統領になると猛烈なJapan Bashingが始まる恐れがある。

<経済大国主義の落とし穴>
 私がいつも念頭に置いている例の1つは第二次世界大戦中の満州開拓に対する石橋湛山の態度である。今私は石橋湛山研究会の共同代表をさせていただいている。当時は国を挙げて満州開拓に臨んでいた。満州は日本の生命線とまで言われたのである。真面目な長野県民が開拓団の3割を占めている。そして1番多くの犠牲者を出している。そのような時代下にあって「満州に進出することはやめて、それよりも日本で働いてお金を稼いで食料を輸入すればいい。日本人が他国の土地を奪って食料を生産するなどという不届きな事はやめるべきだ」と敢然と挑戦したのが石橋湛山である。政界も財界も国民も石橋湛山の忠告には耳を傾けなかった。その結果悲惨な目にあったのである。日鉄の米鉄買収は、言ってみれば現代の経済大国主義の現れの1つだと思う。
 ある大きな意見があった時には、もう一方の意見を考えてみる必要があることを年始早々痛感した。

投稿者: しのはら孝

日時: 2025年1月22日 13:48