2025.04.26

経済・財政

【トランプ関税シリーズ①】 相互関税はとっくの昔から予想されたことであり一面の真理である ーアメリカ(トランプ)は綿密な戦略のもとに日本に24%の関税を課しているー25.04.26

 アメリカは戦後世界を軍事面でも経済面でも世界をリードしてきた。1971年、そこに変化が現れた。アメリカが初めて貿易赤字に転落したのである。それ以降ほぼ貿易赤字は増え続けた。1980年代日米通商摩擦が取り沙汰された。特に半導体の攻撃的洪水的輸出が問題になり、日米半導体交渉が行われた。その当時、日本は世界の半導体の重要な部分である一分野では7割近くを独占していた。それが今や台湾の企業TSMC(熊本)、IBMと一緒のラピタス(北海道千歳)に何と10兆円も投入して復活を図らなけれはならなくなった。その凋落振りには著しいものがある。

<1980年代の日米通商交渉・スーパー301条による脅し>
 1980年代には日本の恒常的対米黒字約500億ドルが問題にされ、アメリカから攻撃をされていた。家電製品や自動車の輸入が原因だった。アメリカが最初に考えついたのはスーパー301条により何の罪もない愛知の村田製作所の電動工具に100%の関税がかけられるという脅しである。それから40年、世界の貿易面での力関係は様変わりした。アメリカは貿易赤字国であることは変わりない。貿易赤字はうなぎ登りに増え、2000年代に入った当初は約8000億ドルだったのが、昨年2024年はなんと約1兆2000億ドル、日本円にすると約180兆円と日本の年間予算の1.5倍以上に膨れ上がっている。
 対米貿易黒字を最も多く抱えているのは中国であり、2954億ドルである。次にメキシコ1718億ドル、続きベトナム1235億ドルである。だからこれらの国が30%から40%の相互関税国にされるのは当然である。日本は中国の約4分の1強の685億ドルに過ぎない。

<1992年日米構造協議>
 この間アメリカはあの手この手で貿易赤字を改善しようと試みている。2番目に考え付いたのは、日米構造協議である。単品に絞った交渉ではなく、日本の制度・仕組みがアメリカ製品の輸入を妨げているとして、談合、系列、排他的ビジネス慣行、大規模店舗規制法等、1年以上にわたりそれぞれの国の問題点を指摘し合う会合が行われた。
 両国の各省の対外政策のトップの審議官たちによる、そもそも論の白熱したやりとりだった。我が省のトップがガット・ウルグアイラウンドで忙しく、若輩の対外政策調整室長の私が、この会合のほぼ全てに出席した。といってもメインテーブルに座るのは各省庁の局長や審議官クラスであり、私などは壁の花であった。アメリカにやり込められっぱなしの成り行きにイライラしながら議論を聞いていた。
 日本人は論理的議論が苦手であり、防御は上手くても攻撃は下手くそ。例えば、1日アメリカが意見を言い、翌日は日本が言いと繰り返されるが、日本はアメリカがメートル法を使っていないとか、車を右ハンドルにしてない、といったちゃちなことしか指摘できなかった。その結果、トイザらスという子供用のおもちゃ屋スーパーが進出したが、日本に定着することはなく、大きく日本の貿易黒字が削減されることはなかった。

<2010年代に出てきたTPP>
 そして手をつけたのはTPPである。P4(ブルネイ、シンガポール、ニュージーランド、チリ)とそれぞれが補い合うことができる、工業国、農産物輸出国が関税をゼロにして、相互に補完し合うことができる、関税ゼロの協定が出来上がっていた。そこにアメリカが参加したいと申し出て、TPPの交渉が始まり、日本も2013年ブルネイの閣僚会議から参加することになった。ところがこれが問題である。私は反TPPのネクタイをつけて反対していたが、4年後交渉がまとまり、2016年秋の臨時国会はTPP特別国会と名付けられた。TPP対策特別委員会は、安倍晋三首相が64時間をほぼフルに出席した。私は野党の筆頭理事、与党の筆頭理事は森山裕(現幹事長)だった。ところが衆議院で承認された直後トランプ大統領が誕生し、アメリカはTPPに入らないことを宣言した。
 TPPの目的は日米構造協議の延長で、アメリカの制度を、世界共通とする美名の下に、日本をはじめメンバー国に押し付けて、ビジネスをしやすくすることにあった。ところが、TPPの眼目の関税ゼロを実行したら、一番困るのはアメリカである。貿易赤字がひどくなるばかりだからだ。だから私は途中からアメリカは絶対にTPPには入らないという確信を持ち、そのことをTPP特委の質問の場にも取り上げた。しかし、それに気付く人は皆無だった。

<メキシコの低賃金と関税ゼロを悪用した迂回輸出に怒ったトランプには一理あり>
 トランプ大統領はもともとNAFTA(北米自由貿易協定)が大嫌いであった。トランプが問題にしたように、日本等の工業国は、メキシコがアメリカの数分の1という低賃金であることを悪用していた。そこにNAFTA(今はUSMCA)による関税も悪用して迂回輸出していたのだ。例えば、トヨタは少々遅れていたので、5年前年産20万台の大工場をメキシコに造ると言った時にトランプは激怒し、100%の関税をかけると脅した。このトランプの怒りは私は当然だと思う。


<工業製品も地産地消が理に適う>
 メキシコは世界第4位の自動車輸出国であるが、メキシコ車などというのは存在しない。現代(ヒュンダイ)もフォルクスワーゲンも、ダイムラーベンツも日本の企業も、こぞってメキシコに工場を建てるのである。トランプ曰く、アメリカ人の乗る車はアメリカで造られたものにすべきだ(車の地産地消)。トヨタは13もアメリカに工場を持っている。そのトヨタの工場で造った車でいいじゃないか。なんでメキシコに造るんだ。アメリカ人を雇い(Hire American)、アメリカ人が造った車をアメリカ人が買うんだ(Buy American)。まさにアメリカファースト主義の徹底である。
 私が食べ物の世界で唱え始めた地産地消は、実は工業製品についてもそのまま当てはまることなのだ。環境問題を考えてもなるべく最終消費地の近くで生産するのが一番望ましいのだ。なぜなら、モノの輸送に伴うCO2排出は莫大であり、それを少なくしないとならない。パリ協定、SDGsを考えたら、環境に優しい生き方をするには、なるべく輸送は少なくするべきなのだ。この私の考えは、従来の黄金律である自由貿易、国際分業論には相容れないのだ。

<当然予想された相互関税>
 そして今回、突然の相互関税である。だからトランプはこの間の4年間、満を持してこれをやろうと練っていたはずである。もちろんトランプ一人ではできない。共和党系のシンクタンクなり、共和党と民主党の政権交代があったら、3000人の高官が交代する(リボルビングドア)というアメリカでは、2021年にバイデン政権誕生により政権を去った共和党系の高官が、共和党系のシンクタンクや大学に去り、4年後の共和党政権に備えこぞって起死回生のプランを練っていたに違いない。だから今、世界が目を見張るほどに一気にできたのである。
 少なくとも私はこうした動きは予想できた。例えば大統領就任の前後に「私は、関税という言葉が辞書の中で1番美しい言葉だ」とまで言っている。突然ではない、膨大な貿易赤字の是正・解消にはもう関税しか手段がない(Last resort)と考えていたに違いない。
 その意味で、私はトランプの高関税になぜこれほど大騒ぎするのかわからない。前述のとおり、1期目にNAFTAを毛嫌いし、随所でMake America Great Againと連呼していたのだ。構造的に増え続ける貿易赤字を止め、かつての力を取り戻すための一つの手法が、高関税だということを我々は理解しないとならない。

投稿者: しのはら孝

日時: 2025年4月26日 08:59