2025.06.21

外交安保

【トランプ関税シリーズ⑥】 【令和のコメ騒動シリーズ⑤】 アメリカの自動車船の入港料は安全保障と製造業の復活の一石二鳥を狙う  ―日本も弱い産業分野のテコ入れに全力を上げるべきでは―

 トランプ大統領の政策は、相互関税を発表しておきながら、90日間執行を停止したりしており気まぐれだと言う人がいる。確かにいろいろ迷いがあるのだろう。しかし、首尾一貫しているのが、アメリカの製造業の復活であり、強いアメリカの復活である。その中に安全保障の強化も入っている。その二つを同時に目指す一つの手段が自動車船の入港料である。詳細は明らかではないが、中国で建造された船舶がアメリカに寄港する際に手数料の徴収を始めるという。中国の徹底的排除に乗り出さんとしている。振り上げた拳を降ろすどころか、ぶっ続けで頭突きも加えているのだ。そのしつこさには、ここまでするかと苦笑いするしかない。
 中国はWTOに加盟し、「いいとこ取り」をして自由貿易の恩恵を一手で浴しつつ、WTOのルール違反が明確な国の補助金投入により、最初に鉄鋼、そして次にごく短期間で世界の造船の中軸を占めるまでになってしまった。これぐらいの対抗措置は遅ればせながらではあるが当然のことかもしれない。

<アメリカのまともな製造業は軍事関連産業と製薬・医療機器産業ぐらい>
 アメリカの世界有数な産業は、軍事産業と製薬産業・医療機器産業の二つである。日本は戦闘機等をすべてアメリカから購入している。アメリカは、一にも二にも軍事大国、軍事産業国家なのだ。アメリカは国の仕組みとして空と陸の武器弾薬は死守し、他の国(例えば日本)に造らせず、ガタガタになった国内の造船も再興させようとしている。

<造船業には手厚く保護をして造船技術をアメリカ国内で維持>
 例えばJones Act.(ジョーンズ・アクト)である。アメリカ国内の沿岸航路における貨物輸送は、アメリカ籍の船舶のみに限定するものであり、1817年に制定されている。その船舶は、アメリカ国民またはアメリカの企業が所有していなければならない。これによりアメリカの海運業を保持し、外国船舶を沿岸航路から排除している。これらの政策は強力な戦艦や潜水艦の製造技術を国内に温存するためだった。
 よくリベリア船籍やパナマ船籍の船が世界中で航行しているのは、税金逃れのためだと言われているが、実はこのジョーンズ・アクトの回避もある。

<アメリカは同盟国日本にも軍事技術は渡さない>
 なぜそうまでするのか。目的は一つ。いざというときに役立つ船はアメリカ国内で造らなければならず、その船を作れる船舶技術を絶対にアメリカに残さんとしているのだ。航空機と共に戦艦は軍事力として枢要なものだからである。
 だから、1980年代、のちに有名になるNHK記者の手嶋龍一のデビュー作「ニッポンFSXを撃て」に詳しいが、アメリカは日本との戦闘機の共同開発は許さなかった。手嶋はその当時、日本では牛肉柑橘交渉ばかりが連日新聞上を賑わしていたが、アメリカではFSXの共同開発の事ばかりだと彼我の違いに驚いたと書いている。世界各国が、民間の先端技術の軍用への技術の転用に敏感なのは、軍事関連技術は国内で保持しなければならないと考えているからなのだ。
 今も日、英、伊共同で戦闘機の開発が進められているが、日米共同の軍事関連技術開発は聞かれない。
 
<手厚い保護も虚しく凋落の一途のアメリカ造船業>
 ところが、いつの間にかアメリカ造船業は廃れ、日本そして中国に取って代わられてしまった。今や世界の造船業の中では中国が鉄鋼と同じく圧倒的シェアで50.7%を占め、2位韓国28.3%、3位日本15.4%となり、アメリカはわずか0.1%弱にすぎない。つまり、もう存在しないと言っても過言ではない。
 考えてみたらいい。船舶に対するアメリカの内向きな規制は、車でいえばアメリカ国内を走行する車は全部アメリカ産でなければならないというのと同じなのだ。そんなルールは守れるはずがなかろう。

<超劣等生の造船業をも救わんとする涙ぐましい努力>
 自動車船の入港料は、関税と同じであり、立場が逆ならアメリカは大声を出して非関税障壁と指摘するだろう。狙いは免除条項に如実に表れている。対象となる船舶と同等以上の規模の船をアメリカ国内で建造する計画があれば、最長で3年免除するというのだ。船体などすべてアメリカ製の鉄鋼を使い、エンジン・プロペラも同じくアメリカ製。溶接から塗装までアメリカ国内で行うのが条件である。一貫してアメリカのものを使い、アメリカで生産することに拘っているのである。
 どさくさに紛れて輸入を高関税で減らし、返す刀で消えてしまった造船業の復活をアメリカへの国内投資で達成しようというのである。このまま放置していたら居場所を知られずにミサイル発射するにも好都合の潜水艦をアメリカで造れなくなるからである。
 これは、米国で完成車を組立てることを条件に自動車部品の追加関税を免除する考えと同じである。サプライチェーンを含めた造船を早期に米国内生産にシフトしたい一念なのだ。
 アメリカは、日本の半導体、特にDRAM64が世界の70%を占めた1980年代、軍事用にも絶対不可欠の半導体を国内に残さなければならないとして、日本に相当圧力をかけ、1986年と1991年の二度にわたり日米半導体協定を締結した。軍事に枢要な技術は死守している。そして今、ジョーンズ・アクトが形だけとなり働いていないことに危機感を抱いて強力な梃入れをしだしたのだ。この動きを察知した韓国は、大統領選のさなかでありながら、造船への協力で相互関税の引き下げを有利に運ぼうとしているらしい。

<見習うべき国内製造業(自動車、鉄鋼だけでなく造船も)復活への凄まじい執念>
 トランプ大統領の一方的なやり方に対し、国内は当然のこととして外国からもあからさまに反論できないのは、正論があるからである。「アメリカ人の使うものは、アメリカ人がアメリカ国内で造るべきだ」(自動車)、「国家の存立に必要なものは、あらゆる手段を通じて国内で維持しなければならない」(造船業)、「国民の命を守るべきものは最優先しなければならない」(薬の特別扱い)等、単純な理屈である。いってみれば、全て「地産地消」に通ずるものである。
 私はトランプ大統領の理屈を理解し、自動車や鉄鋼で譲り、造船で救いの手を差し延べる代わりに、日本の弱い農業救済に理解を求めて、お互いウィン・ウィンの結果を得ることに目的を切り替えるべきだと思う。今もまた少しでも有利な輸出を続けるために、日本の存立を危うくする妥協はしてはならず、逆手にとって日本の歪んだ形を正すことに傾注すべきではないかと思わずにいられない。

<この際造船業も再活性化する>
 かつては、日本の商船が世界を席巻し、海運業も栄えていた。原材料を輸入し、製品を輸出する加工貿易国日本には、輸送船は不可欠だったからだ。それがいつの間にか、トップの座を中国に奪われるばかりか、韓国の後塵を拝している。だから、この機会に乗じてアメリカと協力して、両国の造船業を強くするのだ。
あまり知られていないが、実は日本人船員も減る一方で、いざという時に日本の船が航行できないかもしれないのだ。世の中で働き方改革が叫ばれているが、船の上で毎日暮らす仕事は嫌われて当然であり、現代っ子には合わない。しかし、船も船員も自前で維持しなければならない。

 アメリカにすり寄れば世界から嘲笑されて信用も失ってしまう。ここは石破・赤沢コンビに踏ん張ってもらうしかない。

投稿者: しのはら孝

日時: 2025年6月21日 10:17