残飯でニワトリを飼おう!-中野JCのほほえましい活動によせて- 08.09.02.
中野JCの総会の第2部に出席しました。礼儀正しく、北信のJCでもスタイルがちょっとずつ違います。中野JCは律儀に来賓、新役員、新メンバーを一人ずつ紹介するという丁寧さで、我々の挨拶も入り、1時間20分ほどかかりました。
<親から子への引継ぎに一安心>
その間ずっと同席していましたが、微笑ましいものも感じました。お父さんの名前と顔が彷彿するメンバーをゆっくり見られたからです。土建会社、ガソリンスタンド、歯医者、中小企業町工場、薬局の店主など、職業も様々です。地道に仕事が父から子へ継承されていることがよくわかります。もうひとつ微笑ましいのがありました。中野JCが食と命の大切さを教えるために子供達を養鶏場に連れて行き解体の現場まで見せる活動をしているということです。
私は地域間格差についての挨拶を考えていましたが、この2つのことがありましたので急遽話を変えました。何故かというと、この2つのことに隔世の感を感じたからです。
一つは後継者が皆揃っているのに対し、農業は後継者がほとんどいないという惨憺たる状態です。後継者がいない業界がまともな業界と言えるでしょうか。JCのメンバーとあまりにも違うことを考えて欲しいと訴えました。
<身近な鶏>
次は鶏です。こんなこと言っても年寄りの繰り事と言われるかもしれませんが私の小さい頃は鶏はそこらじゅうにいました。朝コケコッコーの声で起きてしまうこともありました。残飯が主な餌で、今高騰している輸入飼料穀物などありませんでした。
家で作ったとうもろこしを乾燥させ、冬仕事に、機械に上から突っ込みグルグル回すと粒が取れていく。自給飼料造りでした。そして、農家の横には鶏小屋があり、鶏が農家の庭先を所狭しと走り回っていました。そして、鶏糞を畑に返していました。夕方になると鶏小屋に追い込むのが子供の仕事の一つでした。いつも小屋に入らない悪い癖のある鶏もいました。卵を小屋の中の指定した場所に産まず、自分の好みの場所にしか産まない鶏もいました。祖母や母が「卵貯金」をしていて、それで小遣いを稼いでいました。農家にとっては大事な現金収入源だったのです。そして栄養源でもありました。
